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魔法学校に普通の人間が入学してきた ~紋無しと人間オタクの魔法使い~  作者: カラス
第一章 九年前に消えた一人目

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再現

 学院へ戻った頃には、もう日が沈みかけていた。


「帰って来るとどっと疲れた……」


 結界門を抜けるなり、沙耶香が肩を落としている。なんでそんなに疲れているんだよ。故郷の人間世界だろ?


「俺はやっぱり楽しかった! まだ見たいところいっぱいあったのになあ……」

「マナトが元気過ぎんのよ! 朝から歩きっぱなしだったのに、体力底なしなの?」

「次いつ行ける?」

「もう次の話してる……」


 でも、また行きたい。

 家電量販店だけでも全然足りない。もっと人間の機械を見たいし、今度はルカと部品を売っている店にも行ってみたい。


「私は、しばらくいい……」


 後ろから弱々しい声がした。

 レイナだ。腹を押さえているから、戻ってきてからまた痛み始めたのかな。


「次回のお目付け役は遠慮しよう……その次なら考えないこともないが……」

「葡萄のやつ、五杯も飲むからだろ」

「比較には必要だったんだ!」

「そんなに気に入ったんだったらさ、いっそドリンクバー御霊代に作れないかな?」


 俺の何気ない発言に、レイナは固まった。


「そうか。電力さえ……仕組みさえあれば、この場所でもあれが作れるのか。いや、ドリンクバーだけではなく、冷蔵庫も……」

「やっぱり相当気に入ってるなアレ」

「う、うるさい!」


 夕暮れの中、魔法使いが、人間の炭酸飲料について言い争っている。

 なんだか面白いな。

 そんなことを考えながら、学院へ続く道を歩こうとした時だった。


「マナト・アズマ。ルカ・ヤザワ。柊沙耶香」


 聞き覚えのない低い声が聞こえてきた。

 正門の脇に、黒いローブを着た男が立っている。胸元の管理保安部の紋章が、俺たちから笑顔を奪った。


「三名は、このまま管理棟へ」

「何かあったんですか?」


 沙耶香の不安にも、この男は表情をピクリともさせずに応えた。


「クドウ管理官がお待ちだ」


 俺たちは顔を見合わせた。

 数日前、学院の魔法が全部止まって、中央魔力塔が爆破されて、俺たちはあのカブキ野郎と戦った。

 そして、落とされたインカムから、舞維さんの声を聞いた。

 あのインカムを保安部に渡して以来、何も言われていなかったけど。


「……分かりました」


 沙耶香が頷いた。

 彼女に続いて、俺とルカもそれぞれ頷く。

 すると、様子を気にしてミカとレイナが駆け寄ってきた。


「さーや……大丈夫?」

「多分。ただ話聞かれるだけでしょ」

「その多分、信用できないじゃん」

「今それ言う?」


 だけど、ミカは管理官の男を警戒している。しばらく向かい合って、やがて「終わったら寮来るじゃん」と言った。


「うん」


 ミカはそれ以上聞かなかった。

 一方、レイナは小声で管理官と何かを話している。やがて、納得していないような彼女もまた、俺たちに声をかけた。


「何かあったら連絡しろ。微力ながら協力はさせてもらう」

「……ありがとう」

「にしてもまたこの三人か……最近多いな」


 ルカがぼやいた。


「俺、最初はお前の変な機械弄るだけのつもりだったんだけどな」

「でも、楽しいだろ?」

「事件がなければな!」


 事件はわざとじゃない、向こうから来るんだから仕方ないだろ。


     ◇


 管理保安部。

 初めて来た時から、俺はここが苦手だ。壁も床も机も、何もかも綺麗すぎる。

 シオン教授の研究室とは真逆だ。

 そして、怖い。


「座れ」


 そう命じるのは、あのクドウ管理官。

 相変わらず、怒っていないのに怒っているように見える。

 でも今日は、一人じゃなかった。


「先生? それに、シオン教授まで」


 二人の教師が、壁際に立っていた。


「私もクドウ君に呼ばれてね」


 シオン教授が眼鏡を押し上げる。

 その表情は、いつもの研究室で見た時よりずっと固かった。


「もしかして……何か分かったんですか?」

「座れと言ったはずだ」


 クドウ管理官の冷たい声がもう一度命令した。

 俺たちは続けて座ると、机の上に透明な袋が置かれていることに気付いた。

 中に入っているのは。


「このインカムって……」


 確かめなくても分かる。あの混乱の中、元凶が落としたものだ。

 摘まみ上げながら、クドウ管理官が説明した。


「どうやら、市販品を改造したもののようだ。人間社会で流通している通信機器を基礎にしている。学院の魔力通信網を経由していないため、先日の妨害下でも正常に動作したが……これ以前に、同型の機器を見たことはないのだな」

「ありません」

「……通信先は分かるんですか?」


 ルカが身を乗り出した。

 けど、岩のように揺れないこの人は「追跡できなかった」とあっさり斬り捨てた。


「複数の中継器を経由するよう改造されている。通信記録もほとんど残らない。現在、専門部署が解析中だ」

「……じゃあ、お姉ちゃんの声だったって証明できない?」

「現状では、お前たち三人の証言だ」


 一瞬、沈黙が室内に降りてきた。

 その中、沙耶香の声ははっきりと宣言した。


「私は間違えません」

「間違えていると言っているわけではない。証言と物証は別だ」

「似ているじゃなくて……」


 俺も言いかけるけど、止めた。

 俺が最後に舞維さんと会ったのは九年前。声だって変わっているだろうし、俺もあの声に対しては半信半疑だった。


「証言は重要だが、証明は違う」


 彼はもう用なしとばかりに、インカムを下げた。


「今日呼んだ本題はこっちだ」


 クドウ管理官が別の書類を机に置いたのは、古い紙だった。

 端が少し黄ばんでいて、文字以外表紙には何も記載されていない。

 そこには、『第百十二年度 魔力供給障害報告』と記してあった。


「百十二年度……今から九年前……」


 沙耶香の顔が変わる。

 九年前。舞維さんが、学院から消えた年。


「先日の事件を受けて、過去の魔力障害記録を洗い直した。その中から、一件。類似した事例が見つかった」

「類似?」


 管理官の言葉の行方を、俺たちは固唾を飲んで見守る。


「術者の魔力そのものは失われていない。しかし、術式が正常に構築できない。魔道具も停止。対象区域内で複数の魔法使いが同時に魔法を使用不能となった」

「……それって、この前と……同じ?」


 俺が聞いた。


「現象としては近い。が、規模が違う」


 それに答えてくれたのは、シオン教授だ。

 彼はゆっくりと机に近づいて、資料をめくって指を置いた。


「継続時間、十一分四十三秒。先日のものとは比べ物にならないほどの短時間だ」


 でも、九年前にも同じことが起こっていたのか。


「九年前にも……学院で魔法が使えなくなったんですか?」

「そうだ。そして……」


 シオン教授の言葉には、少し間があった。

 やがて老人が重い口を開く。


「その中心にあったのが、舞維君の研究室だった」

「……え?」

 沙耶香の声が小さくなる。


「お姉ちゃんの? じゃあ……」


 言葉にするのを躊躇っている。

 代わりに、俺が聞いた。


「舞維さんがやったんですか?」

「当時はその疑いをかけられた」


 クドウ管理官は、変わらず動かない。だけど、その声ははっきりとしていた。


「疑い? 何で? 証拠はあったんですか?」

「装置があったんだ。停止範囲の中心地にあった舞維君の研究室から、外部干渉術式を利用した装置がね」


 それって、俺たちが前にシオン教授から聞いた研究じゃないか。

 その危険性から、シオン教授が研究を禁じていたもの。


「じゃあ……本当に?」

「まあ最後まで聞け」


 セレナ先生が初めて口を開いた。


「舞維は否定したらしい」

「……! お姉ちゃんが?」

「ああ」

「何て?」


 セレナ先生は少し、目を逸らした。やがて。


「『私じゃない』ってな。『こんなやり方、私はしない』って言っていた」


 部屋が静かになる。


「先生は……信じたの?」

「……ああ。信じた」


 今度は迷わなかった。

 セレナ先生は頭を掻いて、「少なくとも、あの時の私はな」と付け加えた。


「じゃあ!」

「でも、信じるだけじゃ証拠にはならなかった。嫌な話だけどな」

「……」

「装置は舞維の研究室にあった。使われていた術式も舞維の研究に近かった。発生した時間、あいつがどこにいたのか証明できる奴もいなかった。私がいくら庇ったところで、新米教師の言葉だけじゃ何にもならなかった」

「……私と……同じ」


 沙耶香。落ち込む彼女に、俺とルカはかける言葉が見つからなかった。


「この前……私も、疑われた」


 人間の部品が使われていて、事件が起きた時沙耶香だけがその場にいなかった。

 そして、学院でただ一人の人間。それだけの要素で、学院内では沙耶香を爆発魔だとみなす声が多かった。


「お姉ちゃんも、同じだったんだ」

「いや」


 だけど、クドウ管理官が首を振った。


「柊舞維に疑いが向いた最大の理由は、彼女が人間だったからではない。彼女の研究、発見場所、アリバイ。疑うに足る状況証拠が存在した。ただし……」


 一度、言葉が切れた。


「舞維が人間であったことが、その疑いを必要以上に広げたことも事実だ」


 管理官のその言葉に、シオン教授が目を伏せた。


「そうだ。彼女は優秀だった……優秀すぎた、と言った方がいい。魔紋を持たない。魔法使いではない。なのに魔法を理解し、研究し、いくつもの分野で魔法使いを追い越した」

「それの何が悪いんですか?」


 俺の質問に、教授は目元に手を当てた。


「悪くない。そう、何も悪くはない。だが、面白く思わない者はいた」

「何で? 上手いなら、教えてもらえばいいのに」

「マナト」


 だけど、俺の発言を沙耶香が止めようとしてきた。


「いい、マナト。みんながマナトみたいに考えるわけじゃないのよ」

「ええ? 便利なのにな」

「お前は本当にそこ基準だな。よくも悪くも」


 セレナ先生もなんか呆れている。

 でも、シオン教授だけは、少し笑ってくれた。


「君は本当に、そういうところは、彼女とよく似ている……舞維君も同じことを言っていたな。『使えるなら使えばいいじゃないですか』と」

『片方しか知らないの、もったいないでしょ』


 また、さっき思い出した舞維さんの言葉を思い出した。確かに、あんな言葉を言える人だったら、生まれとかに拘らないだろうな。


「何?」


 クドウ管理官が、突然俺を睨んでいた。


「その言い草、君は柊舞維に会ったことがあるのか?」


 あ、いけね。声に出ていたみたいだ。

 俺は少し黙ったけど、頷いた。


「俺……九年前に舞維さんと人間の町に行ってたみたいです」

「みたい?」

「今日行ったお店の人が覚えてました。俺も、店に入ってから思い出して」

「待て。お前は当時六歳だったな?」

「多分」

「そこは多分では困る」

「六歳です」

「柊舞維が連れ出したのか?」

「分かりません」

「学院の正規外出記録を確認する必要があるな」


 何か、また事件になりそう。


「何をしていた?」


 と、セレナ先生も俺を見ている。


「人間のものを見せてもらってました。ラジオとか。電池とか。ボールペンとか」

「……ああ。君か。君だったのか」


 シオン教授が、小さくため息をついた。


「舞維君が時々話していた子というのは……」

「本当に!?」


 思わず机から身を乗り出す。


「何て……何て言ってたんですか!?」

「『変な子供と知り合った』と」

「……変な?」

「人間の道具を見るたびに、何に使う、どうやって動く、どうして魔法を使わない、と延々聞いてくる子供だと」

「ああ……間違いなくマナトね」


 沙耶香がくすりと笑った。


「他には!?」

「今はそこじゃない」

「でも!」

「アズマ。後にしろ」


 セレナ先生まで、俺を制してきた。

 後で絶対にシオン教授に確認しようと決意したところで、沙耶香が「それで」と話を戻す。


「九年前の事件のあと、お姉ちゃんはどうなったんですか?」

「無論、学院の調査を受けた」


 とクドウ管理官。


「そして事件から三日後……柊舞維は学院からいなくなった」

「事件の、三日後……?」


 沙耶香は知らなかったはずだ。事件と失踪が、そんなに近かったことを。


「どうして? 逃げたんですか?」

「分からない」


 と、シオン教授。


「寮には制服も、教科書も、私物もかなり残っていた。逃げる準備もしていたとは思えないな」

「だったら!」

「柊!」


 セレナ先生が大声で止めた。


「彼女については、私たちにも分からないんだ。九年前も、今も」

「……」


 沙耶香は、何も言わない。

 やがて、小さな声で確認した。


「お姉ちゃんは、やってないって言ったんですよね」

「ああ。最後までな」


 沙耶香と教授のやり取りを眺めながら、

 俺は数時間前を思い出していた。


『なら、今度会えたら、全部見せればいいじゃん』


 舞維さんは今、どこかで生きている。

 そして、あの危険な白塗の大男と繋がっていた。


「じゃあ、今回の事件は?」


 全員の視線が俺に集まってきた。


「九年前は、舞維さんが『やってない』。でも今回……」


 俺の目が、インカムへ向かっていく。


「あの男が持ってたこれの向こうに、舞維さんがいた。それって……今回も、舞維さんがやったってことですか?」

「分からない。ただ……」


 答えたのは、クドウ管理官だった。


「九年前の失敗を繰り返すな」

「……え?」

「状況が似ているからといって、結論まで同じにするな」


 インカムに触れながら、管理官は言い放つ。


「柊舞維と思われる人物が、この通信機の相手だった。それは事実に近い。そして九年前の柊舞維の研究に近い装置が使用された。これも事実だ」


 そこまで言って、管理官は「だが」と俺と沙耶香を見据える。


「誰が何をしたのか。それを繋ぐ証拠は、まだない」

「ただし」


 今度はシオン教授が言った。


「一つだけ、はっきりとしている」

「何ですか?」


 教授はゆっくりと、言葉を紡いだ。まるで、口にすることそのものを恐れているみたいに。


「九年前の魔法停止は、旧研究棟の一部だけだった。ほんの一瞬、それも非常に不安定だった」


 一方、この前は学院全域の魔法が消えた。


「今回の現象は、九年前の再現ではない」

「じゃあ?」


 とルカ。


「九年前より、ずっと先に進んでいる」


 その結論に、誰も喋らなかった。

 教授は俺たちの顔を見渡して、続ける。


「誰かが九年前から今日までの間に、この技術を完成に近づけた」

「……」


 誰か。そんなの、頭に浮かぶ人は一人しかいない。

 でもまだ、決めちゃいけない。


「お姉ちゃん……」


 沙耶香のその声には、怒りも、信じる気持ちも、恐怖も……

 全部が……彼女の中の全部が、その一言に入り混じっていた。


「九年間、どこで何してたのよ……!」


 答える人は、この部屋には一人もいなかった。


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