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魔法学校に普通の人間が入学してきた ~紋無しと人間オタクの魔法使い~  作者: カラス
第一章 九年前に消えた一人目

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九年前の約束

「……飲みすぎた」


 ファミレスを出た後、レイナが腹を押さえていた。


「なあ、レイナ。お前一体何杯飲んだ?」

「ぐっ……五杯」

「飲みすぎじゃん!」

「比較する必要があったんだ!」

「結果は?」

「葡萄の飲み物が……一番良かった」

「やっぱり気に入ってるじゃん!」


 午後、俺たちは駅前をぶらぶら歩いていた。

 さっきまでなら、俺が何かを見つける度に立ち止まっていたけど、今はちょっと違う。

 もう今の時点でも情報が多すぎる。

 店も看板も、機械も人も、車もバスも、何もかも。


「全部見たい」

「無理よ。一日で町全部見る気?」

「うん、見たい!……いっそのこと泊まろ! ホテルとかあるんでしょ!」

「もっと無理よ。外泊許可までは取ってないでしょ」

「まあまあマナト。また次来ればいいだろ」


 ああ、ルカ。そうだ、その手があったか。また来ればいいんだ。


「よし、だったらまた来週来ようぜ!」

「それはわかんねえだろ。先生に聞けよ」

「再来週にまた来ようぜ!」

「だから許可取れって、話聞いてた?」

「楽しそうじゃん! マナッち、朝からずっとそんな感じ」


 ああ、楽しい。この町にきてからずっと。

 でも、ふと思ってしまう。九年前の俺もこうだったんだろうか。あの人の隣で。


「マナト? おい、どうした?」


 気付いた時には、足が止まっていた。

 みんな、俺を見つめている。だけど俺の視線は、道路を挟んだ反対側に向かっていた。

 そこにあるのは、大きな店じゃない。さっきの家電量販店とは比べ物にならないくらい小さい。

 看板も少し古くて、窓際にはノートが置かれていた。


「あのお店……」

「どうした? あれ? 行ってみるか?」


 ルカの一言に、俺は無意識に頷いていた。


     ◇


 カランという鈴の音とともに、扉が開く。


「いらっしゃい」


 奥から、年配の女性がにこやかに微笑んでいた。

 昔から。ずっとここで店をやっていそうな人。

 お店の中は、家電量販店とは全然違っていた。

 静かで狭い。煌びやかさが支配していた家電量販店と比べると、この店はどちらかと言うと少し暗く感じる。

 紙の匂いが充満している中、ノートや鉛筆、消しゴム、ボールペンとか、俺の実家に置いてあるようなものが沢山置かれている。

 何だろう。初めて来たはずなのに。


「マナト?」


 俺はこの棚を、知っている。いや、本当に同じ棚なのかは分からない。

 でも。


「ここ……来たことあるかもしれない」

「来たことあるって……」


 沙耶香が小声で俺に耳打ちしてきた。


「人間の世界にくるの、初めてなんでしょ? なんで?」

「分からない。もしかしたら、舞維さんに連れてきてもらったのかな」

「妙な話だな」


 一方、レイナ。彼女はボールペンをカチカチと鳴らしながら言った。


「私たちがこっちに来るのは、ある程度の審査が必要だ。表で暮らしている者やその家族ならともかく、簡単に行き来できるものではない」


 彼女の言うことは分かるけど、せめてこっちを見てよ。恰好つかないなあ。

 その時、俺は彼女の手にあるボールペンに気付いた。あのボールペンは……。


「レイナ、ちょっとそれ貸して!」

「何だ、急に」


 半分取り上げるような形で、俺はボールペンを手に入れる。

 そして、じっと見下ろす。


「これ、家にあるやつと同じだ」


 間違いない。母さんに頼んで送ってもらおうとしたけど、いつまで経っても送られてくる気配はない。だけど、この九年間俺がどれだけこのボールペンに触れてきたことか。形も、動き方も、指先が覚えている。


「え? それ、そんなに珍しいものじゃないけど……もしかして」


 沙耶香がはっとして、店主のおばあちゃんに話しかけた。


「すみません」

「はいはい」

「昔、ここに柊舞維って人、来てませんでしたか?」


 少し迷った末に、姉の名前を出している。

 すると、おばあちゃんはしばらく考え込んでいた。

 しばらく、彼女はそのまま固まっていた。ルカとミカが思い思いに店内を探索している音が、だんだん遠くに聞こえてくる。


「柊……舞維。ああ、舞維ちゃん? 覚えている覚えている。変わった子だったから、覚えてるよ」


 その言葉に、俺と沙耶香は雷に打たれたみたいに固まった。

 おそるおそる、「変わった子?」と続きを促してみる。


「文房具屋なのにねえ、あの辺ばっかり見てたから」


 しわしわの指が示したのは、電池や小型工具が並べられた棚だった。

 それを見た途端、俺の目がより大きく見開かれる。あの電池や工具のパッケージやプリントされたものは……

 俺の家にあるものと同じものだ。

 大量生産されているとはいえ、似たようなものは無数にある。もしかしたら、俺が舞維さんからもらったものの一部は、このお店で買われたものなのかもしれない。


「おや? 君、もしかして」


 おばあちゃんのゆったりとした目線が、俺を捉えた。


「昔、舞維ちゃんと一緒に来てなかった?」

「!」


 今度は、沙耶香が俺を見る。


「舞維ちゃんの話をしていたら、思い出したよ。あの時一緒に来た男の子だろ?」


 俺は本当に、人間世界に来た事があるのか。

 俺と沙耶香が固まっている間に、このおばあちゃんは楽しそうに昔を思い出している。


「年はたしか、六つか七つくらいだったかなあ。うん、にんげんにんげん、って、変なこと言っていたね」


 人間世界で、『人間、人間』と興奮する子供。それは間違いなく……


「俺だ」


 もう、疑う余地はない。

 昔、俺と舞維さんはここに来た。


「舞維ちゃん、色々買ってあげてたねえ。電池とか」

「何で電池なんか?」


 と、沙耶香が聞いた。

 それに対して、俺は当時の気持ちを素直に口にした。


「俺が欲しかったからだ。ここで、ねだった」

「……六歳くらいで電池を欲しがったの?」

「駄目?」

「いや、すごくマナトらしい」


 沙耶香がくすりと笑った。

 それ、褒めてるのかな。


「でも、舞維ちゃんも楽しそうだったよ。その子が何でも聞くもんだから、最初は困ってたけどね。最後は一緒になって、あれがどう動く、これがどう動くって教えてあげていたね」


 そうだ。

 あの夢みたいな一瞬が、今明確に思い出された。


     ◇


『なにこれ?』

『これはラジオ。遠くの声を聞いたりすることが出来るんだよ』

『すごい! つーしんまほーだ!?』

『ああ、これ通信魔法じゃないんだよ。えっとね、電波っていうので動いているの』

『でんぱってなに?』

『説明すると長いなあ』


 女の人の困った顔が、俺に向けられた。

 だけど、俺は『きく』と言い張った。


『うーん、いいけど長いよ?』

『いい』

『とっても難しいよ?』

『いい』

『絶対途中で飽きるよ?』

『だいじょうぶ! たぶん!』

『本当に大丈夫かな?』


 俺の隣にしゃがんだ彼女は、俺と目線を合わせる。


『まず、電気からね』

『うん』

『電気っていうのは……』


 そこからの話は、本当に長かった

 何て言ったのか、そこだけは永遠に思い出せないと思う。

 話の内容も、半分も分からなかった。


『分かった?』


 首を振った。


『だと思った』

『もっかい!』

『ええ……君、面倒くさいね』

『駄目?』

『ううん。そういう子、好きだよ』


     ◇


「マナト?」


 沙耶香に肩を叩かれて、俺は我に返る。


「思い出した」

「何を?」

「舞維さんに、面倒くさいって言われた」

「え」


 唖然とした沙耶香は、すぐに吹き出した。


「お、おい! 何で笑うの!?」

「だって、あんなにシリアスに『思い出した』って言ったあとに出てくるのが『面倒くさい』って、面白すぎるでしょ! ふう、確かにお姉ちゃんらしい」

「でも最後に好きって言われた」

「え?」

「そういう子好きって」

「ああ……」

「何?」

「何でもない!」


 何だ急に。沙耶香、少し顔赤いぞ。


「こほん。他は?」

「いっぱい質問したな」

「それ、普通に迷惑だったんじゃない?」

「いや、全部答えてくれたぞ」

「……そっか」

「おばちゃん、これ頂戴!」


 後ろでは、ルカとミカがそれぞれ気に入ったものを購入している。「はいはい」と横を向いて、それに応じたおばちゃんは、二人の物を可愛らしい紙袋に包んで手渡した。俺も、小さなラジオを買ってみる。あの時舞維さんからもらったものと同型のものを。

 人間の町。

 午前中は、全部が新しくて、新鮮で楽しかった。

 でも今は、少し違う。

 俺はこの道を、歩いたかもしれない。この店にある商品を、見たかもしれない。この信号を舞維さんと待ったかもしれない。


「ねえ」


 沙耶香が、俺に尋ねた。

「お姉ちゃん、マナトに他に何て?」

「……」


 もう一度、俺は自分の頭に問いかけた。

 近くの森で出会った時のこと。そして、記憶の範囲で、最後に出会った時のことを。


「……あ。約束してた」

「約束? どんな?」


 約束の内容。それは……。


     ◇


『これ、あげる』


 舞維さんが、小さな機械を俺に渡した時の記憶だ。

 これ以外にも、舞維さんからは色々なものをすでにもらっていた。最初にもらったボールペンも、今に至るまで俺の宝物だ。


『ラジオ? いいの?』

『いいよ。もう壊れてるけど』

『壊れてるの? 音は出ないの?』

『うん』

『……じゃあいらない』

『君、正直だなあ!』

『だって動かないんでしょ?』

『直せばいいじゃん』

『どうやって?』

『考えて、調べる。それでも分からなかったら、誰かに聞く』

『それでも分からなかったら?』

『もう!』


 頭をぐしゃぐしゃとかきむしられた。


『君、本当に面倒くさいね……じゃあさ』


 ラジオを俺の胸元に押し付けるように渡した。


『これ直せたら、次はもっと面白いもの見せてあげる』

『何を?』

『秘密。次に会った時にね』

『いつ会う?』


 一瞬だったけど、この記憶ははっきりとある。舞維さんの顔が、曇ったのは。


『そのうち、ね』

『いつ?』

『だからそのうち』

『明日?』

『明日は無理』

『じゃあ明後日?』

『うーん、それも無理』

『一週間後? いつ?』

『マナト』


 俺の質問攻めを、名前を呼んで食い止めた。


『もし、私がしばらく来なかったら』

『うん』

『君は君で、面白いもの探してて』

『何で?』

『人間の世界も、きっと面白いから』

『それって、魔法より?』

『うーん、これは比べるものじゃないよ。魔法には、魔法のいいところがあるから』


 そして。


『人間には、人間のいいところがある。片方しか知らないの、もったいないでしょ』

 舞維さんの目は、しっかりと輝いていた。

『だから、いっぱい見て、いっぱい触って、いっぱい失敗して』

『失敗するの?』

『もちろん。失敗も一杯しなさい』

『嫌だ』

『しなさい。その方が絶対に面白いから』

『ええ……そんなの分からないよ』

『大きくなったら分かるよ。それでさ』


 彼女の細い指が、俺の額を軽くつつく。


『次に会ったら、私の知らないこと、教えてよ』

『……分かった』

『よし。約束ね』


 俺と舞維さんの指が絡まる。


『指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます、指切った』

『何それ』

『人間の世界にある、おまじないだよ』


 舞維さんと会ったのは、それが最後だった。


     ◇


「……約束、思い出した」


 全部。

 店を出て、歩いている中。俺と沙耶香は、皆の後ろを歩いていた。

 俺は、思い出したことを片っ端から沙耶香に伝えた。

 壊れたラジオのこと。人間の世界。

 いっぱい見ろって。触れって。

 そして、次に会ったら、俺が。


「お姉ちゃんの知らないことを教える……か」


 沙耶香は空を見上げた。

 なんとなく、彼女と同じように夕暮れ空に目を向ける。赤い空に、黒い鳥が鳴いている。


「だからか……」


 俺が人間の道具を集めていたのは、

 面白かったからだ。実際好きだし。

 だけど、その根っこのところには、舞維さんとの出会いがあったのかもしれない。

 そして。


「ずっと、舞維さんと次に会うのを待ってたのかもしれない。俺の部屋にあるの、全部、舞維さんに見せようと思ってたのかな。自分でも覚えてなかったけど」

「そっか」


 沙耶香はほほ笑んだ。


「なら、今度会えたら、全部見せればいいじゃん」


 会えたら、か。

 その言葉が、今は少し重いなあ。


『……沙耶香?』


 あのインカムの声。俺と沙耶香は、あの声を確信している。

 舞維さんは、あのインカムの向こうにいた。

 だけど、今どこにいるのか、何をしているのか。

 あの危険人物と何で繋がっていたのか。

 何も分かっていない。


「見せられるかな」

「見せるの」


 沙耶香が、両手で俺の頬を挟んだ。

 え、何々? 俺の目線が彼女に釘付けになる。


「私も聞きたいこと、山ほどあるから」

「ほほふ?」

「あ、ごめん。これじゃ喋れないよね」


 俺の頬が解放された。


「ふう……えっと、怒るの?」

「もちろん。まず怒る」

「まずなんだ」

「その後、全部聞き出す」


 歩きながら、沙耶香が拳を握る。


「何でいなくなったのか。何で帰ってこなかったのか。何であんな奴と一緒にいるのか。それから……それから……」


 一瞬沙耶香の言葉が止まった。


「……何で、何も言ってくれなかったのか」

「じゃあさ、一緒に探そうよ。舞維さんをさ」

「もう探してるでしょ」

「もっと」

「事件を勝手に調べるなって言われたばっかりだけど?」

「ご、合法的に」

「き、急に成長した!」

「ルカと同じこと言うなよ」

「ふふっ」


 俺と沙耶香は、互いに笑い合った。


「おーい! 早く行こうぜ!」

「未練たらたら、置いていくじゃーん!」

「また来ればいい」


 前を歩いていたルカたちが、こっちに手を振っている。

 俺と沙耶香は、また目を合わせて、一緒に噴き出す。


「待ってよ! もうちょい人間世界の空気を味わいたい!」

「マナトはいいけど、私は置いていかないでよ!」

「二人とも遅えぞ!」

「マナッちたち何話してたん?」

「秘密っ!」


 肩に寄りかかってくるミカに対して、沙耶香が舌を出した。


「えー!」

「人間には秘密があるんでしょ?」

「さーやまでそれ使うじゃん!」


 朝から、色んなものを見た。

 人間が魔法なしで作ったもの。

 本当に、舞維さんが九年前に言った通りだった。

 面白い。本当に面白いものばかりだった。

 だから、今度会ったら教えたい。

 俺が今日見たもの、これまで集めたもの、魔法と組み合わせたら面白そうなもの。

 九年前の約束は、まだ終わっていない。

 だって、約束した相手が……遠いところだけど、同じ世界にいることだけは分かったんだから。


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