家電量販店
人間の町に来て、一時間も経っていない。
だけど俺は今、この日最大の目的地を前にしていた。
「……」
「マナト?」
沙耶香に呼ばれても、返事ができない。
巨大な建物と、何階あるのか分からないほど上まで続く窓。
そして、目立つ色で大きく掲げられた看板には、色とりどりの装飾ではっきりと『家電量販店』と書かれていた。
「……ここ?」
「うん。ここが、あんたが来たがってたとこよ」
「この中にあるの、全部人間の機械なの?」
「そのはずだけど……マナト、どうしたの?」
どうしたの? 何でそんなに冷静でいられるんだよ。
俺なんて、今心臓がバクバク鳴り響いているんだぜ。
俺がこれまで十五年間、少しずつ集めてきた人間の道具。
古いラジオや懐中電灯、壊れた時計、乾電池、それに、まだ手に入ったこともないスマホとか、そういうものがこの中には……。
「いっぱいあるんだよな? それも、全部新品で」
「そりゃあ、新品で売るでしょ」
「……すごい……」
俺が今まで拾い集めてきたあれこれが、最新のバージョンで手に入るようになるんだ。
「……俺、今日からここに住む……!」
「マナトが玩具買ってもらえない子供みたいなことを言い出した!」
「おいマナト、早く行こうぜ」
隣ではルカまで落ち着きがなくなっていた。
「さっきから入口、自動で開いたり閉じたりしてるぜ。これ、どういう仕組みだと思う?」
「そうだな……俺たちの魔力を感知して――」
「そこの男子二人!」
沙耶香が俺とルカの腕をまとめて引っ張った。
「入口で止まらない! 通行の邪魔でしょうが!」
「じゃんじゃん」
ミカも、背中から押してくる。
店内に入った時、すでにそこには銀色の髪が左右に揺れていた。
「なるほど。これが人間の道具か……」
「お、レイナ。どうだ? 初めての人間のアレコレ、すごくないか?」
彼女がどう感じているんだろう。
光と音と色がすごい派手だ。
テレビや冷蔵庫、洗濯機、掃除機が所狭しと並べられている。
パソコンやスマホももちろんあっちにあるし、よく分からない機械にもっとよく分からない機械が重なっている。
……すごい。
「うおっ! 何これ! マナッち! ルカっち! ちょい来るじゃん!」
突然、フロアのどこからかミカの声が聞こえた。
見れば、フロアの少し奥の方で、ミカが興奮したようにこちらに手を振っていた。
何だ何だ。
急いで彼女のもとに向かってみれば、彼女の足元で、円盤が勝手に動いていた。決められたスペース内だけど、設置されている机の脚まで進むと、ぶつかる直前で向きを変えた。
「何だこれ!?」
「マナトも知らねえのかよ! いや、俺も知らねえけど……何だこれ?」
「これ何? 生き物なの!?」
「ベタな反応してる……違うよ、生き物じゃない」
沙耶香、なんでそんなに落ち着いていられるんだ。これ、自分で動いているじゃないか! それとも、人間ってこんな生き物を作り出せるのか?
「これは……えっと、何ていえばいいかな……ロボット掃除機」
「掃除機!? これが!?」
「ロボット?」
俺とルカが同時に反応した。一方、ミカが首を傾げる。
「ろぼっと……? なにそれ?」
「人間が作る、自分で動く機械だろ?」
「まあ、大体そんな感じね」
「これ、魔力ないよな? どうやって動いているんだ?」
ルカがしゃがみこんで、この平たい機械に顔を近づける。あまりにも近すぎたせいで、それは一回ルカを避けた。
「どうやってって、そりゃあ電気でしょ」
「これ、自分で障害物避けてるぞ?」
「さあ? センサーで見てるんじゃない?」
「目ないぞ」
「そういう目じゃないから」
「開けていい?」
「絶対駄目」
俺が手を伸ばすより早く、沙耶香に腕を掴まれた。
「ちょっと触るだけだから……!」
「絶対に分解しようとしたでしょ」
「してない」
「今、腰からドライバー出そうとしてたよね?」
「……中をちょっと見るだけだから」
「それを分解って言うの! これこのお店の物だから! 来て早々追い出されたいの!?」
「ふん。騒がしいな」
後ろからレイナの声が聞こえてきた。
彼女はこっちに振り向くことなく、冷蔵庫の扉を開けていた。
閉めて、また開ける。もう一度開け閉めを繰り返して、食い入るように中を見つめている。
「レイナ、何してるの?」
「確認だ」
「何を?」
「本当に魔法なしで冷やせるのかを」
なぜ?
そんな疑問を抱いている最中に、レイナは手を冷蔵庫の中に入れた。
「冷たくないが?」
「流石に展示品だから、これは冷やしていないんじゃない?」
すると、レイナは「……何?」と露骨に残念そうな顔になった。……この人ここまで表情豊かになるんだな。
「でも家で使う時はちゃんと冷えるよ」
「本当か? 氷の術式無しで?」
「もちろん」
「……そうか」
もう一度、扉を開ける。
「え? 何でまた開けたの?」
「構造を確認しているだけだ。それで、魔法抜きでどうやって冷やしているんだ?」
「どうやってって……冷媒を圧縮したりして――あっ」
沙耶香が詰まった。
「ごめん、詳しくは知らないわね」
「……人間なのに」
「レイナまでそれ言うの!?」
沙耶香の言葉に、俺とレイナは思わず顔を見合わせる。目が合うと、ちょっとおかしくなって笑っちゃった。レイナが笑っているの、初めて見たかも。
「しかし、本当に冷やせるというなら、これは便利だな」
冷蔵庫を閉じたレイナが、その扉を撫でた。
「氷魔法でいいんじゃなかったの?」
「これは、術者……持ち主がいなくても動くんだろう?」
おお、レイナもようやくその魅力に気付いたか。
「術者が寝ていようが、魔法を使えない状況だろうが」
「電気は要るけどね」
「……そうだな」
何でまた笑ったの? そしてレイナ、何でまた扉開けたの?
「レイナ、冷蔵庫気に入ったの?」
今の、小声じゃないのに、レイナの耳には入っていない。もう無我夢中で、冷蔵庫をあちこち見まわしている。
あの生真面目なレイナがこうなるのって、とても面白い。
これだけでも、彼女をここに連れてきた甲斐があった。
◇
「マナト。あそこ」
「あれは……!」
沙耶香が指さす先。
そこには、あった。あったんだ。
ついに見つけた! 新品の扇風機が!
小さいもの、大きいもの。色んな色合いのものかあちこちひしめき合っている。
ここはもう、扇風機天国だ!
「これか……! これが……! 羽根のない扇風機!」
「声がデカい!」
俺が一気に飛びついたもの。
筒状の輪から風が出ているのに、羽根がない。筒に手を伸ばしてみたら、しっかりと手が貫通している。
それでもやっぱり。
「本当にない。風が出ているのに! どうなっているんだ!?」
「だから言ったでしょ」
すごい。本当にすごい! こんなものが現実に存在するんだ。
横。後ろ。下。あちこち見渡してみても、まだ分からない。
「入口はどこだろ?」
「何の?」
「分解するところ」
「駄目!」
「だったら買えばいいんじゃねえか?」
ルカが横から言ってくれた。
そうだ、その手があった。
「そうだ、これって買えるんだ……! 買っていいんだよな……!」
「値段見てからな」
さっきまで俺の視界が都合よく斬り捨てていた。
扇風機の土台にしっかりと張り出されている現実。そこに書かれている数字と、今の相場を計算して、俺の頭はすぐに結論を下した。
「高い。学生が買うのはちょっと厳しいか?」
「でも学院の魔道具よりは安いんじゃない?」
沙耶香も値段を覗き込んだ。
「同じくらい風を出せる魔道具買ったら、もっとするでしょ?」
確かに。そもそも、風魔法を常に出そうとすると、どれだけの魔石が必要になるんだろうか。
「それに素材もさ、これ……」
ルカが扇風機の頭を撫でながら言った。
「希少な魔石とか使ってねえんだろ? 術式刻む職人もいらなそうだし」
「まあ、少なくとも市販品の家電には職人とか使わないわよ? 工場で作ってるだろうし」
「工場?」
「うん。同じ物を大量に作るところ」
「同じ物を大量に? それ、何個くらい?」
「知らないけど、何千とか何万とかじゃない?」
マジ? こんな羽根のない扇風機と全く同じものが何千何万も人間社会には溢れているの?
そう考えると、今この機械がさっきまでとはまた違って見える。
俺たちの魔道具は、作る人によって性能が違う。
魔石の質や術式、加工技術に材料の使い方。
全部に職人の技量が関わってくる。
でも人間は、同じ物を大量に作っている。
「だから安いのか……そうすれば、特別な技術がない人でもここにある家電が手に入る……!」
「それだけじゃないと思うけどね」
「面白いじゃねえか」
ルカがにやりと笑みを浮かべた。すごい悪い顔しているぜ。
ただ、俺も同じことを考えている。
それをルカも察したのか、互いに口を開いた。
「やっぱり人間の機械を、魔力で動かせるんじゃないか?」「魔道具をこの方法で安くできるんじゃねえか!?」
同じものを見ていたのに、考えていたことは真逆だったか。
一方、沙耶香が「また始まった」と頭を抑えていた。
それからも、俺たちは店内を歩き回った。
「何だこれは?」
「電子レンジ」
「雷魔法か? それとも火?」
「どっちも近いような遠いような……」
「なぜ温まる?」
「私に聞かないで!」
「これが……これが……! スマートフォン! 略してスマホ! 思ってたよりも小さいっ! そして全部画面じゃん!」
「いや、マナトが持ってるのが古すぎるの。あれ化石よもう」
「ボタンないじゃん! どうやって使うの?」
「画面触るの。こうやって」
「画面を?」
「……ほら、こんな感じに」
「もう一回やって!」
「はあ。はい。私のを貸してあげるから、自分で触ってみれば?」
「いいの!?」
「お店の見本を触らせた方が怖いから」
「……! すごい! これ、欲しいな……」
「マナト。俺もこれすっげえ欲しいぜ」
「買わないからね!」
「何で沙耶香が決めるんだよ!」
「絶対余計なことするからよ!」
「電話するだけだって」
「絶対嘘!」
「さーや! これ見て! 音が耳のすぐ横から出てるじゃん!」
「ヘッドホンだから当たり前なんだけど」
「誰も演奏してないじゃん!?」
「それは録音された音だから!」
「録音されてるの!? 記録魔法なしでどうやって!?」
「お願いだからいっぺんに質問しないで!」
人間一人で魔法使い四人の相手をするのは結構大変らしい。
俺たちの矢継ぎ早な質問攻めに、沙耶香は店員顔負けにフロアを行ったり来たりしている。
「……お姉ちゃんも」
突然、沙耶香が小さく呟いた。
「え?」
「……何でもない。ほら、あんたたちが何でもかんでも聞いてくるから、ちょっと疲れちゃった。お昼行こう! お腹ペコペコになっちゃった!」
「あ、うん」
気のせいかな。
その笑顔、ちょっとだけ無理しているように見えた。
◇
「これ全部食べ物?」
「全部じゃないけど、まあ」
「こっちは?」
「デザート」
「これは?」
「パフェ」
「これは?」
「ミカ、一回自分で読んで!」
どうやらファミレスという場所らしい。
ミカがメニューを開いてからもう五分くらい経っているけど、全然注文が決まらない。
「だっていっぱいあるじゃん! こんなに選びきれないじゃん!」
「全部食べるなよ」
「食べないじゃん!」
「いつも思うけど、その語尾何なんだよ」
「いいじゃん」
一方、レイナも手元にある季節限定メニューをじっと見つめている。
「そろそろ決まった?」
「沙耶香。これを……」
「ハンバーグのこと?」
「人間の一般的な料理なのだろう?」
「まあ、普通に……いや、これ一般的な料理って言っていいのかな? ならカレーとかかな
?」
「なら、それにする」
絶対ちょっと楽しんでる。クールな顔をしているけど、その口元には笑みが浮かんでいる。
「はいはい。マナトとルカは……」
「「俺はこれ!!」」
「はいはい。それじゃ注文するね」
俺たち男子陣の注文を一瞥で了承した沙耶香は、卓上の機械に手を伸ばす。
「何? どうしたの?」
俺、ルカ、ミカ、レイナが凝視していると、沙耶香は固まった。
「店員呼ばないの? 店員が運ぶとか言ってなかった?」
「ああ、いいの。ここではこれで注文送れるから」
「どこに?」
「どこって、厨房じゃない?」
「どこから?」
「この機械から」
「それも魔法なしでやってるのか!?」
「だから全部そうだって!」
すごい。店の中にも外にも、人間の技術がふんだんに使われている。
人間にとっては全部当たり前のことだけど、俺たちには全部が___魔法以上に、魔法みたいだ。
「あれ、全部飲んでいいのか?」
今度はレイナ。注文を終えた後、お店の一角を指さしながら、同じ質問を繰り返している。
「飲み放題とあるが」
「ああ、うん。ドリンクバー頼んであるから好きなだけ飲んでいいって」
「本当に? 何杯でも?」
「飲めるならね」
沙耶香の返答を聞くや否や、レイナが無言で席を立った。彼女はそのまま、スタスタとドリンクバーのところに向かっていった。グラスを取ってから、しばらく機械を色々見比べて、やり方を覚えているらしい。
「行ったじゃん。一番気に入ってるんじゃん?」
ミカが言うことも分かる。いつもの生真面目が服を着て歩いているような彼女からは想像もつかない姿だ。
「まさかレイナがあんなに食いつくとは思わなかったぜ」
「冷蔵庫の時点で相当怪しかったけどな」
「聞こえているぞ」
なんでドリンクバーの前から声が飛んでくるんだ。
「耳いいな。魔法使ったのか?」
「いや、今普通に聞こえたんでしょ」
その後、レイナは何種類かの飲み物を持って戻ってきた。
「なぜ三つ?」
「味の比較をするためだ」
「めっちゃ楽しんでるじゃん!」
そう言いながら、レイナはまず葡萄色の炭酸飲料を一口。
「どう?」
「悪くない」
「やっぱり気に入ってる」
「悪くないと言っただけだ」
もう一口。
「飲むペース早いじゃん」
「間違っても混ぜたりしないでよ?」
がぶがぶとドリンクバーを満喫するレイナの隣では、丁度ミカにパフェが運ばれてきていた。
「うおおお……!」
でかい。何か、上に果物とかクリームとか色々乗っていて、もう味よりも見た目を重視しているようにしか思えない。
「これがパフェ……! すごいじゃん!」
「さっきメニューで見たでしょ」
「実物の方がすごいじゃん!」
「写真の方が大きく見えることもあるけどね」
「なんか、食べるの勿体ないんだけど、これ食べていい?」
「頼んだんだから食べなよ」
「いただきます!」
ミカが勢いよく一口目を口に入れた。その途端、そのぱっちりとした目が見開かれた。
「甘っ! 冷たっ! そしてうまっ!」
「忙しいな」
そんなミカを横目に、俺の前にも注文した料理が置かれた。置かれたけど……
何だこれ。おすすめって書いてあったから頼んだけど……。
「これ、肉? 何でこんな形に――」
「食べてから質問して!」
言われるまま切って、一口。
「うまい!」
「それだけでいいのよ、それだけで」
沙耶香がほほ笑んでいる。
今日は、彼女のこんな顔をよく見かける。
心なしか、学院にいる時より、少しだけ自然な気がする。ここが、沙耶香のいた世界だからかな。
そして、そんな人間世界での楽しい一日は、まだ半分も終わっていない。




