本物の人間
同じクラスで再会した黒髪の少女、柊沙耶香。
彼女が「特例」で入学した理由が明らかになります。
御霊代魔法学院は全寮制。
これから七年間、授業だけでなく生活そのものをこの敷地の中で送ることになる。もっとも、七年を過ごすためのこの広い敷地でたった一人を探すなんて、なかなか難しい。
結局あの女の子は見つけられず、ルカに引きずられてきたこの教室には、もう三十人ほどの新入生が集まっていた。
髪の色だけ見ても随分と賑やかだ。
赤、青、銀、紫。隣にいるルカは緑。あっちのお嬢様なんか、眩い銀色だぜ。
俺含めて黒っぽい色もいるけど、それでも真っ黒というわけじゃない。だからこそ宵闇と同じくらい真っ黒な髪を見つけた時、俺は心の底から叫ぼうとしていた。
「むががっ……!」
「教室入って早々騒ぎを起こそうとすんじゃねえよ……!」
何を言う。ここは学校だぞ。生徒の好奇心を育てて伸ばす場だろ。
だけどルカは、俺の目による文句を黙殺して、よりにもよって彼女から遠くの席へ引きずり込んでいった。
「お、おい!」
「いいから黙って座れ!」
有無を言わせないってのはこのことだな。
無言の抵抗を訴えながら、俺は窓側の席に視線を移した。
いたんだ。あの子が。同じ教室に!
腰まで伸びた、混じり気のない黒髪。顎に手を当てて、憂いているみたいに外の景色を眺めているあの女子生徒。
間違いなく、校門で俺がぶつかった女子生徒だ。
柊沙耶香。その名前が、脳裏に蘇った。噂が本当なら、彼女には聞きたいこと、話したいことが山ほどある。
本人から勝手に書類を読むなと言われたので、噂の真偽は分からないけど。
「マナト」
「何?」
「露骨に見るな」
「み……見てない」
「じゃあ何で身体ごとあっち向いてるんだよ」
おおっと、いつの間に。
しっかりと体を前に向けて、咳払いをして誤魔化そう。
「偶然」
「首だけじゃ足りなかったのか?」
……仕方ないだろ。気になるんだから。
その時、教室の前扉が開いた。
「全員、席につけー」
どことなく気だるい、低めの女性の声が響いた。
すると、さっきまで騒がしかった教室内が嘘みたいに静かになる。
入ってきたのは背の高い女の先生だった。
濃紺のローブを制服の上から羽織り、長い銀髪を後ろで一つにまとめている。耳には太陽なのか月なのか、とにかく派手な雰囲気のイヤリングを付けていて、この上なく魔法使い然とした姿をしている。そのやる気のなさそうな顔を除いて。
「よし、結構すぐに静かになったな。よろしいよろしい。面倒は嫌いだからな」
先生は手にしていた出席簿を教壇に置いた。大きくため息をついて、長い前髪を持ち上げる。
「一年一組の担任を担当するセレナ・サキモトだ。担当は防御術と結界術。少なくとも一年間は顔を見ることになるからな。名前くらいは覚えておけ」
簡潔な紹介だなあ。
学院長の話もこれくらいだったらよかったのに。
「せんせー、質問!」
うわ、何だルカの奴! いきなりガキっぽく手を上げやがって。
しかも、セレナ先生は「ああ?」と柄が悪そうに応じてきた。面倒は嫌いって言ってたもんなあ。
「なんでそんなエッチな恰好しているんですか?」
ああ、それは確かにちょっと気になっていた。
ローブの下は、青いワイシャツ。だけど、明らかに彼女のサイズとあっていない。ボタンを腰のところで付けるのを諦めて、ローブで隠すつもりも無さそうだ。そうなってくると、健全な思春期の俺たちの変な考えを想起させてしまう。
セレナ先生はしばらく固まって、やがてほほ笑んだ。
「朝ボタンを留めるのが面倒だった」
「教師がそれでいいの!?」
「もっと知りたいか? 私より年収が上になったら教えてやる」
「あ……」
お、おーいルカ。俺を盾みたいに突き出すのは止めてくれ。
そうしてしばらくしていると、セレナ先生は「さて」と仕事モードに戻った。いや、ルカをからかうのに飽きただけだろうな。
「出席を取る。呼ばれたら返事をしろ」
その名前が順番に呼ばれていく。
生徒たちが、次々に返事をしていって、やがて俺、ルカも返事をする。
そして。
「柊沙耶香」
「はい」
俺は反射的にそちらを見る。
やっぱりあの子だ。
黒髪の女子生徒が真っ直ぐ前を向いている。セレナ先生と目が合って、やがてすぐに窓の外へ目を逸らしている。
一通り出席を取り終えると、セレナ先生は手元の板を机へ置いた。
「さて。通常ならこのまま学院生活について説明するところだが、その前に一つだけ伝えておく」
先生の声色ががらりと変わった。
さっきまでのお色気話をしていたのと同じ人物とは思えないほどの固い声色に、クラス中のみんなの注目が集まっていった。
「今年、このクラスには特例制度による入学生が一名いる」
特例。否応なく、さっきの書類が思い起こされた。
俺が顔を動かすよりも先に、先生の口からその名が呼ばれる。
「柊」
「はい」
黒髪のあの子が立つ。
皆の視線に晒されて、少し居心地悪そうにする彼女。だけど、数回もじもじした後は、堂々と背筋を伸ばした。そんな彼女へ、先生は説明を付け加える。
「柊沙耶香は、一般社会___いわゆる、表の世界出身だ。そして魔紋を持っていない」
やっぱり、噂は本当だったんだ。
静かだった教室が、ざわついた。
「え?」
「魔紋がない?」
「じゃあ……紋無し?」
あちこちから聞こえてくる。やがて、聞こえてくる単語の大半が「紋無し」になっていった。
紋無し。
魔法社会では珍しくない呼び方だ。
俺たち魔法使いには、生まれつき全身に、魔紋と呼ばれる魔力の通り道が備わっている。持っていること自体は当たり前で、むしろ無いことに違和感を覚えるほど。
逆に、それを持たない表の世界の人々を、俺たちの社会では魔紋が無い者――紋無しと呼んでいる。
俺はあんまり好きじゃないけど。
「……人間?」
思わず声が出ていた。
思ったより大きかったみたいだ。
沙耶香と目が合い、すぐに彼女は視線を外した。
「……」
あ。あの顔。
校門で睨まれた時と同じだ。だけど。
「本当に?」
自然と体が立ち上がっていた。
一歩、彼女がいる席に向かって踏み出していた。それ以上足が進まないのは、後ろで誰かが服を摘まんでいるからだろうけど、構わなかった。
「人間なの……? 表の世界から来たの……?」
「マナト」
「だったら……だったらさ、色々聞きたいことが」
「お前……」
「そこ、私語をするな」
ぴしゃりとした声が、俺の動きを止めた。いや、止められた。
全身が固まったように動かない。目だけを動かせば、セレナ先生の全身に薄い紫の光の紋様が浮かび上がっていた。
あれは、魔紋。俺たちが魔法を使うと、全身に浮かび上がる魔力の通り道。
「アズマ。珍しいのは分かるが、柊を見世物にするために説明しているわけではない。……説明を続けるが、いいな?」
「……はい」
体の自由が蘇った。
軽く体を捻って、俺は席に座りなおす。やっちまった。ちょっと悪目立ちしてしまったな。反省。
セレナ先生は続ける。
「この説明をした理由は一つだ。柊はお前たちと一部の授業条件が異なる。特に魔法実技では教員側から個別の指示を出すことがある。それに対して、やれ贔屓だのやれ不公平などと勝手な憶測で騒がないようにしろよ。一々説明したくない」
セレナ先生が教室全体を見る。
「それ以外は同じ一年生だ。それだけ覚えておけ」
「先生」
言い切った、とセレナ先生が息を吐いた瞬間、一人の男子生徒が手を挙げた。
俺たちからも沙耶香からも離れた席。
金色に近い髪を整え、制服も入学初日とは思えないほど綺麗に着こなしている。自信に満ちた顔つきに、机に置かれた煌びやかな私物。間違いなく、いいところのお坊ちゃんだ。
……なんか、この後に出てくる質問も見えてくるなあ。
「何だ、キサラギ」
「その特例制度は、九年前の件を踏まえた上で継続されているのですか?」
キサラギと呼ばれた生徒は、はっきりと強い語気で質問した。
九年前。
その言葉に引っかかった。そこそこ昔。俺があの人と出会ったのも、それくらい前だったような。
教室の空気も変わる。少しずつ騒ぎは大きくなって、やがて教室全体に広がっていくけど、先生は顔色一つ変えることなく宣言した。
「今それを話す必要はない」
「しかし、一人目の前例は学院を中退したと聞いています。それでもわざわざ――」
「キサラギ」
先生の声が低くなる。
「お前が学院の方針を議論したいなら、放課後に職員室へ来い。満足いくまでいくらでも話してやる。少なくとも今は、新入生一人を相手にする話ではない」
さっきまでの発言とは裏腹に、今度はどこまでも付き合うって宣言した。
ギャップに頭が痛くなる。
一方、キサラギって生徒は、「……失礼しました」とすごすごと引き下がっていた。
だけど、アイツは確かに、一度沙耶香へ振り向いた。そして、にたりと笑みを浮かべて、確かにこう言ったんだ。
「期待しているよ。君は、最後まで残っていてくれよ、紋無し」
「……」
間違いなく聞こえていたはずだけど、当の沙耶香は何も言わない。たださっきより、強く口を結んでいるように見えた。
それでも、俺の中ではまだ『九年前』という言葉が響き続けていた。
九年前。
俺があの人と会っていたのも、確かそのくらいだった。
お読みいただきありがとうございます。
史上二人目の「紋無し」、柊沙耶香。
そして、九年前にもいたという一人目。
次回から、マナトがいよいよ沙耶香本人に話しかけます。
果たして普通に会話できるのか。




