魔法学校より、人間の方が面白い
魔法学校へ入学したマナト。
ですが、本人が気になっているのは魔法ではなく――。
空へ伸びる石造りの尖塔。
校舎同士を繋ぎ、空中を移動する連絡橋。
幾重にも張られた結界の間を、箒に乗った上級生たちが飛び回っている。
いかにも魔法学校だった。
「……普通だな」
「何が普通なんだ?」
横から声が飛んできた。
見ると、俺と同じ制服を着た男子生徒が、ものすごく怪訝そうな顔でこちらを見ている。
「学校が」
「どこが?」
「魔法使いがいて、箒が飛んで、橋が魔法で浮いてる」
「まあ、そりゃあな。魔法学校だからな?」
そう。ここは御霊代魔法学院。
五百年以上の歴史を持つ、国内最大規模の魔法教育機関だ。研究機関としての規模も大きく、十五歳を迎えた魔法使いのうち、試験に合格した者だけが入学できる。
つまり、俺からすれば魔法だらけの場所だ。
「だから普通なんだよ」
「余計分からねえよ」
何だ、とうとう顔全体まで不審そうになってきた。
例えば、と俺は門の横に設置されていた街灯を指さした。
「魔力灯だろ?」
「ああ」
「人間なら電気っていうので光らせる」
「……だから?」
あれ? ピンと来ない?
「あっちは魔法使わないんだぞ?」
これがどれだけすごいことか! 魔力だなんて何でもできるものを使わないで、彼らは……
「それが?」
「すごいだろ!」
すると、この男子生徒はしばらく言葉を失った。やがて合点が行ったように手を叩いて。
「あ! 思い出した! お前アレだろ! 噂のあの人!」
「噂?」
「紋無しコレクター! 実在するとは思わなかったぜ!」
人を珍獣みたいに呼びやがって。ってか。
「紋無しじゃなくて人間な。それに集めてないから、俺のことじゃないよ」
「いやいや。間違いなくお前のことだね。ここまで変な奴だとは思わなかったけどな」
おうおう、初対面の相手にそこまで言うか。
一通りケラケラと笑っていたこいつは、やがて俺の背中を叩く。
「俺、ルカ。ルカ・ヤザワだ。同じ一年だよな?」
「ああ、じゃあ俺と同じ新入生か……俺はマナトだ。マナト・アズマ」
「マナトか。よろしくな! 俺たち、仲良くなれそうだぜ」
痛い痛い! 仲良くはいいけど、背中を叩くなって。
ちょっと、足がふらついてしまった。数歩右側に動いて。
そして、ぶつかってしまった。
「ああ、ごめん!」
咄嗟に謝罪を口にした。
同時に、パラパラといろんなものが散らばる音が広がっていく。やばい、ぶつかったせいで落とさせちゃったかな。
「……」
俺を厳しい目つきで睨んだのは、女子生徒だ。
「……ッ!」
途端に、俺は呼吸を忘れた。
似ている。とても。
長い髪は、まるで夜が形になったみたいに暗い。ここまでの黒髪なんて、見たことがないくらいに。
……似ている。あの人に。
「何?」
あ、声が低い。全然大丈夫じゃなさそう。
「あ、ごめん。本当にごめん。俺も拾うよ」
「あ、ちょっと……!」
彼女が止める前に、俺は地面にあるものに手を伸ばす。
指先に触れた瞬間、少し違和感を覚えた。この紙も、この本も。何か、俺が触れてきたものと違う。
むしろ、俺が集めてきたものの方が近いような。
そうして気付いたときには、俺は別の紙を拾い上げていた。
そこで、目に入ってしまった。
『御霊代魔法学院 特例入学者登録票』
「特例……?」
この学院に、特例入学? 気になって、つい下へ目を走らせた。
『氏名 柊沙耶香』
見慣れない名前。
そして、その下――
「返して!」
尖った声と同時に、紙が手から奪われた。
もう、持ち主の女子生徒がそれを胸に抱えていた。そのまま俺を睨みつけていて、ちょっと怖い。
「あ、ごめん……」
謝るけど、彼女はもう何も言うこともなく、そそくさと校門の中に吸い込まれていった。
彼女の腰まで伸びた黒髪が揺れるのを、俺はただずっと眺めていた。
「おおい、大丈夫か? アンタ」
「……る」
「ん?」
ルカが視界に割り込んで、俺の目の前で手を振っている。悪いけど、俺の目はあの女子生徒をずっと追いかけていた。
「やっぱり似てる……!」
「はい?」
待って!
俺は口に出すことなく走ろうとした。
だけど、一歩前にルカがいることを完全に失念していた。全速力ですぐそばの人にぶつかればどうなるかなんて、魔法があろうがなかろうが関係ない。
「いだッ!?」
「ふぎゃっ!」
全身にバチッと走る痛みと一緒に、俺たちは仲良く校門の往来で転がった。
「ぐあああ……」
「俺、声かける奴間違えたかも……」
こうして俺は、ゴロゴロと転がることで、初めて御霊代学院の校門をくぐったのだった。
◇
本館へ近づくにつれて、新入生の数が一気に増えていった。
改めて、やっぱり大きな建物だ。
何百年も前に建てられた石造りの部分と、後から増築された新しい建物が複雑に繋がっている。その中央には、この学院の象徴である時計塔がそびえていた。
巨大な文字盤に、黒い長針と短針。一見人間が使う時計と同じ形だけど、その実は学院内の魔力濃度や結界状態まで表示する魔道具らしい。
あれも機械式かなあ。中に歯車とかあるのかな……?
「おいって!」
「うおっ!」
ちょっと変な声が出てしまった。
校門の前後で俺と激烈な衝突をした男子生徒、ルカが俺の顔を覗き込んでいた。
「何ボーっとしてんだ? ここまで来て遅刻するつもりか?」
「いやあ、あれって機械式かなって」
「時計塔のことか? 魔道式だろ」
「中に歯車とかあるかな」
あれば是非、俺のコレクションにしたいなあ。
「知らねえけど……初日に壊すなよ」
「まだ何もしてないって」
「『まだ』って言ったな? 入学から退学の最短記録を狙っているわけじゃねえなら止めておけ。あ、それよりさ」
何だ? ルカが改まって聞いてきた。
「さっきの子何だったんだ? 追いかけようとしていたけど」
「んあ」
もうあの女の子の姿はない。とっくに中央本館に入っているんだろう。
「いや……特例で入学した、みたいなこと書いてあったからちょっと気になって」
「特例かあ……まあたまにあるだろ。何事にも例外はあるモンだ」
「まあね。それに、似てたんだよ。……昔会った人にさ」
「似てたって……誰に?」
「それは……」
誰だって言われると結構辛いな。俺だって、ちゃんと説明できるほど覚えているわけじゃないし。
昔。あれは確か、まだ俺が六歳くらいだった頃かな。
人間の女の人と、何度か会ったんだ。
俺よりずっと年上で、人間の道具をたくさん見せてくれた人。
ラジオに、ボールペンに、乾電池。他にも色々教えてくれて、どれだけ色あせても、それは俺にとってかけがえのない記憶になっている。
俺が人間の世界を好きになった原因を一つ選べと言われたら、間違いなくあの人だ。
でも、ある時から突然会えなくなった。
どこへ行ったのかも知らない。結局、あの人がどこの誰だったのかも、手がかりは一つも残っていない。
「その人間と、さっきの女子が似てた?」
「うん。特に髪が」
「黒髪なんて珍しくないだろ。お前だって、どっちかというと黒の方だろ」
「魔法使いではあそこまで真っ黒なの、あんまりいないよ」
俺たちの横を、新入生らしい集団が通り過ぎていく。赤、銀、青。髪の色だけでも随分と賑やかだ。その中に、特例とあった彼女みたいな黒は一人もいなかった。 だからこそ、混じり気のない黒は逆に目立つ。
「それだけで追いかけようとしたのか?」
「あと名前」
「名前?」
「ああ。ほら、漢字で名前書くことなんてほとんどないだろ?」
人間社会では当たり前に使われているらしいけど、俺たち魔法使いにとってはあまり馴染みがない。文化的な違いなんだろうけど、むしろ俺は漢字表記のバリエーションの豊かさに憧れを抱いている。
「なるほどね……お前人間大好きみたいだし、もしかしたらってことで、色々聞いてみようってなったのか。でも、それだってそこまで珍しくもないだろ。表で暮らしてる魔法使いだっているし」
「そうなんだよなあ」
俺が見られたのは名前までだった。
その下にも何か書いてあった気がするけど、その前に本人に取り上げられてしまった。
「だから本人に聞こうと思って」
「いや、お前それはマジでやめとけ」
「何で?」
「さっきの顔覚えてないのか?」
「……怒ってた」
「分かってるじゃねえか」
「俺がぶつかったからだろ?」
「それもあるだろうが、多分勝手に書類読んだのが主な原因じゃね?」
「あー、そっちもあったかあ……じゃあ次会ったら、まず謝る」
「うむ」
「その後に、人間のことを色々聞く」
「何も学んでねえ!」
ルカの声が、朝の学院に響いた。
だけど、俺はもうその声を聞いていなかった。
ただ、ずっと思っていた。
あの子、どんな子なんだろうなって。
彼女のポケットの中には、どれだけ素晴らしい物が詰め込まれているんだろうって。
「お前、また変なこと考えているだろ」
「いや? そんなことないよ? 多分」
「嘘つけ」
お読みいただきありがとうございます。
マナトの魔法学校生活が始まりました。
そして、少し気になる黒髪の女の子も。




