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魔法学校に普通の人間が入学してきた ~紋無しと人間オタクの魔法使い~  作者: カラス
第一章 九年前に消えた一人目

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インカム

 作戦は決まった。……いや、これをそもそも作戦と呼んでいいのかは分からないけど。

 とにかく、普通にぶん殴る。


「……ねえ、本当にやるの?」

「何だよ、言い出したの沙耶香だろ?」


 言い出しっぺが逃げ腰になるなよ。


「そうだけど……」

「やっぱり怖くなった?」

「怖いに決まってるでしょ!」


 沙耶香が即答した。


「私だって喧嘩したことなんてほとんどないんだから!」

「え?」

「何よ、その顔」

「いや、あんな自信満々だったから」

「魔法使えない相手には殴ればいいって言っただけ! 私が殴るの得意なんて一言も言ってない!」

「……なあマナト、これ作戦を考え直した方が良くねえか?」

「もう遅いよ」


 ルカには残念なお知らせだけど、扉がまた鳴動を始めた。

 しかも今度は、一回一回の揺れ幅が大きい。


「来たぞ」

「……早いよ!」

「休憩終わったんじゃねえの?」


 机がずれる。三人で机を押し戻すけど、やっぱりこの机は。


「重っ!」

「だから普段魔法で浮かせてるんだよ!」

「何でさっきまで静かだったのよ!?」

「知らない!」


 今度は扉の金属部分が内側へ歪んだ。


「……これ、そもそも机で止められる相手じゃないんじゃ」

「今さら気づいたの!?」


 沙耶香が叫んだ、その瞬間。

 バキンッ!と嫌な音がして、鍵の辺りが吹き飛んだ。


「うわっ!」


 三人で後ろへ下がる。

 扉がゆっくりと開き、怪人をこの工房棟に迎え入れたんだ。


「お待たせしました」


 白い顔のカブキが立っていた。右肩には、あの巨大な金属棒が、今か今かと出番を待っている。

 どうやら素手で扉を壊したみたいだけど、息一つ乱れていない。いや、どんな肉体なんだよあれ。


「いやあ、失礼。古い扉というのは味があっていいですねえ。ついつい見物してしまいました。また壊れる時の音にも――」

「今!」


 一番に飛び出したのは沙耶香だった。


「うああああっ!」


 真正面から、大男の腹へ拳を突き刺す。

 ゴッと鈍い音とともに、拳が黒い腹に命中した。


「……どう?」

「手が痛い」


 ああ、そりゃあそうだ。だけど、そんな感想が返ってくるってことは。


「駄目じゃん!」

「うるさい!」

「なるほど、なるほど」


 白い顔が自分の腹を見下ろした。


「これが先ほど仰っていた、人間流――」

「違うから! 普通の人間は知らない人を殴らないから!」

「では何故あなたは?」

「アンタが誘拐しようとしてるからでしょうが!」

「ほう、なるほど。それなら納得です」

「納得するな!」


 やっぱり、全然効いていない。ただ殴るだけじゃ駄目だ。


「沙耶香、次だ!」

「う、うん!」


 沙耶香は一目散にカブキから離れる。

 俺たち三人は、一気にその場から散り散りになる。

 当然そうなれば、あの白い怪人だって追いかけようと中に入ってくる。


「おやおや、鬼ごっこの続きですか。嫌いではありませんよ!」


 釣れた。

 彼はゆったりとした足取りで、沙耶香が走った道を追う。

 予定通りだ。

 俺とルカは、先回りして通路の先で沙耶香と合流。白塗りの男までまだ距離があることを確認して、互いに頷き合った。

 きっと、バラバラになったら沙耶香を追いかけてくる。だからこそ、こっちの通路にだけ罠を張ったんだ。


「……今だ!」


 ルカが床のワイヤーを引っ張る。すると、大男の足首へ作業用の太いワイヤーが絡みつく。


「む?」

「引け!」

「おおおおおっ!」


 俺とルカの二人で、ワイヤーをそれぞれ反対側へ引いた。


「この程度――」


 当然、相手だって踏ん張る。

 するとどうだろうか。彼の尋常じゃない体格が抵抗することによって、ワイヤーが動かなくなったんだ。


「嘘だろ!」

「もっと引け!」

「引いてるよ!」

「なら――」


 沙耶香がもう駆け出していた。

 カブキへまっすぐ、思いっきり息を吸い込んでいた。


「さっきのお返し!」


 踏み込んで、拳を放つ。

 今度は腹じゃない。拳が思いっきり顔に炸裂した。


「――っ!」


 ゴッ!と鈍い音とともに、拳が白塗りの頬へ入った。

 カブキの顔が横を向く。


「……入った」


 沙耶香自身が、一番驚いていた。

 ほんの半歩だけど、あの巨体が下がった。


「やった! そして痛ったあああああ!」

「結局そっちも痛いの!?」

「顔硬い!」

「顔は普通硬いだろ!」


 それでも、白塗りの頬には沙耶香の拳が擦った跡が残り、口の端に、ほんの僅かに赤い血が流れ出ていた。


「……痛いですねえ」


 カブキが指でそれを拭った。


「いやあ! 今のは実に良かった!」


 有り得ない。コイツ、殴られて喜んでる。


「力ではない。間の取り方でもない。三人で私の注意を散らし、その一瞬だけを取った!」


 頬の血を白い指で伸ばして、赤い線になる。

 するとそれは、まるで最初からあった化粧みたいになった。


「一人では何もできない者たちが、三人揃った途端に私へ一撃を入れた!」

「褒められてる……?」

「多分。全然嬉しくないけど」

「気に入りました。気に入りましたので、次はわたしの番ですねえ」


 嫌な予感しかしない。

 そうして、彼の怪力が発揮された。

 拘束していたワイヤーが、次々に千切れていく。風を切るワイヤーたちの悲鳴が、俺たちの恐怖をより搔き立てた。


「まずい……!」

「逃げろ!」


 三人同時に、一斉に走った。

 最後にカブキの顔を見た時、不気味な笑みが俺たち三人を、全員を睨んでいた。


     ◇


 その後は、もう正面から相手にしなかった。

 工房の机、棚、ワイヤー、ばね、扉。

 使えるものを片っ端から使う。仕掛けた罠なんて、とっくに底をついていた。

 書類を積んだ台車を正面から受け止めて、落ちてきた資材の雪崩をものともせずに進んで、魔法で開閉する扉を力でこじ開けた。

 もう一度ワイヤーで___今度は、大型魔獣の素材を運ぶための網が、白塗りの男の巨体を締め上げていく。


「これなら!」

「さっきより太いぞ!」

「ああ! 追加で二重にした!」

「ええ、これはなかなか固いですねえ……」


 嘘だろ……まだ動けるのか。

 ギチギチと、嫌な音が響いている。


「いやこれ、大型魔獣用だぞ!? あいつ、本当に魔法使いか!?」

「もう同じ生き物だと思いたくないんだけど!」

「おやおや、それは恐縮です」

「褒めてない!」


 すぐには破れないみたいだ。今なら、足止めは出来る。

 先生を呼ぶか、あるいは逃げるか。

 そう思った時だった。

 一瞬、カブキの動きが止まる。さっきまでの抵抗が嘘のように固まって、彼は「やれやれ、いいところなのに」と残念がっている。

 耳に手を当てた大男に対して、沙耶香は小声で「またインカム」と呟いた。


「いんかむ?」

「もう忘れたの!?」


 白い髪の間にある、小さな黒い機械に触れながら、彼は頷いた。


「はい。ええ。少々手間取っております。……いえいえ。彼女を含めた学生三人ですよ。いやあ、なかなか面白い子たちでして……分かっていますよ」


 相手側の声は小さく、こっちには聞こえない。

 でも向こうに、誰かいる。


「誰と話してる!」

「少し失礼。……秘密ですよ。それを教えてしまっては面白くありませんので」

「もしかして、お姉ちゃん?」

「……」


 沙耶香の言葉に、一瞬カブキの目が凍り付いた。

 一拍遅れて、彼は反応を返した。


「さて。何のことでしょう」

「反応した!」

「していませんよ」

「した!」

「気のせいです。面倒ですねえ。先にこの糸斬りましょうか」

「絶対した!」

「おい待て沙耶香!」


 俺たちの言葉は聞こえていない。それに、このワイヤーももう限界だ。

 さっきの再現のように一本、また一本と切れていく。


「離れろ!」


 沙耶香を捕まえて、俺たちが飛び退いた。

 同時に、彼の「いやあ」という余裕そうな声がより焦燥を駆り立てた。


「非常に惜しい。ですがまあ、及第点でしょう」

「化け物かよ……!」

「化け物とは心外な。ですが、まあいいでしょう。貴方たちの勇気に免じて、ここは一度退散するとしましょうか……」


 退散。つまり、彼はこの場から逃げようとしているのか。


「柊沙耶香さんと行動をともにするなら、あなたたちともまたお会いすることにもなるでしょう。次回作に期待していますよ」

「逃がすか!」


 ルカが飛び込むけど、カブキの機敏な動きは捉えられない。

 よけられて、彼はそのまま軽い足取りで窓までジャンプした。


「――あ」


 その時、外れた。小さな黒い物が、白い髪から。


「何か落ちた!」


 カブキは気づいていない。

 いや、気づいた。けど、回収に動かなかったんだ。


「……」


 彼の視線は、インカムと俺たちを行き来している。

 迷っているみたいだけど。


「そこにいるのか!」

「犯人がいるぞ! 囲め!」


 逆方向からも迫って来る先生の声と複数の足音が、カブキに決断させたみたいだ。


「仕方ありません、幕引きですねえ」


 彼は、また新しい何かを取り出した。

 赤い、筒。それを見た途端、沙耶香が叫んだ。


「伏せて!」


 すぐに、彼女の言葉に従う。途端に、白煙が立ち上って視界が消えた。


「な、何だこれ!?」

「発煙筒! 大丈夫、毒とかはないはずだから! それよりマナト! 無事!?」

「ああ!」

「ルカ!」

「問題ねえ!」


 そして煙は、ほんの数秒で晴れた。

 だけど、あの不審者は……。


「……逃げた」

「追う?」

「いや」


 それより、アイツは決定的なものを落としている。


「あれ」


 あの不審者がさっき落とした、黒い機械だ。


「インカム? でもこれ、どこでも売ってそうな……」

「待って」


 拾おうとする沙耶香を、俺は止めた。


『――聞こえる?』

「……!」


 まだ、この機械は誰かと繋がっている。

 俺たち三人は顔を見合わせて、ゆっくりと機械の近くでしゃがむ。

 この機械から聞こえるのは、女の声だ。


『返事して。ねえ、聞こえていないの?』

「……」


 何だ、この声。すごいノイズ交じりで、正確には聞き取れない。

 それなのに、どこか引っ掛かる。

 ずっと昔、似たような声を聞いたような……。

 もっと高くて、もっと若くて。

 でも、似ている。俺に人間を教えてくれたあの人と___


『もう教師が動いてる。無理しな――』

「……お姉ちゃん?」


 沙耶香の声が、ぼそりと漏れ出た。

 途端に、向こうの声が止まった。


『……』


 雑音が走っている。でも、切れない。


「お姉ちゃん……なの?」


 沙耶香が今度ははっきりと聞いた。


「舞維お姉ちゃん?」

『……沙耶香?』

「――っ」


 息を呑む。

 俺もルカも、何も言えない。

 そして、その声で、九年前の記憶がはっきりと蘇った。

 ただ沙耶香だけが、弾かれたようにインカムを拾い上げた。


「お姉ちゃん……!」


 ブツッ。


「え?」


 もう、インカムからは何も聞こえなかった。


「お姉ちゃん? お姉ちゃん!」


 初めてインカムを見た俺でも分かる。もう、この機械はどことも繋がっていない。

 そのまま沙耶香は、狂ったように姉を呼び続けていた。

 そしてそれを眺めながら、俺は沙耶香のローブを……その中に収納されているノートを見つめた。

 確かに、俺と沙耶香の間には、昔から一つの共通点があった。

 柊舞維。

 沙耶香にとっては、生まれた時から。俺にとっては、九年前から。

 今、俺たち二人を繋いでいたその人は、俺たちから、とんでもなく遠いところにいるらしい。


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