普通にぶん殴ろう
「何やってるの!?」
「うわっ!」
制服の襟を思いっきり引かれた。
俺の体が後ろへ倒れた直後、巨大な金属棒が、ついさっきまで俺の頭があった場所を通過した。
風圧だけで髪が揺れ、一気に冷や汗が流れる。
「魔法使えないって、さっき確認したばっかでしょ!」
「つ、つい癖で!」
「死ぬよ、その癖!」
「お前ら後にしろ!」
ルカが叫ぶ。
一方、カブキが振り抜いた棒は、一切の勢いを殺さず、地面へ叩きつけられていた。
するとどうだろう。石畳が、紙で出来ていたみたいに真っ二つに割れた。
「……あれ、人に使っていいやつ?」
「おや、おや。ちゃんと避けるではありませんか」
呆然としている俺たち三人の顔を順番に見て、白塗りの口元が嬉しそうに吊り上がった。
「当たったらどうする気だったんだよ!」
「ご安心を。殺してはいけないと言われていますので」
「今の当たったら死ぬだろ!」
「そこは加減していますから、ご安心を」
「嘘つけ!」
「酷いですねえ」
白塗りの顔を大袈裟に歪める。
「まあもっとも、作品というものは、少々大胆なくらいが美しいのですよ。何より……」
カブキが金属棒を肩へ担ぐ。
「簡単に終わってしまっては、つまらないですがねえ……」
「やっぱり会話する気ねえぞ、こいつ」
「失礼な子ですね……」
笑っている。
それも、さっきまでとは全然違う。
俺たちを連れていくために仕方なく戦っている人の顔じゃない。
明らかに、楽しんでいる顔だ。
「ですが――」
地面を蹴った。
「戦闘もまた、即興の作品です!」
「来るぞ!」
三人同時に散った。
金属棒が横薙ぎに振られる。
「うわっ!」
避けた鉄棒の標的がルカへ移る。
「何で俺!」
ルカが鞄を盾に突き出す。そこへ、金属棒が振るわれ、ルカが鞄ごと吹き飛ばされた。
「ルカがっ!? 何だあいつ! 魔法使えないんだぞ!? あんな馬鹿力、ありえんのかよ!」
「だからですよ」
白い厚化粧の目が大きく歪んだ。
「魔法を奪った場所に、魔法がなければ何もできない者を送り込むと思いますか?」
「……!」
そういうことか。
こいつは最初から、魔法が使えない状態で戦うためにここに来たんだ。
「いいですねえ」
白塗りの口が吊り上がる。
「魔法使いが魔法を奪われた時、どこまで醜く、それでも足掻けるのか。実に興味深い」
「……趣味悪」
沙耶香が吐き捨てた。
「おや? 今なんと?」
「人が困ってるところ見て楽しむの、趣味悪いって言ったの」
「おやおや。これは手厳しい。流石、そっくりだ」
……こいつ、今何て言った。
だけど、状況は最悪だ。白い面が次に選んだ標的は、沙耶香。
そもそも誘拐しようとしている、沙耶香だ。
そして当の沙耶香は、逃げない。
「え?」
俺の方が驚いた。
彼女の肉体へ、金属棒が振り下ろされた。
だけど、沙耶香はぎりぎり横へ飛んで避ける。
「っ!」
金属棒が制服の袖を掠める。
沙耶香はその隙を逃すことはなかった。一気に踏み込んで、棒を持つ腕へ両手を伸ばす。
「今!」
結果、沙耶香の全身が大男の右腕に捕まることとなる。
それにしても、今って……
「何すればいいんだよ!」
「何でも! いいから捕まえて!」
「雑すぎんだろ!」
それでもまず、ルカが走った。
カブキの脚へ抱きつく。
「おや」
ほんの少し、大男の体勢が崩れた。
「マナト!」
「ああもうッ! 分かってる!」
俺も突っ込み、左腕にしがみつく。
三人がかりで、一人を抑える。いくら学生相手でも、そう簡単には動けないはずだ。
それなのに。
「これは……なかなか――」
おかしい。体が、持ち上がっている気がする。
「よい!」
「うわあああああああああっ!」
「ルカ!?」
次の瞬間、ルカごと脚が持ち上がった。
そのまま、そこそこ屈強なルカを振り回し、投げ飛ばした。
「覚えてろおおおお!」
飛んでいくルカが、植え込みへ突っ込んだ。
「ルカ!」
そして、体の異変は俺にも起こる。
俺の体も、軽々と持ち上げられているんだ。
「嘘だろ……左手だぞ!?」
「ええ、もう少しきちんと食生活を見直してください。あまりにも軽すぎますから……ねッ!」
白い大男のその一言とともに、俺の体は左腕ごと地面に叩きつけられる。
「がはっ!」
痛い。間違いなく、この人生で一番の痛みが、俺の全身を走り回った。
肺の息が全部出て、一瞬意識が飛んだ。
「マナト!」
沙耶香の悲鳴が遠くに聞こえた。
いつもなら無意識に身体へ回している魔力も、防御術式もない。
人間って、毎回こんな状態で喧嘩するの? 怖すぎない?
「さて、邪魔者は排除しました……」
大男はそのまま、右腕にしがみついたままの沙耶香を引きはがす。襟を掴まれた彼女は、まるで小動物のように固まっていた。
「改めまして、一緒に来ていただきましょうか。柊沙耶香さん」
「ま、待て……!」
このままじゃ、本当に沙耶香が連れ去られる。
口の中に生臭い味がする中で、俺は体を無理にでも突き起こす。
「行かせるか……! そんな、勝手なことを!」
「勇ましいですね……君のような子は嫌いではありませんが、今はいささか目障りだ……!」
沙耶香と同時に、鉄棒が振り上げられる。また、俺の脳天目掛けて。
「させるかよ!」
それは、ルカの声。
同時に、鉄棒の矛先に、小さな物品が割り込んだ。
鉄棒が命中。するとどうだ。
小さな障害物は、一気にその大きさを肥大化。巨大な布団が出現して、カブキの視界を覆っていた。
「何!?」
「いたっ!」
沙耶香の短い悲鳴が聞こえた。すぐに彼女は、布団の陰からこっちに駆け寄った。
「これって、さっきの……!」
「ああ、ルカのだ」
彼女の手を借りて、急いでその場から離れる。
鉄棒が布をズタズタにしたころには、俺たちはもうあの大男から逃げ去っていた。
◇
「おやおや、鬼ごっこというんでしたっけ? なかなか難しいですねえ……」
後ろから楽しそうな声が聞こえてきた。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ……ふむ。この歌は、わたしが使う側でよろしいのでしょうか」
中庭を、危険な大男が徘徊している。時折発見した教師が取り押さえようとするけど、魔法の使えない先生たちなんて、あっさりと撃退されている。
そして俺たちは、そんなカブキを遠目で見ながら、工房棟のドアを開けようとしていた。
けど、やっぱり開かない。
「どうして開かないんだよ、こんな時に……!」
「ここも結局、魔法で動いているからな……」
俺たち三人がいくら扉を押しても、うんともすんとも言わない。もしこの状態が全ての建物に適応されているなら、生徒や教師は全ての建物に閉じ込められたり、締め出されたりしているということだ。
この中なら、人間の道具もあるだろうから何かしらの抵抗は出来ると思ったのに。
……人間? なら……!
「なあ沙耶香! こういう時、人間ならどうする?」
「え!? 何!? こういう時って……!?」
「開かない時!」
「普通は鍵よ、物理的な鍵!」
「鍵!?」
「あった! これだ!」
ルカが指さしたところには、確かに扉に少し出っ張っているパーツがある。その蓋を退ければ、小さな穴がこちらを見返していた。
非常用の小さな鍵穴だ。
「で、肝心の鍵は?」
「そんなの知らないわよ! 先生が持ってるんじゃない!?」
「じゃあダメじゃ……いや、待って」
行けるかもしれない。
俺はローブを開いて、中を確認する。うん、やっぱりあってよかった。
「何、鍵持ってるの?」
「ああ。ドライバーがある……! それに、ネジとか色々な!」
「ドライバーにネジって……まさか」
「ああ、そのまさかだ! 分解する」
「まさかのピッキング!? 間に合うの!?」
「多分!」
「その多分、信用できない!」
「じゃあ――」
「やって!」
「どっちだよ!」
「おい、いいからカバー外すぞ」
ルカがカバーをもう一度外す。
よし。ちゃんとネジ穴とかあるし、普段ならともかく今ならドライバーで開けられるかもしれない。
「よし、じゃあそっち押さえろ!」
「こっち? おい、こっちにもドライバーくれ」
「ほいよ!」
「うっし。えっと、コレ回せばいいの?」
「ネジにあててな!」
「こうか?」
「違う! こう!」
「何で二人とも楽しそうなの!」
何だよ、沙耶香のやつ。ヒステリックになるなって、ちょっとだけ楽しいのは不可抗力だろ。
「マナト! 急いで!」
沙耶香が血相を変えて俺の肩を叩いた。
もう、白い人影が近くまで迫っている。ここまで来たら、もう俺たちに気付いているのかもしれない。
「早く!」
「外れた!」
「よし、あとはこれを引いて……開け!」
この時ばかりは、俺は神様に感謝した。
ガチャッ!という音とともに、扉が開いて、俺たち三人は我先にと滑り込む。
すぐに扉を閉じるけど、あのカブキの笑みさえもはっきり見えるほどすぐ近くにいる。
「鍵かけろ!」
「今壊したでしょ!」
「そうだった! なら机!」
近くにあった作業机を三人で押す。けど何だこれ。
「すごい重っ!」
「普段浮かせてるからね……!!」
「人間って、毎日こんなの押してるの!?」
「机を毎日押す人はいない!」
ガガガガッ。と床を削る音とともに、机が扉の前へ移動する。
ドンッ!と、外側から衝撃が走る。
「うわ!」
机がずれる。けど、まだ開くことはない。
「……」
俺たち三人は、しばらくの間扉と机の戦いを見守る。
やがて、扉は大人しくなった。それまでの轟音が嘘のように、工房棟の中はしんと静まり返っていった。
「……諦めたのか?」
「どうだろうな。沙耶香を狙って、あそこまで用意してきた相手がこれくらいで諦めるとは思えねえが……」
「ひとまず、休憩するくらいはいいわよね……?」
沙耶香が座り込んだ。
そうだ。ひとまずの安全は確保できたんだ。それに、この工房棟には、舞維さんが持ち込んだかもしれない物品だってあるかもしれない。
「……あいつ、何回か気になること言ってたよな?」
「何だ?」
「あれ……カブキ、だっけ? 沙耶香、カブキってなんだ?」
「えっと……人間の伝統芸能よ。偶然のネタ被りじゃないの? 歌舞伎みたいな化粧、こっちにはないの?」
「俺の知る範囲にはないな。それに、おにごっこ? みたいなこと言ってたし……」
「鬼ごっこもないの?」
その様子だと、そのおにごっことやらも、人間の文化みたいだ。
「それを、不自由な感じで使っていたってことは、多分アイツ……人間を知っている魔法使いだ」
「!」
「それって……」
沙耶香とルカの目が見開かれる。
多分だけど。
「知っているんじゃないか? 舞維さんのことを」
だって、魔法使いで人間と接点がある人って……まあ、表で生活している人はともかく、こっちにはそんなにいないだろう。
だけど、可能性は十分にある。
「だったら、アイツを捕まえよう……!」
さっきまで休憩とか言っていたのに、いの一番に沙耶香が立ち上がった。
「捕まえて、お姉ちゃんのことを聞き出す……!」
「おいおい、待てって。魔法使えないんだぞ」
ルカが慌てて俺たちを止めた。
「その上、武器持ってる。どうするつもりだよ」
「こっちだって、三人もいるぞ」
「計算雑すぎる!」
それでも、このまま沙耶香を連れていかせるよりいい。
それに何より、舞維さんに繋がる手がかりかもしれないんだ。
「人間ってさ、魔法使えない相手と戦う時、どうするんだ?」
「……」
沙耶香は少し考えた。
そして、少しだけ笑った。
「色々あるけど……一個だけあるよ。杖も魔法もいらない。シンプルなやり方が」
「何?」
「魔法使いって」
沙耶香が拳を握った。
「普通に殴られたことある?」
「……多分ない」
「じゃあ」
……拳を叩いて、彼女は宣言した。
「普通にぶん殴ろう!」
今は……今だけは。
この学院で一番魔法が下手な沙耶香が一番、普通に戦える。
そんな気がした。




