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魔法学校に普通の人間が入学してきた ~紋無しと人間オタクの魔法使い~  作者: カラス
第一章 九年前に消えた一人目

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姉を知る先生

「いた……!」


 学院図書館で、沙耶香のその小さな声は俺にはよく聞こえた。

 九年前の年報を取り囲む俺たち三人。図書館の司書から借りた、数百ページものの年報を開いてしばらく。

 彼女の指先は、研究発表会の優秀研究賞に当てられていた。その受賞者欄。カタカナばかりの名前の中で、一つだけ目立つ漢字記載の名前。そこには、こう書かれていた。


『柊舞維』


 そして、その横には小さな白黒写真が載っていた。

 演台の前に立つ、黒い髪の女子生徒。

 片手に紙束を持って、何かを説明している。


「……お姉ちゃん」


 今度の沙耶香の声は、さっきより小さかった。

 俺も、沙耶香の肩越しにその写真を見てみる。

 黒い髪も、目元も、輪郭も沙耶香によく似ている。

 今の沙耶香がもう少し成長したら、こんな感じになるのかもしれない。

 九年前の俺の記憶だと、もっと大人に見えたけど。でも、やっぱり……。


「この人だ……」


 九年前、俺にラジオやボールペンを見せてくれた人。

 もう、偶然で片づけるには似すぎていた。

 どれだけ時間が経っても、沙耶香は、ずっとその写真に釘付けになっていた。

 彼女を今現実に引き戻すのは無粋だろうか。俺は舞維さんの写真から目を離して、その研究題目を先に確認することにした。


『魔紋非保有者における外部術式補助の実用性について』

「これ……ノートにあった研究だ」

「だな。他にもありそうだな」


 ルカがページを少しめくっている。沙耶香に指をどけさせて、そのまま開いた。

 そして現れる、無数の柊舞維という名前。三ページもめくれば一回は出てくるという名前の回数に、驚きを通り越してちょっと引いてくる。

 ……何だこの人。


「ちゃんと、研究として発表してたんだ……」

「いや、ちゃんと研究してたどころじゃねえよこれ……いくら何でもやりすぎだろ!」


 魔法実技試験上位成績者___柊舞維。

 魔道具設計競技特別賞____柊舞維。

 術式理論論文学生部門佳作__柊舞維。


「確かに……お姉ちゃん、何個名前載ってるの?」

「ちょっと待てよ、お前の姉ちゃん強すぎない?」

「へへ……! お姉ちゃん、昔から何でもできたから」


 沙耶香が少し誇らしそうに鼻をさすっている。たしかにこれは誇らしいだろうな。

 その一方でルカは本気で驚いていた。


「いや……これ、普通に学院でも上位だぞ。この御霊代で上位って、そうとうやばいからな」

「お姉ちゃん、すごいでしょ!」

「いや、自慢のお姉ちゃんでしょってレベルじゃねえんだよこれ。忘れちゃいねえか? お前の姉ちゃんってことは、魔紋がないってことだろ?」


 その言葉に、俺と沙耶香は一瞬固まった。

 ルカは慌てて「あ、悪い意味じゃねえぞ」と付け加える。


「魔紋が無いってことは、普通の奴より不利なんだろ?」

「あ……うん……私を見る限りね」

「それでこれかよ……」


 確かにそうだ。魔紋がないなら、俺たち生来の魔法使い以上に、魔力について熟知していなければならない。

 これが、舞維さん。

 もし、昔会ったあの人が本当に舞維さんだったなら……。

 あの時は、ただ人間の道具を教えてくれた変わった人だと思っていた。

 実際は、御霊代でもこれだけ名前を残す人だった。

 その影では、一体どれだけの苦労があったんだろうか。


「待って……! ここ!」


 沙耶香が年報を指で叩く。

 それは、最初に見つけた研究発表の記事。舞維さんの研究内容の下に、名前が記されていた。


『指導教員――』

「お姉ちゃんの先生……」

『シオン・ネモト教授』


 そして、その隣には舞維さんの時と同じく、白黒の写真が載っていた。

 壮年の男性。あまり特徴という特徴もない外見で、学校内ですれ違っても覚えられないかも。


「この学校、先生と教授両方いるんだ……それでこの人、知ってる?」

「いや、知らないな」

「俺も……今もいるのか?」


 ルカの懸念することはもっともだ。

 なにしろ九年だ。どんな先生でも、退職していたっておかしくない。


「当時の関係者が今も学院にいるって話だったよな。この人かもしれない」


 さらにページをめくる。

 別の研究にも、当然のごとく舞維さんの名前があった。

 その横にも、同じ名前が相方のようにくっついていた。


『指導教員 シオン・ネモト』

「またこの人だ」

「こっちにもあるぜ」

『魔道具研究室 シオン・ネモト教授』

「魔道具か……」


 その言葉に、ルカが反応した。


「今回の装置と分野が近いな」

「……」


 一方で、沙耶香はじっと名前を見つめていた。


「ねえ……この人、お姉ちゃんのこと、知ってるんだよね」

「それは……間違いないだろうな」

「だよね。だったら、一度会いたい。会って、お姉ちゃんのことを聞きたい……!」


 彼女に迷いはなかった。今日一日ずっといて、一番強い目で言い切った。

 そうだな。

 俺も彼女に同意して、一緒に探そうと言い出したとき。


「待て。今日何回言わせるんだよ。勝手に動くなって言われただろ」


 ルカが制止した。


「疑うわけじゃない。話を聞きにいくんだよ」

「それを勝手にやるなって話じゃねえの? 事件解決したら話できるように取り計らってくれるんだろ?」

「……そうだけど……」

「そうだな……今回はルカが正しい」

「マナト!?」


 そんなに驚くなよ。別に、このシオンって人との接触を諦めようってわけじゃないって。


「まず、セレナ先生に相談しよう。このシオンって人と話をしたいって」

「……それで、止められたら?」


 なんでそんなに不貞腐れているんだよ。大丈夫だって、ちゃんと考えているから。


「理由を聞く」

「それでも駄目って言われたら?」

「……」

「今、こっそり探そうとしたでしょ」

「してないよ」

「本当に?」

「多分」

「ほら!」


 ああ、沙耶香が鬼の首を取ったように手を叩いた。


「しまった!」

「静かにしてください!」


 遠くから司書の先生に怒られた。


「「「すみません!」」」


     ◇


 その夜、御霊代魔法学院の地下、生徒が立ち入ることのない区画では、低い機械音が響いていた。

 人間の機械と魔石、複雑な魔法陣。本来なら一つになるはずのない三つが、無理矢理に接続されている。

 そして、その三つを包括するボディには、小さな表示板が取り付けられており、そこには『92.7%』と表示されていた。

 すぐに、表示されていた数字が『92.8%』へ変わる。


「もう少し……次なら、届く」


 直後、学院中の魔法灯が、一瞬だけ消えた。


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