返してください
「お姉ちゃんのノートを、返してください」
放課後、俺たちは職員室に来ていた。
目的は今沙耶香が言った通り、舞維さんのノートだ。
職員室の奥、他の先生たちがいる場所とは少し離れた机を陣取るクドウ管理官は、その険しい顔を上げた。
「随分と早かったな。まだ三日だぞ」
「私にはもう十分と長いんです……!」
すごいな沙耶香、こんなに怖い人に啖呵切って。
提案しておいてなんだが、俺もうこの場から逃げ出したいくらいだし。
「ふむ。それで、なぜ君たちまでいる」
クドウ管理官の目線がこっちに来た。
「付き添いです」
「俺は巻き込まれました」
「ルカ!」
「事実だろ。お前らが来いって……」
「静かにしろ」
少し離れた席からそんな声が聞こえてきた。
見ればそこには、見慣れた肌色があった。セレナ先生だ。
書類の山を前に、ただでさえ疲れている顔がより一層険しくなっている。
「ったく、お前たちが何をしたか知らんが、私は早くこの面倒な仕事を片付けなけりゃいかんのだ。……ったく教頭の石頭め、使い魔か何かと勘違いしているんじゃなかろうな……」
セレナ先生がぶつぶつと呪いの言葉を発し始めている。
クドウ管理官も含めて一瞬唖然とするけど、すぐに咳払いで話を現実に戻された。
「それで、ノートだったな」
いつの間に手にしたのだろう。クドウ管理官は、舞維さんのノートを机の上に置いた。
「まだ確認は不十分なのだが……」
「不十分って……ここ、魔法の専門家が大勢いるのに……!」
「これを書いた生徒は相当優秀だったと言わざるを得んな。然るべきところに提出すれば、この上ない名声を得られていただろうに。……まあいい。複製も完了していることだ、これは返そう」
思ったより粘らなかったな。
クドウ管理官はあっさりとノートを沙耶香へ手渡した。
感極まった沙耶香は「ありがとうございます!」と礼まで言っている。その際セレナ先生の「うるさいぞお前らー!」という苦情は無視しよう。
「ただし、一つ確認したい」
クドウ管理官はまた別のノートを取り出す。今沙耶香に返したものと瓜二つのノート。今さっき彼が言及した複製品だろう。
ペラペラとめくり、途中の切り取られたページを開いた。
「ここの欠損は、君が見つけた時からあったのかね?」
「はい」
「間違いないかね?」
もう一度、沙耶香は頷いた。
すると彼は「そうか」とノートのコピー品を閉じ、机の中へ閉まった。
何かを考えている様子の彼へ、俺は思わず尋ねた。
「何かわかったんですか?」
「現時点では断定できん」
「じゃあ、関係あるかもしれないんですね」
「アズマ君。言葉尻から勝手な情報を増やすのは止めたまえ」
ああ、怒られた。
だけど、しばらく考え込んだクドウ管理官は、腕を組んで口を開いた。
「今回の爆発装置には、二つの系統が組み込まれていた」
「……!」
クドウ管理官が、情報を発信してくれた。
俺たちはそれぞれ唾をのんで、彼の次を待つ。
「一つは、人間文明由来と見られる起爆機構。もう一つは、魔力を制御するための術式だ」
やっぱり。
俺たちの推測通りということに、背筋が伸びた。
そしてその中、ルカが身を乗り出した。
「人間側の機構から、魔法術式を動かしてたってことか? 一体どうやって?」
「そこを調査している」
「何かしらの変換器が使われていたとか? ちょっと、見せてもらえませんか?」
「駄目だ」
「ちょっとだけ」
「だから駄目だ」
「一分」
「ヤザワ君。アズマ君と同じことを言うな」
「俺、何も言ってないんですけど……」
だけど、このコワモテの凝視に、俺は押し黙った。
「でも、それ、お姉ちゃんの……姉の研究に似ていませんか?」
沙耶香がノートを胸に押し付けている。
確かにその通りだ。人間の機械と、魔法。そして二つを繋ぐ何かしらの線。確かに、舞維さんのノートにあるものの発展形だ。
「もしかしたら、お姉ちゃんの研究と関係あるんですか? それとも……」
「落ち着け、柊」
それは、セレナ先生だ。
いつの間に俺たちの後ろに来たのか、彼女は肩を鳴らしながら俺たちを見下ろしていた。
「あれ、先生。あっちはいいの?」
「お前たちが問題を起こすとすべての面倒が私に降りかかってくるんだ。今少し手間取った方が結果的には楽なんだよ」
この人は本当にぶれない。
「まあ確かに、件の爆弾に似た研究記録はある。柊舞維の研究だ」
「「「……!」」」
「サキモト君」
クドウ管理官が咎めるような目線を送るけど、セレナ先生は構うものかと肩を窄めた。
「このまま緘口令を続けていたら、こいつらどこまでも面倒事起こしますよ。だったら、最低限の情報で大人しくさせた方が楽です」
「既に始めているようだが?」
「あ……で、なんだっけか……柊舞維の研究だな、あれは……」
「見せてください! お姉ちゃんが何をしていたのか、知りたいんです!」
セレナ先生の言葉を遮って、沙耶香が叫んだ。彼女のあまりの大声に、職員室中の注目を集めた。
一方、セレナ先生は「どうどう」と落ち着かせる。
「今はまだできない。君たちが考えることはとうに私たちも思い至っているよ。今は事件との関連性を調査しているから、見たいなら事件との関連性が否定出来た後だね」
「そんな……」
沙耶香ががっくりと肩を落とした。
一方セレナ先生は、落ち込んでいる沙耶香の肩越しにクドウ管理官へ話しかけていた。
「で、どうでしょう? ゆくゆくは彼らにも目的のものが見えますから、これで大人しくなりそうなものじゃないですか?」
「ふむ。……まあいいだろう」
そういう話って当人の目の前でする? 大人同士の会話を片耳に入れながら、俺とルカは顔を合わせた。
これで、職員室の用事は終わった。
俺たちはそこを出ようとした時、クドウ管理官に「最後に一つ」と呼び止められた。
「この件について、勝手な調査はするな。いいな?」
「……」
「返事は?」
「「「はい」」」
「アズマ。特にお前がな」
何だよセレナ先生、追撃してきてさ。味方じゃないのかよ。
「日頃の行いだ」
「信用ないな……」
◇
共用談話室の隅で、俺たちは、舞維のノートを三人で囲んでいた。
「これが例のノートか……」
「そう」
この中で唯一、初見のルカが身を乗り出す。
このノートには、余白がほとんどなくなるほどびっしりと書き込みがされていた。
魔法陣や、その周囲に引かれた何本もの線。
それらは組み合わせ次第で、人間の回路図にも、魔道具の設計図にも見える。
「触っていい?」
ルカが手を伸ばしながら尋ねる。
すると、沙耶香がノートをルカから遠ざけながら尋ねた。
「いいけど、アンタたち……手洗った?」
「何でいきなり?」
「だってマナトとルカは工具触ったあと、そのまま何でも触るから」
「俺は洗ったよ」
「さっき魔石触ってたじゃない」
「あれは汚れてない」
「そういう問題じゃない」
沙耶香がノートを胸に抱えた。
「いいからさっさと洗ってきて!」
「見るだけだからいいじゃん」
「ダメ!」
「ええ、厳しいな」
「これ、大事なものだから」
仕方ないな。
俺たちは速攻でトイレに駆け込んで、しっかりと手を洗った。うん、戻ってくるのは一分以内。
「で」
改めて俺は、ノートに残った例の図を指す。
「これ、どう思う?」
ルカがしばらく黙る。
さっきまでの軽い表情が消えていた。
「……かなり変だな」
「何が?」
「普通の魔道具ってさ、基本はこんな感じなんだよ」
ルカが自分のノートに、簡単な図を描き入れていった。
魔石や術式、出力などをそれぞれ分かりやすく、大きく描いていく。
「魔石から魔力を流して、術式で変換して、何かを起こす。まあ、大体は魔紋伝って魔法発動、と同じだな」
「うん」
「でもこれは違うんだよ」
ノートを凝視しながら、ルカは言った。
「この通りだと、人間の機械側から、魔法の術式へ干渉しようとしてるように見えるんだ」
「干渉?」
沙耶香が眉をひそめた。
「どういう意味?」
「……俺たちが扇風機でやったのは、魔力を電気っぽいものに変換して機械を動かした。結果はどうあれ、扇風機はちゃんと動いたな?」
「うん」
「で、これは……こっちの機械側から術式の流れそのものを変えようとしてるみたいなんだよ」
「……」
そこは俺も気になっていた。
「これなら、魔法使いの魔法にも触れる?」
「理論上はな。止めるとかまでは分からねえけど」
でも、やはり気になる。
ページ下部に丁寧な字で記載されている、この一文。
『一定以上の出力で術式構築速度が大幅に低下』
「……もしこれが本当なら、少なくとも邪魔はできる。というか、魔法が遅くなる」
「じゃあ戦闘中なら致命的ね」
と沙耶香は頷いた。
いつもなら一秒で発動する魔法が、三秒や五秒必要になったらどうなるか。
その間、術者は杖を構えたまま。
相手からすれば、反撃してくださいと言っているようなものだ。
「だから先生たちも気にしてたのか」
俺の言葉に、二人は頷いた。
次はルカの発言だ。
「なあ、爆発装置に魔力制御機構があったって話だけどよ、あれ本当に爆発装置だったのか?」
「またそれ言うの?」
「いや……爆発すること自体が目的なら、魔力制御機構なんて要らなくない? タイマーってのがあるんだろ?」
確かに、既存の人間の技術で爆発させることができる。この魔法使いの世界での入手難易度はともかく、魔法を制御する必要はない。
「じゃあ、別の機能を試してるのか?」
俺はノートをもう一度覗き見た。
どれだけ見ても読み切れないノートの記載。それは、読み解いてみろという挑発にも思えてきた。
「可能性はあるが、結局のところは何も分からん。このノートだけじゃ、材料が足りねえんだよ」
ルカが小声で頭を掻きむしった。
一方で、沙耶香が少し考えてから言った。
「もしかして……爆発は失敗なんじゃない?」
「失敗?」
「うん。本当は別の装置だったけど、うまく動かなくて爆発した……とか、無いかな?」
「だとすると、二回失敗したってことか?」
「それとも、改良して試してるとか」
俺は紙へ書く。
一件目は北研究棟。
二件目は西倉庫。
それに対して、ルカが何度も頷いた。
「時間も場所も違う。……沙耶香の言う通りだとしたら、試験する条件変えてる?」
「そう。一件目で何か分かったから、二件目で変えた。けど、また爆発した……」
「もしそうなら」
必然として、俺の考えは、きっと二人とも分かっているんだろうな。
「三回目がある」




