犯人を捜すなら、まず爆弾から
二回目の爆発から三日経ったけど、俺たち以外沙耶香の席には、誰も近づかなかった。
「露骨だな」
教室へ入って最初に思ったのが、それだった。
普段なら、朝の教室なんてもっと適当だ。
仲のいい奴の机へ集まって、各々仲良く話す。
眠そうに机へ突っ伏している奴もいる。
ところが今日は、沙耶香の周囲だけぽっかりと空いている。
「おはよう」
俺はいつも通り、彼女の隣に腰を下ろした。
沙耶香は戸惑いながら、「おはよう」と返してきた。
今日の彼女の言動は、どことなくぎこちない。教科書やノートを取り出して、机に置く。それだけの動作に、一分以上かかっていた。
「ま、まあ、仕方ないよ。昨日の今日だもん」
口調は普通だけど、いつも持っている舞維のノートがない。
「あのノート、返してもらえた?」
「まだ。調査中だって」
あれからもう三日経っている。それでも、ノートの調査は全然進んでいないらしい。
「いつ返ってくるんだよ、それじゃあ」
「確認が終わったらって。だから、分からないんだよね」
沙耶香が不安そうに鞄を見る。
あのノートは、沙耶香がこの学院へ来る前から、ずっと持っていたものだ。言ってしまえば、彼女にとっては自分の一部も同然だ。
「私、さ。かなり疑われているよね。皆にも、先生にも」
かなり小さな声だ。周囲の喧騒がもう少しでも大きければ、消えてしまいそうなほどの声。
だけど俺には、はっきりと届いた。
「確認してるだけなんだろ? まだ犯人だって決まったわけじゃない」
「そういう気遣いはいらないから」
二回目の爆発から、沙耶香は日に日に目に見えて弱っている。もう、一緒に特訓することもなくなってしまっていた。
爆発物が設置された時間帯___正確には、魔法で人々の動向がジャミングされていた時間帯、沙耶香はどちらも一人だった。しかも一件目は、現場である北研究棟に立ち入っている。
その上、現場に残されていたのは人間製の部品。
しかも、沙耶香は現在この学院内にいる唯一の人間だ。
「確かに、この上なく怪しいな、沙耶香」
「そこは否定してよ!」
「気遣いはいらないって言ったの沙耶香じゃん!」
「そうだけど!」
何だよ、もう。人間って難しいな。
「でも、俺は沙耶香じゃないと思ってるよ」
「どうして信じてくれるの?」
「だってさ。爆弾作れる? 簡単じゃないだろ、あんなの」
「作ったことない」
「じゃあ違うだろ」
「そんな雑な判定方法ある!?」
驚いた沙耶香を宥めながら、俺は「次に」と前置く。
「先生たちが___一級魔術師がゴロゴロいる先生たちが本気で調べているのに、何も分かっていないんだぜ? この前まで灯火一つ出すのに苦労していたお前が、あんな化け物先生たちを誤魔化せるかっての」
「……励ましてるつもり? 余計に傷つくんだけど」
「何で!?」
「事実だから余計にそうなんの!」
叫んでいるけど、沙耶香の声に少しだけいつもの調子が戻った。
「第一、爆発させる理由もないだろ」
その言葉に、沙耶香は口を噤んだ。
「舞維さんのことを調べるのに、吹っ飛ばしてどうすんだよ。どう考えても中に入って探すだろうって」
それが、一番の理由だ。
技術よりも何よりも。魔法が好きで、お姉さんを探して。そんな彼女が、この学院を傷つけようとするとは思えない。
「だから」
「根拠、弱いね」
「まあね。これであの怖い先生を説得なんて無理だろうけどさ」
「ありがとうね」
沙耶香がにっこりとほほ笑んでくれた。
結構元気になってくれたんじゃないかな。
「じゃあさ」
沙耶香は笑顔のまま、尋ねた。
「もし私が、本当に犯人だったらどうするの?」
「え?」
「本当は機械に詳しくて、魔法も実は超一流で。マナトに見せていた私が全部嘘だったら?」
そりゃあ……どうだろうな。
ちょっと想像してみた。怪しい笑みを浮かべた沙耶香が狂ったように爆弾をポンポン量産して、先生たちを欺けるほどの魔法をあれこれ駆使して。
「困るな」
「え、それだけ?」
「人間の街を案内してもらえなくなる」
「そこ!? いや、他にもっと……」
「いや大問題だろ!」
「もうちょっと私のこと心配してよ!」
「してるよ」
「え?」
突然、沙耶香の動きが止まった。
あれ、これなんか、恥ずかしい方向性に思われていない?
慌てて両手を振って誤魔化す。
「だ、だから! とにかく、本当に犯人だったら……その時はその時だ! その時になったら考える! とにかく今は違うと思ってるから! はい、この話はお終い!」
「なにそれ」
お、また笑ってくれた。今日の沙耶香、普段以上によく笑ってくれる気がするな。
よし。
「先生たちが調べてくれるのなんて、待っていられないな」
「マナト?」
「俺が言ったのも根拠ないし」
「ちょっと、マナト。何一人でぶつぶつ言ってるの?」
「探そうぜ! 沙耶香!」
「だから何を!?」
すっかり興奮し切った俺は、彼女の肩に掴みかかっていることも気づかなかった。
「だから犯人だよ! ホントに爆弾作った犯人! そうすりゃ、沙耶香がやってないって証明できる!」
「本気? 余計な詮索するなって先生たちからにも言われてるのに?」
「余計な詮索は、だろ? 必要な詮索ならしていいだろ!」
「屁理屈!」
「おっはよー! 朝から騒がしいねえ」
そこへ、俺たちの肩にいきなり重圧がのしかかった。
見れば、ニコニコ笑顔のルカの顔があった。
丁度いい。
「ルカ。相談がある」
「お? 何だ?」
「爆弾詳しいか?」
「朝一番に人にする質問じゃねえだろそれ」
「悪い、ルカ。ちょっと相談があるんだ」
「帰っていいか? お前が俺の名を呼ぶ時って、大抵ロクでもねえ気がするんだわ」
ルカが離れようとしたけど、その袖を、沙耶香が逃がすまいと掴んでいた。
◇
「で」
ルカが声を落とした。
「何で俺?」
「魔道具詳しいからな」
御霊代の中庭はかなり広い。噴水広場なんて、絶好の昼食人気スポットだ。そんな場所があれば、当然立ち寄る人が少ない場所もある。
中庭から少し離れたところにある鬱蒼とした森で、俺、沙耶香、ルカの三人は、ボロボロのベンチを囲んでいた。
「お前も機械詳しいだろ」
バリバリとパンをかじりながら、ルカが言った。
「人間の機械はな。お前、魔道具については専門家だろ?」
「専門家ってほどじゃねえけど、それなりにはな」
「ならちょうどいい。例の爆弾の犯人、人間の機械と魔法混ぜてるっぽいんだ」
俺の説明に、ルカの面倒そうだった顔が、少し変わる。
「マジで? それ、どこ情報?」
「先生」
「それ、俺が聞いちゃってもいいやつか?」
「大丈夫だよな?」
助けを求めて沙耶香を見る。
だけど彼女は、「私に聞かないで」と肩を窄めるだけだ。
「まあ、大丈夫ってことだろ……多分」
「またそれかよ。お前の多分をアテにしていいのかね?」
ルカがため息をついた。何だよ、沙耶香みたいなこと言いやがって。
「で、爆弾そのものは? あるいは、設計図とかパーツとか、とにかく何かしらの物証をくれよ」
「全部見せてもらえない」
「じゃあ無理」
「早い!」
「残骸も設計図もないのに何をどう調べろっていうんだよ」
「だから」
俺は鞄から紙を取り出した。
「分かってること書いてきた」
「お前が? こういうのちゃんとまとめるタイプだったっけ?」
「昨日やった」
「暇だったの?」
「寝る前」
「いや寝ろよ」
ルカの小言を無視して、俺はベンチに紙を広げた。
見ろ、ここ最近爆発のせいで色んなことが気になって睡眠時間を生贄に捧げた俺の研究成果を。
第一の爆発。
場所――北研究棟。
推定設置時刻――午後四時から六時。
爆発――午後六時四十七分。
第二爆発。
場所――西倉庫。
推定設置時刻――午後二時五十分から三時十分。
爆発――五限目の授業中。
共通点――人間製の部品かつ、時限式。
「これだけか?」
「ああ。これだけ」
「爆薬は?」
「知らない」
「魔力反応は?」
「さあ?」
「起爆方式は?」
「何それ」
「結局何も分かんねえじゃん」
「だから調べるんだよ」
「どうやって?」
「考えるんだよ。これから三人で」
「それ、一番信用できないやつだ」
酷いなあ。ほら、人間の言葉にもあるじゃん? 三人寄れば文殊の知恵って。
「でも、一つ気になるのよね……」
沙耶香が指さしたのは、二件目の爆発のところだ。
「設置された時間と爆発した時間が近い」
確かにそうだ。
一件目は、設置から爆発まで最大二時間以上かかっている。それだけあれば、アリバイ工作なんて作り放題だ。
一方で、二件目はもっと短い。あくまで設置推定時刻が正しければだけど、これじゃあアリバイ工作も非効率的だ。
「時間設定変えてるのか? いやそもそも、時限式って、何で分かったんだろうな」
ルカが腕を組んだ。
「残骸じゃない?」
「魔法なら時間指定術式が残ることあるけど」
「人間の機械なら?」
「うーん、よくは分からないけど、時計とかタイマー使えるんじゃないかな」
「タイマー?」
「決めた時間が来たら電気を流す装置」
「すごい超便利!」
「また始まった。で、それ爆弾にも使えるのか?」
「理屈ではね。時限爆弾っていうものもあるくらいだし」
「じゃあ――」
「待て」
ルカが止めた。
「人間のタイマーで、魔法を起動できるのか?」
その一言で、沈黙が流れた。
そうだ。俺たちは実際に、似たようなことをやっているじゃないか。
「扇風機の時みたいにやれば、出来ると思う」
「あれ逆だろ? 魔力で人間の機械を動かしていた」
「ああ、そうか、近い……けど、結構遠いな」
あの時俺たちがやったのは、魔力を電気に近いものへの変換だ。
結果として、魔力で人間の機械を動かした。
一方で、今回必要なのは人間の機械から魔法を動かすこと。
つまり、
「逆変換か」
ルカが先にその言葉を口にする。
「理屈だけなら難しくはないな。魔道具だって、外部からの刺激で術式を起動するものはある」
「じゃあ出来る?」
「理屈だけならって言ってんだろ。変換部分が分かんねえんだって」
ルカが紙を取って、何かを書き始めた。
「例えば、人間のタイマーから電気信号を何かしらの魔力変換機に送るとする」
ルカがスラスラと図面に四角や導線、丸を書き足していく。器用だな。
「それで起動用の魔石を刺激して、術式発動。理屈はそんなに難しいものじゃないな。作れって言われたら無理だが」
「できないの?」
「だから、変換部分が分かんねえんだよ」
たしかに、電力と魔力は似ているけど全く違うものだ。
「雷魔法みたいに?」
「そう。魔力から電気っぽいものは作れけど、逆に電気から魔力を作るのは別問題」
人間の回路と魔法陣、そして魔力と電力の変換。
やっぱり、どうしても脳裏に蘇ってしまうな。
「舞維さんのノート……」
沙耶香も同時に気づいた。
「やっぱりどうしても連想しちゃうよね」
「うん」
「どした?」
「お姉ちゃんの研究ノートに、人間の機械と魔法を繋いだみたいな図があったの」
「マジか!? それを早く言えって! で、肝心のそのノートはどこに?」
「今先生が持ってる」
「何でだよ!? 今一番必要な情報じゃねえかそれ!」
「返ってきたら見せるよ」
「絶対だぞ」
沙耶香とルカの口約束を眺めながら、俺は脳内に蘇った舞維さんのノートを見返していた。
そう、変換装置。そして、他のページにあったものは……。
「なあ沙耶香。舞維さんのノートにあったよね。ほら、外から魔力に干渉するやつ」
「ああ、あったね」
「なんて書いてあったか、覚えてる?」
「まあ、文章だけなら」
沙耶香が目を閉じる。
「『外部干渉による魔力振動の変化を確認』」
「その次」
「『一定以上の出力で術式構築速度が大幅に低下』」
「そう! それ! それってさ……」
俺は深呼吸した。それは、今までの魔法使いの常識からは前代未聞のことだからだ。
「外から何か当てると、魔法使いにくくなるってことじゃないか?」
「は? そんな魔道具聞いたことねえが……」
「舞維さんが研究してた」
「沙耶香の姉ちゃんが? それ、結局完成したのか?」
「それが分からないんだよね。その先のページが切り取られてて」
それを聞いた途端、ルカの表情が完全に変わった。
「それ、かなりやばくねえか? 要約すると、魔法使えなくする装置だろ?」
「まあ、完成してればね」
「おい、何落ち着いてんだよ。考えても見ろよ。もしそんなの作れたらどうなる?」
ルカが学院を見た。
あの、かなりの年代物でできた石造りの建物の全ては、魔法で動いている。
照明も、扉も、結界も。建物の維持も含めて、全てが魔法前提で動いている。
魔法が使えるのは当たり前の世界だ。
「全部止まるの?」
沙耶香が言った。
「そこまで強いかは分からねえけど、少なくとも戦闘中に使われたら最悪だな」
ルカが言い切った。
仮に魔法使いが魔法を撃とうとする。杖を向けて、魔紋を通して魔力が杖に注がれる。そうして、様々な魔法が発動するはずだ。
だけど、何も出ない。魔法使いは間抜けにもただ木の棒を相手に向けているだけだ。
完全な無防備の出来上がりだ。
「でもさ、それって今回の爆発と関係あんのか? 人間の機械が使われてるってだけじゃ――」
ルカが止まる。
「いや待てよ、爆弾って、本当に爆発させるためのものか?」
「実際に爆発してるけど?」
「いやそうじゃなくて……爆発は結果で、本来別の機能があるとか」
「例えば?」
「知らねえよ。だから調べるんだろ」
「お、やる気になったか?」
ルカが一瞬しまったって顔をして、頭を掻きむしる。
「いや、人間の機械と魔道具混ぜた装置なんて言われて、気にならない方がおかしいだろ」
「だよな!」
「いやお前と一緒にするな」
「何で!?」
どう考えても同類だろ。まあいいや。これで仲間が一人増えた。




