アリバイは、あるのにない
「マナト。おいマナト!」
「うおっ!? な、何だ!?」
「さっきから同じページだぞ」
ルカに言われて、俺は手元を見下ろした。
多くの歴史上の人物や魔法のあらましが並んでいる魔法史の教科書が、そこには開かれていた。
……二十分くらい前から。
「ちゃんと読んでるからな」
「じゃあ何書いてある?」
「魔法の歴史」
「一文字たりとも読んでねえだろ」
ばれたか。
俺は教科書を閉じて、窓から外を眺める。
もう空も赤くなっていて、生徒たちが寮へ戻っている。
普段なら俺もそろそろ帰る時間帯だけど、何となく今日は教室から動く気になれなかった。
「まあ、沙耶香のこと気になるよな」
「そりゃあな。ミカはどこ行った?」
「ああ、あっちだ」
ルカが指さしたのは、教室の一角。
そこに集まっているのは、噂好きな女子たちだ。聞こえてくる単語から推測するに、二回も起こった爆発について、紋無しの沙耶香が疑われているらしい。それに対して、一つ一つミカが有り得ないと主張しているけど、多勢に無勢。だんだんと女子たちによるミカの排除の傾向が強くなっていった。
その上、決定的なのはわざとらしい大声だ。
「――だから言ったんだ。九年前の件を曖昧にしたまま、また特例を通すべきじゃないってね」
俺の手が止まる。
目線の先。そこにいるのは、何人もの取り巻きに囲まれているキサラギだ。
「一人目も途中で消えたんだろ? 四年生くらいだったらしいが、今回は早かったね」
アイツ、いい加減に……
「マナト」
ルカに腕を掴まれた。また立ちあがっていたらしい。
無理矢理俺を席に座り戻させたルカは、そのまま「よせ」と言った。
「さっきのレイナとの会話をもう一回繰り返すか? 放っとけ」
「でも、アイツら!」
「さっき以上に面倒な状況だ。今お前が喧嘩したら、余計沙耶香が面倒になる」
それは……分かる。分かるけどさ!
「紋無しだから何なんだよ」
口から出た。
「魔紋がないだけだろ」
入学した初日、沙耶香が周囲から見られていた理由を、俺はちゃんと理解していなかったんだ。
あの時は、珍しいから。初めての紋無しだから。その程度だと認識していた。
俺だって人間が珍しいから、何度も話しかけた。だから、その一点では同類だと思っていた。
でもどうやら、同じじゃなかったらしい。
珍しいから見ていた俺と、違うから警戒していた連中。
沙耶香からすれば最初は区別なんてつかなかったのかもしれないけど。
「だから俺のことも無視してたのか」
今更、少しだけ納得した。
◇
「マナト」
声をかけられたのは、それから三十分ほど経ったころだった。
振り返ると、そこにはセレナ先生の姿があった。
この二日間はずっと、まともなローブ姿。この先生がまともな服装だと違和感があるな。
「沙耶香の件だ」
有無を言わさずに体が直立した。
「どうなっているんですか!? あいつは何も!」
「落ち着け」
「あいつは、何もしていません!」
「だから落ち着け。これ以上面倒をかけさせるな。お前に確認したいことがある」
セレナ先生のあまりにも冷静な感じに、俺もだんだんと落ち着いてくる。
そうして彼女に連れていかれたのは、職員棟の小さな面談室だった。
人間の世界にもありそうな机を、四つの椅子が囲んでいる。
窓はなくて、面談室というよりも牢屋って言葉が先行してきた。
そして、入り口から手前の椅子には、沙耶香が座っていた。
「マナト……!」
「沙耶香! 大丈夫か!?」
「それ、さっきも聞かれた」
「さっきもって、誰に?」
「先生たちに」
ならよかった。さすがに先生たちは、キサラギとは違って疑いの目を持ってはいないらしい。
と、俺は自分の目測の甘さをすぐに後悔した。
沙耶香の向かいに腰を掛けている、知らない教師。大っぴらに疑っているわけではなさそうだが、明らかに半信半疑の目線を沙耶香に注ぎ続けていた。
その黒いローブと灰色の髪が特徴的な四十代くらいの男は、雷鳴のように轟く声で命令した。
「座りなさい」
いつの間に魔法を唱えたのだろう。彼が指さした俺の足元には、いつの間にか椅子が出現していた
俺はそこに座り、座席を沙耶香の隣に移動させる。セレナ先生は俺たちの背後に回った。
男の教師が俺を見る。ぎょろりとした目は、教師が生徒を見るものというより、答えの真偽を測るための道具みたいだった。
「……ッ!」
「御霊代魔法学院、管理保安部管理官のイオリ・クドウだ。マナト・アズマ君だね」
先生じゃなくて、管理官か。
頷いた俺に、彼はそのまま話を続ける。
「単刀直入に問おう。君は昨日の午後六時四十七分ごろ、どこにいた?」
「共用談話室です」
「誰と?」
「沙耶香と」
「ふむ。間違いないかね?」
「はい」
これは、尋問だ。受け答えをしながら、俺は率直にそんな感想を抱いた。
俺が何をこたえようとも、この人は表情一つ動かさない。胸元の管理官腕章が、彼を俺の敵だと証明している。
「どれくらい一緒にいたのかね?」
「爆発の……一時間くらい前から? だよな、沙耶香」
「うん。確か、そのくらい」
沙耶香も頷いた。
一瞬、クドウ管理官の目線が沙耶香へ強く突き刺さるけど、すぐに俺への尋問に戻る。
「途中で柊君が席を外したことは?」
「いいえ。一緒でした」
「間違いないな?」
彼の目が光る。
「第一の爆発が発生した時、二人は確実に一緒だった。最も、その点については、他の生徒からも証言が取れている」
「だったら、沙耶香にはアリバイあるじゃないですか」
「ああ。……爆発時刻についてはな」
「? どういう意味です?」
クドウ管理官は少し黙ってから答えた。
「昨日の爆発は、魔法の暴発事故ではない」
「なっ!?」
思わず身を乗り出した。
「じゃあ何だっていうんです?」
「人為的に引き起こされた可能性が極めて高い」
事故じゃない、ということだ。
驚いている俺の隣で、沙耶香の口が小さく動いていた。
「もしかして……爆弾、ですか?」
「爆弾?」
聞いたことはある。人間が作った、物を爆発させるための装置だ。
でも、本物なんてもちろん見たことがない。
「あれって、本当に人間の機械だけで建物吹き飛ばせるの?」
「できるものはあるわよ。って、今そこ? でも、私一人がここまで拘束されるってこと、少なくとも、人間……紋無し側の爆発ってことじゃない?」
沙耶香の質問に、管理官は答えなかった。
だけど、答えてくれたのは背後のセレナ先生だった。
「ああ。現場には、爆発物と思われる装置が発見されている」
「サキモト君」
「多少は情報を開示しないと、この子たちだって納得しませんよ。これ以上彼らと私を面倒事に巻き込まないでください」
セレナ先生はそう言ってくれたけど、彼女の言葉に一つ、引っかかった。
「装置って?」
「爆発の中心部から、複数の人工物が回収されたのだ」
お、管理官が折れた。
「人工物? それって、何かしらの魔道具?」
「それだけではない」
彼の視線が、またギロリと沙耶香を見据えた。
「明らかに、人間文明由来と推定される部品が含まれていた」
その言葉とともに、部屋がしんと静かになった。
言葉を失ったけど、俺はその一方で、どこか納得していた。
やはり見間違いじゃなかったのだと。
「それって、どんなものですか? 見せてください」
「できない」
「俺、人間の機械結構知ってるから――」
「だからだ」
「え?」
クドウ管理官の目が、今度は俺を突き刺した。
「君についても確認を行っている。人間文明の物品を多数所持しているという情報もある」
「それ、誰から聞いたんですか? ……ルカかな」
「俺じゃねえぞ」と、この場にいないルカの声が聞こえた気がした。
「だが、君の所持品については、すでに寮監による確認が行われている」
「え!?」
立ち上がった。
「俺の部屋入ったんですか!? 勝手に!?」
「何も押収していない。確認だけだ」
「本当に? 扇風機は?」
「知らん」
「ラジオは?」
「知らん」
「時計――」
「私はお前の収集品管理係ではない!」
うわ、クドウ管理官怒鳴ることあるんだ。
本当に雷みたいな声の人で、思わず体がすくでしまった。
少し息を吐いた管理官が、「現時点で」と改めて切り出す。
「マナトの所持品と爆発装置の間に、直接的な一致は確認されていない。よって君は容疑対象ではない」
よかった。俺も結構疑わしい要素あるからな。
「ただし今後、無許可で人間文明の機械を改造するな」
え、嘘だろ。そんなの、普通に嫌なんだけど。
「返事は?」
「は、はい」
ああ、ルカ。扇風機二号はしばらく無理そうだ。
「話を戻す」
クドウ管理官が沙耶香を再び見つめた。
「問題は装置の設置時刻だ。確認したところ、装置は時限式だった」
「時限式……」
沙耶香の表情が変わる。
俺もようやく理解した。
「つまり、爆発した瞬間にどこにいたかは、完全なアリバイにはならないってことか」
第一の装置の爆発に関しては、別の時間に装置を設置しておけば、発生時間にどこにいようが関係ない。
「それ、いつ設置されたんです?」
「正確な時刻は不明。ただし、状況把握魔術の妨害が発生していた午後四時から六時までの間に設置された可能性が高い」
午後四時から六時。
「沙耶香、昨日その時間……どこいたっけ?」
「図書館」
「ならアリバイあるじゃん」
「四時半くらいに図書館出た」
「その後は?」
「……一人」
「どこで?」
「学院の中」
「何してた?」
「調べもの」
何の、と聞く前に、納得した。
「舞維さんか」
「姉について調査していたと?」
クドウ管理官が目ざとく反応した。
「どこを?」
「……北研究棟に」
あ、これはかなりまずい。俺でも分かる。
「何時から何時までかね?」
「四時半くらいから、確か五時過ぎくらいまで。暗くなる前に引き上げようとしていたので」
つまり、装置が設置された可能性のある時間に、沙耶香はたった一人で、爆発した北研究棟の近くにいた。
「何でそんなところに? いや、それよりも誰かに会った?」
「覚えてない。多分、誰にも会ってない……かも……」
沙耶香の口調がだんだん弱くなっていく。
つまり、本当に彼女のアリバイが証明できない。
「第二の爆発についても同様だ」
クドウ管理官が告げた。
「本日午後二時五十分から三時十分。君は資料室へ教材を返却しに行っている。無論これも確認が取れているが、第二の装置が設置されたと推定される時間帯とも重なる。そして爆発現場となった西倉庫は、資料室から徒歩数分だ」
一回なら偶然と言い切れる。
でも二回とも、沙耶香だけが一人になっていた。
「でも、沙耶香が教材返しに行ったの、先生に頼まれたんですよね?」
「そうだ。教材を返させたのは我々教師側だ。柊が自分でその時間を選んだわけじゃない。その点は考慮しろ」
セレナ先生も援護してくれた。
だけど、クドウ管理官は「無論、考慮している」と、眉一つ動かすことはない。
「それともう一つ。二つの現場から、人間製の部品が発見された。魔法使いには馴染みの薄い技術が使われている。無論、学院内で人間文明の機械構造について専門的な知識を持つ者は極めて少ない」
そう。現時点で、そんな人間の知識がある可能性があるのは。
人間である沙耶香に、人間に興味がある俺。そして……
「舞維さん。この学院に最初に入った人間……」
沙耶香がぎょっとして俺を見た。
「舞維さん、人間の機械と魔法を組み合わせる研究してたんですよね? だったら今回の装置と――」
「その話はどこで知った?」
突然、クドウ管理官の声色が変わった。
「答えろ」
「ノートです」
沙耶香が俺を庇うように腕を伸ばした。
その手には、果たしてあのボロボロのノートが握られていた。
「姉が残した……ノートです。学院で、使っていたものです……」
「ほう。見せてもらえるか」
沙耶香は動かなかった。少し戸惑っているけど、管理官が付け加えた。
「無論強制ではない。現時点ではな」
「……」
沙耶香は迷った末、ノートを差し出した。
受け取ったクドウ管理官は、数秒ノートを見つめていた。そして彼の口が小さく動いたのを、俺は見逃さなかった。
「当時の研究記録とも照合する必要があるな」
はっきりとは聞き取れなかったけど、何か重要なことだった気がする。
一方、沙耶香には聞こえなかったみたいで、真剣な面持ちで釘を刺した。
「必ず、返してください」
「約束しよう。確認後、必ず返却する」




