二人目の紋無し
翌朝、北研究棟は、半分なくなっていた。
「思ってたより酷いな」
登校途中、俺たちは足を止めた。
学院の北側には白い石造りの建物がいくつも並んでいる。その一番端にあった研究棟だけが、途中から大きく抉られていた。
黒く焦げた壁に、砕けた窓。
周囲には立入禁止の結界が張られ、教師らしい大人たちや警備員、そのほかにも何人も行き来している。今朝の放送によればあれはどうやら事故ということになっているけど。
「やっぱり何か……ふぁあああ……」
「真剣そうに欠伸してんじゃねえよ」
隣を歩いていたルカが呆れたように言った。
「まだ気になってんのか? 一晩中考えまくってたんだろ?」
「だって人間の機械に見えたんだぜ。気になって全く寝れなかった」
「遠すぎて俺には何も見えなかったけどなあ。お前ほんと目いいな」
「それに、配線みたいなのもあった」
「古い魔道具じゃねえの? つうか、そんなに気になるなら先生に聞けよ?」
「聞いたら詮索するなって言われた」
「じゃあ詮索するなよ」
「何で?」
「先生に怒られるからだよ!」
その程度で気にならなくなるなら苦労しない。
昨日の爆発があってからは、俺の頭はずっとぐちゃぐちゃだ。
舞維さんのノートにあった、人間の機械と魔法を組み合わせたような研究と、爆発現場にあった、機械らしき破片。
関係があるのかないのかも、今のところ何も分からない。おまけに何時間も寝てないから、頭が動かない。
「つうか、そもそも北研究棟って何の研究してる建物なんだ?」
「色々。今は共同研究用だけど、昔は魔道具系の研究室も入ってたらしいぞ」
「昔?」
「知らねえよ。俺も入学したばっかだぞ」
「それもそうか。まあ、魔道具の研究してんだったら爆発するのはおかしくないか」
ダメだ、今そのことを考えても進展する気がしない。
頭を抱えて唸らせていると、「おはよう」と沙耶香が声をかけてきた。
「よ、おはよう」
「二人とも何見てたの?」
「あれ」
ルカが北研究棟を指差す。
すると、沙耶香の表情が曇った。
「明るくなると、昨日より酷く見えるね」
「なあ沙耶香、人間の機械って、爆発する?」
「朝から質問が雑すぎるわよ」
「……する?」
二回繰り返すと、沙耶香は困ったように唸った。
「物によるとしか言えないかな。電池とか燃料使うものとか、爆発しそうだけど」
「黒い板みたいなのは?」
「黒い板?」
「中に線いっぱい入ってるやつ」
「ああ、基板のこと? 何とも言えないかな。もしかして昨日の爆発と人間の機械が関係あると思ってる?」
「ちょっとだけね」
「ここ、魔法学校よね? 人間の機械が原因で騒ぎが起こることってあるの?」
「分かんないだろ。それに昨日、破片みたいなの見えたんだ」
「ここから?」
「いや、寮から、一瞬だけね」
「マサイ族なの? でも、人間のものがあったとしても、おかしくないんじゃない? お姉ちゃんだって持ち込んでいたみたいだし」
「お姉ちゃん?」
ルカが聞き直した。
ああ、ルカには言ってなかったっけ。
俺と沙耶香は互いに顔を合わせる。そのまま沙耶香が、姉が最初に御霊代に入学した人間だったことを伝えた。
「ほへー。なるほどね。姉妹揃って魔法使いとか、もう紋無しって区別いらないんじゃね?」
「かもね。才能が同じとは限らないけど」
そう言って、沙耶香も研究棟を見上げた。
確かに、舞維さんは人間の技術と魔法を組み合わせて研究していた。
なら、その研究資料が学院に残っていてもおかしくない。
けど、昨日の爆発のせいで、果たして中に保管されていた機材はどれだけ無事だったのだろうか。仮に舞維さんの物品が残っていたとしても、全部吹き飛んでいたりしないだろうか。
「調べたい?」
「うん。もっと調べたいけど、今は無理ね」
今俺たちの目の前には、立入禁止の結界や教師が立ちはだかっている。この障害を乗り越えて壊れた建物に潜入というのは難しそうだ。
「……まあ、確かに無理だな」
「マナトが普通に諦めた」
「俺だって危ない場所には入らないよ」
「本当に?」
「多分」
「信用できない」
そんな話をしながら、俺たちは教室へ向かった。
◇
午前の授業は、予定通り行われた。
教師たちがどこか緊張している以外は、いつもの学院だった。
魔法史から始まって、基礎術式、魔法生物学。
三時間目が終わるころには、爆発について話す生徒も減っていた。
「結局、事故だったんじゃん?」
昼休み、ミカがパンをちぎりながら言った。
「研究施設なんて爆発してナンボじゃん?」
「そんなに頻繁に爆発するの?」
沙耶香が唖然としている。
まあ、研究施設に限らず、魔法って失敗したら爆発なんてよくあることだけどさ。
俺たちの沈黙を肯定と受け取った沙耶香は、蒼白になりながら言った。
「たまに爆発する学校で生活するって嫌なんだけど」
「まあまあ、ちゃんと結界あるから滅多に壊れないから」
「昨日実際に建物壊れてたよ?」
「確かに今回は大きかったんじゃない? あまり見かけないくらいには」
「大きかったな」
「じゃん」
「ひええ……」
なるほど。人間目線だと、この学院はかなり危険な場所みたいだ。
一方、通路を挟んで隣の席ではレイナが分厚い本を読んでいた。
「ねえ、レイナはどう思う?」
俺が聞く。するとお嬢様は、怪訝そうな顔で本から俺たちに目線を移した。
「何が?」
「昨日の爆発。知ってるだろ?」
「事故だと聞いているが」
「本当か? この魔法学校で、あんな爆発で建物まで壊れたんだぜ?」
ルカがそこまで言うと、レイナがため息とともに本を閉じた。
「学院がそう発表しているのだから、現時点ではそれ以上でもそれ以下でもない。疑うくらいなら、勉強した方が建設的だ」
「でも――」
「マナト・アズマ」
「何?」
「お前のその何でも首を突っ込む癖、直した方がいいぞ」
「まだ首突っ込んでないけど」
「突っ込む直前の顔をしているから言っている」
え、また俺そんなに顔に出ていた?
隣の沙耶香を見ると、彼女は「かなり」と頷いた。
「ところでさーや。昨日の夜、どこ行ってたん? 爆発騒ぎがあったから心配したじゃん」
「え?」
発言者のミカにそんなつもりはなかったのだろうが、一瞬沈黙が流れた。
「ほら、夕食の後部屋行ったんだけどいなかったからさ」
「ああ、それなら、図書館よ」
「夜まで? 勉強家じゃん」
「まあ、調べものしてたから」
「へえ」
ミカは特に気にした様子もなく頷いたけど、夕食の後ってことは。
「昨日……俺と別れた後?」
「うん、そうだけど?」
なら、少なくとも昨日の爆発とは関係ない。
爆発した時、沙耶香は俺と談話室にいた。夕食後に図書館へ行ったのなら、その後の話だ。 何の問題もない。
「何?」
「いや……何でもないよ」
「変なマナト」
沙耶香はそう言って、おにぎりの最後の一口を頬張った。
◇
五時間目の魔法理論で、俺は睡魔に敗北した。
「魔力回路には大きく分けて三種類あり――」
先生の声がもう意識の遥か彼方だ。黒板にある三つの魔法陣の詳細が、俺の意識に入ってこない。
昨日から考えることが多すぎた。
舞維さんに、研究棟、黒い破片。
この三つの要素が、書かれている魔法陣に重なる。
一方で、沙耶香は二つ前の席で、真面目にノートを取っている。
偉いな、俺も書こう。
ペンを持って、魔力をインクに変換させる。
丁度その頃、先生が沙耶香に何かを頼んでいる。そのまま席を立つ様子を半分しかない意識の中で眺めながら、俺は筆記を開始した。
『魔力回路には――』
そこまで書いた。後は、俺の世界は真っ暗になる。
ドンッ! と、身体が浮いた。
「うおッ!?」
机が揺れて、窓ガラスが激しく震えた。
教室中から悲鳴が上がり、パニックが教室を支配した。
「全員伏せろ!」
先生の声に従い、反射的に机の下へ入る。
「また爆発!?」
誰かが叫んだ。
そう、昨日と同じ爆発だ。
いや、この衝撃……今度は近い。
「窓から離れろ! 廊下へ出るな!」
先生が防御結界を展開した。教室全体が薄い紫色に包まれて、頑丈な防壁になる。
俺は机の下から周囲を見渡した。
ルカとミカが互いに無事を確かめ合っている。
レイナが周囲で泣き叫んでいる生徒たちを宥めている。
キサラギがパニックに陥っている。
そして沙耶香が。
「いない!」
さっきまで二つ前の席にいたはずなのに。
「先生!」
机から顔を出した。
先生は結界の維持に努めていて、俺の声に苛立たそうに叫んだ。
「何だ!?」
「沙耶香がいません!」
俺のその言葉に、教室中の視線が、一つの空席へ集まった。
◇
『全生徒は教室内で待機。教師の指示なく移動することを禁ずる』
また学院中に放送が広がっていく。だけど今回は、事故という言葉がなかった。
教室を揺るがした衝撃はとっくに収まっていたけど、それで授業再開というわけにはいかない。俺たち全員に自習を言い渡して、もう一時間以上も姿を消している。
そして、その間ずっと沙耶香の姿はなかった。
「どこに行ったんだ?」
窓からは見えない。
第一実技棟か倉庫か、それとも別の場所か。とにかく、彼女の姿を窓から探していた。
魔法学校として名門でもある御霊代で、ここまで授業が延期されるということは早々起こり得ない。それは、生徒たちの間にも不安を蔓延させていた。
「また爆発かよ」「二日連続だぞ? どうなってんだ?」「昨日より近くなかった?」「何が起きてるの?」
不安が不安を呼び込み、より一層空気がよどんでいく。
その時、キサラギが言葉を発した。
「なあ、紋無しはどこに行ったんだ?」
発端はこの一言かもしれない。だけど教室全体には、徐々に沙耶香への疑念が広がっていった。
「爆発した時だけ?」「知らないけど」「紋無しだからな……何考えているか分からないぜ」「昨日は?」「昨日はいたんじゃない?」「でも夜はどこか行ってたって――」
「おい!」
気付いた時、俺はもう立ち上がっていた。
キサラギと、話していた二人がこっちを見る。
「昨日の爆発の時、沙耶香は俺と一緒だった。談話室にいたし、先生だって証言してる。変な憶測を立てるのはやめろ」
「別に犯人だなんて言ってないだろ」
キサラギと話していた男子生徒がばつが悪そうに言った。
その一方、発端のキサラギはにやにやと笑みを浮かべながら俺を見返している。
「なんだよ?」
「別に? 君、そういえば彼女と仲いいからな」
「だったら何だよ。事実として、一回目の時談話室にいたんだ!」
「どうだか? 紋無しの考えなど分かるものか。第一、九年前の前例があったのに、また同じ特例を通すなんて、どうかしているよ。彼女を疑うなと言う方が、無理があるんじゃないかい?」
「お前いい加減に……!」
頭に血が上ってきた。
沙耶香が人間だから何だっていうんだ。俺が面白がっている「人間」と、今疑われている沙耶香は、同じ言葉でまとめていいものじゃない。
沙耶香は、沙耶香だ。
今すぐ椅子を蹴飛ばして、キサラギの上っ面をぶん殴ってやりたい。そう足を踏み出した時、その腕を掴まれた。
「落ち着け」
レイナだ。
華奢な体とは思えない力に、俺は内心驚いて、冷静さを取り戻した。
レイナはそのまま続けた。
「今はやめておけ。今お前が反応すれば、余計に噂が広がる。沙耶香にも不利に動くぞ」
「……分かってるけど」
最悪だ。
俺は手を下ろして、キサラギを睨む。アイツは蛇みたいに嫌らしい目をして、二人と沙耶香が疑わしいと推測し続けている。
その時、教室の扉が開いた。
そこには、セレナ先生の姿があった。今日も、服装はしっかりとローブを纏っている。そしてその後ろには。
「沙耶香!」
彼女は俺の大声に少し驚くけど、構うものか。
俺はダッシュで沙耶香に駆け寄って、彼女の肩を掴んだ。
「どこ行ってたんだ? 怪我は? 爆発は? 何でいなくなっていたんだ?」
「ちょ、ちょっとマナト。アンタ、どうしたの? キャラおかしくない?」
「いいから! どこに行ってたんだ!?」
「どこって、資料室だけど……さっき先生に頼まれてたじゃん。教材返しておいてくれって。見てなかったの?」
「資料室?」
そういえば、確かに寝落ちしそうになる直前に、先生に何か頼まれていたような気がする。
教室がまたざわつき出した。また憶測が憶測を呼んで、それはセレナ先生が手を叩くまで広がり続けた。
「柊、荷物をまとめろ」
「……はい」
「え?」
何だ、何がどうなっているんだ?
沙耶香が指示通り、机から荷物を回収している。あまりにも当たり前のように動いているから、パニックになりつつある俺のほうがおかしいみたいだ。
「待って! 沙耶香が何したっていうんだ!?」
「ああ、うるさい……お前には関係ない」
「でも!」
「面倒だな本当に。確認事項があるだけだ」
確認? 何の?
すると、 セレナ先生は自分の失言を後悔したみたいだ。頭を掻いて、少しだけ言葉を選ぶように口を動かした。
「爆発前後の行動を確認するだけだ。安心しろ、これは柊だけではなく複数人に確認している」
「まとめました」
そこで、沙耶香がやってきた。彼女の手には、いつも使っているスクールバックが握られている。
「よし。全員、引き続き外には出るなよ。出たら余計に面倒なことになるんだから、勘弁してくれよ」
先生の言葉はもう耳に入らない。
俺は沙耶香に顔を近づけた。
「沙耶香、大丈夫か? 一体なにが……」
「大丈夫だって。私、教材返してただけだから」
いつもの調子だけど、鞄の紐を握る指が少しだけ強い。
「間が悪かっただけ。すぐ戻るよ」
「……うん」
沙耶香がセレナ先生と一緒に教室を出ていく。
彼女たちを見送りながら、頭は別のことを考えていた。
昨日の爆発現場には、人間の機械らしき破片が見えた。先生たちも、同じ結論になっているかもしれない。
そして今日、沙耶香は授業の途中で教室を出て、爆発が起きるまで資料室にいた。
その途中、どこを通ったのか。どれくらいの時間、一人だったのか。
俺は知らない。いや、今この教室では、誰にも証明できない。
何より沙耶香は、この学院にただ二人しか入学したことのない、人間の一人。
これ、かなりまずくないか?
◇
その日の授業が終わっても、沙耶香が教室に戻ってくることはなかった。
代わりに学院中では、噂だけが先に帰ってきた。
『また紋無しが関わってるらしい』
『人間の道具が現場から出た』
『二回目の時、あいつだけ教室にいなかった』
どこまで本当で、誰が最初に言い出したのかは分からない。
ただ一時間もしないうちに。
沙耶香は、学院で一番疑われる生徒になっていた。




