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魔法学校に普通の人間が入学してきた ~紋無しと人間オタクの魔法使い~  作者: カラス
第一章 九年前に消えた一人目

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積み重ね

「待て」


 授業が終わって、一人で廊下を歩いている時、後ろから声をかけられた。

 うわ、惚れ惚れするようなすごい銀髪。レイナだ。


「何?」

「今朝、あなたは雷術を人間の機械に使えそうだと言っていたわね」

「ああ、聞こえてたんだ……地獄耳?」

「冗談ではないのか? ……まさか、本当に試したのか?」

「ああ。この前ルカとやった」

「……やった?」


 うわ、レイナのこんな顔初めて見た。きっとレアなビックリ顔だ。


「ああ。扇風機を魔力で動かせないかなって」

「お前って奴はああああ!」


 うわ、びっくりした。何だよ、周りの注目集めて何してんだよ。


「雷魔法を何だと思っている!?」

「雷魔法」

「そういう話ではない!」


 じゃあなんて答えろと?


「人間の機械を動かすためだけに雷術を使ったのか!? それも壊れた扇風機に?」

「ああ、動いたぞ。……いや、動き過ぎたな」

「誇るな!」


 何なんだよ、便利じゃん。


「便利かどうかの問題ではない!」

「心を読めんのかよ……じゃあ何の問題?」

「魔法への敬意だ」

「敬意って言われてもなあ……」


 困惑していると、レイナは早口で続けた。


「さっきの《閃雷》だって、最初から今の形だったわけではない! 何百年も前から、何人もの魔法使いが失敗して、改良して、術式を残してきた。ツワブキ家だって、ずっと雷術の研究を続けてきたんだ」

「へえ」

「へえ!?」

「あ、ごめん。名門ってことしか知らなかったから」

「本当に……!」


 このお嬢さんは何でまた怒るんだ。

 でも、レイナは言葉を飲み込んだ。


「私は、《閃雷》を最初に成功するまで三か月かかった」

「……」


 今度は、少しだけ。

 聞く姿勢になった。


「毎日練習した。それでも何度も失敗した。全身黒焦げにもなったし、カナメと同じ髪型にもなった。一週間両腕が痺れて動かなかったこともある。雷魔法の資料がいくらあっても、私自身ができるようになるわけじゃない」

「そうなんだ……」


 それがあのコントロールに発展するなんてすごいなあ。

 レイナは標的の方を振り返る。


「昔の魔法使いが失敗して。次の術者が直して。また次の術者が残した。それを私は教わっている」


 その言い方に何となく引っかかった。


「だから私は、大切にしている」

「……」

「お前が人間の技術を好きなのは勝手だ。だが……」


 もう一度、俺を見る。


「自分が持っているものまで、無価値のように扱うな」


 それだけ言って、レイナはスタスタと歩き去っていった。


「……」


 俺は、その背中を見る。何でも簡単にできる優等生だと思っていたけど、どうやら違ったらしい。


「怒らせちゃったね」


 横へ沙耶香が来た。


「怒らせるつもりなかったんだけどな……便利だから使おうと思っただけなのに」

「マナトには普通だからじゃない?」

「普通?」

「魔法が」


 昨日、沙耶香にも言われた言葉を思い出す


『勿体ないなあ……こんなにすごいのに』


 火を出し、水を生み、空を飛んで雷を撃つ。

 俺には全部、昔からあった。

 だからどうしてこんな形になったのかなんて、ほとんど考えたことがない。

 もしかしたら、沙耶香___人間と同じかもしれない。

 彼女が所持している人間の機械だって、最初から完成していたわけじゃない。

 誰かが作って失敗して。直して。また別の誰かが使いやすくして今の形になった。

 魔法も同じなのか?


「気持ち分かるなあ……」

「沙耶香も?」

「うん。私は、あのくらい魔法使えるようになりたいから」


 少し羨ましそうな顔をしている。それはきっと、俺が人間の機械を見る時と似たような顔。


「……変なの」

「何が?」

「沙耶香は魔法欲しがって、俺は人間のもの欲しがってる」

「……うん。そうね」

「交換できたらいいのにな」

「私はマナトの才能欲しい」

「まだ言う?」

「本気だから」


 でも、俺が人間の機械を見て、どうして動くんだろうと思うように。

 魔法にもどうして今の形になったんだろうって考え始めたら。

 まだ知らないものが、かなりあるのかもしれない。


「魔法、少しくらいは勉強してみようかな」

「お? 今日は珍しいことをよく言うね」


 沙耶香が笑う。


「人間の機械動かすために」

「結局そこ!?」


 沙耶香の声が訓練場に響いた。

 だけど、それは本当だ。

 人間も魔法使いも、歩んできたものがそれほど変わらないというのなら。

 魔法も、少しだけ分解してみたくなった。


     ◇


 そう思ったから。


「……分からん」


 放課後。俺は学院の図書館で、早くも後悔していた。

 目の前には三冊の本がずっしりと積み上げられて、俺に影を落としていた。


『雷属性術式基礎論』

『雷術式変遷史』

『近代雷術における魔力変換効率』


 どれも、普段の俺ならまず手に取らない。


「何でどれもこんなに長いんだよ……」


 雷を出す。それだけの簡単な魔法についての説明だ。

 魔力を雷属性へ変換して、術式に流して、飛ばす。いつもなら数秒もかからないことなのに、本には何十ページも使って説明されている。

 昔の術式や改良された術式。失敗例に、魔力損失、変換効率。

 レイナが口にした歴史が、文字として、『こんなことも分からないなんてお前馬鹿なのか?』(※要約)とメモ欄から反撃してくる。


「んだよもう……結論雷出ればよくない?」

「昨日あれだけレイナに怒られて、よくその結論に戻れるね」

「うわっ」


 顔を上げると、いつの間にか向かいに沙耶香が立っていた。


「い、いつからいたの?」

「『雷出ればよくない?』くらいから」

「ほとんど今じゃん」

「私も色々追いつかないといけないからね。アンタにばかり構っていられないの。というか」


 沙耶香が目を丸くした。


「本当に魔法の勉強してる。明日は雨……いや、雷かしら?」

「何それ?」

「ええっと……有り得ないことがあると、天変地異の前触れって感じで人間はそう表現するのよ」

「そんな表現があるのか! ……やめろ、今俺を人間ワードで惑わすな……!」

「いつものちょっとしたお返し。だけど本当に驚いたなあ。明日には忘れてると思ってた」

「失礼な」


 沙耶香が笑いながら、向かいの椅子を引いた。


「それで? 面白い?」

「文章が長い……けど」


 開いていた本を沙耶香の方へ回す。


「これ、違うだろ?」


 二つの魔法陣が並んでいる。

 一つは百年以上前まで一般的だった《閃雷》。

 もう一つは、俺たちが今使っているもの。

 大体は同じ術式が組み込まれているけど、今の物に比べて、昔の方が明らかに術式の密度が濃い。


「……昔の方が複雑だね?」

「うん」


 古い方には、今の術式にはない経路がいくつもある。

 魔力を雷へ変え、流れをまとめて向きを決める。

 その一連のプロセスを、それぞれを別々の術式で処理しているらしい。

 対して今の《閃雷》は、そのいくつかが一つにまとめられていた。


「ここ。昔は別々だったのに、今は繋がってる」

「それで?」

「必要な魔力も減ってる」

「へえ……」


 沙耶香も本へ顔を寄せる。


「じゃあ、今の方が簡単?」

「使うだけならな」


 俺はページをめくった。

 そこには、現在の形になるまでの改良記録が載っている。

 誰かが変更すると、問題が出る。それを次の誰かが直すと、新しい問題が見つかって、さらに直す。


「……本当にずっと弄ってる」

「何を今さら」

「だって、俺は今まで、閃雷なんて最初から閃雷だったと思っていたんだ」


 閃雷だけじゃない。覚えた術式を組めば、その通りに魔法が使える。

 杖を使えば、大体の魔法の発動に困ることはない。だからそれ以上、考える必要がなかった。


「これなんて、この人、一個前の術式を丸ごと変えてる」

「何で?」

「前のやつだと、雨の日に出力が安定しなかったらしい」

「雷なのに?」

「だから直したんじゃない?」


 だとすると、これも面白いな。

 最初に本を開いた時は、ただ長いとしか思わなかった。

 けど、いざ違いを探し始めると、少し変わった。


「……これ、人間の機械と似てるな」

「そう?」

「ああ、そうだって。扇風機だって、最初から今の形じゃないんだろ?」

「まあ……そうでしょうね。今は羽根がないのが主流だし」

「昔のやつを誰かが直して、また誰かが変えて」


 今朝使った懐中電灯だってそうだ。

 俺が持っているのはただの古い道具だけど、それ以前にも別の形があったはずだ。もしかしたら、今使われているものもすぐに別の形に変化___いや、進化するかもしれない。

 どうやったらもっと明るくなるのか。

 どうやったら長く使えるのか。

 どうやったら小さくできるのか。

 誰かが考え続けたから、今の形になっている。


「魔法も同じなのか」

「レイナが言ってたじゃん」

「聞いたのと見るのは違う」


 すると、沙耶香がまた目を丸くした。しばらくそのまま硬直していたら、「ふふっ」と噴き出した。


「それ、昨日私が言ったやつ」

「あ……」

「私の気持ち、分かった?」

「……うん。ちょっと」


 俺はもう一度、二つの術式を見比べる。

 古い方と新しい方。

 何が消えて、何が残った。

 何を変えたから、今の形になった?


「……この途中のやつも見たいな」

「途中?」

「いきなりここまで変わったわけじゃないだろ」


 本の後ろに載っている参考資料を確認する。

 別の本や研究紀要。それに、古い術式集。その中には、『魔道具における術式補助機構の変遷――シオン・ネモト』なんて研究紀要も載っていた。


「……長そう」


今の俺なら読める気もする。多分。


「まだ読むの?」

「ここまできたら、あれもこれも気になってさ」

「さっきまで文章長いって文句言ってたのに」

「そこは……今でも長い」

「じゃあやめれば?」

「それとこれは別だよ」


 俺は席を立つ。

 とにかく、目的の物を探そうと書架へ足を向けて。

 えっと、さっきとは少し別のところも探してみようかな。『古代召喚術と悪魔契約の禁制史』だなんて物騒な本もちょっと気になったけど、今知りたいのは雷術の方だ。

 お、いい感じの本があった。


「マナト」

「何?」

「今日の魔法練習は?」

「……」

「忘れてた?」

「忘れてない」

「本当に?」

「多分」

「その多分、信用できない」


 またそれか……。


「き、今日は無しにして……」

「スマホってさ、まだできてから三十年もたっていないんだよね」


 沙耶香が先に口を開いた。

 か、体が! 勝手に沙耶香の方に向いてしまう!


「その前はガラケーって言ってね? あ、マナトガラケー持ってたよね。あれは……」

「あれは?」

「……先に練習、付き合ってくれるよね?」

「当たり前だ! 当然、沙耶香が馬鹿にされるのも癪だからな!」


 とりあえず今日は、この三冊の本を借りていこう。夜調べれば、もっと知りたいものが見つかるかもしれない。


「重っ」


 そりゃ三冊もあれば重いか。

 だけど一度ページをめくれば、その中にはもっとずっと長い時間が詰まっていた。

 人間の機械と違って、ネジを外して中を見ることはできないけど、昔の術式と今の術式を並べれば、何を変えてきたのかは見える。

 それなら、魔法だって、分解できる。


「……ちょっと面白いかも」

「何か言った?」

「何でもない」


 今はまだ人間の機械の方が面白い。

 それは変わらない。でも、その横に。

 魔法も少しくらいなら並べてみてもいい気がした。


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