龍造寺の壊滅
「御屋形様、戦況は我々に分があります。この勢いを保てれば、勝てるかと」
「おお、そうか! よーし! 兵を更に押し出せ!! かかれい!!」
「鬼が横から回り込まぬよう、正面に引き寄せることをお忘れなく」
「おうよ!」
龍造寺勢は勢いづき、鬼の大群を押し返し始めた。あえて鉄砲を撃ち、銅鑼を打ち鳴らして、鬼を逆茂木や柵に引き寄せる。
鬼は頭が悪く、一度逆茂木などに引っかかるとそうそう抜け出せない。そうして罠に引っかかっている鬼の首を落とすのである。
しかし鬼に撤退という概念はなく、最後の一体まで殺し尽くさなければならない。これはやはり、人同士の戦とは全く勝手の違うものであった。
「御屋形様、兵らに疲れが溜まっております。ここは一度兵を下げ、態勢を整えるべきでは?」
「よし、そうしよう。先陣を柵の後ろに下がらせ、後詰を前に出せ!」
戦いは長引く。半日は経っても鬼が死に絶える気配は全くない。兵らも流石に疲労の色が濃くなってきていた。
「クソッ……どれだけいやがる……」
「やはり一万の敵を皆殺しにするというのは、相当に時間がかかることのようです。今はただ耐えるしかありますまい」
「わかっとるわ!」
だが、その時であった。金切り声にも似た異様な雄叫びが、本陣の右側から聞こえて来たのである。
「何!? どうして鬼が!? 御屋形様! すぐにここをお離れください!!」
「な、何故ここに!?」
間もなく、百体ほどの鬼が山中から現れ、隆信の本陣に襲いかかってきた。鬼が街道だけを通るとは、元より誰も保証してなどいない。
半日にわたって街道にしか鬼が現れなかったことで、龍造寺勢はいつしか、鬼は街道だけを進むものだと思い込んでしまっていたのだ。
「まさか、両翼の見張りが喰われたのか……。この戦の音で、遠くの鬼を呼び寄せてしまったのか……」
信生はすぐさま考えを巡らせた。
鬼が左右から襲撃してくることはもちろん警戒しており、見張りの兵も両翼にそれぞれ四百は置いていた。であるにもかかわらず、鬼の接近を知らせる伝令は訪れなかった。
伝令を送る暇もないほどあっという間に、左右の兵が喰い殺されたとしか考えられない。
「殿をお守りしろ!!」
「だ、ダメだッ!! 押さえられない!!」
本陣に鬼が襲いかかる。その中には龍造寺勢の甲冑を纏った者も数多くいた。
本陣の周囲も柵で守りを固めていたが、ほとんどの兵を正面に回していたため、防備が手薄になっていた。鬼はたちまち隆信の周りの兵や配下の将に飛びかかり、食い荒らしていく。
「鍋島殿!!」
「鬼の分際でこのようなッ……!」
信生は襲いかかってきた鬼の首を直ちに斬り落としたが、とても鬼を食い止められる状況ではなかった。信生は本陣を捨てることを決断した。
「御屋形様! ここはもう持ちませぬ! 今すぐにお逃げくださいませ!!」
「逃げるっつっても――ぐあぁぁぁ!!」
「殿ッ!!!」
一体の鬼が隆信に飛びかかり、その首に噛み付いた。余りにも一瞬のことで、信生にそれを防ぐことなどできなかった。一度噛まれれば助からないことを、信生はよく知っている。
「に、逃げろッ……! 急げ……!」
隆信は血を吐きながら信生にそう命令し、動かなくなった。
「皆の者、逃げよ!! 逃げるのだ!!」
信生は本陣の者に退却を命じ、自らもその場を離れた。
「クッ……。どうする……。このままでは統率を維持できん」
本陣と総大将を同時に失ったことで、龍造寺家勢の指揮系統は崩壊した。このままでは全軍が壊滅するのは時間の問題だろう。それに、問題はそれだけではなかった。
本陣を食い荒らした百体余りの鬼は主戦場に向かい、兵らを背中から襲ったのである。正面の一万近い鬼に比べればほんの少数とは言え、全く備えのない背後を突かれるのは、軍勢にとって致命的である。
混乱はあっという間に前衛まで伝播し、たちまち全軍は総崩れに陥った。
「全軍、逃げよ!! 今は逃げて生き延びるのだッ!!」
信生は一時的な総大将として全軍に撤退を命じた。しかしそう簡単に逃げられる相手ではない。鬼より速く走れる者はほんの一握りである。
結局、先鋒を囮にして後詰の部隊の一部だけが逃げ延びることに成功した。
〇
それから暫くして、信生らは命からがら佐嘉城に逃げ帰っていた。
「……何人、逃げ延びた?」
「おおよそ、二千かと」
「たったの、それだけか。龍造寺はもうこれ以上兵を出せぬ。最早これまで……」
「鍋島殿、まさか自害などなされるな。鍋島殿には生き残った民を導いて頂かねばなりませぬ」
「……そうだな。ならば、肥前を捨てる」
「な、何と!?」
「肥前を捨てると申した」
「そ、そのようなことをせずとも、この佐嘉城に籠城を――」
「ならん! この程度の兵力では鬼に呑み込まれるだけだ」
「では、兵を増やせば……」
「女子供や老人に刀を持たせるつもりか?」
「そ、それは……」
「肥前を捨てる他にない。御曹司様をお連れし、大友を頼るのだ」
亡き隆信の長子・龍造寺政家は、名目上だけではあるが既に龍造寺家の当主である。
信生は、とにかく東へ逃げるよう領内の民に触れ回るだけで手一杯であった。龍造寺家の軍事も政治も崩壊し、彼に打てる手はほとんど残されていなかった。
そして彼は、長年敵対状態してきた大友家を頼るべく、筑前へ向かった。




