直茂亡き後
秀吉は織田家の実権を握り、織田家中の要職に自らの子飼いの家臣らをつけることで、織田家の中央集権化を図った。
三法師は正式に元服して織田家当主となり、信定を名乗った。また朝廷より内大臣の官職を賜り、諸大名から織田内府と呼ばれるようになった。
信定は安土城に居住し、安土は日本第二の都として栄えた。秀吉は信長が築いた大坂城を拠点とし、信定とはやや距離を置きながら、織田家の家政を取り仕切った。
そして、光秀が期待したように、秀吉は全国規模での改革も開始した。全国的な検地と土地台帳の整理、石高制の創始、兵農分離などである。無意味かつ複雑な中世的制度が廃され、日本は近世へと生まれ変わった。
しかし秀吉の天下取りはいささか遅過ぎた。慶長三年、織田家の実権を掌握してから十年余りで、秀吉は病に倒れた。秀吉の後を継げる実力者は羽柴家中にはおらず、羽柴が織田を実質的に支配する体制は一代にして終焉した。
信定は政権を取り戻したが、秀吉の家臣団を大いに尊重し、秀吉の改革路線も引き継いだ。依然として畿内や近国を押さえる織田家の権威は圧倒的であり、その支配に揺るぎはなかった。
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慶長五年、土佐国に一隻の南蛮船が漂着した。幸いにして鬼はおらず、十日間の隔離の後、乗組員は日本の地を踏むことを許された。
南蛮人らへの応対を任されたのは徳川家康であった。家康は大坂で彼らと面会した。
「これなるはウィリアム・アダムスと申す者。イギリス国から逃れてきたと申しております」
「ふむ。ヨーロッパの者か。ヨーロッパはどうなっておる?」
「この者が申すに――ヨーロッパは滅びました。初めはコンスタンティノープル城でトルコ人が鬼を食い止めていたものの、愚かなるヨーロッパ人がここを攻めたせいで鬼が溢れ、大陸の諸国は瞬く間に鬼に滅ぼされました。イギリス国だけは十年以上耐えていたものの、無数の鬼が海を渡ってきたことで、遂には持ちこたえられなくなり、船で逃げてきたとのことです」
「そうであったか……。最早、旧世界で残っているのは、日本と明国しかないようだな」
旧大陸はほとんど全てが鬼に呑まれた。新大陸はまだ無事のようだが、鬼に対する防備は整っておらず、いつ滅びてもおかしくない。
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慶長二十三年、実質的に龍造寺家を乗っ取る形となり、その実権を握っていた鍋島直茂にもまた、最期の時が訪れようとしていた。
「あの頃を知る者が、また一人減ってしまうな……」
「はい。寂しいものです」
佐嘉城には、直茂の見舞いに立花飛騨守宗茂が訪れていた。立花家の家督を継ぎ諱を変えているが、かつての高橋統虎である。
「石田治部少殿と掛け合い、龍造寺家の家督を鍋島家へ禅譲させる約束を取り付けました。後事は私にお任せください」
「かたじけない……」
直茂は正式に当主になった訳ではないが、その嫡男・勝茂は、織田政権からお墨付きをもらい、名目上も龍造寺家を乗っ取り、新たな当主となることが決まっている。
「九州の平穏を、任せたぞ……」
「はい。ご安心くだされ」
日本を一つにまとめ上げ、鬼を滅ぼす戦いに尽力した鍋島直茂の死は、日本全国の侍や民に惜しまれた。そして、鬼に怯える時代もまた、終わりつつある。
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寛永三年、太政大臣に就任した織田大相国信定は、安土城に諸大名を招集した。その中には伊達陸奥守政宗、佐竹右京大夫義宣の姿があった。
「鬼と戦った大名は、今や儂と佐竹殿くらいしか残っておりませんなぁ」
「我々のような乱世の遺物も、そろそろ身を引く時かもしれませんね」
大友宗麟・長宗我部元親・武田勝頼・上杉景勝・毛利輝元・北条氏直・徳川家康・島津義久など、鬼と戦った大名は次々と世を去っていた。立花道雪・小早川隆景・真田昌幸・前田利家・直江兼続・北条氏照・島津義弘などの諸将も同様である。
「しかし、上様はそのような者をこそお望みのようですぞ」
「新たな戦との噂、どこまで信じてよいのやら」
信定は諸大名の前に姿を現した。流石は信長の嫡孫。若々しさと覇気を併せ持ち、何者をも従える覇王としての貫禄に満ちていた。
「一同、よくぞ集まってくれた。大儀である。此度皆に集まってもらったのは、他でもない。戦を告げるためである」
その言葉に、諸将がざわつく。
「亡き信長公は、朝鮮への援軍を約束しておった。それから四十年もの時が流れてしまったが、儂はこれを忘れてはおらぬ。朝鮮国はとうの昔に滅び去ったが、その地に巣食う鬼を根絶やしにし、復興を成し遂げよう。特に伊達殿、佐竹殿、鬼と戦ったことのある貴殿らには、力添えを頼みたい」
「ははっ」
「お任せください」
「これまでになき大戦ぞ。皆の者、心してかかれ!」
「「おう!!」」
織田政権は二十五万の大軍を動員し、朝鮮半島への出兵を開始した。人と鬼との戦いに、終わりは見えない。
〇
戦国に死霊は舞う〜戦国×ゾンビ奇譚〜
完




