萩への進軍
「槍で心臓を突き刺せ! 心臓に当たらずとも、胴に当たればよい!」
政宗が命ずる。
四人組の陣形を取って最前線で待ち構えているのは、街道に配置された六百人ほどである。側面から回り込まれるのを防ぐために山間部に展開している者を含めれば、合計二千人ほどになる。
鬼が襲いかかり、まず二百体ほどが堀に落ち、残りが一気に迫る。柵にぶつかる寸前、二人で一本の槍を持つ槍兵が、鬼の胸を狙って槍を突き刺す。心臓に命中すれば一撃で殺せるが、心臓を外すと、鬼の動きは鈍りもしない。
「槍で押さえておけ! 後衛、心臓を突いて殺せ!!」
槍は普通のものを少々改造しており、刀の鍔のような円形の部品が途中に付けられている。これによって鬼を引っかけ、鬼がこちらに接近してくるのを防ぐ。
四人組の前衛の後ろには槍兵が控えている。前衛の槍兵が槍を突き刺して鬼の動きを拘束している間に、その胸を刺突し、次々と殺していく。
「槍は前に出したままにしておけ! こっちに持ってくるなよ!!」
鬼を貫きその血に塗れた槍は、人にとって極めて危険だ。一度でも鬼に触れた槍は、槍先を柵の外に出したままにし、決して内側へ戻さない。
「う、うわぁぁ!!」
「逃げたぞ!!」
その時、一体の鬼が怪力で自らの胴体を引きちぎり、槍の拘束から逃れて、兵らに襲いかかった。
「腕を噛ませ、囲んで斬り殺せ!!」
義光がすかさず命令を下す。柵を越えた鬼は、目の前の兵が身を庇うように差し出した腕に噛み付いた。しかし、その腕は堅牢な籠手で守られており、鬼の歯を通さない。
「目を閉じとけ!!」
「死ね!!」
腕に噛みつくことに夢中だった鬼の首を、隣の兵の刀が貫いた。大量の血飛沫が舞うが、しっかり目を閉じて面頬をつけておけば、鬼の血が入る可能性は低い。
「ずっと下を向いておけ! 目を開くなよ!」
その兵はすぐ後方に送られ、用意していた水で血を洗い流された。鬼の血が地面に広がることなど、今更気にしている余裕はない。
そうして鬼を殺していると、残りが数十体になったところで、突然潮目が変わった。
「鬼が逃げているのか……?」
「四国でもそのような例があったと聞きます。追うのは困難でしょう。放っておいてよろしいかと」
信生は政宗に進言した。鬼が全力で逃げるのならば、具足を纏った人間が追い付くのはほぼ不可能だ。
そして、鬼が逃げる先に人がいるのならまだしも、その先も鬼の領域なのであれば、追いかける必要はない。
「……わかり申した。これで終わりですな」
鬼に明確に噛まれた者は三十人程度であり、生死を問わず、その場で首を刎ねられた。数の上では圧勝であった。
「はい。鬼の血がついた武具の扱いはくれぐれも慎重に。堀に落ちた鬼は生き埋めにし、残った死体は燃やしましょう。燃やせば鬼の血は危険ではなくなります」
堀に落ちた鬼は上から槍であらかた刺し殺し、生きているものも死体ごと地中に埋めた。鬼は息が出来なければ死ぬし、七日間ほど飲まず食わずでいればやはり飢え死にする。
本当なら鬼の死体も武具も五日は放置しておいてから後始末に入りたいのだが、交戦の度に毎回そんなことをしていては、あまりにも時間がかかりすぎる。
鬼の血が体内に入らないよう厚手の手袋や足袋を身につけた後処理隊が、各方面軍に三千人ほど配置されている。
少々の危険は覚悟の上で、槍には槍鞘をつけ、持ち手を洗うだけで済ませた。刀も同様である。鬼の死体は道の脇に集めて焼き払った。
「伊達殿、兵の中に鬼の血が体内に入った者もおるやもしれませぬ。ここで半日の休みを取りましょう」
「……わかり申した。そのような者あらば、首を刎ねるのですな」
「はい。心苦しいとは存じますが、そうする他ありませぬ」
人が鬼になるまで、六刻を超えることはない。南方面軍は戦場の後処理をしつつ、六刻が過ぎるのを待った。
体調に少しでも異常が見られた者は二百名ほどおり、縄で両手両足をしっかり拘束した上で、半日が過ぎるのを待った。そのうちの十五人ばかりが鬼となり、人を喰い殺そうと暴れ回っていた。
「伊達殿、この者共の首を刎ねられよ」
「……それしか、ないのですな」
「はい。鬼になった者は、二度と人には戻りません」
「……承知した。鬼の首を刎ねよ!」
政宗が命じ、鬼となった兵らは首を刎ねられ、死体は焼却された。
「鍋島殿、三重もの陣を作る必要はなかったのではないか?」
織田信忠が信生に尋ねた。
「確かに、今回ばかりは過剰でした。しかし、それは鬼が千匹だけだったからです。万一にも陣の備えが足りなければ、数千、数万の者が死んでもおかしくはありませぬ。慎重を期すべきかと」
「……相分かった。引き続き、三重の陣を築くとしよう」
鬼の血を浴びた材木は焼却し、それ以外の柵はそのまま持ち運ぶことで陣地構築の効率化を図る。
「しかし、今後も鬼が逃げるのであれば、萩に鬼が集まってしまうな」
「人の脚で追いかけるのは無理でしょう。仕方がありますまい」
「逃げるのが僅かであれば、大した数にはならないだろうが……」
陣地を作り、音を鳴らして鬼を引き寄せ殲滅する。これを繰り返しながら、各方面軍は萩に向けてじわじわと前進を続けた。




