長門遠征
「皆様方には、船で周防まで行き、長門に三方から攻め込んでいただきます。長門の街道は狭く、兵が多ければいいというものではございません。なるべく時を掛けず、一気呵成に鬼を根絶やしにいたします」
長門や周防は山がちであり、瀬戸内海から運び込んだ兵糧や武器を、さらに陸路で運ばなければならない。萩の港は鬼の巣窟である。
「既に毛利にも合力していただき、山口に兵糧などを蓄えておりますが、そこからはやはり、人の手で運ばねばなりませぬ。当地の民に多大なる負担をかけることを、ご承知おき願いたい」
「その民への迷惑料は、東国の大名からも出そう」
北条氏政は東国の大名達に同意を求める。そう言われると拒否することも出来ず、一同は首を縦に振った。
「また、鬼との戦いに際しては、惟任日向守殿がお考えになった策と具足を用います」
信生は小姓に命じて、一領の具足を持ってこさせた。
「こちらは、腕と脚の守りを固めた具足です。鬼に噛まれ難くなることは、既に九州などで確かめております。特に鬼が襲いかかってきた際は、腕を前に出すと、鬼は腕に噛みつきますが、この具足であれば噛み砕かれることはありませぬ」
光秀が鬼の性質を研究して開発した装備である。既存の籠手や臑当を改造し、鉄板で腕や脚を覆うようにしたものだ。織田や徳川領内の職人を総動員し、これだけの数を一年ばかりで揃えることが出来た。
鬼は最も噛みつきやすい部位を狙うので、腕を前に出せば、そこに噛みつくのである。
「また、惟任殿が考えられた四人一組の戦い方は、全ての大名方に徹底していただきます」
二人で一本の槍を持ち、残る二人がそれぞれ刀を持つという、戦闘の最小単位である。これを採用することにより、鬼を食い止めることは格段に容易となった。
この戦術は、兵らが畿内で待機している間に、織田の武将が教え込んでいる。
「鍋島殿、その新しい具足というのは、どれほど用意があるのですかな?」
伊達政宗が尋ねた。
「織田家で八万人分を用意しております」
「足りぬではありませんか」
「伊達殿は、十五万人全員が一斉に鬼と戦うとお思いですか?」
「……いや、そんなことはないですな! 確かに半分もあれば十分でしょう!」
「はい。同時に戦う者は各方面で一万ほど。それに交換用を加えても、八万もあらば足りましょう」
兵の多くは交代要員となるだろう。新式の具足は全軍の半数分でも多すぎるくらいだ。
「ただし、鬼に噛まれてその血や唾がついた具足は、ゆめゆめ、すぐには使い回さないでいただきたい。鬼の血が体に入れば、その者は鬼になり申す」
「五日は誰も触れぬようにせよという話だな?」
武田勝頼は尋ねた。
「いかにも。五日経てば、鬼の血はたとえ飲んでも問題ありませぬ。五日の後に使うようにしてくだされ。他の武具も同様です」
「相分かった」
「また、口と鼻を覆った面頬を、二十万ほど用意しております。少々息がしにくいのが難点ではありますが、鬼の血が体に入らぬよう守ることは肝要です。血を浴びた面頬はすぐに替えていただきたい」
「目は守れぬのか?」
今度は最上義光が尋ねた。
「硝子を使おうとも思いましたが、数万人分を用意するのは無理かと。出来る限り、槍で距離を取って戦われたい」
装備は潤沢に用意されている。兵士も十分。補給も織田と徳川が整えている。こうして全ての準備が整い、連合軍はいよいよ長門への遠征を始める。
〇
瀬戸内海を用いた船による輸送とは言え、十五万の軍勢を動かすのは一苦労であった。織田方の九鬼水軍、毛利方の村上水軍などの軍船を総動員しても、移動に一ヶ月を要した。
周防に上陸した兵は、萩から見て南・東・西にそれぞれ五万ずつ配置された。それぞれの方面にも兵糧の集積地が用意されており、山口から絶え間なく物資が送られてきている。
南方面軍は信長が在陣する本軍であるが、信長はあくまで全体を総覧する立場であり、その総大将は信長の嫡子・信忠である。その内訳は、信忠率いる織田勢四万と、政宗率いる奥州勢一万である。
また、軍監として信生が加わっている。直接的な指揮権を持たない助言役であるが、信長直々の任命であり、大きな影響力を持つ。
「岐阜中将殿、上様が儂に一番槍を約束してくださったこと、お忘れなきよう」
政宗は信忠に念を押す。
「この私が、父上の仰ったことを忘れる訳があるまい。安心なされよ」
「それは心強いお言葉です」
政宗率いる奥州勢は、信長からの約束通り先陣を務める。
まずは、鬼を引き寄せている砦の少し手前に陣を築く。街道を塞ぐように柵と堀を三重に並べ、二日ほどかけて鬼と戦う備えを万全に整えた。
「これでよいのですな、鍋島殿」
「はい。敵の数は千ほど。これで十分に防げましょう」
「狼煙で合図をするのだったな」
「はい、最上殿。その後、音で鬼を引き付けます」
前線の砦は常に大きな音を立てて鬼を引き付けているが、狼煙で合図を出し、音を止めさせる。そしてすぐさま、奥州勢の陣地で鉄砲を放ち、轟音で鬼を呼び寄せる。
「かかりましたな」
「よし来た! 鬼共を根切りにせよ!」
鬼が陣地に突進してくる。交戦が始まった。




