離間の計
「しかし、これほどのものを差し上げるからには、上杉には鬼との戦に際し、兵を出すことをお約束いただきたい」
「御屋形様、いかがなさいましょうか? 織田は我らの求めに応じてくれるようですが……」
「……織田と真田に手を貸そう。織田の誠意は十分に示されておる」
「ありがたき幸せにござる」
勝家が頭を下げた。信生と源二郎もそれに続く。
「鍋島殿、此度の戦、真に義の戦であるな?」
「無論でございます。多くの九州の民の命が失われ、生き残っている者も土地を追われ、飢えに苦しめられております。その者らを救うことを否とする者が、この世のどこにおりましょうか」
「そうか。武田を欺くことは義に悖るが……武田のためでもあるし、日本のためでもあるな」
「御屋形様、交渉は済んだと見せかけましょう。前田殿と源二郎殿には越後から出ていただきます。柴田殿は、くれぐれもここにいることが露見せぬよう、よろしくお願いいたします。また前田殿は、柴田殿が織田領内にいると見せかけること、ぬかりなくお願いします」
利家は交渉が失敗したという体裁で織田領内に戻る。源二郎は交渉が失敗したという偽の情報を勝頼に流す。勝家はこのまま、密かに春日山城に留まる。
「また、鍋島殿には此度の策の最後の一手をお願いしたく存じます」
「浪人共を率いて沼田を攻めるフリをせよということですか」
「いかにも。上杉の将をみだりに動かす訳には参りませぬ」
「お任せあれ」
信生も元はと言えば龍造寺の重臣であり、数千の兵を動かすことも出来る。
兼続を中心とする一部の武将が、北条方の軍旗や武具などを用意した。そして上杉が雇った浪人を信生が率い、上野で戦の芝居を演じるのである。
〇
数日後、真田源二郎は躑躅ヶ崎館に戻り、勝頼に報告を行っていた。
「春日山城にて行われていた上杉・織田の和睦交渉は、物別れに終わった次第にございます。。上杉殿が織田殿に越中を譲るよう求めましたが、織田殿はそれを認めませんでした。織田の使者であった前田殿と鍋島殿は越中に追い払われたとのこと。また、上杉殿から交渉の顛末を記した書状を受け取って参りました」
景勝が用意した、ほとんど嘘しか書いていない書状である。『上杉は北陸の守りを固める故、武田と北条は織田への攻撃に専念されたし』という内容が書かれていた。
「やりましたな、御屋形様! これは上杉が織田との戦に乗り気という証。すぐに陣立てを整え、遠江に攻め込みましょうぞ!」
跡部勝資は言った。 源二郎の報告は特に疑われていない。
「武田殿、これで織田との戦をご決心いただけましたか?」
北条氏照は尋ねた。
「無論である。まずは、直ちにここへ人質を連れて参れ」
「ははっ。直ちに」
武田と北条が徳川領に攻め込む準備を整えるまで、残り一ヶ月ほどである。北条は人質として氏政の娘・円妙院を躑躅ヶ崎館に送り込み、決戦に向けて着々と用意を進めていた。
〇
それから半月ほどが経った頃、勝頼のもとに急報が届けられた。
「申し上げます! 上野の名胡桃城が、北条方の攻撃を受けたとのこと!」
もちろん真田と上杉による芝居である。
「……何だと?」
「敵勢はおよそ三百。夜陰に乗じて名胡桃城やその周辺の田畑に火が放たれたとのこと! 幸いにして、一部の曲輪が焼き払われただけで、主殿などは無事のようです。また兵も失われていないとのこと!」
名胡桃城は沼田城の支城である。武田・北条・上杉が盟を結んだからには、沼田は完全な安全地帯のはずであり、当地に置かれていた兵のほとんどは、織田との戦に向けて甲斐に送られていた。
名胡桃城には当時、五十人ほどの兵しかいなかった。城代であった矢沢頼綱は昌幸からこの謀略を事前に知らされており、兵を城内に籠もらせ、犠牲を出さなかった。
「その敵が北条方であると、何故わかった?」
「北条方の旗が見えたとのこと。敵は何も残さず撤収したとのこと故、それ以外には」
「……相分かった。このこと、くれぐれも言い広めるでない」
「ははっ」
「氏照を呼び出せ。話を聞かねばなるまい」
勝頼は早速、内密に氏照を呼び出し、この件について詰問した。
「――そのようなこと、断じてあり得ませぬ! 何らかの手違いか、勘違いか……あるいは織田の謀略かと存じます」
「織田の手の者が上野でこれほどの騒乱を起こすことは出来まい」
「しかし、既に人質も引き渡し、織田との大戦を間近に控えたこの時分に、北条がそのような小競り合いを起こすとお思いですか?」
「確かに相模守殿がそのように命じるとは考えにくい」
北条相模守氏政のことである。
「では――」
「しかし、上野の北条安房守あたりが、沼田が手薄なのを見て勝手に仕掛けたのではあるまいか?」
北条安房守氏邦は氏康の五男であり、三男である氏照の弟に当たる。
「そのようなこと……」
「なれば、躑躅ヶ崎まで参って申し開きをするよう書状でも送ればよかろう」
「武田殿は……氏邦が直に弁明しなければ、お許しにならない所存ですか?」
「これは武田と北条の盟約に関わる一大事である。北条安房守が自ら弁明するのが筋であるが、無理と申すのであれば、その重臣を寄越してもらおうか」
「承知しました。すぐに弟に書状を送り、ここに来させます。暫しお待ちください」
「もしも潔白なのであれば、甲斐に参ることになんの不都合もあるまい」
もちろん氏邦は実際に攻撃を命じていないので、氏邦やその重臣が躑躅ヶ崎館まで弁明に来ることは不自然ではない。実際、氏邦より立場が上の氏照が、こうして甲斐にやって来ているのだ。
しかし、氏照の期待に反する返書が届いた。
「武田殿……氏邦は、兵の手配などで多忙を極め、上野を離れられないとのこと」
「その書状に書いてあるのはそれだけか?」
「これは内々の書状故、武田殿にお見せするようなものでは……」
「多少の無礼があっても気にせぬ。見せてみよ」
「はっ……」
その内容は、氏邦自身の潔白の主張、自分は北条家臣であるから勝頼の命に従って甲斐に出頭する言われはないという主張、そして勝頼の浅慮に対する非難などであった。
「氏邦は儂を侮るか」
「弟は短気なのです。どうか一時の激情によるものとお許しくださいませ」
「いや、儂を侮辱するのは別に構わぬ。そう申したであろう。しかし甲斐に参らぬのであれば、名胡桃城への攻撃を隠しているものと見なす」
「お待ちください! 既に小田原の殿にも書状を送っております。兄上からの書状であれば、氏邦もきっと従うはずです!」
氏照は、甲斐へ弁明に行くよう氏邦に促す書状を、氏政が出してくれると期待していた。




