松浦の最期
「申し上げます! 化け物共はここに、この平戸城に向かっております!」
「どうしてわざわざ城に寄って来るのだ……!」
「もしや、人に引き寄せられているのでは? 野の獣の類と思えば、無理もない話かと」
「クッ……。まあよい。二度までも獣に負けてたまるものか。城下の民を城に入れ、兵は全て戦支度をせよ!」
「「はっ!!」」
隆信はここで勝てる自信を持っていた。一度は不覚を取ったとはいえ、敵は考える頭を持たぬ獣も同じ。敵を知り己を知れば、負けることはないのである。
隆信自身も甲冑に身を包んで槍を携え、外堀の陣地へ向かった。
「殿、まもなく、敵が来ます」
物見櫓からの伝令である。普通は物見が敵を発見すれば鐘などを鳴らして城の全員に一気に伝えるものだが、化け物が音に刺激されると考えた隆信は、鐘や銅鑼や鉄砲など、音の出る道具の使用を徹底して禁じていた。
「うむ。皆の者に備えさせよ」
隆信は静かに伝令を走らせ、各所に伝えさせた。兵らは長槍を柵の隙間から出し、堀の向こうに槍先を向けた。こうして一方的に敵を刺し殺そうという算段である。
「敵が、敵が来ます……」
「落ち着け、皆の者。叫んだりするなよ……」
人のように見えて人ではない、怪物の群れ。報告は決して過大なものではなく、少なくとも五千はいるようであった。ただならぬ敵を前に、幾度の戦を経験している侍達も顔を蒼くする。
「よいか。改めて皆に伝えよ。確実に、静かに、奴らの首か胸を突き刺せ。とにかく静かに殺すのだ」
「はっ……」
どういう訳か、化け物の群れは城に向かって歩いてくる。ほどなく、外堀のすぐ外までやってきた。
「よし。やれっ」
侍大将が小声で命令する。
「はっ……」
勇ましい号令などはなく、静かに戦闘が始まった。長槍を持った侍は慎重に狙いを定め、化け物の首を突き刺した。首を刺し貫かれた者はすぐに倒れ、死んだように見えた。
「これなら、やれる……!」
「いいぞ……。その調子だ……!」
松浦勢は次々に化け物の首を刺して殺していく。だが化け物の数はあまりにも多く、とても殺し切れはしなかった。やがて数体が堀の中に落ちた。
「お、落ちたのか……?」
「そりゃあ、獣だからな。落とし穴にだって落ちる」
「の、登って来ないだろうな?」
「登ってきたら脳天を突き刺してやるまでだ」
化け物どもは次々と堀の底に落ちたが、痛がる素振りなど見せるわけもなく立ち上がり、土壁に指を突き立てて登ってきた。
兵らは堀の上から無数の矢を射かけ、石を落としたが、全く効果はなかった。頭が半分欠けようとも怪物は動き続けた。徐々に兵らに焦りが出てくる。
「弓矢は役に立たん……。やはり槍だ……」
「く、クソッ……。来るな、来るなッ……!」
ある侍は眼下の化け物を槍で打ち払おうとするが、化け物の力は強く、壁面から引きはがすのは困難であった。おまけに、脳天から槍を突き刺そうとも、必ず死ぬとは限らなかった。
「や、槍が、抜けねえ……!」
「敵が多すぎる……!」
「登って来る……! 奴ら、登って来るぞッ……!」
その時であった。ついに堀を登り切った化け物が、一人の侍の足を掴み、堀の中へ引きずり込もうとする。
「う、うわぁ!! 放せッ!! 放せッ!!」
「大声を出すなッ!!」
だが、もう手遅れであった。元より戦に慣れていない者まで動員した急ごしらえの軍勢であり、冷静さを保つのは困難であった。
男の叫び声を聞いた化け物は金切り声のような雄たけびを発し、凄まじい勢いで男を堀の底に引きずり込んだ。誰も彼を助けることができず、呆然とそれを見ていた。だが彼らも、化け物の餌である。
一体の興奮が次々に伝播し、化け物達はまるで蜘蛛のような勢いで堀を這い上がる。兵らの突き出した槍を掴んで登り、柵を軽々と乗り越えて襲い掛かった。
「む、迎え撃てッ!! ここを通すなッ!!!」
「「「おう!!!」」」
兵らは槍を捨て、刀を抜いて白兵戦を挑もうとする。だが、次から次に湧き出てくる化け物を前に、そんな抵抗は全く無意味であった。
彼らは次々と化け物に嚙み殺さた。鬨の声と悲鳴は更なる化け物を興奮させ、たちまち一帯は阿鼻叫喚の地獄と化した。
「殿!! お逃げくださいませ!! お早く!!」
「な、何ということだ……」
再び兵を見捨て、隆信は内堀の内側に逃げ込んだ。だが、今や兵のほとんどが失われている。生き残っている兵はわずか一千ばかり。内堀は外堀より狭いとは言え、守り切るには兵が足りない。
おまけに、死んだはずの兵まで化け物となって起き上がり、その数は倍近くなっていた。
「や、奴らが内堀に迫ってきます……」
「やはり、人の匂いにでも釣られているのか……」
「厄介な……」
都合八千ばかりに膨れ上がった化け物の群れが内堀に迫る。隆信は絶対に大声を上げないように厳命し、兵らもそれに忠実に従ったのだが、あまりにも敵が多く、ゆっくりと堀をよじ登ってくる敵を食い止めることも困難であった。
「敵を食い止められませぬ……! このままでは……」
「もはや、我らにはどうしようも……」
それは静かな絶望であった。怪物の群れはゆっくりと堀を這い上がり、柵をよじ登って、侍達との白兵戦に至った。
「く、来るなぁぁ!!」
「うあああぁぁぁ!!」
ここに至っても静寂を保つのは、常人には無理であろう。化け物は一斉に興奮し、勢いよく内堀の内側へなだれ込んだ。
「せめて民を東に逃すのだ! 急げ!」
「はっ!」
化け物の行手を遮るものはもうない。そして化け物の先には、城内に避難していた一万数千の民という最高の餌があった。化け物は民に襲い掛かり、片っ端から噛み殺した。
人々は生き残るために必死に逃げ惑うが、化け物の足の速さにはとても敵わない。互いに押し合いへし合い、混乱の中で圧死した者も多かったが、そこで死んだところで、死期がせいぜい半刻ほど早まるだけである。
門に人が詰まり、その後ろから化け物が迫り、逃げ場を失った領民は阿鼻叫喚の有様となった。
「殿を守れ!!」
「もう無駄だ! もう、戦わずともよい……」
隆信は自分が死ぬこと、そして自らの領国が消滅することを悟った。やがて、つい先程まで領民であった怪物達が屋敷を襲うと、隆信とその側近らは自刃して果てた。
こうして松浦家は運悪く、日本で最初に化け物に呑まれ、消滅した大名となったのである。あまりにも短期間で、しかもほとんど生存者もないまま壊滅したため、近隣の大名が状況を把握するには今暫くの時間がかかった。
同じ肥前国内に本拠を持つ龍造寺家ですら、それは同じであった。だが鬼は平戸瀬戸を越え、着実に東へ向かっている。




