初の会戦
翌日。松浦隆信の居城平戸城に、伝令の兵が飛んできた。
城とは言っても中央で信長が建設しているような白亜の城ではなく、屋敷の周囲に柵や堀を張り巡らせて要塞化したようなものである。全国に名が知れ渡るような大大名でもない限り、居城と言ってもこの程度だ。
「申し上げます!! 平戸の村々が野盗に襲われ、既に五つを超える村が焼き払われたとの由!」
「何? 村を焼く野盗だと?」
まさか化け物が増殖を始めたなどとは思うまい。人々はこの事態を、極めて凶暴な野盗か海賊の襲撃と見ていた。
「まさか、朝鮮の連中が来たのか」
「さ、さあ……」
古くから何度か、九州北部は朝鮮王朝の勢力に襲撃を受けて来た。ただの盗みが目的とは思えない襲撃に、隆信は他国からの侵略を疑ったのである。仮にそうだとしたら一大事だ。
「すぐに出せる兵を纏めろ。その野盗とやらが何者か、確かめてくれる」
「ははっ!!」
松浦家の領国は龍造寺などと比べれば非常に狭いが、かつて南蛮貿易で得た巨万の富を活かし、足軽にも良質な装備を持たせており、その軍事力は侮れない。鉄砲なども二百丁を超える数を保有している。
隆信は即応できる二千ほどの兵を率いて平戸に向かった。だがその道中、すぐに異変に気付くこととなる。
「殿……何やら妙にございまする。まるで気狂いのようなものが道に溢れております」
とても人間とは思えない血走った目をした者が、ちらほらと立ち塞がった。幸いにして非常にまばらだったので、何十人もの侍で囲い込み、滅多刺しにして殺せたが、前衛の兵士達はそのただならぬ様子に怖気づいていた。
「何? ……捕まえて儂の前に持ってこい」
「はっ」
異変を感じ取った隆信は進軍を停止させ、その一人を生け捕りにするよう命じた。彼の前に引き出された男は、両手両足を屈強な武士に掴まれながらもなお暴れ回り、まるで獣のように隆信へ襲い掛かろうとしていた。
「何だ、こいつは……」
「さ、さあ。とても人とは思えませぬ。まるで犬畜生のような……。しかもこいつら、首を斬り落とすか心臓を突かない限り、死にませぬ」
「何?」
「失礼。このように腹を突き刺しましても――」
家臣の一人が暴れる男の背中に刀を突き立てた。だが男は痛がる素振りすら見せず、大量の血を撒き散らしながら暴れ続けている。
「まさか……平戸の野盗の正体とは、これなのか?」
「そうであれば、合点がいきますな……」
「こんなものを領内に野放しにできるものか。全軍進め! この化け物共をことごとく討伐してくれようぞ!」
「「おう!!」」
二千の兵は道端の狂人を殲滅しながら西進していった。
「この先に村がございます。一夜にして滅ぼされたという村です」
「こいつらの巣窟ということか。まずは物見を出せ。それと、鉄砲の用意をさせておけ」
隆信はまず偵察を出した。一刻ほどで帰ってきた物見はしかし、すっかり真っ青になっていた。
「も、申し上げます。村には例の化け物がうじゃうじゃと溢れております。その数はおよそ二百と見受けましたが、まだ隠れているやもしれませぬ」
「生きている者はいなかったのか?」
「はい。どこにも……」
「わかった。ならば遠慮は要らぬな。片端から討伐してくれるわ。鉄砲隊を押し出せい!」
「はっ!」
○
二百丁の鉄砲、およそ六百人の鉄砲隊が繰り出し、何の意思もなくうろつく化け物達に狙いを定める。あの信長ですら常用する鉄砲が三千丁ほどであることを考えれば、二百丁でも十分な戦力であろう。
「放て!!」
侍大将の命令で兵らは一斉に引き金を引いた。弾丸は怪物の身体を撃ち抜き、一撃で手足を吹き飛ばし、胴に大穴を開ける。射程は弓矢の倍程度であるが、威力は段違いなのである。
しかし、この選択は誤りであった。火縄銃の爆音を聞きつけた化け物達は一斉に叫び声を上げて、松浦勢に突っ込んで来たのである。
「ひ、ひぃ!! こっちに来るッ!!」
「腕が吹っ飛んでるのに、動けるのか……?」
火縄銃が命中し身体の一部を失った者も、痛みなどまるで感じていないかのように突進してくる。そのおぞましい様相に歴戦の兵らも足が竦んでしまう。
「弾を込めよ! 急げ!」
「ま、間に合いませぬ!!」
「ならば、矢を射かけよ!」
弓隊が一斉に矢を叩き込む。しかしそんなものはほとんど無意味であった。手足を吹き飛ばされて平気な連中に矢が通じるはずがない。頭や顔に矢が突き刺さった者すら、痛がる素振りも見せず走り続ける。まさに地獄の鬼のようであった。
「く、クソッ!! 何なんだこいつらッ!!」
「来るなッ!! 来るなッ!!!」
化け物達は最前列の鉄砲隊に飛びかかり、片端から食い荒らしていく。その力は常人のものとは思えず、武器の一つも持たないのに、具足を纏った侍を圧倒するものであった。
「弓隊は下がれ! 槍を前に出すのだ!」
あまりの勢いに陣形が乱れたが、白兵戦に突入することは元より想定内だった。槍兵はすぐに入れ替わって化け物に槍を叩きつけ、あるいは突き刺す。だが、そんな攻撃は、化け物を相手にしては全く意味がなかった。
全身が赤く染まるほど血を流し、人間であればまず死んでいるであろうほど身体を切り裂かれようと、化け物は兵らに飛びかかって来るのだ。懐に入られると、槍兵は一気に脆くなる。
「懐に入られました!! 乱戦になっております!!」
「あ、あのような化け物、勝ち目などありませぬ!!」
「馬鹿を申せ! 陣を立て直すのだ!!」
敵の勢いは人間のそれではない。最前線の槍衾を一瞬で食い破り、奥へ奥へと、あるいは横へ横へと、死が広がっていく。
化け物に功名心などなく、あるのは人を喰い殺す衝動だけだ。ただ殺すことだけを目的にした敵――そんなものは人が相手にできるものではない。
「申し上げます!! 中央が化け物どもに食い破られつつあります!!」
「ば、馬鹿なッ……槍の一つも持たぬ奴らに、こんなことが……」
すぐに本陣にも兵らの断末魔や化け物の叫び声が聞こえて来た。一度統制を失った軍勢がどうなるかなど明白である。兵らは持ち場を放棄して四方八方に逃げ惑い、加速度的に陣形が崩壊していった。
「奴らはもうすぐそこに迫っております!! 今すぐお逃げくださいませ!!」
「く、クソッ……」
隆信は僅かに数十の供回りと共に敗走した。二千の主力部隊は完全に壊滅し、化け物の餌となった。
○
落ち延びた隆信らが平戸城に戻って三日。彼らは化け物を恐れ、城の守りを固めている。
毎日数百の民が大名を頼って逃げ込んできて、城はすっかり人で溢れかえっていた。今や武士も農民もない。ただ恐怖するばかりであった。
「申し上げます。南の化け物の数は増えるばかり。それどころか、甲冑を纏った者も数知れずとのこと!」
「奴ら、人を食うばかりではなく、仲間を増やしているのか……?」
「そうでなければ、この事態は説明できませぬかと」
「何ということだ……」
化け物はたちまち数を増やし、松浦の領民を食い荒らしていた。日に日に化け物の勢力は増し、もはや隆信には全く手が負えなくなっていた。
「申し上げます! 化け物の群れがこちらに向かっているとのこと!! ここより西へ二里ほどに、四千ばかりの化け物が集まっております!!」
「な、何故、ここに……」
「殿、如何しましょうか。城に籠って戦うか、あるいはどこかの大名を頼って落ち延びるか……」
「誰を頼れるというのだ! 城の守りは固めた! いくら不死身の化け物といえど、落とせはせぬ!!」
東の大大名龍造寺家とは長年に渡る敵対状態であり、とても頼れたものではない。畢竟、隆信はここで化け物の群れを迎え撃つことにした。
城の周囲には三重の堀と柵を張り巡らせ、領民を根こそぎ動員して五千の兵を用意し、出来得る限りの備えを行った。




