家康
信生は船で瀬戸内海を渡り、再び堺の地を踏んだ。そこからは馬を次々と乗り換えながら、全速力で東に向かい、京や安土には目もくれず、府内を発ってから十五日ばかりで伊勢長島城に到着した。
「おお、随分と早い到着じゃ。驚いたぞ、鍋島殿」
「貴殿が滝川殿でございますか?」
「ああ、名乗っておらなんだ。いかにも、儂が滝川左近一益じゃ」
滝川一益は、惟任光秀・羽柴秀吉・柴田勝家、そして惟住越前守長秀に並んで織田五大将と称される、織田の重臣である。
伊勢を主な領地とし、東国とのやり取りを任されている。また、勝家と並んで織田家中では最も年上の部類に入る。だからと言って最も上席という訳ではないが。
「わざわざのお出迎え、感謝申し上げます。しかし今は、一刻も早く甲斐に向かいたく存じます」
「ああ、それなんじゃが……。鍋島殿が来るまでに、色々とあってのう……」
一益の顔に疲れが浮かぶ。信生が知らぬ間に、相当厄介なことが起きたらしい。
「何があったのでしょうか」
「つい先日、徳川家臣の酒井殿が安土を訪れ、徳川殿からの言伝を上様にお伝えしたそうじゃ」
徳川三河守家康の筆頭家老、酒井左衛門尉忠次のことである。
「それは何と」
「もしも織田と武田が、徳川に何の見返りもなく和議を結ぶのであれば、織田と手を切るそうじゃ」
「はぁ。とても本気で仰っているとは思えませんが」
徳川家の領地は織田と武田に完全に囲まれている。徳川が織田と手を切るなど、自殺行為も同然だ。
「儂もそう思うが、徳川殿の武田への憎しみは本物じゃ。あのお方ならばやりかねん」
元亀三年、武田家の先代・信玄は徳川領への大規模な侵攻を行い、特に三方ヶ原で家康は壊滅的な敗北を味わった。多くの重臣を失い、領地も大いに荒らされた。
「それについて、上様は何か仰せになったのですか?」
「いざとなれば、岡崎の松平殿を担ぎ上げ、徳川殿を隠居させよと仰せじゃ」
「……失礼。もう少し詳しくお教え願えますか」
「ああ、すまぬな。徳川家中は色々複雑での。徳川という名字は、三河守家康殿しか使っておらん。そして今言った松平殿というのは、三河守殿のご嫡男、三郎信康殿のことじゃ」
諸事情により、家康は徳川を名乗っているが、その嫡男・信康は松平を名乗っている。松平信康は現在、家康のかつての本拠地である三河岡崎城を預かっている。
「つまり……徳川殿の嫡男である松平殿に謀反を起こさせ、徳川殿を排除するということですか」
「一言で言えばそういうことじゃ。力ずくも辞さぬというのが、上様のお考えよ」
「しかし、実の父に対する謀反に企てなどに、松平殿が乗ってくれるのですか?」
「数年前から、あの父子は仲が悪い。しかもその所以は、武田への態度にある。徳川殿が武田を滅ぼすつもりいるのに対し、松平殿は融和を考えておる」
徳川家中では、最前線の浜松にいる家臣団と、後方の岡崎にいる家臣団とで派閥争いが生じていた。大まかには、常に戦の最前線に立つ浜松衆は強硬派であり、領地経営を担う岡崎衆は穏健派である。
そしてこの岡崎衆の中には、信康を担ぎ上げて徳川家の主導権を握ろうとする動きが実際に存在している。
「まさに我らの目の前にある問題そのもの、ですか」
「そうじゃ。だから都合はよい」
徳川家康と松平信康の対立は、鬼が現れる以前から存在していた。元より内乱の芽は徳川家中にあったのである。それを利用せよと、信長は言っているのだ。
「……しかし、某は、そのようなやり方は好みませぬ。このような時に人同士で争っている場合ではございません」
「儂とて、それは同感じゃ。上様からのお指図は、儂が思うに、徳川殿が折れぬのならばそこまでやってもよい、という許しであろう。よりよいやり方があればそれでも構わぬ。上様も恐らくは、その方がよいと思っておられるはず」
最悪の場合は、岡崎の信康を担ぎ上げて謀反を起こさせ、浜松の家康を隠居させるか殺すかして、徳川家を武田との和睦に協力させる。しかし、それ以外の手段で上手くいくのならば、一向に構わない。
「たとえ武田と話がついても、徳川が従わぬのなら無意味。徳川殿が何をお望みなのか、確かめたく存じます。お手をお貸しください、滝川殿」
「無論じゃ。今すぐに浜松へ参ろう。岡崎にも寄っていくか?」
「……いえ。徳川殿にいらぬ疑いを持たれぬよう、岡崎には立ち寄りませぬ」
「承知した。では急ごう」
信生と一益は五十騎ばかりの供廻りのみを連れ、徳川家の本拠地・浜松城へと急いだ。
〇
「ご無沙汰しております、徳川殿。これなるは、遠く肥前から参った龍造寺家が家臣、鍋島孫四郎信生にございます」
「鍋島孫四郎と申します。以後、お見知り置きを」
「うむ……」
家康は不気味に思えるほど落ち着き払っていた。信生には、その表情や仕草から感情を窺い知ることは不可能に思えた。
「此度は、この鍋島が徳川殿にお尋ねしたき儀があるとのことで、参上つかまつりました」
「話せ」
「はっ。無礼を承知の上、率直にお尋ねいたします。織田と武田が和議を結べば織田と手を切るとのこと、これは真にございますか?」
「武士に二言はない。徳川に何の得もない和議が結ばれた暁には、この家康、全軍を率いて尾張に攻め込み、一暴れしてみせよう」
そんな挑戦状にも等しい言葉を、家康は眉一つ動かさず、淡々と言ってのけたのである。その様相は、家康の真意をすっかり覆い隠していた。




