九州派兵
斎藤利三率いる軍勢は九州に上陸した。彼らが古処山城に到着するのに先立ち、鍋島信生は同城に単身で出向いていた。
広大な古処山城も今や七割以上の曲輪が失われ、道雪勢は鬼に追い詰められつつあった。しかし城の東側には鬼がほとんどいなかったので、信生は特に苦労せず城に入ることが出来た。
「お久しぶりにございます、道雪殿」
「鍋島か。織田はどれだけの兵を寄越したのだ?」
古処山城の城主は秋月修理大夫だが、ここに籠城している一万ばかりの兵を率いているのは、大友家の雷神こと立花道雪である。
「惟任殿が四国に兵を送ったこと、ご存知ありませんでしたか?」
「何だと? では九州に兵は送らぬと申すか?」
急なこと故、情報が十分に行き渡っていないようだ。
「全く送らぬ訳ではありません。惟任殿の御家老、斎藤内蔵助殿が率いる一万の軍勢が、既に府内に着いております。あち四日ほどでここまで来られるかと」
「一万だけ、か……。残りの二万はいつ来る?」
「今日より数えて、二十日は掛かりましょう」
「そうか……」
道雪にはまるで覇気がなく、弱々しく溜息を吐いていた。信生をある程度信頼しているからこそ、弱みを見せたのだろうか。
「二万の軍勢があらば、鬼から曲輪を取り戻し、押し返すことも出来ただろうが、一万では心許ない」
「では、一万の兵で籠城し、惟任殿が来るまで時を稼げばよいのでは?」
「古処山城がいかに巨大な城と言えど、二万もの兵は入らん。既に多くの曲輪を失っておるからには、尚更だ」
「……ではまさか、古処山城を捨てると仰いますか?」
「そうだ。古処山はもう持たん。押し返すことが叶わぬのなら、早いうちに退くが上策よ」
「……申し訳ございませぬ。某が惟任殿を説得出来ればよかったのですが」
「四国を失う訳にはいくまい。豊前や筑後を失うより、その方が遥かに痛手だ」
「……はっ」
「元より古処山は捨てるつもりであった。その時の備えは進んでおる」
道雪は最初から古処山城を捨てる気でいた。織田家から十分な援軍が届けば、その維持も視野に入れていたが、そう上手くいくものではないと割り切っていたらしい。
「では、如何なさるのですか?」
「日田と中津まで退く」
日田城は古処山城から南西に六里ほど離れた、山に囲まれた狭い平野にある。
「中津というのは?」
「中津川の河口、豊前の南端辺りに、広い平野がある。目立った城はなかったが、この事態に備え、多くの兵を置いておける城を殿に建てていただいた。儂が中津城と名付けさせてもらった」
「なるほど。豊後・豊前の国境付近で平野と呼べるのはその二箇所のみ。確かに、守るに適した地かと存じます」
鬼の大半が平地を通るという経験則は、今のところ破られていない。九州北東部のまとまった山地を利用し、守るべき場所を少なくするのは、合理的な戦い方だ。
「しかし、そうなれば、筑後と豊前の大半を捨てることになります。それでもよいのですか?」
「構わん。今や大友の民のほとんどが、城や砦の普請か、海岸の見張りにあたっておる。田畑など打ち捨てられたも同然よ。土地は要らぬのだ」
大友家は田畑を管理している余裕すら失っており、領民を戦に駆り出している。島津家もまた、南蛮船がどこに漂着するかわからず、海岸警備に人手を割かざるを得なくなっており、余裕はない。
「左様でしたか。なれば斎藤殿には、その中津城の守りに就いていただくよう、伝えて参ります」
「わかっているではないか。頼むぞ」
中津平野は広く、城も急ごしらえである。兵は多い方がよいのだ。
〇
信生は直ちに大友家の本拠地、府内館に戻った。斎藤利三に道雪の方針を伝えると共に、大友家当主・宗麟と会談する機会を得た。
「……鍋島孫四郎信生と申します」
「遠慮することはない。我が弟が討ち死にしたことは、今は忘れよう」
「……はっ」
宗麟の弟・親貞は、十年前の今山の戦いで本陣を奇襲され、討ち死にしている。その部隊を指揮していたのが、まさに信生なのである。
「弥七郎殿にも、此度も大友に犠牲を強いること、申し訳なく思う」
高橋統虎も同席していた。今の統虎は、鬼をよく知る宗麟の側近として活動している。
「孫四郎殿のせいなどではありません。お気になさいますな」
「さて、本題じゃが、もうすぐ惟任の二万の軍勢が府内に到着するのじゃな?」
「はい。その手筈となっております」
「その二万には、薩摩に向かってもらいたい」
「薩摩、ですか。島津は隈本でよく耐えていると聞き申しますが」
「それについては私から。確かに島津勢は肥後に多くの砦を築き、鬼を食い止めていますが、問題は陸よりも海なのです」
「南蛮船や唐船が流れ着くやもしれぬということですか」
「はい。つい先日の土佐での一件のように、数千もの鬼が薩摩や大隅に流れ着き、これに対処できねば、九州の守りが一気に崩れるは必定。まずは沿岸の守りを万全にしたいのです」
「これは島津殿からの頼みでもある」
「承知しました。そのように惟任殿にお伝え申し伝えます。断られることはないかと」
九州での兵の運用については、光秀は信長に一任されている。光秀は大友家からの要請を認め、二万の軍勢を九州南部に送った。
安全を確保するだけで手一杯であり、鬼に対して反攻作戦を行うだけの兵力は、全く足りない。




