四国派兵
「鍋島殿、長宗我部よりこのような文が届いた」
「長宗我部?」
「読んでみよ」
堺の港にて、惟任光秀は鍋島信生に、元親から届いた急ぎの書状を渡した。土佐に鬼が現れたことと、援軍を乞う旨が記されていた。
「これは……」
「貴殿の言いたいことはわかる。今すぐ四国に兵を送れるのは私だけだが、さすれば、古処山への援軍が滞ることになる」
「四国に兵を送らぬということは、考えられませぬか?」
「四国を九州のようにする訳にはいかぬ。今ならばまだ間に合う」
「どの程度の兵が、土佐には必要でしょうか」
「土佐に現れた鬼はおよそ二千。その鬼を根切りにするだけでなく、鬼が残っていないか確かめ、漂着した船にも対処せねばならぬ。万全を期して二万は欲しい」
「……ならば、残り一万だけでも九州に送っていただくことは出来ませぬか?」
「一万だけを送って意味があるかはわからぬが」
「それでも、何も送らぬよりは余程よい。どうかお願い申し上げます、惟任殿」
「相分かった。九州には先行して一万だけを送ろう。そちらは我が家臣、斎藤内蔵助に任せる」
光秀の筆頭家老の一人、斎藤内蔵助利三のことである。
「鍋島殿も九州に向かうがよい」
「はっ。そうさせていただきます。惟任殿も、どうかご武運を」
光秀率いる二万の兵は土佐へ、斎藤利三率いる残り一万は九州へ向かうこととなった。急を要する故、信長には土佐への転進を事後報告する形となった。
○
惟任勢は堺から、岡豊城の東に七里ほど離れた安喜城の城下まで船で向かい、そこから陸路を進むこととなった。堺を出てから岡豊城に到着するまで六日を要した。
「長宗我部弥三郎殿、参られました」
「惟任殿、お久しぶりにございます」
光秀に状況を報告しに来たのは、元親の嫡男・弥三郎信親であった。補佐として彼の叔父・香宗我部親泰も同行していた。
「弥三郎殿、岡豊城の戦況をお聞かせ願いたい」
「はい。岡豊城では曲輪が破られることもなく、鬼を引き寄せることに成功しております。しかし奇妙なことに、鬼の大半が石垣や土塁を登ってこなくなっています」
「登ってこない?」
「はい。腕を失った鬼がそうなるのは当然としても、目立った怪我すらしてすらいない鬼も、土塁を登らなくなったのです」
「確かに奇妙なことです。鬼も無意味なことを避けるようになってきたということか……」
「そのようなことを、あの化け物が考えられるのでしょうか」
「わかりませぬ。我々はまだ、鬼について知らぬことが多い。しかし、中国の羽柴筑前などからは、鬼の行動が少しずつ変わってきているとも聞いています」
「鬼がものを考えて動くのであれば、恐ろしいことですね」
「いかにも。鬼が攻め込んでこないのであれば、こちらから誘き出して根絶やしにする他ありますまい」
「はい。お願い申し上げます」
岡豊城に到着した光秀は、鬼に野戦を挑むことを決定した。鬼はおよそ二千であり、こちらは二万。負ける可能性は低いが、こんなところで徒に兵を失う訳にはいかない。
○
光秀は岡豊城城下町のすぐ南に陣地を築き、一万五千の兵を置いた。残りの五千は鬼が漏れ出さないよう側面から監視する。元親も岡豊城から鬼の動きを監視する。
「雑兵に至るまで全ての者に、しかと言い聞かせるのだ。戦の際は、必ず四人で一組となって戦え。断じて一人で戦ってはならぬ。組の者が欠けたる際は、速やかに下がれ。鬼は槍先を見ても剣先を見ても恐れぬ。首を斬り落とすか心臓を刺すかして、確実に息の根を止めよ」
光秀は鬼に野戦を挑む際の戦術を既に編み出していた。四人で一組にとなり、そのうち二人が一本の長槍を持ち、残る二人が刀を持つというものだ。
「鉄砲組、放て! 鬼を呼び寄せよ!」
惟任勢は柵や逆茂木で簡易的な陣地を築き、鉄砲や太鼓で大きな音を出し、更には鬨の声を上げて鬼の注意を引く。一方、岡豊城では鬼を誘き寄せるための音を全て止めていた。
「鬼が来ます!」
「鉄砲、鬼に向けて放て!」
無数の槍が整然と並ぶ惟任勢の陣に、鬼は奇声を上げながら突っ込んでくる。鉄砲で多少の足止めをした後、白兵戦に移る。
鬼は陣地の手前の逆茂木などに引っかかり、勢いが削がれる。全ての鬼が一気に襲いかかってこないようにする工夫だ。そしてついに、最前列の兵の槍が鬼を捉えた。
「鬼に槍を突き刺せ! どこでもよいぞ! 動きを止めるのだ!」
まず二人の槍兵が一本の槍を構え、真正面から迫る鬼の胴体に槍を突き刺す。槍が突き刺さると、流石の鬼も自由には動けなくなる。
「外した!!」
「刀で殺せ! 胸か首だ!」
「返り血に気を付けよ!」
槍の穂先を躱した鬼が兵に噛み付こうと飛びかかってきたが、柵に引っかかったところを、刀を構えていた兵によって胸を突き刺され絶命した。
刀を持つ兵と槍を構える兵を組み合わせることで、鬼を相手にもしても隙を見せずに戦えるのだ。
槍で突き刺されて柵を越えられず、身動きの取れない鬼を、後列の槍兵が喉や胸を突き刺して殺す。光秀の陣はおよそ五千人ずつを配した三段構えとなっており、押され気味の箇所では後ろの兵を繰り出して鬼を押し返すことも可能だ。
「くれぐれも鬼の血に触れるな。刃こぼれした武器はその場に捨てよ」
これだけの兵に十分な武器と鎧を供給できる織田家の国力あってこその戦い方であり、それこそが織田家の強さの所以なのである。
戦闘は終始、織田勢の優位に進んだ。だが、鬼の数が三百ばかりになったところで、想定外の事態が起こる。
「殿! 鬼が逃げ出しております!」
「何だと? ……鬼が変わり始めたとは聞いていたが、ここまでとは」
正面から陣地を攻めても犬死にするだけだと判断したのだろうか。鬼が一斉に逃げ出し始めたのである。




