元親
織田家と盟約を結んだ毛利家は、全兵力を鬼との戦に投入出来るようになった。長門の最前線には七万の兵が配置されている。萩の戦いでは多くの兵を失い、これが動かせる全力であった。
また、秀吉も毛利家への援軍を命じられ、中国各地の沿岸に三万の兵を送り込んでいた。指揮系統がまるで違う軍勢であり、戦う場所を分けた方が合理的だろう。
両家の調整を担当するのは隆景と秀吉であった。秀吉とその幕下の将達は、吉田郡山城より少々東にある安芸国新高山城に入った。新高山城は小早川家の本拠地であり、秀吉が仮の拠点を置くにはうってつけの地であった。
「申し上げます! またしても鬼が五匹ばかり、宇部に流れ着いたとの由! 蜂須賀勢が直ちに根切りにしたとのこと!」
鬼が関門海峡を越えたのは偶然ではなかったようで、九州から鬼が続々と入り込んできていた。
「しかし妙な話じゃ。これまで何ヶ月も海を越えてこなかった鬼が、いきなり海を越えたかと思えば、その後は当たり前のように乗り込んできおる。一体どうなっておるんじゃろうかのう」
秀吉は隆景に疑問を投げかけた。確かにそれは、憂慮すべき点である。鬼の性質、特に群れとなった時の行動については、まだまだ未知の点が多い。
「明確なことはわかりかねますが、鬼が誰かの号令を受けて動いているか、あるいは鬼が互いに呼び寄せ合っているのやもしれません」
「あんな奴らに号令出来るもんがおるとも思えませんなあ。やはり、互いに呼び合っていると考えるのが自然じゃ」
「私もそう考えます。まるで虫のようです」
「虫とな?」
「虫の一匹一匹に知性などはありません。しかし、虫が数百数千と集まると、まるで一つの軍勢のように振る舞うことがあります」
「なるほど。鬼もそういうもんかもしれんということですな」
「もちろん、そうと決まった訳ではありませんが」
鬼は明らかに変わり始めている。隆景も秀吉もそれを肌で感じていた。
「まあ、一先ず、これ以上鬼に土地を荒らされることはなさそうじゃ。後は、こちらから鬼に攻め込んで皆殺しにできればよいんじゃが」
「城に籠ってようやく拮抗している相手です。こちらから攻め込むとなれば、羽柴殿と毛利の兵を合わせても足りぬでしょう」
現在の七万の兵力で、防衛線は安定している。しかし、鬼を討伐するのであれば、これに追加で五万程度の兵は必要であろう。
「困ったのう。幾ら織田とて、兵が畑から取れる訳じゃござらんからのう」
「ええ。より多くの力を合わせねばなりません。東国の大名方の力が必要です」
「そうは言いましてものう。武田も上杉も、まるで従う気がござらん」
「相争っている場合ではないのです。それがあの方々にも分かっていただけたら……」
隆景は不安を募らせていた。
○
一方その頃、堺の町に逗留していた鍋島信生に、吉報がもたらされた。
「――上様は私に、兵を率いて九州の諸大名に合力するよう命じられた」
惟任光秀はそう告げた。毛利が味方したことで九州への進軍路が確保され、九州に直接増援を送ることも可能になったのである。
「それは有難い……。某がここに参った目的は、果たされ申した」
「そうであろうな。私はこれより、三万の兵を率い九州に向かう。鍋島殿もついてきてくれるか?」
「無論です」
古処山城が持ちこたえられる見込みは残り一ヶ月。信長は信生が訪れる前から光秀に軍勢を集めさせており、今すぐにでも出航することが可能だ。古処山にも何とか間に合いそうである。信生は安堵した。
「まずは伊予に向かい、陣立てを整える。よいか?」
「はい。いきなり九州に三万の兵を送っても、混乱は目に見えております」
いきなり九州に三万の軍勢を送り込んでも補給が持たないので、九州に近い伊予を前哨基地とする。既に鬼が上陸している毛利にその負担を掛けるよりは、伊予を利用した方がよいであろう。
四国には大きく三つの勢力が存在する。土佐と阿波二郡を領する最大勢力の長宗我部氏、伊予の河野氏、讃岐の十河氏である。河野氏は毛利家の従属勢力であり、既に味方側である。十河氏は元より織田の従属勢力だ。
○
さて、光秀と信生が堺を出立しようとしている頃のことであった。
長宗我部家当主・長宗我部土佐守元親の居城――岡豊城の城下に、数隻の南蛮船が姿を現した。鬼を警戒して沿岸警備を強めていたことが功を奏し、早々に発見することができた。
長宗我部氏は信長に臣従している訳ではないが、土佐と阿波二郡以外の領有を認めないという信長の決定を受け入れている。そして今回の事態に際しては、光秀を通して積極的な協力を申し出ていた。
「――殿、如何されましょうか……?」
「今すぐに集められるだけの兵を集めよ。鬼がいるならば、一匹とて土佐に踏み入らせてはならぬ!」
「はっ!」
「近隣の民は直ちに城下まで避難させよ。決して騒ぎ立てるでないぞ。また、決して南蛮船には近づくな!」
とは言っても、一両具足と呼ばれる半農半兵を主力とする長宗我部家では、兵を常に用意しておくことは困難であった。すぐに動かせる兵は三千程度に過ぎない。
元親はすぐさま鎧を身に着け、陣頭指揮を執るべく城を出た。
「父上、南蛮船から人が降りてくる気配はございません。恐らくは、鬼で溢れかえっているものかと」
元親の長男・弥三郎信親は言った。信親は、信長から養子に迎えたいと言われたほど優秀な、長宗我部家の後継者である。信長から一字をもらってもいる。
「このようなところに南蛮船が現れるとなれば、そうとしか思えぬな」
「しかし、四隻もの船が纏まって現れるとは……」
「うむ……。奇妙なことだ。遥々南蛮国から来て、四隻が同時に漂着するものか」
「南蛮船には、一隻につきおよそ四百人から六百人が乗り込んでいるとのこと。四隻合わせれば二千ほどの鬼が……」
「この兵力で挑めば、為す術もなく食い尽くされるだけか」
元親は鬼と戦ったことはないが、九州や中国から多くの情報を得ている。鬼と野戦を挑むのであれば、少なくとも三倍の兵が必要であろうということも。
「岡豊への籠城もやむなしか。城下の民を城内に入れておけ。また、南蛮船が真に鬼で満ちておるか確かめる。沖の側から船で近づき、様子を確かめさせよ。ゆめゆめ、船に乗り込もうとは思うな」
元親はまず偵察を命じた。




