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戦国に死霊は舞う〜戦国×ゾンビ奇譚〜  作者: Takahiro
西国篇

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光秀

 鍋島信生(のぶなり)は大友宗麟から預かった船に乗り、数匹の鬼を手土産に、瀬戸内海を東へ航行し、一気に織田の領地に向かった。上陸したのは摂津国と和泉国にまたがる堺の町であった。


「貴殿が鍋島殿ですか?」

「いかにも。鍋島孫四郎信生と申す」

「お待ち申し上げておりました。上様より饗応を任せられました毛利新介と申します。宿を手配しておりますので、暫しお待ちくだされ」

「かたじけない」


 流石は織田家。信生一行に対する応接は完璧の一言であった。小奇麗で落ち着ける寺が宿として用意され、多過ぎず少な過ぎず、何不自由なく過ごすことが出来た。


 一刻も早く織田家を動かしたい信生でさえ、少々気が緩んでしまうほどに。


「随分と豊かで平和なことだ……。今まさに、統虎や道雪殿が古処山で戦っているというのに……」


 堺に留まって二日後。


「三宅左馬助(さまのすけ)と申します。鍋島殿、こちらへ」


 信生のもとに使者がやってきて、織田家の陣屋に案内された。


 堺の人々の喧騒を聞きながら小間で待っていると、ようやく名のある武将が姿を現わした。いかにも重臣といった貫禄を持ち、凍てつくような暗い眼をした男であった。


「あなたは……」


 信生は立ち上がって挨拶しようとしたが、男はそれを制し、さっさと腰を下ろした。


「私は織田が家老、惟任(これとう)日向守光秀と申す」

「……あの明智殿にございますか?」


 明智日向守光秀――その名は日本六十六国によく知れ渡っている。


 信長には尾張以来の古参家臣を重用する傾向がある。その信長が天下取りに乗り出した後に加わった家臣のうち、一国以上の領地を任されているのは、この惟任光秀だけなのである。


 日本にとって枢要とも言える畿内を任され、信長からの信頼は極めて篤い。


「左様。もっとも、明智の名は今は使っておらぬが。今は惟任と呼んでもらいたい」

「はっ。某は鍋島孫四郎信生と申します。惟任殿、某のような者のためにわざわざお越しいただき、感謝の申しようもございません」

「そう畏まらずともよい。左様な世辞を口にするのは、時の無駄であろう」

「では、惟任殿の言に応えまして早速、本題に入らせて頂きたく」

「織田としても、此度の騒動は重く見ておる。望みがあれば何でも申せ」

「はっ。とは申しましても、我ら大友が欲しいものは一つだけ。兵にございます。鬼の大軍を退けられる兵を、お貸し願いたい。こちらに、宗麟様からの書状もございます」


 大友宗麟から織田家へ宛てた、援軍を求める書状である。


「少なくとも二万の兵は今すぐ欲しい、か。特に驚くことはないが、たとえ上様が命じられたとしても、そう簡単なことではない。毛利は依然、我らに楯突いておる。東国にもまつろわぬ者が多い」


 織田家にとって最大の問題は、中国地方の覇者たる毛利家であった。毛利家は西国では最大、おおよそ百五十万石の領地を持つ。無論、六百五十万石の織田家と比べれば小さなものだが、軽くあしらえる相手ではない。


「このような情勢の下、相争っている場合ではないというのに……」

「先代の元就公と違い、当世の輝元は愚物。向こう数年を生き延びる才はあるが、その先まで考える才はない。それに一度決めたことを覆す度胸もない。我らと和議を結ぶなどとは、そう易々と言い出せぬのであろう」


 毛利輝元はまだ三十にも満たない若輩の当主である。少なくとも光秀からの評価は低かった。


「某は毛利とそれなりに誼を通じておりました。毛利の重臣には、元就公の才覚を継ぐ者もおります。特に小早川殿は、織田と毛利の和議を成立させようとされているはずなのですが」

「輝元が重臣の意見を受け入れるのならばよいが、そうでなければ、織田からは何もできぬ。いっそ毛利に攻め込んで滅ぼしてしまってもよいが、それには暫しの時が掛かるだろう」

「毛利を攻め滅ぼすなど、お戯れを。惟任殿には、毛利との和睦にご協力を願いたいのです」

「毛利のことは向こうの出方次第であるが、それよりも、鬼を連れてきたのであろう? それを見せてもらいたい」


 光秀は目に少しばかり光を宿らせながら言った。どうやら鬼というものに興味があるらしい。


「はっ。惟任殿の指示通り、人気のないところに。やはり、その目で見て頂かねば、九州の置かれた惨状を真に理解しては頂けぬでしょう」


 こんなこともあろうかと、大友家が生け捕りにしていた鬼を数匹連れてきていた。


 万が一にも逃げ出しては一大事なので、常に百を超える兵士に見張らせ、堺の郊外、村の一つもない荒れ地で拘束している。


 ○


 光秀はその日のうちに鬼を見分した。竹の檻に閉じ込められた鬼は、人の姿を認めた途端に血走った目をして襲いかかろうとする。だが光秀は全く動じず、つぶさにそれを眺めていた。


「面白い。確かに人とは言えぬ化け物だ。生け捕りにするのも苦労したであろう」

「某が直接その場にいたわけではありませぬが、何人かは犠牲になったと聞いております。ここに運ぶ最中も、一人が手を噛まれ、やむなく殺し申した」

「その労苦、無駄にはするまい。私から上様に、毛利との和睦を進言しよう。私は長宗我部に協力を約束させる」


 光秀としては最初からこうするつもりだったようだ。ただ、どうしても信じ難い鬼をその目で見て、信生の言葉が本当である最後の確証を得たかったのであろう。


「ありがたきお言葉」

「されど、戦うにしろ話し合うにしろ、毛利と直接に対峙しているのは羽柴筑前だ。私が直接毛利と話し合える訳ではない」


 織田家の中国方面軍を預かる男――武士ですらない身分から取り立てられ、今や織田家中でも最大級の力を手にするに至った、羽柴筑前守秀吉のことである。

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