毛利
「申し訳ございませぬ。私が至らぬ故、紹運殿を死なせてしまいました」
古処山への道中、隆景は統虎と信生に頭を下げた。
「他に……他に何か、やりようはなかったのでしょうか……」
「小早川殿がこうしていなければ、数千数万の命が失われていたことでしょう。致し方ないことでした」
「わかっているのです。それでも……クッ……」
統虎はまだ若く、悔しさを隠すことができずにいた。
「小早川殿は、この後いかがいたす御所存か」
「我が兵は古処山城に残し、道雪殿に委ねます。私は一度郡山城に戻り、我が殿や兄上に色々と報告せねばなりません」
「毛利は、我らを助けてくれるのでしょうか……」
「必ずや援軍を出す用、私が説得します。御心配には及びませぬ。それでは、どうかご武運を」
隆景は少数の兵だけを連れ、毛利家の本拠たる吉田郡山城に戻った。
〇
古処山城は、大友家と秋月家が長年に渡って争奪戦を繰り広げていた重要拠点であり、古処山一帯に縄張りを広げ、要塞としての機能も十二分に備えている。
岩屋城と比べれば遥かに生活しやすく、籠城にも向いた城であった。
「流石は天下の古処山城。壮観ですな」
「ええ。父上が逃がして下さったからには、ここを何としても守り抜かねば……」
「暫くは持つでしょう。とは言え、鬼を押し返すことが出来なければ、長い目で見れば、我々は皆鬼に食い尽くされることとなります」
「そう、ですね……」
鬼に攻勢を掛けて領土を奪還できなければ、いずれ人が負けるだろう。人の領域が減ることはあっても増えることは決してないのだから。
「そう悲嘆なさるな。鬼を押し返せるだけの兵が揃えば、我々に勝機が見えましょう」
「それは毛利や長宗我部や織田に頼るということですか?」
「左様。九州勢の力だけでは、とても鬼に太刀打ち出来ませぬ。不敗の態勢を整えるだけでも十万の兵は必要。長門や土佐から奥羽に至るまで、あらゆる大名の力を借りてようやく、鬼と力が釣り合いましょう。出来なければ、我らは全員が喰い殺されるまで」
「その通り、ですね……。鬼の数は増える一方。早く全国の大名の協力を得なければ……」
「まずは織田を頼るのがよろしいでしょう。織田がその気になれば、諸大名も従わざるを得ません」
鬼の勢力は今や、大友や島津の力ではどうにもならない段階に達している。しかし幸いなことに、大友家は毛利や龍造寺に対抗する必要性から長年織田と誼を通じており、連絡を取るのはそう難しいことではない。
○
それから数日。多くの避難民や兵が古処山城に集まる中、信生のもとへ大友家の使者がやって来た。
「大友家家臣、志賀阿波守と申します。府内の我が殿より、書状と言伝を預かっております」
「どのような用件でしょうか」
「鍋島殿には、織田への使者となって頂きたいのです」
大友家当主・義鎮――あるいはその法名から宗麟と呼ばれる――は、信生に織田家への使者となるよう頼んだ。鬼に詳しくそれなりに名が通っており、守るべき領地もないからである。
「――大友殿がそれほど頼りにしてくださるとは。無論、このお役目、喜んでお受けいたしましょう」
「ありがたいことです。我が殿もお喜びになりましょう」
信生は当然これを受け入れ、近畿へ発った。
毛利はこの時点で、九州に領有していたしていた門司城などの拠点を放棄し、隆景が残していった一万五千の軍勢を除いては、本州に撤退している。
大友と島津は連名で近隣の大名に協力を依頼し、犬猿の仲である大友と島津が手を組んでいることに驚いた大名達は、互いの戦を一旦止めて、両家に手を貸すことにした。
一先ずは、九州勢に不足している物資を補うため、毛利や長宗我部が纏め役となって、大量の米や武器を送り届けた。
○
毛利家の本拠、安芸国吉田郡山城は、山一つを丸々要塞化した巨大な城である。先代元就の頃はほんの小さな砦のような城であったが、今では百五十万石の領地に相応しい風格を持つに至った。
「殿、九州の様子を見て参りました。このままでは、九州は滅びます」
毛利家の当主・輝元は、先代・元就の嫡孫に当たる。元就の嫡子であった隆元が早くに亡くなったため、当主の座が輝元に引き継がれたのだ。
よって、毛利の重臣たる元就の息子達は、輝元の伯父に相当する。小早川隆景もその一人だ。
「兵糧や武具を山ほど送ってやっているのにか?」
「鬼の数は数十万に上ります。今は刀よりも戦える者が必要なのです。九州に更なる派兵を。ただし今回は、大友の援軍としてですが」
「しかしのう……」
鬼の実物を見たことのない輝元や毛利の重臣にしてみれば、隆景がどうしてそこまで大友を助けようとするのか、理解できなかった。
「そもそも、その鬼とやらは、海を渡れはせぬのだろう?」
「確かに、今のところ、海を越えてこちらに渡って来る鬼は見られません。しかし、船に紛れているやもしれませぬし、偶然流れ着くやもしれませぬ」
「……しかし、そんなことが起こると決まった訳ではないのであろう? 元就公の頃より面倒な敵であった大友が滅びる寸前ともなれば、織田との戦に兵を向けられる。好都合ではないか」
「……左様ですか」
どうやらこのまま説得を続けても埒が明かないと、隆景は判断した。
「では、私の麾下にある軍勢だけでも、引き続き大友に合力することをお許し願いたく」
「……まあ、よかろう。今更引き上げるのも体面が悪い。大友には良い顔をしておいて、適当に手なずけておこう。鬼とやらも、大友を囮にしておればよいのだ」
「はっ。ありがたきお言葉」
もちろん、隆景がそれだけで満足するはずもない。毛利や四国の大名、ひいては織田や東国の大名を束ね、九州を救いに行かねばならない。
「織田と和睦せねば大した兵は動かせない……。殿を納得させられる材料を用意せねば」
毛利を含め西国の大名は、物資の援助は行っても新たな援軍を送ることはなかった。海の向こうのことは他人事という考えが強いこと、織田との対峙でそのような余裕がないことなどが、その理由であった。
○
「援軍にはまだ時を要する、か……。小早川殿も、苦戦しておられる……」
統虎に隆景から、説得が難航しているとの書状が届いた。統虎は毛利の事情を、古処山城を仕切っている道雪に伝えた。
「そう驚くことではない。毛利が簡単に動けぬ訳もわかる。だが、ここもそう長くは持つまい」
「道雪様は、古処山城はどれほど持つとお考えですか?」
「三ヶ月ほどであろうな。曲輪を少しずつ捨てて下がり、時を稼げば、その程度は持つであろう」
「それだけ、ですか……」
鬼が古処山城を無視して南に浸透することは避けねばならず、岩屋城などと同様、銅鑼や鉄砲で大きな音を立て、鬼を引き付けている。鬼の数はざっと見て六万。古処山城に籠る兵は二万程度であった。




