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戦国に死霊は舞う〜戦国×ゾンビ奇譚〜  作者: Takahiro
九州篇

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撤退作戦

 紹運が大友の風神であるのなら、道雪こと戸次鑑連《べっきあきつら》は、大友の雷神と呼ばれる猛将である。その城が落ちたというのは、大友家全体に少なからぬ動揺を招くだろう。


「父上、立花山が落ちた以上、ここはいずれ囲まれてしまいます。ここらが引き際では……」


 統虎は言う。防衛線の一角が崩れた以上、岩屋城の後背に鬼が攻め寄せるのは時間の問題だ。


「鍋島、毛利の援兵とやらはどうすると申しておった?」

「小早川殿は立花山方面の守りを固めるとのことでした」

「そうか。奴なれば、兵を下がらせるくらいは出来よう」

「小早川殿でしたら、上手くやってくれるでしょうな」


 大友家にとって毛利家は宿敵のようなものなのだが、紹運は特に不快感を示さなかった。


「うむ。であれば尚更、ここは持たせなければならぬな」


 後方に撤退するとなれば、古処山城に兵を移すことになるだろう。だが岩屋城が落ちた場合、立花山と古処山を結ぶ街道が寸断されてしまう。南に退避する道雪の軍勢や避難民が横から鬼に襲われれば一溜まりもない。


「父上、そこまでされるのですか……?」

「儂は大友への忠義を果たす。それまでのこと」

「左様ですか……」

「何、我らのすることは何も変わらぬ。ただこの城を守り通すだけのこと」

「道雪様らの軍勢が古処山城まで逃げ延びたのを確かめた後、ここを捨てるといたしましょう。より守りやすき古処山城に兵を集めた方がよろしいかと」

「うむ。鍋島の申す通りだ」


 信生の言葉をすんなり受け入れるのは紹運らしからぬ態度であったが、流石の彼にも余裕がなくなっているということだろう。紹運、統虎、信生は引き続き、岩屋城で戦闘を継続することとなった。


 ○


 一方その頃。筑前国穂波郡にて、小早川隆景率いる毛利勢およそ二万と、道雪率いる大友勢が合流していた。


 道雪の下には本来、一万五千を超える兵がいたはずなのだが、今や六千まで減っている。また、軍勢に守られつつ南に逃げている民は二万に上る。


「毛利にまだまともな考えの出来る者が残っておったとはな、驚いたぞ小早川」

「……道雪殿、今は積年のわだかまりを気にしている時ではありません」

「わかっておる。だが、どうするつもりだ?」

「とにかく今は、古処山に兵や民を逃がさねばなりません。我らはその囮となります」


 大雑把に言えば、古処山城は立花山城の南に位置し、立花山から古処山に至る道の西に岩屋城がある。岩屋城の周囲の鬼は紹運が引き付けているが、立花山を落とした鬼は既に南下してきている。隆景はこれを食い止めようというのである。


「鬼を相手に合戦を挑むつもりか?」

「いえいえ、まさかそんなことは。街道に砦を築き、暫し時を稼ごうかと存じます」

「ほう?」

「道雪殿は長篠の戦、ご存知ありませぬか?」

「知らぬ訳がなかろう」


 おおよそ五年前、織田信長と武田勝頼が威信を懸けて激突した戦いである。結果は信長の圧勝に終わり、勝頼は信玄以来の重臣を多数失って、武田の勢いは衰微している。


「長篠がどうしたというのだ?」

「設楽原の地に柵や堀を張り巡らし、さながら屋敷のない城を造り上げたのが、武田の騎馬隊を前にしてほとんど兵を失わなかった所以と言えます」

「毛利は随分と詳しいな」

「まあ、織田とは今や直接干戈を交える間柄ですから。ともかく、鬼への対処と騎馬への対処は似たようなものです。勢いを殺すことこそ肝要。それに、鬼は何も考えられませぬ。武田の騎馬隊などと比べれば、余程楽な相手です」

「お前の言いたいことはわかった。街道を守ってくれ。その間に我らが兵や民を古処山に下がらせる」


 道雪も気性は荒いが合理的な人間である。そうでなければ大友三宿老とは呼ばれまい。相手が気に食わなくても正しい判断であれば素直に従うのである。


「それでは、ご武運を」

「お前も、こんなところで死んでは主が悲しむぞ」

「私は死ぬつもりなど毛頭ありません」


 防衛線を破られた以上、筑前は捨てるしかない。隆景にできるのは、街道を守って人々を可能な限り安全に逃がすことだけであった。


 隆景は早速、兵を総動員して街道を塞ぐように柵を造り、道を掘り返して堀を造り、鬼を迎え撃つ用意を整えた。


 ○


「殿! 鬼です! 鬼が現れました!!」

「思っていたより早いな。数は?」

「見える限りでは千五百ほど。街道を進んでおります」

「鍋島殿の目は確かだったか。皆の者、鬼を迎え撃つぞ!」


 実のところこの戦術は、信生の話を聞いて考え出したものである。事前に話を聞いていなければ、恐らく真正面から鬼と合戦を挑んでいただろう。


「申し上げます。鬼は二千程度のみで、近くには見当たりません」

「はぐれた群れ、ということか。であれば確実に仕留めよう。鉄砲隊を出せ!」


 毛利の鉄砲隊およそ百は柵の外に出て鉄砲を構えるが、銃弾は到底届かない距離であった。


「用意が整いました」

「よし。鉄砲を放て!」


 鉄砲隊は一斉に鉛玉を放った。それは鬼には届かないが、轟音を聞いた鬼は興奮して一斉に走り出した。と同時に、鉄砲隊はすぐさま柵の後ろに下がった。


「よし、掛かったか。鬼とやらに、私の智略が通じるかな」

「通じなければ、我々は死ぬだけです」


 迫り来る鬼に対し、一先ずは弓や鉄砲で応戦するが、鬼は矢が突き刺さることなど気にもかけず、鉄砲で身体に大穴を開けられても怯みすらしない。


「やはり、致命傷を与えねば意味がないか……」

「こ、このような者が相手とは……」


 異様な化け物を相手に兵らは恐怖する。鬼はすぐさま彼らの目の前に迫った。


「おお、堀に落ちていきますな」

「考えることの出来ぬ連中だ。当然だろう」


 鬼は堀を飛び越えようとも回避しようともせず、目の前の仲間が堀の底に落ちても何も考えず、堀の底に溜まっていく。


「だが、この程度の堀などすぐに埋まってしまうだろう」


 半分は堀に落ちたが、そうなると堀が鬼で埋まって、簡単に越えられるようになってしまった。いよいよ鬼が前衛と衝突する。


「堀を死体で埋めるとは……」

「死んではいないだろうが、これで数は大きく削げた。下がる必要はなかろう」


 数の差は十五倍。これだけ数で圧倒しているのならば、鬼に押し負けることはない。柵に突っ込んで来た鬼を槍で突き刺し、首を片っ端から斬り落とし、柵まで押し寄せていた鬼は全滅した。


 少数の敵を釣り出し、自軍に優位な戦場に引き込む。即席の策としては、これ以上を望み得ないほどのものであった。流石は毛利家の屋台骨である。


「しかし殿、あの堀に埋まっている奴らはどうされますか?」

「土で埋めよ。どの道、あの堀はもう使えん。次の堀を用意せよ」

「はっ!」


 堀に落ちた鬼を生き埋めにしつつ、前線を次の堀の後ろに後退させる。こうした遅滞戦闘と少数の敵の誘き出しを駆使し、隆景は鬼が街道に浸透するのを防ぎ続けるつもりでいた。


 だが、そう上手く条件が整い続けてくれることはないようだ。


「殿! 次の群れはすさまじい数にございます! およそ一万が一塊になっているとのこと!」

「一部だけを引き離すのは、厳しいか」


 下手に刺激すれば一万の鬼が一斉に襲い掛かってくるだろう。そうなれば全滅は必至だ。

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