初めての連携
リーネアのビキニアーマーを修理してから、二日が経った。
朝から空には雲一つない。
風も穏やかで、森へ狩りに出るには絶好の日だった。
「いい天気だね」
グリューネヴァルトの門を出たところで、リーネアが空を見上げる。
「絶好の狩猟日和です」
隣を歩くヴィーゴも空を見上げた。
その姿を見て、リーネアは少しだけ首を傾げる。
「……ねえ」
「はい?」
「ヴィーゴって、今日は普通なんだね」
「何がです?」
「装備」
リーネアはヴィーゴを上から下まで眺めた。
腰には一般的な長さの片手剣。
左腕には手持ちの盾。
身体には動きやすそうなレザーアーマー。
どこからどう見ても、普通の冒険者の装備だ。
「なんだか、ちょっと残念」
「何が残念なんですか」
「ヴィーゴもビキニアーマー着ないんだなって」
「……」
ヴィーゴの足が一瞬止まった。
「……実は」
「え?」
「俺も一度、考えたことがあります」
「ええっ?」
今度はリーネアが驚く。
「着ようと思ったことあるの?」
「あります」
ヴィーゴは少し真剣そうな表情をした。
「自分で作っている以上、自分自身で性能を確かめたいと思うのは当然でしょう」
「まあ……そうだけど」
「何種類か試作しました」
「試したんだ……」
「しかし、どうにも駄目でした」
「なんで?」
「男性の骨格では、ビキニアーマーの長所を十分に活かせないんです」
ヴィーゴは真面目な顔で説明する。
「肩幅や骨盤の形、重心の位置。女性と男性では身体の構造が違います」
「ふむふむ」
「女性向けに設計したビキニアーマーの最大の利点は、身体の動きを邪魔しないことです」
ヴィーゴは自分の腰に手を当てた。
「でも、男性の身体に同じ設計を当てはめると、力の逃がし方や装甲の配置に無駄が出る」
「つまり?」
「俺が着ても、普通の軽装鎧より少し変わった装備になるだけです」
「……」
リーネアはしばらく黙ってヴィーゴを見る。
「……なんか悔しそう」
「悔しいですよ」
「そこは認めるんだ」
「自分の作ったものを、自分では最大限に使えないんですから」
ヴィーゴはため息をつく。
「それでも、装備として優秀なのは間違いありません」
「ふーん」
リーネアは少し得意げに胸を張った。
「じゃあ、私にはちゃんと似合ってるってことね」
「はい」
「ヴィーゴより?」
「比較対象がおかしいです」
「でも私、ヴィーゴよりビキニアーマーを上手く使えてる」
「それはそうですね」
「ふふん」
「……」
ヴィーゴは黙って歩き始めた。
「ちょっと、反応薄くない?」
「悔しいので」
「やっぱり悔しいんじゃん!」
笑いながら二人は森へ向かった。
グリューネヴァルトの南側に広がる森は、冒険者や狩人たちから『境界の森』と呼ばれていた。
浅い場所なら、薬草を摘む者や獲物を追う狩人の姿も珍しくない。けれど、木々の間を進むにつれて人の気配は薄れ、代わりに魔物の足跡や唸り声が増えていく。
森の奥は、もう人の領域ではない。
だから、経験の浅い冒険者が一人で深くまで入ることは避けられていた。
「今日はどの辺まで行くの?」
森へ入ってしばらく歩いたところで、リーネアが尋ねる。
「そんなに深くまでは行きません」
「ホーンボアを探すんだよね」
「はい」
「この辺でもいる?」
「います」
ヴィーゴが周囲を見回す。
木々の間から差し込む光。
足元には草や小さな花。
ところどころに食べられた木の実や、獣の足跡が残っている。
「この森は植物が豊富なので、ホーンボアの餌も多いんです」
「だから浅いところにもいるんだ」
「ええ」
さらに少し進んだところで、ヴィーゴが足を止めた。
「……いました」
「どこ?」
「前方、少し右です」
リーネアも目を凝らす。
木々の向こう。
大きな獣が一匹、地面を鼻で掘り返していた。
「ホーンボア……!」
体長は一・三メートルほどだろうか。
大型の猪に似た姿。
頭部は異様に分厚く、左右から伸びた牙が光っている。
「大きい……」
「ツノウサギよりは、かなり大きいですね」
「知ってるけど、近くで見るとやっぱり迫力あるなぁ」
リーネアが剣を抜く。
ヴィーゴも盾を構えた。
「まずは様子を見ましょう」
「うん」
「ホーンボアは突進前に、前脚で地面を掻く癖があります」
「それが合図だよね」
「はい」
「でも、全部が本気の突進じゃない」
「その通りです」
ヴィーゴは小声で続けた。
「魔力を使わずに走ってくる場合もあります。その程度なら、避けてもいいし、僕なら盾で受けられます」
「問題は――」
「魔力を一気に使う本気の突進」
「そうです」
ヴィーゴの表情が引き締まる。
「身体強化に使う魔力を一気に脚へ回すので、あれはまともに受けないでください」
「分かった」
「できれば、僕が誘って本気の突進を出させます」
「そのあと横から攻撃?」
「はい。外した直後は、方向転換が遅い」
ヴィーゴはホーンボアを見つめる。
「そこで一気に攻めます」
「了解」
リーネアが頷く。
「じゃあ、行こう!」
二人が森の中へ踏み込んだ。
ホーンボアが顔を上げる。
「ブモォッ!」
鼻息を荒くした。
「気づいた!」
「来ます!」
ホーンボアが前脚で地面を掻く。
ザッ。
土が跳ねる。
ザッ。
もう一度。
「来るよ!」
リーネアが横へ飛んだ。
ドンッ!
ホーンボアが一気に駆けてくる。
だが、その速度はまだ速くない。
ヴィーゴが盾を構える。
「ふっ!」
ガンッ!
牙が盾にぶつかった。
「くっ……!」
ヴィーゴの身体が数歩後ろへ押される。
「大丈夫!?」
「問題ありません!」
ホーンボアが止まった。
そして、再び地面を掻く。
「次も来る!」
「リーネア、右へ!」
「分かった!」
リーネアが右へ。
ヴィーゴが左へ。
ホーンボアが二人の間を走り抜けていく。
「今!」
リーネアが斬りかかった。
しかし――。
ガキィン!
剣が分厚い頭部に弾かれる。
「硬っ!」
「頭は狙わないでください!」
「先に言って!」
「今言いました!」
「遅い!」
ホーンボアが振り返ろうとする。
しかし、身体が大きく揺れた。
「こっちです!」
ヴィーゴが挑発する。
ホーンボアが再びヴィーゴへ向かってくる。
「リーネア、左!」
「え、左?」
「左です!」
リーネアが動く。
ヴィーゴも反対へ。
しかし――。
「しまった!」
二人が同じ方向へ動いてしまった。
「ヴィーゴ!」
「リーネア!」
二人はぶつかりそうになり、慌てて別方向へ飛ぶ。
直後。
ホーンボアが二人の間を突っ切っていった。
「危なっ!」
「すみません!」
「私も!」
リーネアは息を整える。
「……これ、難しいね」
「ええ」
「ちゃんと声を掛け合わないと」
「その通りです」
ホーンボアが再び振り返る。
二人は自然と目を合わせた。
「今度は、私が右へ行く」
「では僕は左へ」
「同時に動こう」
「分かりました」
ホーンボアが地面を掻く。
「来る!」
二人が同時に動いた。
右。
左。
ホーンボアが地面を蹴る。
その横をリーネアが駆け抜ける。
「今!」
ヴィーゴが盾で受け流す。
ホーンボアがヴィーゴの横を通り過ぎる。
「やった!」
リーネアが背後から斬りかかる。
しかし浅い。
「くっ!」
「まだです!」
ホーンボアが振り返る。
「次!」
今度はリーネアが前。
ヴィーゴが後ろ。
そして位置を入れ替える。
右へ。
左へ。
前へ。
後ろへ。
最初はぎこちなかった二人の動きが、少しずつ噛み合っていく。
「右!」
「左!」
「今!」
「下がって!」
言葉が短くなる。
互いの意図が、少しずつ分かるようになる。
ホーンボアが突進する。
リーネアが避ける。
ヴィーゴが盾で弾く。
次は立場が逆になる。
二人は息を合わせながら、ホーンボアの攻撃を何度もかわしていった。
「……かなり怒ってるね」
リーネアが呟いた。
ホーンボアは激しく鼻息を吐いている。
これまで何度も突進をかわされ、攻撃を受け、明らかに苛立っていた。
「そろそろ、本気で来ると思います」
ヴィーゴが言う。
「本気の突進?」
「はい」
ホーンボアが前脚を大きく振り上げた。
ザッ!
土が大きく飛び散る。
もう一度。
ザッ!
地面が削れる。
「……来る」
リーネアが剣を握る。
「リーネア」
「うん」
「今度は避けるだけでいいです」
「分かった」
ヴィーゴが盾を構える。
ホーンボアの身体から、明らかに違う圧力が放たれる。
「ブモォォォォッ!」
地面を蹴った。
瞬間。
ホーンボアの身体が弾丸のように飛び出す。
「速い!」
リーネアの身体が強張る。
迫ってくる。
牙。
頭。
巨体。
昨日までなら、ここで恐怖に負けていたかもしれない。
けれど。
リーネアは、自分の身体を信じた。
この装備を信じる。
そして――。
ヴィーゴの言葉を信じる。
「……まだ」
ホーンボアが迫る。
「……まだ!」
あと数メートル。
リーネアは動かない。
あと一歩。
「今!」
リーネアが身体をひねった。
地面を蹴る。
一気に横へ跳ぶ。
巨大な身体が、すぐ横を通り過ぎていく。
風圧で髪が大きくなびいた。
「いけっ!」
ホーンボアは止まらない。
そのまま――。
ドォン!
リーネアの後ろにあった大木へ激突した。
「ブゴォッ!」
木が大きく揺れる。
ホーンボアが頭を振る。
一瞬、動きが止まった。
リーネアは振り返った。
ヴィーゴがいる。
すでに剣を構えていた。
「ヴィーゴ!」
リーネアが叫ぶ。
「今だ!」
その声に。
「了解!」
ヴィーゴが駆け出した。
一気に距離を詰める。
ホーンボアが身体を起こそうとする。
だが、間に合わない。
「はあああっ!」
ヴィーゴの剣が振り下ろされる。
鈍い音。
そして――。
ホーンボアの動きが止まった。
森が静かになる。
「……やった?」
リーネアが息を切らしながら呟く。
「……やりました」
ヴィーゴも荒い息を吐いている。
数秒後。
「やったぁぁぁ!」
リーネアが両手を上げた。
「ホーンボア、倒した!」
「はい!」
ヴィーゴも珍しく声を上げる。
「二人で倒しましたよ!」
「うん!」
リーネアは嬉しそうに拳を握った。
「最初は全然合わなかったのに!」
「最後はかなり良かったです」
「私がちゃんと避けられたのも、ビキニアーマーのおかげかも」
「いえ」
ヴィーゴは首を振る。
「最後に避けたのは、あなた自身の判断です」
「……」
「俺が『ここで避けろ』と言うことはできても、あの距離で動くのは本人にしかできません」
リーネアは少し照れくさそうに笑った。
「そっか」
「はい」
「じゃあ……私、ちょっと強くなった?」
「少なくとも、昨日までよりは」
「よし!」
リーネアは嬉しそうに笑った。
ヴィーゴはホーンボアの巨体を眺める。
「では、さっそく解体しましょう」
「え?」
「良い素材が手に入りましたから」
途端にヴィーゴの目が輝いた。
「牙もあります。皮も状態がいい。頭部の素材も――」
「出た」
「何がです?」
「職人の目」
「当然です」
ヴィーゴはしゃがみ込み、さっそくホーンボアの状態を確認し始める。
「これはかなり良い素材になりそうです」
「じゃあ、早く持って帰ろう」
「その前に解体です」
「分かってるよ」
リーネアは笑いながら剣を収めた。
「今日はお祝いにしよう!」
「賛成です」
「何食べる?」
「肉でしょう」
「やっぱり?」
「せっかくホーンボアを狩ったんですから」
二人は顔を見合わせる。
そして、同時に笑った。
豊かな森の中。
今日、二人は初めて。
互いの力を合わせ、一匹の強敵を倒した。
その経験は、二人の距離をこれまで以上に近づける、小さな一歩になった。




