その鎧、着てみませんか?
「えぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
リーネアの悲鳴が工房中に響き渡った。
目の前に広がっているのは、武器でも普通の鎧でもない。
壁。
棚。
作業台。
そして天井から吊るされた展示用のラック。
そのすべてに、形も色も異なるビキニアーマーが並んでいた。
銀色のもの。
黒鉄のもの。
赤銅色のもの。
革を組み合わせた軽装型。
さらには青白く光る魔石が埋め込まれたものまである。
数えてみれば、ざっと三十着以上。
「な、な、なにこれ……」
リーネアは一歩後ずさった。
「なんで……なんでこんなにあるの……?」
「ヴィーゴー!」
返事がない。
「ヴィーゴー!」
もう一度叫ぶ。
すると工房の奥から、
「なんですか?」
ひょこっとヴィーゴが顔を出した。
片手には金槌。
作業用の前掛けには金属粉がついている。
「何をそんなに驚いているんです?」
「いや、驚くでしょ!」
リーネアは両手を広げて工房を指差した。
「これ全部、ビキニアーマーじゃん!」
「そうですよ」
「なんでそんなに堂々としてるの!?」
ヴィーゴは心底不思議そうな顔をした。
「俺の工房ですから」
「そういう問題じゃない!」
「むしろ、これほど揃っている工房は珍しいと思いますが」
「珍しいどころか見たことないよ!」
「それは残念ですね」
「なんで残念そうなの!?」
朝からすでに疲れてしまったリーネアだった。
しかし、ヴィーゴはそんな彼女を気にする様子もなく、壁に掛けられた装備を一つ一つ眺めていく。
そして、ある一着の前で足を止めた。
「これだ」
「……これ?」
ヴィーゴが手に取ったのは、白銀色の金属と黒い革を組み合わせたビキニアーマーだった。
派手すぎない。
しかし細部まで丁寧に作り込まれている。
胸部の装甲は滑らかな曲線を描き、腰部の装甲には細かな刻印が施されていた。
「これが、あなたに最適です」
「……私に?」
「はい」
ヴィーゴは当然のように差し出してくる。
リーネアは受け取った。
「…………。」
「どうです?」
「……どうですって言われても」
手に持った装備を見つめる。
そして顔を赤くした。
「こんなの着られるわけないでしょ!」
「なぜです?」
「なぜって!」
リーネアはビキニアーマーを胸元に抱え込む。
「破廉恥すぎるよ!」
「破廉恥ではありません」
「破廉恥だよ!」
「合理的です」
「絶対違う!」
ヴィーゴは真剣な顔をした。
「いいですか、リーネアさん」
「……はい」
「冒険者にとって、防具とは何でしょう?」
「え?」
「命を守るものです」
「まあ……そうだけど」
「ならば、見た目だけで判断するべきではありません」
ヴィーゴはビキニアーマーを指差した。
「まず、この胸部装甲。通常の革鎧より三割以上軽量です」
「うん……」
「しかし、魔力鋼を特殊加工しているので、耐衝撃性能は一般的な鉄製胸甲を上回ります」
「へえ……」
「さらに腰部。骨盤周辺の可動域を完全に確保してあります」
ヴィーゴの説明はどんどん熱を帯びていく。
「冒険者が戦闘中に最も多く使うのは腕だけではありません。身体をひねり、踏み込み、跳び、着地する。そのすべてに腰と脚が関係します」
「……確かに」
「ところが一般的な鎧は、胴体を守ることを優先するあまり、腰回りを固くしてしまう」
ヴィーゴは身振りを交えながら語り続ける。
「その結果、身体能力の高い冒険者ほど装備に動きを阻害される場合があるんです」
「……私のこと?」
「まさにあなたです」
即答だった。
「あなたは走る速度も跳躍力も優れている。しかし現在の革鎧は、その能力を大きく損なっています」
「……。」
「その鎧を着た状態で十メートル走ってみてください」
リーネアは言われた通り、工房内を走る。
タタタッ。
そして振り返る。
「どうです?」
「……ちょっと走りづらい」
「でしょう?」
ヴィーゴは嬉しそうに頷いた。
「では、こちらを」
先ほどのビキニアーマーを見せる。
「これなら身体の動きを邪魔しません」
「でも……」
「防御力もあります」
「でも……」
「魔力伝導率も高いです」
「でも……!」
「そして何より」
ヴィーゴは力強く言った。
「あなたの身体能力を最大限に引き出せます!」
目が輝いている。
リーネアは少し引いた。
(この人……ビキニアーマーの話になると怖い……)
職人としての情熱が尋常ではない。
「……でも、私がこれを着たところで、本当にクエストに成功できるの?」
「少なくとも、今の装備より可能性は高いです」
「……。」
「今のままなら、また失敗します」
その言葉だけは妙に現実的だった。
リーネアは黙り込む。
財布は空っぽ。
食事代すらない。
次のクエストに失敗すれば、本当に冒険者を続けられなくなる。
「……分かった」
「え?」
「試してみる」
リーネアは小さく息を吐いた。
「正直、こんなの着たくないけど……今の装備のままじゃ、また同じことになる気がする」
彼女は自分の破れた革鎧を見る。
これまで何度も一緒に冒険してきた装備だ。
だが、もう限界なのも分かっている。
「試すくらいなら、やってみる」
「本当ですか?」
「うん」
ヴィーゴの顔がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます!」
「ただし!」
リーネアは指を突きつけた。
「変なことしたら即帰るからね!」
「しませんよ」
「本当に?」
「俺は職人です」
「その割には目が怖いんだけど……」
「早く着てきてください」
「はいはい……」
工房の隅にある小さな更衣室へ向かう。
扉が閉まった。
しばらくして。
「……これ、どうやって着るの?」
「腰の留め具を――」
「これ?」
「そうです」
「こっちは?」
「そこは肩紐です」
「肩紐なんてないじゃん!」
「それは肩紐ではなく――」
しばらくの間、更衣室と工房の間でそんな会話が続いた。
そして十分ほど経った頃。
「……ヴィーゴ」
「はい」
「笑わない?」
「笑いません」
「絶対?」
「職人として約束します」
「……じゃあ出るからね」
扉が開いた。
リーネアが姿を現す。
白銀の装甲が光を受けて輝いていた。
最初は恥ずかしそうに身体を縮こまらせていたが、装備そのものは驚くほど身体に馴染んでいる。
ヴィーゴは黙って彼女を見つめた。
「……。」
「……どう?」
「……素晴らしい」
「え?」
「想像以上です」
ヴィーゴは彼女の周囲を歩きながら装備を確認する。
「胸部装甲の位置、完璧」
「そう?」
「腰部の角度も問題なし」
「へえ」
「脚の可動域も確保できている」
「……。」
「背筋が自然に伸びていますね」
リーネアは少し姿勢を正した。
「本当だ……」
「装備に身体を合わせるのではなく、身体に装備を合わせる。それが理想なんです」
ヴィーゴは満足そうに頷いた。
「似合っています」
「……そう?」
「はい」
「……そんなに?」
「非常に」
ヴィーゴは真顔だった。
「立ち姿もいい。腰の位置が安定している。肩に余計な力が入っていない。何より、装備を着た瞬間に身体の軸が整っています」
「……。」
「これはかなり相性がいいですね」
そこまで褒められると、リーネアも悪い気はしなかった。
「ふふ……」
鏡を見る。
そこにはいつもの自分とは少し違う姿が映っていた。
恥ずかしい。
やっぱり恥ずかしい。
けれど、それ以上に身体が軽かった。
腰をひねる。
足を上げる。
腕を回す。
今までなら革の鎧やズボンが引っかかっていた動きが、驚くほど滑らかだ。
「……これ、本当に鎧?」
「鎧です」
「なんか着てないみたい」
「それが狙いです」
リーネアは少し調子に乗って、軽くジャンプした。
着地。
「わっ……」
身体が思った以上に軽く動いた。
「すごい」
もう一度跳ぶ。
今度は先ほどより高い。
「すごい!」
ヴィーゴは満足そうに頷いた。
「でしょう?」
「これなら……」
リーネアの目に、少しずつ光が戻ってくる。
「これなら、私でもちゃんと冒険者ができるかも」
「できますよ」
「本当に?」
「あなたなら」
ヴィーゴは即答した。
「では、早速クエストへ行きましょう」
「え?」
「素材集めのついでに、実戦で試します」
「……もう?」
「装備は実戦で使ってこそです」
ヴィーゴは掲示板から一枚の依頼書を取り出した。
そこには、
『ツノウサギ五匹の討伐』
と書かれている。
「……ツノウサギ」
依頼書を見た瞬間、リーネアの顔から少しだけ笑みが消えた。
「またこれか……」
「知っていますよね?」
「もちろん知ってるよ」
ツノウサギ。
草原に生息する小型の魔物。
名前の通り、額から一本の硬い角が生えている。
普段はおとなしく草を食べているが、敵を見つけると地面を蹴り、驚くほどの速度で突進してくる。
駆け出し冒険者が最初に受ける討伐依頼の一つとしても有名だ。
そしてリーネアにとっては――。
「三回、失敗してる」
「……三回も?」
「三回も」
リーネアは苦い顔をした。
一回目は、突進を正面から受けて吹き飛ばされた。
二回目は、避けようとして足をもつれさせ、転倒した。
三回目は、ようやく一匹を追い詰めたと思ったところで、別の個体に横から突っ込まれてしまった。
結局、一匹も仕留められなかった。
「ツノウサギって弱い魔物だって言われるんだけどね」
リーネアは頭を掻く。
「私にとっては、ぜんぜん弱くないんだよ」
「なるほど」
ヴィーゴは依頼書とリーネアを交互に見る。
「なら、ちょうどいいですね」
「何が?」
「新しい装備の性能を試す相手としてです」
「……そうだね」
リーネアは少し考えた。
今まで三度失敗している。
正直、怖さもある。
けれど――。
さっきから身体が軽い。
いつもよりずっと動ける。
もしかしたら。
「……やってみる」
リーネアは依頼書を手に取った。
「今度こそ、成功させてみせる」
「その意気です」
「ただし!」
リーネアはヴィーゴを見る。
「今回はちゃんと作戦を考えるからね!」
「それは素晴らしい」
「まず、ツノウサギが突っ込んできたら――」
「はい」
「正面から――」
「……。」
「受け止める!」
「作戦を考えてください」
「考えてるって!」
ヴィーゴは思わず額を押さえた。
しかし、リーネアは笑っている。
今までの失敗に落ち込んでいた顔とは違う。
新しい装備を身に着けたことで、ほんの少しだけ自信を取り戻していた。
「行こう、ヴィーゴ!」
「はい」
「今度こそツノウサギを倒して、報酬をもらって!」
リーネアは拳を握る。
「おいしいご飯を食べるんだ!」
「……そこが目的ですか」
「もちろん!」
二人は工房を出た。
白銀の装甲が、朝の日差しを受けて眩しく輝く。
街の人々が振り返る。
中には驚いた顔をする者もいた。
だがリーネアは、もうさほど気にしていなかった。
それよりも――。
今まで何度挑んでも勝てなかった相手に、今度こそ勝てるかもしれない。
その期待が胸を膨らませていた。
草原までは街から歩いて一時間ほど。
そこには、彼女が三度敗れたツノウサギたちが待っている。
そしてヴィーゴはまだ知らなかった。
自分が作ったそのビキニアーマーが、リーネアの身体能力をどこまで引き出すことになるのかを。
彼女自身もまだ知らない。
自分の中に眠っている、本当の才能を。
ただ一つ確かなのは――。
今日が、リーネアにとって冒険者人生を変える一日になるということだった。




