そんなんじゃダメだよ
冒険者の街『グリューネヴァルト』は、夜明けとともに目を覚ます。
石畳の大通りには鎧屋や鍛冶屋、魔道具店が軒を連ね、依頼を求める冒険者たちが朝から酒場やギルドへと足を運んでいた。
その活気ある中心街から少し外れた裏路地。
看板も小さく、気づかなければ通り過ぎてしまうような工房が一軒だけある。
木製の看板には、簡素な文字でこう書かれていた。
『ヴィーゴ仕立工房』
しかし、その下に小さく添えられた文字を見れば、多くの者が首をかしげる。
『ビキニアーマー専門』
店を訪れる客はほとんどいない。
というより、来ても看板を見た瞬間に帰ってしまう。
「……また今日も冷やかしだけか」
工房の中で小さくため息をついた青年――ヴィーゴは、作業台の上に置かれた銀色の胸当てを丁寧に磨いていた。
二十三歳。
少し長めの黒髪を後ろで束ね、細身ながら無駄のない筋肉を備えた職人だ。
彼が磨いているのは一般的な胸甲ではない。
両手に収まるほどの胸当て。
腰を覆う小さな装甲。
肩当てと腕甲、脚甲。
どう見ても露出が多い。
誰が見てもビキニアーマーだった。
「これで重量は二・八キロ……前回より三百グラム軽い」
ヴィーゴは満足そうに頷く。
彼にとってビキニアーマーは、決して奇抜な趣味ではない。
最高峰の戦闘装備だった。
軽さ。
可動域。
魔力伝導率。
そして装着者の身体能力を最大限に引き出す設計。
そのすべてを追い求めた結果が、この形なのだ。
だが世間の評価は違う。
「そんな格好で戦えるわけがない」
「見世物用だろ」
「変わり者の職人」
そんな言葉を何度も浴びせられてきた。
それでもヴィーゴは作り続ける。
理由は一つだけだった。
◇
十五年前。
まだ八歳だったヴィーゴは、村の裏山で薬草を採っていた。
いつもなら浅い森だった。
しかし、その日は違った。
腹を空かせたフォレストウルフが縄張りを変え、人里近くまで下りてきていたのだ。
「いや……!」
逃げる。
転ぶ。
足をひねる。
牙をむいた狼が飛びかかる。
死ぬ。
幼いヴィーゴはそう確信した。
その瞬間だった。
「そこまでよ。」
澄んだ女性の声。
次の瞬間、一筋の銀光が森を走る。
狼の身体が宙を舞い、地面へ転がった。
「大丈夫?」
手を差し伸べてきたのは、一人の女戦士だった。
長い金髪。
凛とした青い瞳。
しなやかな筋肉を持つ身体。
そして、その身に着けていた装備は――。
陽光を受けて輝く、美しい銀色のビキニアーマー。
必要最低限の装甲しかないように見えるその姿で、彼女は十匹以上のフォレストウルフを一人で倒してしまった。
その動きは風のように軽く。
剣は雷のように速かった。
幼いヴィーゴは、その姿から目を離せなかった。
「ありがとう……ございます」
「一人で森に入っちゃだめよ。」
彼女は笑う。
その笑顔は太陽のように眩しかった。
名前を聞こうとした。
けれど彼女は仲間に呼ばれ、風のように去っていった。
残ったのは、一枚の折れた装甲片だけ。
銀色に輝く、小さなビキニアーマーの欠片。
ヴィーゴはそれを宝物として持ち帰った。
そして誓った。
(いつか……あの人に着てもらえる最高のビキニアーマーを作る。)
その日から彼の人生は決まった。
◇
十五年後。
ヴィーゴは鍛冶を学び、裁縫を学び、魔法金属の加工法まで習得した。
素材の品質を見る目を養うため、冒険者登録まで済ませた。
もっとも、戦闘目的ではない。
希少鉱石や魔物素材を自分で集めるための低ランク冒険者だ。
今日もその素材集めのため、ギルドへ向かっていた。
「鉄鉱石がそろそろ尽きそうだな……」
工房から十分ほど歩くと、大きな石造りの建物が見えてくる。
冒険者ギルド。
街で最も賑わう場所だ。
依頼掲示板の前では朝から人だかりができ、受付嬢が忙しそうに対応している。
ヴィーゴは素材採集の依頼を探そうと受付へ向かった。
その時だった。
「何回目だと思ってるんですか!」
受付嬢の少し大きな声が響く。
視線が自然とそちらへ向いた。
「ご、ごめんなさい……」
小柄な女性冒険者が肩を縮めていた。
栗色の髪を肩まで伸ばし、まだ幼さの残る顔立ち。
ところどころ擦り傷があり、頬には泥がついている。
革鎧は裂け、ズボンは膝が破れ、ブーツも底が剥がれかけていた。
「討伐依頼を放棄した場合、違約金が発生することは説明しましたよね?」
「はい……。」
「これで三回目です。」
「……はい。」
周囲の冒険者たちは呆れたようにため息をつく。
「またあの子か。」
「真っ正面から突っ込むだけだからな。」
「身体能力だけなら悪くないのに。」
女性冒険者――リーネアは財布の中身をすべて机へ置いた。
銀貨が数枚。
銅貨が少し。
それだけだった。
受付嬢が申し訳なさそうに違約金を差し引く。
財布は空になった。
「これで所持金はゼロです。」
「……あはは。」
乾いた笑い。
「なんでうまくいかないんだろ……」
その一言に、ヴィーゴの目が自然と彼女の装備へ向く。
(……妙だ。)
職人の癖だった。
人より先に装備へ目が行く。
縫製。
革の質。
金具。
重量配分。
すべてを一瞬で観察する。
(これは……。)
ヴィーゴは思わず声を掛けていた。
「少しいいですか?」
「え?」
リーネアが振り向く。
「突然すみません。俺は装備職人です。」
「武器屋さん?」
「いえ、仕立て屋です。」
「服?」
「防具専門です。」
彼女は首をかしげた。
「あなたの装備を見せてもらえませんか?」
「え? なんで?」
「原因が分かるかもしれません。」
半信半疑ながら、リーネアは革鎧を外した。
ヴィーゴは縫い目を確認し、革を指で弾き、金具の重さを量る。
数分後。
静かに息を吐いた。
「なるほど。」
「何かわかった?」
「全部です。」
「全部?」
「この装備、Jランクです。」
「……え?」
「最低品質の粗悪品です。」
その場にいた冒険者たちもざわつく。
「そんな……」
「革のなめしが不十分。縫製も甘い。重さだけは一人前で、衝撃吸収は最低レベル。可動域も狭すぎる。」
ヴィーゴは肩当てを持ち上げる。
「これだけで本来より一・五キロ重い。」
「そんなに?」
「さらに腰回りが固すぎます。走るたびに脚の動きを邪魔している。」
リーネアは驚いた表情で装備を見つめる。
「私……これしか知らなかった。」
「あなたは身体能力が高い。」
「え?」
「でも装備が、それを全部殺しています。」
ヴィーゴは確信していた。
彼女の歩き方。
立ち方。
筋肉の付き方。
どれも素人ではない。
本来ならもっと速く、もっと自由に動ける身体だ。
だが装備が足かせになっている。
「でも……。」
リーネアは苦笑した。
「もうお金ないよ?」
空になった財布を見せる。
「新しい装備なんて買えない。」
ヴィーゴは少し考えた。
そして口元に笑みを浮かべる。
「なら、貸します。」
「……へ?」
「報酬はいりません。」
「え?」
「代わりに、素材集めを手伝ってください。」
「素材?」
「俺は職人ですが、素材は自分でも集めています。」
「それだけでいいの?」
「ええ。」
もちろん、それだけではない。
(この人には素質がある。)
それも、とびきりの。
理由はまだ自分でも説明できなかった。
ただ、職人としての直感が告げている。
彼女には、自分の作る装備が誰よりも似合う。
「本当に?」
「はい。」
「やる!」
リーネアは即答だった。
さっきまで落ち込んでいたのが嘘のように笑顔になる。
「じゃあ明日、朝から工房へ来てください。」
「うん!」
翌朝。
約束どおり、リーネアは裏路地の小さな工房を訪れた。
「おはよう、ヴィーゴ!」
勢いよく扉を開く。
「どんな装備があるのかな!」
期待に胸を躍らせながら工房へ足を踏み入れたリーネアの視線は、壁一面に並ぶ無数の装備へと吸い寄せられた。
磨き上げられた銀色の金属。
美しい曲線を描く胸当て。
軽量化を極限まで追求した腰当て。
芸術品のように整然と並ぶ、それらすべてが――
「……え?」
ビキニアーマーだった。
工房の中は、まるでビキニアーマーだけを集めた美術館のような光景だった。
リーネアは口を半開きにしたまま、固まる。
「えぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
その悲鳴が、朝の静かな裏路地に響き渡った。
――続く。




