新しいビキニアーマー
スピアディアを倒した翌日。
朝の工房には、いつもより静かな空気が流れていた。
昨日の激戦で二人ともかなり消耗したはずなのだが、ヴィーゴはすでに作業台の前に立っていた。
手元には、昨日持ち帰ったスピアディアの素材。
硬い角。
厚みのある皮。
そして、加工には少々扱いの難しい魔力を帯びた素材。
ヴィーゴはそれらを一つずつ確かめながら、何かを考え込んでいる。
「……やっぱり、使える」
ぽつりと呟いた。
その様子を見ていたリーネアは、少しだけ苦笑した。
「朝から元気だね」
「ええ」
ヴィーゴが振り返る。
「昨日の戦いで、色々と分かったことがあります」
「スピアディアとの戦い?」
「はい」
ヴィーゴは作業台の上に広げられた素材を見る。
「これまでにも、あなたの身体の特徴や戦い方は観察してきました。でも、実際に強敵と戦ってもらったことで、さらに細かい部分が分かりました」
「……私、そんなに見られてたんだ」
リーネアは少しだけ頬を赤くする。
「職人として必要なことです」
「分かってるけど……」
なんとなく落ち着かない。
ヴィーゴはそんな彼女の様子には気づかず、素材を手に取った。
「そこで」
「うん?」
「新しい装備を作ろうと思います」
「新しい?」
「はい」
リーネアが目を丸くする。
「またビキニアーマー?」
「もちろんです」
「そっか」
以前なら、ここで嫌そうな顔をしていたかもしれない。
だが今のリーネアは、素直に頷いた。
それを見たヴィーゴが、ほんの少しだけ目を細める。
「……」
「どうしたの?」
「いえ」
ヴィーゴは何でもないように首を振った。
「少し、意外だっただけです」
「何が?」
「以前なら、『また?』と怒られていたので」
「……そんなに怒ってた?」
「かなり」
「うーん……」
リーネアは顎に手を当てる。
「まあ、最初は恥ずかしかったし」
「はい」
「でも今は」
自分の腰に手を当てる。
「結構気に入ってるから」
ヴィーゴの目がわずかに見開かれた。
「……そうですか」
「うん」
それだけ言うと、リーネアは笑った。
「新しいやつ、楽しみにしてるね」
「はい」
その返事は、いつもより少しだけ嬉しそうだった。
「ただ」
ヴィーゴが続ける。
「少し時間がかかると思います」
「どのくらい?」
「二週間ください」
「二週間?」
「はい。その間、僕は制作に集中します」
ヴィーゴは真剣な表情で続ける。
「これまで以上に細かい調整を入れるつもりです」
「分かった」
「二週間後に、もう一度工房へ来てください」
「うん」
「そのときには完成させておきます」
リーネアは頷いた。
「じゃあ、二週間後ね」
「はい」
二人はそこで一度別れることになった。
だが。
その二週間を、リーネアはただ待っていたわけではない。
朝は走り込み。
昼は素振り。
午後には近場の草原へ行き、一人でツノウサギを探した。
以前なら、ツノウサギを前にすると焦っていた。
勢いだけで追いかけてしまい、振り回されることも多かった。
けれど、今は違う。
草むらの向こうで耳が動いた。
リーネアは足を止める。
飛び出す気配。
一歩。
二歩。
距離を測る。
「……今」
ツノウサギが飛び出した。
鋭い角をこちらへ向けて突進してくる。
リーネアは慌てない。
身体を半歩だけ横へずらす。
ツノウサギが通り過ぎる。
振り返る。
その瞬間を狙って、剣を振る。
「よし!」
今までなら苦戦していた相手。
それを、落ち着いて仕留められるようになっていた。
討伐を終えたあと、リーネアは息を整えながら笑う。
「……少しは強くなったかな」
答える人はいない。
それでも。
自分自身では、はっきりと分かっていた。
身体の動きが変わった。
敵を見る目も変わった。
そして何より。
戦うことが、少しだけ怖くなくなった。
ヴィーゴと会わない二週間。
リーネアは自分なりに、自分の力を伸ばしていった。
そして――。
二週間後。
工房の中。
ヴィーゴは床に倒れていた。
いや。
正確には、床で眠っていた。
「……すぅ……」
作業台の周囲には、工具がいくつも置かれている。
金属片。
魔石。
革。
何度も作り直したらしい部品。
工房の壁際にも、失敗したと思われる試作品がいくつか積まれていた。
扉が開く。
「ヴィーゴー?」
「……ん?」
リーネアが中へ入ってくる。
「ヴィーゴ?」
返事がない。
「……寝てる?」
近づいてみる。
「ヴィーゴ」
「……んん」
少しだけ身体が動く。
「ヴィーゴ!」
「……あれ?」
ようやくヴィーゴが目を開けた。
「リーネアさん……?」
「おはよう」
「おはようございます……」
ヴィーゴは身体を起こした。
髪は乱れている。
服には金属粉がついている。
目の下には濃い隈。
「……すごい顔」
「そうですか?」
「寝てないでしょ」
「……」
ヴィーゴは少し考えた。
「思ったより制作に難航しまして」
「やっぱり」
「徹夜が続いてしまいました」
「そこまで?」
「はい」
ヴィーゴは立ち上がろうとする。
ふらっ。
「わっ」
リーネアが慌てて支える。
「ちょっと! 大丈夫?」
「大丈夫です」
「大丈夫な人はそんなふらつき方しないよ!」
「少し寝れば問題ありません」
「その少しを寝てないんでしょ!」
リーネアは呆れながらも、どこか心配そうにヴィーゴを見る。
「でも」
ヴィーゴは作業台を見る。
その目だけは、はっきりと輝いていた。
「苦労した甲斐はありました」
「え?」
「素晴らしい出来です」
ヴィーゴは作業台の上へ手を伸ばした。
「見てください」
そこに置かれていたものを、ゆっくりと持ち上げる。
「……!」
リーネアの目が大きくなる。
新しいビキニアーマー。
以前のものと同じ系統の装備なのに、雰囲気が違った。
装甲のラインはより洗練されている。
余計なものがなく、身体の動きを邪魔しない形。
それでいて、要所の装甲にはしっかりと厚みがある。
「へえ……」
リーネアは思わず近づいた。
「カッコいいじゃない」
「……」
ヴィーゴの動きが止まった。
「どうしたの?」
「……いや」
ヴィーゴは新しい装備とリーネアを交互に見る。
「思ったより、受け入れてくれているんだなと思いまして」
「だって、これまでのより良さそうだもん」
「……」
「それに」
リーネアは装甲へ手を伸ばした。
「もう、ヴィーゴが作るビキニアーマーって分かってるから」
ヴィーゴの表情が少し緩んだ。
「そうですか」
「うん」
ヴィーゴは改めて装備を見せる。
「今回の装備は、これまでの戦闘を細かく分析して作りました」
「戦い方?」
「はい」
「どんな感じ?」
「まず、身体の動きです」
ヴィーゴは胸部装甲を指す。
「あなたの骨格に合わせて、可動域をさらに広げています」
「ただでさえ動きやすかったのに?」
「まだ改善できます」
次に腰部を指す。
「それから、これまで攻撃を受けやすかった場所には、少しだけ防御力を上げています」
「どこ?」
「詳しく説明すると長くなります」
「……じゃあ、いいや」
「そうですか」
ヴィーゴは少し残念そうだった。
「そして」
今度は装甲に埋め込まれた小さな魔石を指す。
「ここが今回の新しい部分です」
「魔石?」
「はい」
「これって、何か特別なの?」
「特殊な魔石というわけではありません」
ヴィーゴは首を振る。
「あなた自身の魔力を、より効率よく流すための補助装置です」
「私、魔力ってそんなに多くないよ?」
「知っています」
「知ってるんだ……」
「量は多くありません」
ヴィーゴは真顔で言った。
「だからこそ、無駄を減らす必要があります」
「なるほど」
「魔力を脚や腰へ流したときに、ほんの少しだけ流れを補助する」
「それだけで変わるの?」
「大きく変わるわけではありません」
「なーんだ」
「ですが」
ヴィーゴは微笑む。
「長い戦闘になれば、その差が積み重なります」
「そっか」
「そして、あなたの場合」
ヴィーゴは少し言葉を選んだ。
「魔力そのものより、身体能力との組み合わせが重要です」
「……」
「少ない魔力でも、効率よく身体へ回せれば」
装備を軽く持ち上げる。
「あなたの動きを、さらに引き出せます」
リーネアは黙って装備を見た。
この人は。
自分のことを、こんなにも細かく見ていたのか。
「……なんか」
「はい?」
「ちょっと照れる」
「なぜです?」
「だって」
リーネアは頬を掻く。
「骨格とか、動きとか、どこに攻撃が当たりやすいとか」
「必要な情報です」
「分かってるけど!」
リーネアは少し赤くなった。
「そこまで観察されてたと思うと……」
「職人としては当然です」
「またそれ……」
二人は顔を見合わせる。
そして、どちらからともなく笑った。
「……じゃあ」
リーネアが新しい装備を見る。
「着てみていい?」
「もちろんです」
リーネアは着替えのため、工房の隅にある簡易の仕切りへ向かった。
少しして。
「……どう?」
出てきたリーネアを見て、ヴィーゴは言葉を失った。
見た目が大きく変わったわけではない。
だが。
「……完璧です」
ヴィーゴの目が輝く。
「腰の動きも問題ない」
「本当に?」
「はい」
「腕は――」
リーネアがぐるぐると回す。
「動かしやすい」
身体をひねる。
「こっちも」
一歩踏み込む。
軽く跳ぶ。
「……え」
リーネア自身が驚いた。
「すごい」
「どうですか?」
「今までのより」
もう一度、身体を動かす。
「さらに動きやすい」
軽い。
まるで身体に何もつけていないよう――とまではいかない。
だが、装備が身体の動きについてくるというより、身体の一部になったような感覚だった。
「これ……すごいね」
「ありがとうございます」
ヴィーゴが嬉しそうに笑う。
「昨日まで寝ずに作っていた甲斐がありました」
「昨日までって……」
「完成直前まで調整していました」
「やっぱり寝てないじゃん!」
「でも完成しました」
「それはそうだけど……」
リーネアは呆れながら笑った。
そして、胸元の装甲へそっと手を添える。
「ありがとう」
ヴィーゴが顔を上げる。
「今までの装備も良かったけど」
リーネアは笑った。
「これ、すごく好き」
「……!」
ヴィーゴの顔が、ぱっと明るくなる。
「そう言ってもらえて、本当に嬉しいです」
「うん」
リーネアは剣を手に取った。
「じゃあ」
目を輝かせる。
「さっそく二人でクエスト受けよう!」
「……」
ヴィーゴは一瞬、黙った。
そして。
「そうですね」
笑う。
「行きましょう」
工房の外から、昼前の街のざわめきが聞こえてくる。
新しい装備。
新しい力。
そして。
これまで以上に深まった二人の信頼。
次の冒険は、これまでより少しだけ遠くへ。
二人は、そんな未来を思い描きながら、クエストへ向かう準備を始めた。




