表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
45/53

第四十五話 実りの秋と、悪魔の揚げ芋(ポテトチップス)

 暴力的だった真夏の日差しは、いつの間にか鳴りを潜めていた。


 村――ログハウス周辺を囲む森の木々は、少しずつ赤や黄色へ色づき始めている。


 肌を撫でる風には、ひんやりとした涼しさが混じるようになった。


 あれほど「世界を焼き殺す気か」と思わせてきた太陽も、今ではどこか丸くなり、木漏れ日も優しい。


 夏の間、命の危険すら感じさせた迷いの森は、今やすっかり秋の顔をしていた。


 引きこもり生活百五十日目。


 季節は、秋。


 エルマが構築した絶対不可視の多重防衛結界のおかげで、外界の脅威から完全に隔離された俺たちの引きこもり要塞は、初めての実りの季節を迎えていた。


「おおおっ……! これは見事だ!」


 ガーデンハウス前の畑で、ロエンが感嘆の声を上げた。


 夏毛から少しずつ冬毛へ生え変わりつつある狼獣人の毛皮が、秋風にふわりと揺れる。


 そのロエンが土まみれの手で太いツルを引っ張ると、ズボッ、という気持ちのいい音と共に、赤紫色の巨大な芋がいくつも土の中から姿を現した。


「コウタ、見ろ。お前の国のサツマイモに似たこの芋……信じられないほど育っているぞ」

「うわ、でかっ。本当に栄養を限界まで吸い上げたみたいだな」


 俺は畑の脇へしゃがみ込み、その芋を手に取った。


 ずっしり重い。


 春に植えた頃とは比べものにならない、いかにも“秋の成果です”と言わんばかりの存在感だった。


 豊作の理由は、わりと分かりやすい。


 まず、ロエンの農家としての執念。


 次に、俺が《快適生活お取り寄せ》で持ち込んだ現代の農業知識。


 動画サイトで一緒に学んだ堆肥の回し方や、バナナの皮を使った手作り肥料の知識。


 そこへ、迷いの森の肥沃な土壌と濃い魔力。


 さらに、自動水やりシステムと、エルマの結界による外敵遮断。


 それらが全部かみ合った結果、畑は完全にバグった。


 いや、バグったと言うとロエンに怒られそうだ。


 ロエンの前では、奇跡の豊作と言っておこう。


「だっははは! 掘っても掘っても出てくるねぇ! これは気持ちいいよ!」


 ガランが袖をまくり上げ、豪快に土を掘り返している。


 こいつの筋力にかかれば、深く根を張った芋ですら、大根みたいな気軽さで引っこ抜かれていく。


 ポン、ポン、と宙を舞った芋が、カゴへ吸い込まれていく光景は、もはや収穫というより怪力ショーだった。


「にゃはは! おっきい! こっちはちっちゃいのいっぱいついてる!」

「ガウッ!」


 ミリィは泥だらけになりながら両手で土を掻き、見つけた小芋をポテトへ見せびらかしている。


 ポテトも鼻先で芋をつつき、なんだか嬉しそうだ。


 火竜の仔犬と獣人幼女が、芋で盛り上がっている。


 平和だ。


 平和の象徴として、かなり芋に寄っている気はするが。


「……土をいじるのは悪くないな。森の恵みを直接手で感じる」


 今日は珍しく、シルフィもハンモックから降りてきていた。


 長い銀髪を後ろで軽く束ね、手袋をして、畑の端で丁寧に土を払っている。


「エルフが畑仕事に目覚めたのか?」

「失礼な。私は元より自然と共に生きる種族だ」

「最近は漫画とポテチとコーラと共に生きてる印象の方が強いんだよな」

「それとこれとは別だ」

「便利な言葉だな、それ」


 シルフィはそう言いながらも、器用な手つきで芋の周囲だけを丁寧に掘っていく。


 傷をつけずに土だけをどかすあたり、妙に繊細だ。


 ガランの“掘る”というより“暴く”に近い作業と対照的で、見ていてちょっと面白い。


 全員が総出で、秋の収穫を楽しんでいる。


 ……いや、約一名を除いて。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ! も、もう無理です……! 私の華奢な腕力と、枯渇したスタミナでは……この大地へ深く根を下ろした魔物を引き剥がすことなど……っ!」


 畑の端っこで、エルマが三つ目の芋を掘り出したところで力尽き、土の上へ突っ伏していた。


 黒ローブは泥だらけ。


 丸眼鏡はずり落ち、肩で息をしている。


 どう見ても、収穫作業というより遭難である。


「お前、本当に体力ないな……」

「ち、違うんです……! 私は頭脳労働専門であって、決して怠惰なわけでは……!」

「説得力ゼロだよ」


 ガランが笑う。


「三つで倒れるのは、さすがに弱すぎないかい?」

「ガランさんの基準で語らないでください! あなたは人型の重機です!」

「否定できないな」

「否定してください!」


 俺は苦笑して、エルマへタープの方を指差した。


「無理しなくていいから、あっちで休んでろ」

「す、すみません……。あと、もし可能であれば冷たい麦茶と糖分を……」

「要求だけは元気だな」


 エルマは這うようにして日陰へ避難していった。


 結界の維持という最大級の仕事をしてもらっている以上、肉体労働まで期待するのは酷だろう。


 あいつが畑で活躍する未来は、今のところまったく見えない。


「まあ、エルマには別の役割があるからな。こっちは俺たちでやろう」

「うむ」


 ロエンが力強く頷く。


「農作業において大事なのは、向き不向きを見極めることだ」

「つまりエルマは不向き」

「極めてな」

「そこは断言するんだな」


 俺もスコップを手に取り、ロエンに教わった通りに土を返していく。


 秋風が気持ちいい。


 汗ばむほどではなく、体を動かす心地よい疲労だけがじわりと残る。


 引きこもり生活で鈍った体には、たまにこういう土の匂いを浴びるのも悪くなかった。


     *


 数時間後。


 畑には、大量の赤紫の芋と、ゴツゴツした茶色い芋が、文字通り山のように積み上がっていた。


「……これだけあれば、冬を越すための食料としては十分すぎるな」


 ロエンが満足げにカゴの山を見下ろす。


 普段は感情をあまり表に出さない男だが、今の尻尾はかなり正直だった。


 ゆっくり、しかし確実に揺れている。


「保存もしっかりしないとな」


 俺は腕を組んだ。


「湿気を避けて保管すれば数か月は持つし、一部は干し芋にして長期保存食にするのもありだ」

「干し芋……」


 ロエンの耳がぴくりと動く。


「芋を、さらに進化させるのか」

「言い方は物騒だけど、まあそうだな」

「やはりお前の知識は、土を裏切らんな」

「土からの信頼が重い」


「さて、力仕事の後は、お楽しみの味見の時間だ」


 俺がそう宣言した瞬間、タープの下で死んでいたエルマががばっと起き上がった。


「あじみ!? コウタ様の新しい料理ですか!?」

「現金なやつだな」

「食に対しては誠実です!」

「言い切ったな……」


 俺は《快適生活お取り寄せ》を開き、必要な道具をいくつか呼び出す。


 まずは赤紫の芋をよく洗い、濡らした紙で包み、その上からアルミホイルでしっかり二重に包んだ。


「ポテト、かまどの火を弱火にしてくれ。今日はじっくりいくぞ」

「ガウッ!」


 ポテトが控えめな火を吐き、かまどの炭が赤く熾る。


 俺はその端へ、ホイル包みの芋を並べた。


「これは焼き芋だ。時間をかけて焼くことで、中のデンプンが糖へ変わって、めちゃくちゃ甘くなる」

「火を通すだけで甘くなるのかい?」


 ガランが不思議そうに首を傾げる。


「なる。しかも驚くほどな」

「魔法でも使わないのに?」

「使わない。芋自身の力だ」

「へえ、芋ってやつは意外と奥が深いんだねぇ」


「……では、その甘くなるまでの待ち時間に、別の何かを?」


 エルマが眼鏡を光らせる。


「察しがいいな」

「じゃんくですね!?」

「食いつき方が怖い」


 俺は今度は茶色い芋を洗い、皮ごとスライサーで薄く削っていく。


 シュッ、シュッ、と小気味よい音と共に、半透明の芋が次々積み上がる。


 それを水へさらし、デンプンを落とし、キッチンペーパーでしっかり水気を取る。


「おいコウタ」


 シルフィが、なぜかいつもより真剣な顔で近づいてきた。


「今、お前は何を作ろうとしている」

「分かるのか?」

「薄く切った芋。油。塩。……まさか」

「そのまさかだ」


 俺はにやりと笑った。


「お前が日頃から“読書に必要な塩気”とか言って食っている、あれだ」

「……ポテチか」

「そう。今日は、市販品じゃない。ロエンの畑で採れた芋を使った、自家製ポテトチップスだ」

「……」


 シルフィの耳が、ぴんと立った。


 完全に本気の顔だった。


「コウタ」

「なんだ」

「失敗は許されない」

「プレッシャーのかけ方が重い!」


 中華鍋へたっぷり張った油が、ふつふつと音を立てる。


 そこへ薄切りの芋を投入した瞬間――。


 ジュワァァァァッ!!


 勢いよく泡が立ち、薄い芋が油の中で踊り始めた。


 水分が飛び、色が変わり、やがてきつね色へ近づいていく。


「おおっ……なんだいその香ばしい匂いは!」


 ガランが身を乗り出す。


「以前のフライドポテトとは違うな」


 ロエンも真剣な顔だ。


「同じ芋でも、切り方一つで料理は別物になるんだよ」


 俺は揚がった芋を網じゃくしですくい、大きなボウルへ入れた。


 そこへ塩。


 青のり。


 そしてコンソメパウダー。


 全体へまんべんなくまぶすように、ボウルを軽く振る。


 サクサクと薄い芋同士が触れ合う乾いた音がする。


 もう、音の時点でうまい。


「完成。自家製ポテトチップスだ」


 山盛りのボウルをテーブル中央へ置く。


「地球のインドア派が愛してやまない、悪魔の揚げ芋だぞ」


 真っ先に手を伸ばしたのは、やはりエルマだった。


 一枚つまみ、恐る恐る口へ入れる。


 パリッ。


「……ッ!!」


 その音が響いた瞬間、エルマの体が雷に打たれたように硬直した。


「な、なんという軽快な食感……! 噛んだ瞬間にパリッと砕け、中から芋の香ばしさが広がる……! しかもこの表面の粉! 塩気だけではない、複雑で暴力的な旨味が舌へ突き刺さってきます!」


 一枚。


 また一枚。


 エルマの手が止まらない。


「サクサク……! しょっぱい……! 旨味が濃い……! 危険です、これは危険です! 理性より先に指が動きます!!」

「言いながら食うな!」

「止まりません!!」


「だっははは! じゃあアタシも遠慮なく!」


 ガランも数枚まとめて鷲掴みにし、口へ放り込む。


「んまい! なんだいこれ! 前のフライドポテトとは全然違うねぇ! この薄さと塩気、酒が欲しくなるよ!」

「酒はまだ出さない。昼間だ」

「コーラでもいいよ!」

「それは合う」


「サクサク! しょっぱい! いっぱいたべちゃう!」


 ミリィもリスみたいに頬張り始めた。


「ミリィ、一気に食いすぎるなよ」

「むり!」

「その返事、だいたい食べ物の時だけ即答だな」


「……信じられん」


 ロエンは一枚をじっくり観察しながら言った。


「あの土臭い芋が、ここまで軽やかな味になるとは。農業は深いな」

「農業というか調理の話だけどな」

「いや、土がここに至ったのだ」

「壮大にするな」


 そして、シルフィ。


 彼女は一枚を指先でつまみ、まるで神聖な儀式のような顔で口へ運んだ。


 パリッ。


「……」


 沈黙。


 もう一枚。


 パリッ。


 さらに一枚。


 パリッ。


「おい、感想は?」

「静かにしろ」


 シルフィは真顔で言った。


「今、私はこの村の歴史が一段進んだ瞬間を味わっている」

「ポテチで大げさすぎるだろ」

「大げさではない」


 四枚目を食べる。


「市販のポテチも良い。だがこれは、揚げたてだ。薄い衣のような油の香りがあり、芋の甘みがまだ生きている。そこへ塩とコンソメが刺さる。……これは危険だ」

「お前も危険判定か」

「危険だ。読書中に出されたら、一冊読む前に一皿消える」

「それはいつも通りだろ」

「いつもより速い」

「なお悪いわ」


 秋の風の中、サクサク、パリパリという音が途切れない。


 俺が揚げたポテトチップスは、恐るべき勢いで消えていった。


「よし、まだ芋はある。第二陣いくぞ」

「味は!?」


 エルマが即反応する。


「塩、のり塩、コンソメ、ブラックペッパーだ」

「天才ですか!?」

「その評価、今日はやたら安いな」


「コウタ」


 シルフィが真剣な顔で言った。


「のり塩を多めにしろ」

「好みを出すな」

「重要だ」

「ロエンみたいな言い方するな」


     *


 ポテトチップスの宴が一段落し、全員の指が油と塩でてかてかになった頃。


 かまどの方から、今度はじわりと甘い匂いが漂ってきた。


「……そろそろ、こっちもいい頃合いだな」


 俺は炭火の中から、ホイルに包まれた芋を取り出す。


 隙間からはぷつぷつと蜜が吹き出し、焦げたカラメルみたいな濃い甘い香りが漏れていた。


「おおっ……! 今度は甘い匂いだ!」


 ガランたちが一斉に顔を向ける。


「これが焼き芋の完成形だ」


 俺は軍手をはめてホイルを剥がした。


 中から現れたのは、皮が黒く焦げ、しかし割れ目から黄金色の果肉を覗かせた、熱々の焼き芋だった。


 真ん中から、ぱかっと割る。


 ホワァァァ……!


 白い湯気と共に、暴力的なまでに甘い香りが爆発した。


 中はぱさついていない。


 ねっとり、しっとり、まるで黄金色のクリームみたいに艶めいている。


「な……っ!?」


 エルマがごくりと喉を鳴らす。


「芋から……こんな、ケーキみたいな甘い匂いが……!」

「ただじっくり焼いただけだ。熱いうちに食え」


 俺は半分に割った焼き芋を、エルマとミリィへ渡した。


 エルマは恐る恐るかぶりつく。


「……ッ!!???」


 次の瞬間、眼鏡の奥の瞳が限界まで見開かれた。


「あま……っ! あまああああああい!!」


 エルマが焼き芋を握りしめたまま天を仰ぐ。


「なんですかこの甘さは! 蜂蜜みたいなのに、もっと奥深くて、ねっとりしていて、舌の上でとろける……! これが本当に、さっきまで泥だらけだったあの芋なのですか!?」

「あふっ、ほふっ、あまーい!」


 ミリィも熱さと戦いながら、夢中で頬張る。


 口の周りは、すでに黄色い芋だらけだ。


「だっははは! すごいねぇ! 砂糖も使ってないのにこんなに甘いなんて、魔法みたいだ!」


 ガランも豪快にかじりつく。


「……秋の味覚の王だな」


 ロエンが静かに頷いた。


「土の力が、すべてこの甘さへ変わっている」

「今日のロエン、感想がいちいち詩的だな」

「芋がそうさせる」

「芋の力か……」


「……悔しいが認めよう」


 シルフィも小さく息を吐く。


「森の果実より、この熱い芋の方が心が満たされる」

「お前、結構気に入ったな」

「否定はしない」

「素直でよろしい」


 しょっぱいポテトチップスの後に、強烈に甘い焼き芋。


 塩気と甘味の無限ループ。


 これは現代日本でも秋に人を駄目にする危険な罠だが、異世界人たちも例外ではなかった。


「コウタ様……」


 エルマが蕩けきった顔で呟く。


「私、今なら結界をもう一枚重ねられる気がします」

「やめろ。糖分でテンション上がってるだけだ」

「では寝る前にもう一本……」

「食いすぎだ」

「でも甘いです……」

「知ってる」


 足元では、ポテトが自分用に取り分けた、味付けなしの蒸かし芋を嬉しそうに食べていた。


「ガウゥ♪」

「お前、名前の通り本当に芋が好きだな」

「ガウッ!」

「そこは否定しないんだな」


     *


 夕暮れ時。


 空は高く澄み、燃えるような秋の夕焼けが森を赤く染め上げていた。


「……ふう、食った食った。腹がはち切れそうだよ」


 ガランがキャンプチェアへ深くもたれかかり、ぽんぽんと腹を叩く。


「コウタ様……私、もう動けません……」


 エルマは芝生へ大の字になっていた。


「このまま芋と一緒に土へ還っても悔いはありません……」

「還るな。お前は結界のメンテがあるだろ」

「現実が鋭いです……」

「大事だからな」


 俺は苦笑しながら、冷たい麦茶で喉を潤した。


 ロエンの畑で採れた大量の作物。


 トムじいとの物流ルートで確保できている塩や油や調味料。


 エルマの結界による絶対防衛。


 そして、俺の通販スキルがもたらす調理道具と現代知識。


 俺の引きこもり生活は、季節が秋へ移っても少しも揺らがず、むしろますます盤石になっていた。


「……いい秋になりそうだな」


 小さく呟いて、赤く染まった空を見上げる。


 一人で静かに暮らすために建てたログハウスだったはずなのに、今ではこのやかましくて、食い意地の張った仲間たちと過ごす時間が、何より心地いい。


 サクサクのポテトチップス。


 ねっとり甘い焼き芋。


 土の匂い。


 秋の風。


 そして、結界の内側に満ちる、誰にも邪魔されない笑い声。


 実りの秋の豊かさを胸いっぱいに抱きながら、俺たちの安全で怠惰な引きこもり生活は、今日も静かな夜の森へ溶け込んでいくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ