第三十六話 夏のゲリラ豪雨と、盤上の資本主義
夏の山の天気は変わりやすい。
それは元の世界――地球でも、この異世界でも、どうやら同じ理屈らしい。
引きこもり生活九十日目。
その日の午後、村――ログハウス周辺には、肌を焦がすような強烈な日差しが降り注いでいた。
空気は熱を含んで重く、木陰に入っても“ちょっとだけマシ”程度で、涼しいとはとても言えない。
タープの下で麦茶を飲みながら、俺は深く頷いていた。
「今日は何もしないのが正解だな」
怠惰ではない。
合理的判断である。
暑い日に無理をして働いても、効率は落ちる。
汗は出る。
不快指数は上がる。
結果、誰も幸せにならない。
つまり、何もしないことこそ、もっとも生産的な選択なのだ。
俺はその完璧な理論を胸に、キャンプチェアへ深く沈み込んだ。
その時だった。
「コウタ! そら、くろい! すごいにおいする!」
見張り役のミリィが、高い木の上から尻尾の毛をぶわっと逆立てて叫んだ。
俺は反射的に顔を上げた。
ついさっきまで夏空の青が広がっていたはずなのに、空の端から、墨汁をぶちまけたような黒々とした雲の塊が、異常な速度でこちらへ迫ってきている。
同時に、生温かい突風が吹き抜けた。
森の木々がざわりと大きく揺れ、青々とした葉の裏が一斉に白く裏返る。
鼻をついたのは、土埃と水気が混ざったような、大雨の直前にだけ漂う、あの独特の匂いだった。
「……ゲリラ豪雨か!」
俺はキャンプチェアから跳ね起きた。
「全員、外に出してるものを家の中にしまえ! ロエンは畑の防風ネットを確認! ガランは干してある洗濯物とタオル! ミリィは木の上から降りろ、今すぐだ!」
「承知した」
「だっははは! まったく、忙しい空だねぇ!」
「いまおりるー!」
突発的な嵐に対する俺たちの練度は、以前の台風コロッケ騒動の頃に比べて、格段に上がっていた。
あの時はかなり慌てた。
だが今は違う。
防風ネット。
土のう。
雨具。
屋外家具の収納。
避難経路。
そういう防災意識が、この村にはちゃんと根づいている。
引きこもり生活に必要なのは、怠惰だけではない。
怠惰を守るための準備も必要なのだ。
ロエンが凄まじい脚力で畑へ駆ける。
ガランは大斧をそのへんに放り投げ、洗濯物の回収に走る。
俺はタープを大急ぎで畳み、キャンプチェアとテーブルをまとめてログハウスの中へ運び込んだ。
「ガウガウッ!」
ポテトも空の異変を察知したのか、短い足で必死に地面を蹴り、俺の横をすり抜けてログハウスの中へ逃げ込んでいく。
火竜の仔犬でも、雷はちょっと怖いらしい。
いや、火竜だからこそ、自然現象としての雷の危なさが分かるのかもしれない。
ポツリ。
鼻先に、大粒の冷たい雨が当たった。
「来たぞ! 全員中に入れ!」
俺が叫んだ直後だった。
空が真っ二つに裂けたかのような閃光が走る。
少し遅れて、腹の底に響くような雷鳴が轟いた。
それを合図にしたみたいに、バケツをひっくり返した――なんて表現が優しく思えるほどの、暴力的な豪雨が森を叩きつけ始める。
ドゴォォォォン!
「うおっ!?」
「ひゃあっ!」
「だっははは! 景気のいい音だねぇ!」
「笑ってる場合じゃない!」
最後に飛び込んできたロエンの背中を押し込むようにして、俺はログハウスの頑丈な木製ドアを閉めた。
直後、屋根と壁をめちゃくちゃな勢いで雨粒が殴りつける音が響く。
「ふう……ギリギリセーフだな」
俺は額の汗を拭って、ようやく息をついた。
窓の外は、すでに数メートル先も見えないほどの真っ白な雨の壁に覆われている。
ゴオォォォォ……という凄まじい風の音。
バラバラバラッという激しい雨音。
時折差し込む稲妻の閃光。
だが、ログハウスの分厚い壁と二重窓の内側では、それらはどこか遠くの出来事みたいにくぐもって聞こえた。
「相変わらず、お前のこの家は異常なほど静かだな」
いつの間にか室内に退避していたシルフィが、窓の外の豪雨を見ながら呟いた。
どうやら森の見回りから戻ってきた直後に巻き込まれたらしい。
銀髪の先が少しだけ濡れている。
「森の獣たちも、今頃は巣穴の奥で震えているだろうに。ここでは恐怖の欠片も感じない」
「現代の断熱材と気密性の勝利だよ」
「毎回思うが、その説明だけは何ひとつ理解できん」
「理解しなくていい。便利だとだけ思っとけ」
「それは分かる」
俺はタオルを取り出し、少し濡れたみんなに配った。
ミリィは耳から順番にごしごし拭く。
ロエンは無言で毛皮についた雨を拭う。
ガランは豪快に髪をかき上げ、シルフィは濡れた袖を嫌そうに絞った。
ポテトはというと、玄関マットの上で丸くなり、まだ少し不満そうに窓の外を睨んでいる。
「ガウゥ……」
「雷に文句言っても勝てないぞ」
「ガウ」
「まあ、俺も嫌いだけどな」
ログハウスの広めのリビングには、現在五人と一匹が密集している。
ガランのプレハブ小屋やミリィのベルテントに戻るには、雨が強すぎる。
しばらくは全員、このメイン拠点で雨宿りするしかない。
「さて……」
俺は床に座り込んで耳を拭いているミリィと、手持ち無沙汰そうなガランとシルフィ、そして微妙に眠そうなロエンを見渡した。
「雨が上がるまで、どうせ外には出られない。暇だろ?」
「暇だねぇ」
ガランが大あくびをする。
「昼寝でもしたいが、アタシのベッドはプレハブの中だからなぁ。しかも、この雨音を聞いてると妙にそわそわして眠れないんだよ」
「わかる」
「わたし、さっきまでおさかなのこと考えてたのに、もうすることない」
「その発想が野生すぎる」
俺はにやりと笑った。
「お前らには、インドアのプロである俺が、家の中での正しい時間の潰し方ってやつを教えてやろう」
空中に《快適生活お取り寄せ》のウィンドウを呼び出す。
生活通販がLv.2になったことで、娯楽品のカテゴリも少しずつ充実してきている。
Lv.1の頃は、俺が日常的に遊んでいたゲームや漫画が中心だった。
だが、Lv.2になってからは、俺がそこまで遊び込んだことのない娯楽品も、それなりに呼び出せるようになっている。
検索窓に入力したのは、アナログボードゲーム。
電力を食わず、多人数で盛り上がれて、ルールがそこまで難しくないやつ。
つまり、こういう雨の日の閉じ込められイベントに最適な、文明の暇つぶし道具だ。
「よし、購入。ぽちっとな」
青白い魔法陣から、一つの平べったい段ボール箱が現れた。
「なんだそれは? また新しい絵本か?」
シルフィの耳がぴくりと動く。
「違う。これは盤上遊戯だ。その名も――大富豪すごろく・スタンダード版!」
「大富豪」
「すごろく」
「金の匂いがするねぇ」
ガランがもう食いついている。
俺が箱を開けると、中には色鮮やかなマスが描かれた折りたたみ式の巨大なボード、小さな車の形をしたコマ、人物を表すピン、家や城のパーツ、そして大量の紙幣が入っていた。
「……なんだ、この紙の束は」
ロエンが一万ドル紙幣をつまみ上げ、光に透かすように眺める。
「絵はあるが、魔力は感じない」
「それはこのゲーム専用の偽の金だ」
「偽の金を数えて何が楽しい」
「やってるうちに分かる」
「怪しい宗教の勧誘みたいな言い方だな」
俺は箱の中身を広げながら説明を始めた。
「ルールは簡単。ルーレットを回して、出た数のぶんだけコマを進める。止まったマスに書かれた指示に従って、金を稼いだり、払ったり、家を買ったり、事故に遭ったりする」
「事故に遭うのかい」
「遭う」
「楽しそうだねぇ」
「価値観がおかしいぞ、お前」
「最後に一番多く金を持っていたやつの勝ちだ。要するに、人生の浮き沈みを雑に娯楽へ変換したゲームだな」
「最後の一言で急に闇が深くなったぞ」
「気のせいだ」
「ほう……?」
シルフィの目がすっと細くなる。
「つまり、運命の輪の導きに従いながら、己の資産を増やし、他者を出し抜き、最終的に最も豊かだった者が勝つ……そういう知略と胆力の遊戯というわけだな」
「いや、もっと気楽な家族向けの遊びなんだけど」
「甘いな、コウタ。遊戯とは、すなわち戦いだ」
「めんどくさいスイッチ入ったな……」
「だっははは! 面白いじゃないか!」
ガランも完全にやる気だった。
「腕力で殴り合うだけが戦いじゃないってことを見せてやるよ! 金の戦場なら、アタシだってやれる!」
「その発言、だいぶ危ういぞ」
「わたしもやる! おかねもちになる!」
「……負けられんな」
ロエンまで静かに闘志を燃やしている。
そしてポテトは、大量の紙幣の束を見て、なぜかその上に前足を乗せた。
「ガウッ」
「お前は銀行の番竜な」
「ガウ」
「紙幣を燃やすなよ。絶対に燃やすなよ」
「ガウゥ」
分かっているのか、いないのか。
少なくとも、紙の山の上に乗って偉そうにしている姿は、それなりに番竜っぽかった。
こうして、外の豪雨をBGMに、異世界人たちによる血で血を洗う――かもしれない大富豪すごろくが幕を開けた。
*
ゲーム開始から一時間後。
ログハウスのリビングには、外の雷雨とは別種の嵐が吹き荒れていた。
「な、なぜだぁぁぁっ!!」
シルフィが、両手で頭を抱えてボードに突っ伏した。
「なぜ私だけ、株の暴落だの、自動車事故で賠償金だの、親戚の結婚式で多額の出費だの、悪魔のようなマスばかり踏み抜くのだ! 先ほどまであった私の全財産が、ただ一度のルーレットで紙切れになったぞ!」
「だから、それが確率と運のゲームなんだって」
俺は銀行役として、シルフィから大量の紙幣を回収する。
「現実味のあるイベントほど心をえぐってくるの、よくできてるだろ?」
「まったく嬉しくない工夫だ!」
シルフィは悔しげに、札束の消えた手元を睨んだ。
「そもそも株とはなんだ! なぜ見えもしない概念の価値が突然消滅し、私の資産が消し飛ばねばならないのだ! 人間の社会は理不尽すぎる!」
「資本主義の闇にエルフが完全に飲まれてるな……」
「こんな闇、森にはなかったぞ!」
「森はそのへん平和だからな」
対照的に、絶好調だったのはガランだ。
「だっはははは! 見なよ、アタシの資産を!」
ガランは椅子の上に片膝を立て、完全に勝者の顔で札束を叩いた。
「宝くじに当選して五万ドル! さらに高級マンションを購入! アタシは今、この盤上の王様だよ!」
「浮かれすぎると死ぬぞ」
「金持ちがいちいち慎重でやってられるかい! 金は勢いよく使ってこそだろ!」
「破産予備軍のセリフなんだよなあ」
ガランのプレイスタイルは、完全にハイリスク・ハイリターンのイケイケドンドンだった。
止まるマスも派手なら、使い方も派手。
とにかく稼ぎ、とにかく買い、とにかく突っ込む。
戦士としては頼もしいが、家計を任せたくはないタイプである。
だが、その直後。
「あ」
俺の口から、わりと素で声が漏れた。
ガランのコマが止まったのは――。
『高級マンションから出火。火災保険未加入のため、損害額十万ドルを支払う』
人生すごろく界でも屈指の理不尽マスだった。
「…………は?」
ガランの笑顔が、時を止められたみたいに固まる。
「十万ドル?」
「十万ドル」
「払えるわけないだろう! アタシの手持ちは、さっきのマンション購入でスッカラカンだ!」
「保険に入ってないのが悪いな。払えないならマンション売却。足りないぶんは銀行から借金だ」
「なんだい、その保険ってのは! 燃えたら気合で消せばいいだろうが!」
「人間の社会は、気合で火災処理しないんだよ」
今度はAランク女戦士が、不動産投資の失敗によって、一瞬で多重債務者へ転落した。
「人間の街、罠だらけじゃないか!」
「だから現実を雑にゲーム化するとこうなるんだって」
「こんなもの遊戯じゃないよ! これは借金の訓練だ!」
「言い得て妙だな……」
一方で、最も堅実なプレイを見せていたのは、意外にもロエンだった。
「……ふ」
ロエンは無表情のまま、自分のターンが来るたびに、地味で堅実なマスばかり踏み抜いていく。
『農作物が大豊作。五千ドル獲得』
『地道な貯金が実を結ぶ。三千ドル獲得』
『小さな土地を買って堅実経営。四千ドル獲得』
「……俺は、手堅く生きる」
ロエンが静かに札束を整えながら言う。
「派手な投資や宝くじなど、土を愛する者には不要だ。汗水垂らして得た金こそが、最も価値がある」
「お前だけ発言がやたら重いな」
「事実だ」
「しかもプレイ内容がめちゃくちゃ性格出てる」
ロエンの周りには、少額ながらも着実に積み上がった紙幣の山。
彼は一攫千金を狙わず、着実に、堅実に、土の香りがしそうな経済を回していた。
これなら案外優勝候補か――と思った、その時。
「コウタ。……なんだ、これは」
ロエンの声が、初めてわずかに震えた。
彼が止まったマスには、こう書かれていた。
『親族の連帯保証人になり、借金を肩代わりする。全財産を没収』
「…………」
ロエンの耳が、見たことがないほどしょんぼりと垂れ下がった。
「……俺の、地道な努力が……。農作物の売り上げが……。貯めた金が……」
「ご愁傷様」
「連帯保証人とは……いったい、なんという邪悪な魔術なのだ」
「魔術っていうか、人間社会の生々しい恐怖だな」
「人間は土を耕す前に、まず制度を耕し直すべきではないか?」
「その意見には全面的に賛成だ」
歴戦の勇士たちが、資本主義と社会制度という名の理不尽な暴力の前に、次々となすすべもなく沈んでいく。
なんなんだ、この光景。
外では雷。
中では借金地獄。
ログハウスがカオスすぎる。
そんな中で、唯一、我が道を往く存在がいた。
「えいやっ!」
ミリィが小さな手でルーレットを勢いよく弾いた。
「ごがでた! いーち、にー、さーん、しー、ご!」
ミリィのコマが止まったのは――。
『世紀の大発明! 特許権を取得し、十万ドル獲得』
「やったー! おかね、いっぱい!」
両手を上げて跳ね回るミリィに、俺は銀行から十万ドルの札束を渡した。
ミリィのプレイスタイルは、完全に直感と勢いだった。
難しいことは一切考えない。
回す。
進む。
お金をもらう。
気に入ったものを買う。
それだけなのに、なぜか止まるマスがことごとく良い。
『臨時収入』
『遺産相続』
『大ヒット商品を開発』
『観光地の経営で大儲け』
なんだ、この幸運値。
小動物の皮を被った幸運の化身か。
「なぜだ……!」
すでに暴落と出費で虫の息のシルフィが、血涙を流しそうな勢いで叫ぶ。
「なぜあの猫耳の小娘ばかり、運命の女神に微笑まれるのだ! 私など女神どころか、厄災神に肩を組まれているぞ!」
「運が偏ってるだけだ」
「偏りすぎだろう!」
「だっははは……」
借金を背負ったガランが、燃え尽きた目で笑う。
「アタシのマンションの残骸から見れば、あの猫耳お嬢の資産はもう王族並みだねぇ……」
「コウタ! わたし、これかう!」
ミリィが札束を握りしめ、ボード上の高額物件をびしっと指差した。
『遊園地付きの巨大な城 五万ドル』
「よし、お買い上げだ。ミリィ、お前すげえな」
「えへへー! わたし、このゲームすき!」
「そりゃ好きだろうな。今のところ人生が全部追い風だ」
「よくわかんないけど、たのしい!」
その横で、ポテトがいつの間にか紙幣の束の上にちょこんと座っていた。
火竜の仔犬なりに、宝の山を守っているつもりなのかもしれない。
だが見た目は完全に、資産家の番犬である。
「ガウッ!」
「お前までミリィ派かよ」
「ガウゥ」
「なんか納得してるっぽいのが腹立つな……」
窓の外では、相変わらず雷が鳴り、激しい雨がログハウスの屋根を叩いていた。
だが、家の中の熱気と笑い声、そして一部の絶望の悲鳴は、その嵐の音さえ忘れさせるほど賑やかだった。
*
二時間後。
全員のコマがゴールのマスに到達し、資産の清算が始まった。
俺は銀行役らしく、最後の札束を数えてから高らかに宣言する。
「結果発表! 第一回・異世界大富豪すごろく、優勝は――圧倒的な資金力で城を三つ購入した、ミリィ!!」
「わーい!」
ミリィが立ち上がって、両手を上げてぴょんぴょん跳ねた。
「わたし、いちばん! おしろいっぱい!」
「最終資産、ぶっちぎり。しかも借金ゼロ」
「しゃっきんって、あれでしょ? かなしいやつ」
「悲しすぎるやつだな」
「なら、いらない!」
「素晴らしい人生哲学だ」
「……ぐっ」
シルフィが悔しそうに唇を噛む。
「私が……エルフの私が……ただの運任せの遊戯で敗北するとは……。コウタ、もう一回だ! 次こそは必ず、資本主義という怪物をこの手で打倒してみせる!」
「方向性がおかしい」
「盤上で革命を起こす」
「やめろ。絶対ルール変える気だろ」
「だっははは! アタシも負けたままじゃ終われないねぇ!」
ガランもすっかり借金ショックから立ち直り、腕まくりしていた。
「次は絶対に火災保険に入るよ! あと、調子に乗って高級マンションを即買いしない!」
「お、ちゃんと学習したな」
「それでも宝くじには全力で乗るけどね!」
「学習したようでしてない!」
「……俺は、連帯保証人という制度の恐ろしさを学んだ」
ロエンが、どこか遠い目で言う。
「もう二度と、他人の借金は背負わん」
「ゲームの中で謎の人生訓を得るな」
「重要な学びだった」
「まあ、重要ではあるけど」
俺は笑いながら、散らばった紙幣を回収し、家や城のパーツを箱へ戻していく。
まさか、ここまで盛り上がるとは思わなかった。
最初は雨宿りの暇つぶし程度のつもりだったのに、終わってみれば全員、本気で人生を賭けていた。
「わかったわかった。第二回戦を始める前に、ちょっと休憩だ。お茶でも淹れるよ」
「おかわりの菓子もあるかい?」
「ガラン、お前は回復が早すぎる」
「借金は忘れて進むものさ」
「現実でやったら終わるやつだぞ」
俺が立ち上がり、キッチンでお湯を沸かしていると、ふと窓の外が明るくなっていることに気づいた。
「お、雨が上がったみたいだぞ」
リビングの窓際へ行き、分厚いカーテンを少し開ける。
すると、さっきまでの暴風雨が嘘みたいに、空には晴れ間が広がっていた。
西に傾きかけた太陽の光が、雨上がりの森を黄金色に照らしている。
そして。
「おおおっ……!」
森の木立の向こうの空に、見事な七色の虹が大きなアーチを描いていた。
「すげえ綺麗だな」
思わず漏れた俺の声に、ミリィやガランたちも一斉に窓際へ集まってくる。
「ほんとだぁ……!」
ミリィが目を丸くする。
「おお……雨の後の森ってのは、いつも以上に生命力に満ちて見えるねぇ」
ガランが感心したように虹を見上げる。
「森の精霊たちが、嵐を越えたことを祝福しているのだ。……美しい」
シルフィも、先ほどまで借金地獄に絶叫していたのが嘘みたいに、静かな顔で空を見つめていた。
ロエンは濡れた森の匂いを吸い込むように、小さく鼻を鳴らす。
「……畑の土も、これで少し落ち着くだろう」
「お前だけ感想が農家なんだよ」
「重要なことだ」
「まあ、そうだけど」
俺は、窓の外の美しい虹と、その手前で肩を並べて空を見上げる仲間たちの横顔を、交互に眺めた。
ただ一人で静かに、誰にも干渉されずに引きこもりたくて建てたログハウス。
最初は、嵐の日も一人でカップ麺をすすって、動画でも見ながら過ごすのが至高だと思っていた。
けれど、こうして嵐の日に家へ閉じ込められ、馬鹿みたいに騒ぎながらアナログなボードゲームで一喜一憂して、雨上がりの空を一緒に見上げる。
そんな、やかましくて温かいインドア生活は、俺が昔思い描いていた孤独な引きこもり生活を、案外あっさり上回るほどに楽しかった。
「……まあ、こういう引きこもり方も、悪くないよな」
俺が小さく呟くと、足元でポテトが「ガウッ」と同意するように鳴いた。
こいつはたぶん、紙幣の上で昼寝できれば何でもいいんだろうけど。
「おい、コウタ!」
シルフィが虹から振り返り、びしっと俺を指差す。
「感傷に浸るのは後だ! 早く第二回戦の準備をしろ! 次こそは私の知略が運命を凌駕するところを見せてやる!」
「まだ言ってるのか」
「当然だ。今度は無駄な出費を避け、堅実に資産を積み上げる」
「さっきのロエンと同じこと言ってたやつが、保証人一発で死んだんだけど」
「うるさい!」
「だっははは! アタシもやるよ! 次は保険というやつに入ってから暴れる!」
「方針がだいぶ現実的になったな」
「わたしも! またおしろかう!」
「お前はもう少し世界の仕組みを学べ」
「やだ! かったほうがたのしい!」
「強い」
「……次は、保証人だけは絶対に避ける」
ロエンが本気の声で言った。
「人生でそこまで強く誓うことある?」
虹の消えかかる空の下。
俺たちの安全で快適なログハウスの中では、再びルーレットの音と、理不尽なマス目に翻弄される異世界人たちの叫び声が、夜更けまで響き渡るのだった。




