88:王弟は剣を振るう
「良いか、民間人に危害を加えるな。こちらに向かってくる者だけ相手にしろ!」
「はっ」
アランの号令に従い、ガザード家の騎士達が王国兵を迎え撃つ。
南門広場は、一瞬で混沌の坩堝と化した。
王太子の命を受け、反乱軍の先頭に立つアラン・ガザードを目指して進む王国軍兵士。
それを迎え撃つガザード家の騎士。
逃げ惑う民衆。
あちこちから剣戟の音が響き、土埃が舞う。
「──ぐわっ!?」
矢が騎士達の足元や武器を正確に射抜き、伯爵から引き離していく。
そのまま、弓兵の照準は壇上の中央──ローレンスへと向けられる。
王太子の冷ややかな瞳が、真っ直ぐに弓兵を貫いた。
「……愚かな」
王太子の口元が、微かに弧を描く。
どうして自分が狙われて、笑っていられるのか。
悍ましいものを感じながらも、弓兵が矢をつがえた手を離そうとして──。
「わああああぁぁ!!」
瞬時に、燃え上がった。
「なんだ!?」
「これは──っ」
周囲の兵士達に、緊張感が走る。
次期当主であるディアナから、何度も言われていた。
「──魔法だ!!」
ローレンスが放つ炎の魔法を、見くびってはならないと。
「盾を持つ者は、前に出ろ!」
「はっっ」
アランの声に従い、盾兵が進み出る。
ローレンスの魔法を警戒しつつ、態勢を立て直す算段だ。
「ふん、そんなもので防げると思うか?」
ローレンスが小さく指を鳴らすと、南門広場に三本の火柱が立ち上った。
ガザード・エルドレッド連合軍が南門を打ち破って以降、民衆は我先にと広場から逃げ出したが、一部逃げ遅れた者は怯えた表情で火柱を見つめていた。
「ひ、ひぃ……」
一人の男が腰を抜かし、尻餅をついたままで後退る。
彼の目の前には、今も膨れ上がる炎の柱があった。
周囲に居合わせた人々も、彼を助けに走ることは出来ない。
誰もが恐怖に身を竦め、動けずにいるその時──。
「大丈夫か?」
男の身体を片腕で抱え上げ、迫り来る炎から救い出したのは、アランだった。
「あ、ありがとう、ございま……」
「怪我はないか? 早く広場を離れろ。ここは危険だ」
アランが安全な場所に男を下ろす間も、方々から火の手が上がる。
巻き込まれた市民の安全を確保した後、厳しい眼差しで壇上を見据えるアランを、助けられた男だけではない、その周囲の人間まで驚きと戸惑いの入り混じった眼差しで見つめていた。
「やはり、王弟殿下が倉庫街を焼いたなんて嘘じゃないか……?」
「そうだ、俺達を助けに来てくれたんだ!!」
一方、壇上のローレンスは眉を顰めて眼下の衝突を眺めていた。
彼自身炎の魔法で加勢はしているが、思ったよりも火の勢いが弱い。
魔法によって生じた炎は、通常の炎とは大きく異なる。
水桶の水を浴びせた程度では、その勢いを弱めることは出来ないはずだ。
それが、何故──と目を眇めたところで、彼が立ち上らせた炎に纏わり付く光に気が付いた。
「あれは──」
キラキラと、炎の輝きを受けて燦めく欠片。
それが氷片と気付いた瞬間、ローレンスは苛立たしげに己の膝を叩いた。
「ディアナ・ガザードの仕業か!!」
ディアナが妊娠中なことは、ローレンスにとっては好機だった。
ラトリッジ王国広しといえど、自由に魔法を行使出来るほどの実力の持ち主は、数えるほどだ。
ローレンスと並び天才と称されるディアナ・ガザード──彼女が扱う氷の魔法は、ローレンスの炎魔法と相性が悪い。
二人の属性は、互いの力を打ち消し合う。
だからこそ、ディアナの居ない戦場では、魔法においてローレンスを止められる者はいないはずだった。
それが、どうだ。
ガザード家の騎士達が構える武具には氷の魔法が付与されて、それがローレンスの放った炎を打ち消している。
見れば彼が焼き殺したはずの弓兵も、その両腕に包帯を巻きながら、今もなお矢をつがえていた。
「くそっ、忌々しい」
ローレンスが、ギリリと唇を噛みしめる。
ダウズウェル伯爵を囮にして、反乱軍を南門近くの広場まで誘い込んだ。
ここで纏めて邪魔な野次馬諸共に焼き殺してやるつもりが、思うようにはいかない。
それどころか、民衆は立ち上る炎に倉庫街の火災を思い出したのか、怯えた目でこちらを見つめている。
王太子に怯え、反乱軍を頼るなど、あってはならないことだ。
「どのみち、数ではこちらが優勢。一気に叩き潰せ!」
「はっっ」
ローレンスが号令を発すると共に、王国兵が反乱軍めがけて突進する。
広場は怒号と血の臭いで埋め尽くされた。
正面からの斬り合いに、もはや一般市民を庇う余裕さえない。
「応戦しろ!」
「退くな、前に進め!!」
力と力のぶつかり合い。
数の上では有利なはずの王国軍だが、先頭に立つアラン・ガザードの勇猛さは、群を抜いていた。
正に一騎当千。
彼一人の存在が周囲の騎士達を勇気付け、敵の刃を鈍らせる。
元騎士団長として王国に知れ渡った彼の武勇が、今ここで発揮されようとしていた。
「くっ……」
思わぬ劣勢に、ローレンスが小さく舌打ちをする。
さて、どう出たものか──策を巡らす彼の耳に、高らかに鳴り響く角笛の音が飛び込んできた。
「援軍、援軍の到着です!!」
伝令が声を張り上げる。
開いたままの南門──その向こうに、新たな騎兵の群れが現れた。
「どこの兵だ!?」
「はっ、それが──」
ローレンスの上擦った声に、傍らの騎士が目を凝らす。
現れた軍勢の先頭には、王国の兵士なら誰もが知る旗が翻っていた。
「──オドノヒュー侯爵家の騎士団です!!」




