83:王弟は戦場に立つ
逃げる小隊と、それを追走する軍勢。
追う側は、数で勝っていた。
だが二百騎もの大部隊が速度を揃えることは難しく、隊列は徐々に縦へ伸びていった。
「男爵様、後方の部隊が少し離れてしまっているようですが……」
「構わん! 付いてこられる者だけ付いてこい!」
追いつきそうで追いつけない、微妙な距離がもどかしい。
気付けば小隊は街道を逸れ、草原地帯を横断していった。
「しめた!!」
馬上で、ラブキン男爵は声を上げた。
王都近郊の地理は、頭に入っている。
このまま真っ直ぐ進めば、王都南方を流れる川に行き当たる。
川岸へ追い詰めれば、一網打尽にするのも容易い。
「追え、追えー!!」
鞭を振り上げ、馬の腹を蹴る。
昂ぶり上気した男達の頬を、冷たい風が優しく撫でた。
「見えた!」
前を行く小隊が、川岸に差し掛かる。
そのまま立ち往生するかと思われたが、追い縋る一行の目に、信じられない光景が飛び込んできた。
「なっ!?」
「まさか……」
「騎馬が、川を渡っている……?」
鎧兜を身に纏った騎馬が、河川を駆け抜けていく。
川の中を泳いでいる訳ではない、その上を渡っているのだ。
驚き、見開いた目を凝らす。
キラリと、水面が輝いた。
「あれは──」
「氷だ! 氷が張っている!!」
謎は、すぐに解けた。
小隊が渡った河川、その水面は氷に覆われていた。
「なぜ、こんな時期に……」
誰かが、疑問の声を上げた。
答える者は、誰も居ない。
あまりに季節外れな現象に、えも言われぬ不気味さが漂う。
引き返すべきではないか──誰もがそう思いながら、指揮官に進言出来ずに居た。
当のラブキン男爵はと言えば、一人目を血走らせ、川を渡っていった騎兵の姿を食い入るように見つめている。
「──追うぞ」
「……は?」
「二度も言わせるな。我等も川を渡って追いかけるぞ!!」
男爵の言葉に、兵士達があんぐりと口を開ける。
しかし、面と向かって拒否出来る者は、一人も居ない。
相手は現場の指揮官であり、爵位を持つ貴族だ。
下手に逆らえば、自分の首が飛ぶ──そのことを、彼等はよく理解していた。
「そーっと、そーっとな……」
川の上を歩かせようとする騎手に対し、軍馬が拒否するように鼻を鳴らす。
命令するように鞭を入れることで、ようやく馬は氷の張った川に一歩足を踏み出した。
一人、また一人と川を渡っていく。
恐る恐る氷の上を歩いていた軍馬も、仲間が次々に川を渡る光景を見て、次第に警戒を解いていく。
最初こそ一列だった隊列も、先を急かす男爵の命令で、やがて二列、三列と広がっていく。
二百の騎兵の内、およそ半数が氷の川を渡り終えた頃──崩壊の音色が聞こえ始めた。
「……なんだ、この音は?」
最初に気付いたのは、川縁に居た兵士だった。
幾重にも重なる、甲高い音。
美しくも、どこか不気味な音色が、どこかから響いてくる。
「うわっ」
「ちょっ──!?」
川を渡る騎兵が、動揺の声を上げる。
同時に、彼等の足下が脆くも崩れ落ちた。
「うわあああぁぁ!!」
「ひぃっ、助け──っ」
川に張った氷が大きく裂け、出来た亀裂に人馬が次々と飲み込まれていく。
凍てついた川の温度は、どれほどだろうか。
川に落ちて藻掻く兵士の顔は、みるみる青ざめていった。
「おい、すぐに助けろ!!」
「待っていろ、今行く──」
川岸に居た兵士達は、皆川に落ちた者達を助けに向かった。
だが先行して小隊を追う騎兵達の耳に、川で起きた騒動は届いていない。
それだけではない。
長く伸びた隊列により後れを取った後方部隊は、前方で何が起きているかも分からずに、ただひたすらに馬を走らせていた。
川を渡った部隊。
川に落ちた兵士達の救出に追われる部隊。
そして、騒ぎにも気付かぬまま後方から迫る部隊。
ラブキン男爵が指揮する二百の騎兵は、今三手に分断されていた。
「うわあああぁぁぁ!!」
どこかで、悲鳴が上がる。
手を止め、足を止めて耳を欹てても、もう遅い。
悲鳴を掻き消す、蹄の音。
現れたのは、完全武装の騎馬隊。
その先頭には、ガザード家の旗が翻っていた。
「どうやら、上手く行ったようです」
「そうですか……」
本陣に残ったセオドアの元へ、戦場からの使者を伴ったクライドが戻ってきた。
氷魔法が付与された武具を用いて、敵を分断する策を講じた当人は、功を誇るでなく淡々とした様子で頷いた。
「こちらの被害は?」
「味方に死者はなく、負傷者が数名。敵軍の大半は降伏しましたが、最後まで抵抗した者には犠牲も出たようです」
「そうですか……」
クライドの言葉に、セオドアが息を吐く。
敵もまたラトリッジ王国を支える兵士達だ。
犠牲になった兵の中には、王城で顔を合わせた相手も居るのかもしれない──そう思えば、自然と表情が曇るのだった。
血で血を洗う内乱。
同じ国に生きる者同士が刃を交える戦は、まだ始まったばかりだった。
2話くらい戦の様子が続きましたが、次からまた元の感じに戻ります。
(まぁ、出てくるのは彼ですが)









