82:軍師はほくそ笑む
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「ふあぁぁ」
「おい、こら油断するんじゃない!」
「んなこと言われてもさぁ……」
大欠伸をする兵士を、同僚が肘で小突く。
王都南門を守る守備隊。
王家から警戒指示は出ているが、末端の兵士にまでその理由は開示されていない。
上層部は危機感を持って軍備に駆け回っているようだが、事情を知らされていない末端の兵士達は、ただ命令に従って門の守備に就いていた。
王都を駆け巡る噂は様々だ。
公爵家なんていう雲の上の御方が反乱を企てただとか、王族が乱心したとか、国家転覆の危機だとか、あまりに日常生活とかけ離れた大袈裟な話が飛び交っている。
真に受けて脱走を図る民衆も数多く、現在の王都は混乱を極めている。
事情を知らされていない兵士達とは対照的に、指揮官達は張り詰めた空気を隠せずにいた。
「どうだ、異変はないか」
「ハッ」
先ほどまで欠伸をしていた兵士の前に現れたのは、この緊急時に南門の守護を任されたアーヴィング・ラブキン男爵だ。
突然現れた貴族に、兵士達の背筋が伸びる。
「今のところ、異変は──」
「うん? ちょっと待て」
何もないと答えようとした兵士を制し、もう一人が街道に目を凝らす。
厳戒態勢にあるとは思えないほど、門外には穏やかな景色が広がっている。
が、兵士が目を凝らした先、南門から伸びる街道の向こうに、微かな砂埃が舞っていた。
猛烈な勢いで近付いてくる砂埃の中から、やがて複数の人馬が姿を現した。
「たた、たすけっっ」
砂埃の中に見えてきたのは、輸送隊らしき馬車と護衛の一団だった。
その背後に追いすがる騎馬に追い立てられ、這々の体で南門を目指している。
「救援隊を出せ! 開門は最小限に留めろ!」
ラブキン男爵の号令により、門が開く。
門から出撃した騎馬隊が、輸送隊の元へと駆け寄る。
彼等を追い立てていた一団は、すぐさま踵を返して街道を元来た方向へと走っていった。
「大丈夫か、其方達は?」
「はっ、こちらテンパートン領より、子爵様のご指示にて王都に物資を輸送している最中でした、が……」
護衛らしき男の一人が、チラリとボロボロになった馬車に視線を向ける。
何本もの矢が突き刺さった車体と、ひしゃげた車輪。
今にも壊れそうな有様だったが、中の荷は無事らしい。
「良かった……」
兵士の報告に、護衛の男は安堵したようにその場にへたり込んだ。
「一体何があった?」
「街道を走っている最中に、複数の騎士達に襲われました……あれはおそらく、ガザード家の騎士だと思います」
男の言葉に、詰めかけていた兵士達がざわめく。
建国の名門、ガザード公爵家──噂でしかなかった謀反が、にわかに現実味を帯びる。
「詳しく教えてくれ、相手の数は? 装備は? 指揮官は誰だ!?」
ラブキン男爵が、前のめりになって男に詰め寄る。
「えぇと、数は十五か十六か……おそらく、二十はいってないと思います。装備は、王国軍のものとそう変わらなかったように思いますが……」
突然の剣幕に、男がしどろもどろに答える。
「指揮官と言われても……ああ、他の騎士達がしきりに指示を仰いでいる男は居ましたね」
「その男の特徴は?」
「無精髭でしたが、こざっぱりとした印象の男でした。ああ」
男が、思い出したかのように付け加えた。
「他の騎士達が、確か──“アラン様”と呼んでいました」
「アラン──だと?」
男の肩を揺さぶっていたラブキン男爵の手が、ピタリと止まる。
現場を指揮する男爵の耳には、既に反乱軍の情報は全て届いている。
アラン・ガザード。
その名を、ラブキン男爵が知らぬはずもない。
ガザード公爵家の入り婿であり、先王の血を引くアラン・ガザード──王弟でありながら臣籍に下り、王家に弓引く大罪人だ。
(まさか、彼ほどの者が輸送隊を襲撃する為に指揮を執るなんて、そんなこと……有り得るのか?)
相反する思いが、ラブキン男爵の胸中でせめぎ合う。
これは、きっと罠だ。
そうに違いない。
理性が警鐘を鳴らす傍らで、彼の野心はこの上ない好機だと甘く囁きかけていた。
(討ち取ったなら、間違いなく恩賞ものだ……いや、此度の一番手柄ともなり得る)
先ほど、砂埃を上げながら街道の向こうへ逃げていく騎馬の一団を、この目で確認している。
あの中にアラン・ガザードその人が居るのだとしたら──?
今はまだ、そう遠くには行っていないはずだ。
「……準備をしろ」
「は?」
ラブキン男爵の言葉に、傍らの兵士が首を傾げる。
門の守備を任されている最中に、何の準備を命じられたのか分からず、兵士は目を瞬いた。
「今動かせる騎馬兵をかき集めろ! 門の守備は残し、すぐに先の一団を追うぞ!」
「は、はいっっ」
バタバタと、兵士が駆けて行く。
「どうしますか、王城に報告は──」
「いや、まだ報告するほどの確証はない。俺が直接確認する」
小隊長の言葉を、ラブキン男爵が遮る。
問い掛けた小隊長は、それ以上何も言わずに頭を下げた。
(報告など入れては、他の者に手柄を奪われてしまうかもしれない……)
大罪人アラン・ガザード。
その首を、この手で挙げられるかもしれない。
そんな思いが、ラブキン男爵の心を逸らせていた。
こうして、王都南門から総勢二百の騎馬隊が出撃した。
狙うは、近辺に潜んでいるであろうガザード公爵家の小部隊。
ラブキン男爵が直接陣頭指揮を執り、騎馬隊は真っ直ぐに街道を南下した。
目指すは、アラン・ガザードの首級。
ほどなくして、疲弊した様子で逃げる小部隊を視界に捉えた。
「行け、向こうは少数だ! 追いつきさえすれば勝てるぞ!」
男爵の号令に、兵達が鬨の声を上げる。
二百騎の馬蹄が地面を打ち、街道を揺らした。
(行ける、行けるぞ……!!)
我知らず、アーヴィング・ラブキンの心は浮き足立っていた。
「さて、と……」
時を同じくして、ガザード・エルドレッド連合軍の野営地。
鎧を纏ったアランが、馬上から街道の先を見据えていた。
「ご武運を、アラン様」
「ああ。後は任せろ」
その背後で、総勢四百もの騎兵が静かに出撃の時を待っていた。









