81:双子の妹は叱られる
ガザード家の騎士団は、まずエルドレッド家の騎士団との合流に向かった。
王都郊外に設けられた、エルドレッド騎士団の本陣。
その天幕の中で、一人の女性が小さく縮こまっていた。
「さて、どうしてここに居るのか、説明してもらおうか」
「はい、あの、その……」
いざ戦場に立てば悪鬼の如く恐れられるアランだが、それ以外の場では、穏やかで常識人な人柄で知られていた。
そんな彼が珍しく眉を吊り上げ、目の前の女性を威圧するように見下ろしている。
その女性こそ──ガザード家の姉妹の片割れ、コーデリアだ。
アランにとっては義理の妹であり、ディアナと同じく、親友の娘として幼い頃から可愛がってきた相手でもある。
そんな彼女に、アランは初めて鋭い眼差しを向けていた。
「ディアナとウェズリーがどれだけ心配したか、分かっているか?」
「はいぃ」
アランの怒りを前に、コーデリアはただ大人しく項垂れるばかりだ。
家族に何も告げず、単身で王城へ向かう──それがどれほど危険なことか。
コーデリアの不在を知ったディアナもウェズリーも、驚きと心配で胃を痛めていた。
「殿下、どうかそれくらいに……」
そんなコーデリアを庇ったのは、彼女に救い出されたクライドだった。
コーデリアは、王城の地下牢に収監された彼の処刑が決まったと聞き、助ける為に屋敷を飛び出したのだ。
コーデリアが恩人であるクライドの身を案じるのは、理解出来る。
だが、コーデリアには身を守る術がない。
ガザード家の精鋭が密かに後を追い、その身を守っていたとはいえ、王城はあまりに危険だ。
ローレンスに出会ったが最後、再び彼の暗示に囚われてしまう可能性だってあった。
「はぁ……」
アランが目を閉じ、深く息を吐く。
やがて目を開いた時には、ブルーグレーの瞳にいつもの穏やかな光が戻っていた。
「屋敷に戻ったら、こっぴどく怒られることを覚悟しておくんだな」
「……そんなに、ですか?」
「ああ、二人は俺以上に心配していたぞ」
無論、アランとてコーデリアの身を案じていた。
だが、血の繋がったディアナとウェズリーの心痛は、それ以上のものだった。
しゅんとして肩を落とすコーデリアを見下ろし、アランが苦笑する。
反省していることは、その項垂れた姿から十分に伝わっていた。
これから先、同じようなことを繰り返すことがなければ、それが一番なのだ。
「心配してくれる相手が居るというのは、幸せなことだな」
「……はい」
アランの言葉に、コーデリアが素直に頷く。
もう、ディアナに合わせる顔がないと思っていた。
だからこそ、せめて己の身を犠牲にしてでもクライドを助けようと思い、後先も考えずに屋敷を飛び出した。
だが──そんなコーデリアを、家族は心配してくれるという。
怒られることを覚悟しろと、アランは言う。
その怒りは、すなわち愛情の裏返しなのだ。
彼等は、まだコーデリアを失いたくないと思っている。思ってくれている。
そのことを思えば、自然とコーデリアの眦に涙が滲んだ。
「皆様の心配も怒りもごもっともですが……彼女は、僕を助けてくれたのです」
「ああ、分かっている」
コーデリアを庇うクライドに、アランが息を吐く。
アランとて、コーデリアを責め立てたい訳ではない。
ただ、ウェズリーとディアナが憔悴するほど心配していたことだけは、知ってほしかった。
これ以上、彼女に無謀な行動はしてほしくない。
「すぐにガザード領に戻るように──と、言いたいところだが……」
ガザード領へ送り返すにしても、本陣を離れた後は少数の護衛しか付けられない。
内乱が本格化した今、エルドレッド・ガザード両家の動向を注視しているのは、王家だけではないのだ。
他の貴族達もまた、虎視眈々と両家の動きを窺っている。
「大丈夫ですよ、彼女のことは、僕がお守りします」
クライドの言葉に、アランが肩を竦める。
社交界の花と言われたコーデリアだが、彼女もまた、ガザード家の娘。
お転婆っぷりでは、ディアナに引けを取らない。
すぐに送り返すべきか、本陣で保護するべきか──前線を預かる総司令官は、思わぬ問題に頭を悩ませるのだった。
「さて、と」
天幕の机には、大きな地図が広げられている。
ラトリッジ王国の、それも王都近郊の詳細な地図だ。
決して広くもない天幕に、エルドレッド家とガザード家、それぞれの騎士団を預かる指揮官達が居並ぶ。
「偵察の結果は?」
「はっ、王都南門周辺には、最高位にあたる第一級警戒態勢が敷かれております。なお、北門、西門には、王都を出ようとする民衆が詰めかけている模様です」
「そうか」
既に国民の間にも、内乱の噂が広まっているのだろう。
王都から逃げ出す者もいれば、行く当てもなく、戦に怯えながら残る者もいる。
罪のない民が暮らす王都を、戦火に巻き込みたくはない。
しかし、王国軍との正面衝突は避けられない。
「どうにかして、兵をおびき出せれば良いのだが……」
アランは太い指で顎髭をなぞりながら、地図を睨んだ。
その言葉に、一人の文官が一礼して進み出た。
「であれば、少々兵をお貸しいただきたく」
「……行けるか?」
「ええ、おそらくは」
声を上げたのは、元ラトリッジ王国の宰相セオドアだ。
宰相職を罷免され、侯爵位も取り上げられた後は、フィデス商会に身を置いていた。
今回の同行も、戦になると知ったディアナがアランに頼み込んだものだ。
「その、大丈夫なのでしょうか……?」
セオドアの申し出に不安な表情を浮かべたのは、エルドレッド家の臣下達だ。
セオドア・サクソンと言えば、王家の懐刀。
敏腕宰相として、一時は名を馳せていた。
王家と関わりの深い彼に兵を預けることへ、警戒を隠せずにいた。
「問題ありません。彼が今忠誠を捧げているのは、ディアナ殿です」
それに答えたのは、クライドだった。
当主であるクライドの言葉に、エルドレッド家の臣下達が一斉に口を噤む。
「しかし、王国軍は一筋縄ではいきません」
じっと相手を見定めるかのように、クライドがセオドアを見つめる。
「武官ではない貴方に、いかなる策がおありで?」
クライドの挑発的とも言える視線を、セオドアは真っ向から受け止めた。
彼の口元は、静かな笑みを湛えている。
「指揮官であるアラン様は剛勇の将。敵方のローレンス殿下は天才。そして当家のディアナ様は、稀代の才女──この時代には、傑出した人材が揃っております」
アランの武勇も、ローレンスとディアナの驚異的な魔力も──思えば、五大貴族が受け継いできた異能に端を発するものなのかもしれない。
確かに、生まれ持った才能はあるのだろう。
だが、生まれ持った才だけで、その者の到達点が決まる訳ではない。
「凡人には凡人の戦い方があることを、お見せいたしましょう」
セオドアは、生まれた時から優秀だった訳ではない。
両親の寵愛を一身に受ける弟の存在に危機感を抱き、必死に学んできたからこそ、今の彼がある。
「若くして宰相にまで上り詰めた方の口から、凡人などという言葉を聞くとは思いませんでしたが」
クライドの苦笑に同意するように、皆が頷く。
「お手並み拝見いたしましょう」
皆の視線を受けるセオドアの表情は、静かな自信に満ちていた。









