80:双子の姉は夫を見送る
なんと、めでたく本作の小説2巻が刊行されることになりました!
本文加筆以外に、
・カーティスの話
・ディアナとアランの話
・ウェズリーの話
を書き下ろし予定です。
発売はまだ先になりますが、のんびりお待ちいただければと思います。
どうぞよろしくお願いします!
出立を控え、大勢の騎士達、兵士達がガザード公爵邸の前に集結していた。
主達の緊張が伝わっているのか、訓練された騎馬の荒い鼻息がそこかしこから聞こえてくる。
鎧の擦れる音、鐙の鳴る音が、屋敷前に低く重なっていた。
「アラン様」
そんな中、進み出た人物が居た。
公爵家のもう一人の娘であり、アランの妻であるディアナだ。
身重の彼女は、ゆったりとしたドレスを纏っていた。
ウェズリーは、ディアナが身重な身体でありながら「共に出征する」と言って聞かないのではないかと、胃を痛くしていた。
もし本当にそんなことを言い出したなら、縛り付けてでも止めてくれと周囲の人間達に言って聞かせたものである。
ウェズリーの心配を他所に、ディアナは大人しくアランを見送るつもりのようだ。
だが、彼女の背後に控えた侍女のシェリーは、その身に似合わぬ大きな盾を手にしていた。
「どうか、これをお持ちください」
ディアナがシェリーから盾を受け取り、アランへと差し出す。
躊躇いがちに盾を受け取ったアランの手を、ひんやりとした冷気が覆った。
「これは──?」
「相手は、あのローレンス殿下ですから」
氷魔法を操るディアナと、対極に位置する存在。
全てを燃やし尽くす炎を繰り出す使い手──もう一人の天才と言われたローレンスと、これから対峙することになるのだ。
「クローク子爵に協力していただいて、盾に私の氷魔法を籠めておきました」
「なんと……」
盾の表面は、金属だけではない。
魔力を籠められるように、幾つもの魔石が散りばめられていた。
「前線に立つ騎士達の分も、用意してあります」
シェリーの指示で、大勢の使用人達が屋敷から盾を運び出す。
受け取った騎士達は、ディアナの加護が掛けられた盾に歓声を上げていた。
「氷魔法は、武具との相性が悪いと聞いていたが……」
「前にアラン様に紹介していただいた、革職人の方にも協力いただいたんです」
北方の魔獣討伐遠征から戻った後、二人でデートがてらに特注の馬具を誂えたことがあった。
氷魔法が籠められた武具は、時に使用者をも凍り付かせてしまう。
ディアナは馬具を注文した際のノウハウを生かし、炎に強い氷の盾を作り上げたのだ。
「そうか」
盾を手にして、アランの表情が綻ぶ。
ディアナが放つ魔法に助けられた記憶は、いまだ鮮明に焼き付いている。
戦場にあっても、身重な妻の存在を感じとれる──そんな気がした。
「ありがとう、有難く使わせてもらおう」
「はい、あのっ」
いつも毅然としたディアナが、珍しく言い淀む。
じっとアランを見上げる瞳は、不安げに揺れていた。
「アラン様……」
ウェズリーが懸念する迄もない。
ディアナ自身、どうしてこのような時に身籠もったのかと、己の間の悪さを呪っていた。
(アラン様を、お守りすると決めたのに──)
今では、アランだけではない。
公爵邸の皆が、ディアナの身を案じている。
皆から守られ、皆に心配される立場になってしまった。
妊娠発覚直後にディアナが取り乱したことが、皆の記憶に鮮烈に残っているのだろう。
ただ妊婦を労るだけではない。
精神面にまで気遣われる我が身が、一層呪わしかった。
(私も、貴方と共に戦えたら良かったのに)
口を開けば「私も一緒に行きます」という言葉が飛び出てしまいそうになる。
しかし、それは叶わないと、ディアナ自身も重々承知していた。
アランが、身重な妻を戦場に立たせる訳がない。
アランを信じていない訳ではない。
一軍を任せるのに、彼ほど頼りになる相手は居ないと分かっている。
分かっていて、なお言い知れぬ焦燥が、ディアナの胸を押し潰そうとしていた。
「ご武運を」
「ああ」
伝えられた言葉は、ほんの一言二言だけ。
これ以上言葉を続けたなら、感情が奔流となって迸ってしまいそうだ。
アランも、そんなディアナの想いを分かってか。
苦笑一つ浮かべ、妻の頬をそっと撫でた。
「行ってくる」
ディアナを優しく包み込む、アランの逞しい腕。
その温もりに、ディアナの両眼が潤む。
「どうか……お怪我がありませんように……」
「ああ」
抱擁の時間も、ごく僅かなもの。
アランはすぐさま進軍を開始した。
大勢の騎士達が、アランの後に続く。
向かうは、ラトリッジ王城。
生まれ育った城に、自ら攻め入るのだ。
今更、迷いはない。
恐れも、不安さえもない。
規則正しい蹄の音が、着々と街道を進んでいった。
──かくして、ラトリッジ王国は内乱の炎に包まれた。









