74:王弟は思いがけない人物と出会う
「お前達、変わらないなぁ」
「そういう王弟殿下こそ」
グラスが合わさる甲高い音の後に、笑い声が続く。
王城で息苦しい生活を強いられてきたアランにとって、古巣である第三騎士団の騎士達は、数少ない心許せる相手であった。
ラトリッジ王国の騎士団は、身分ごとにいくつもの軍団へ分かれている。
高位貴族中心の近衛や第一・第二騎士団に対し、第三騎士団は職業騎士が多く、アランにとっては最も気安い居場所だった。
(どうやら、こいつらはローレンスの影響を受けてはいないようだな……)
以前と変わらぬ気安い騎士達の様子に、アランが表情を綻ばせる。
「あんな美人の奥さんと新婚生活だなんて、羨ましい限りです」
「しかも、美人なだけでなく、家柄にも恵まれているとは!」
「そうだろう、そうだろう」
騎士達のやっかみに、アランが声を上げて笑う。
「かーっ、少しは謙遜なりなんなりするもんじゃないんですか?」
「何を謙遜する必要がある。ディアナが美人なのは、分かりきったことだろうに」
「ははっ、ごちそうさまです」
慣れ親しんだ隊員達が相手とあって、アランの口数も多い。
和気藹々とした空気が流れる中、近付いてくる一つの影があった。
「うん……?」
気配を感じ、アランが視線を向ける。
そこには、一人の男が居た。
貴族然とした若い男だが、その顔には見覚えがない。
「貴殿は……」
アランが言いかけた時、男の接近に気付いた第三騎士団の騎士達が、男とアランの間に割って入った。
まるで自分の前に立ち塞がるような騎士達の姿に、アランが目を見開く。
「王弟殿下、お下がりください」
「お前、何のつもりだ!?」
先ほどまでの和やかな空気からは一転、騎士達の声には殺気が混じっている。
「お前達……」
「殿下、こいつは──」
騎士の一人が、近付く相手を睨み据える。
鋭い視線が、憎々しげに男を射貫いた。
「こいつは、エイブラム・ジョーセフ……あのユリシーズ・ジョーセフの縁者です!」
「なに……?」
ユリシーズ・ジョーセフ──忘れもしない、あの北方魔獣討伐部隊の副司令官だ。
近衛騎士を率いて、ディアナとガザード騎士団に偽の指令を出し、アランから引き離した張本人。
遠征後に捕らえられ、すでに処刑された罪人。
その縁者が当事者であるアランに近付けば、騎士達が警戒するのも当然だった。
「お待ちください、私は王弟殿下に一言お詫び申し上げたかったのです!」
男が悲痛な声を上げる。
しかし、アランの前に立ち塞がる騎士達は、険しい表情のまま。
「お前は確か──常日頃、伯父が処刑されたのは王弟殿下のせいだなどと嘯いていたのではないか?」
「ああ、日頃から殿下への鬱憤を口にしていたはず」
「違うのです、私の話を聞いてください!!」
訝しむ騎士達を前に、エイブラムが歩を進める。
その歩みを遮るように、騎士達がさらに身構えた。
「私が愚かだったのです。どうしてあのようなことを考えていたのか……今となっては、自分で自分が信じられません」
エイブラムが俯き、唇を噛む。
「我が伯父も、同様に──あのような大それたことを考える人では、決してなかったはず」
「なれば、冤罪だとでも主張するつもりか? 直接刃を交えた、我等の前で!!」
第三騎士団の隊員達もまた、アランと共にユリシーズの策略に嵌められた身だ。
彼等が怒りと警戒を露わにするのも、無理はなかった。
「貴殿が、王弟殿下と我等をどのように扱ってきたか……己が言動を振り返ってみるといい」
ユリシーズが処刑された後も、彼の行動は正しかったと主張する者達がいた。
その筆頭が、伯父を亡くしたエイブラム・ジョーセフ──目の前の男だ。
そうした経緯を知る騎士達は、エイブラムをアランに近付けまいと必死だった。
「自分でも分からないのです! どうしてあんな恐ろしいことを当然のように思っていたのか……!」
騎士達に睨まれながら、エイブラムはなおも声を張り上げた。
ホールに流れる音楽を掻き消すような音量に、人々が足を止め、胡乱な視線を投げかける。
「王弟殿下に対する不敬は勿論のこと、誰かの死を望むなど、人としてあってはならぬこと」
言葉を続けるエイブラムを、アランは無言で見つめていた。
「伯父の件と合わせ、一度王弟殿下にお詫びの機会をいただきたいと考えていました。どうか、私に機会をお与えください」
アランの唇から、重苦しい息が漏れた。
事情を知らぬ第三騎士団の隊員達は、今もなおエイブラムを警戒し、睨みを利かせている。
エイブラムの言動は、一貫していない。
少し前まではアラン憎しで居た男が、今更詫びるなどと言い出して、どのように信頼出来るであろうか──彼等の瞳が、そう語っていた。
だが、アランは違う。
クライド・エルドレッドが、自ら地下牢に囚われるに至った理由──王太子ローレンスに洗脳された人々を解き放つ為だと知っているからだ。
「いくら縁者とはいえ、貴殿と彼は別人だ。詫びていただく必要はない」
王太子の能力が、どれだけの人々に影響を及ぼしていたのか。
その影響を、クライドがどれだけ解き放っているのか。
エイブラムの真意を探るように、アランはじっと彼を見つめた。
「……失礼ながら、申し上げます」
再びアランに向き直り、エイブラムが姿勢を正す。
「陛下と王太子殿下の、王弟殿下に対する振る舞いは、あまりにも……とても、肉親に対してのものとは思えません」
ぽつり、ぽつりと呟くような言葉。
その言葉に、騎士達も思わず息を呑んだ。
それを一番に感じているのは、アランと同じ騎士団に所属していた隊員達なのだから。
「そもそも、我がジョーセフ家は──」
「僕だけではなく、陛下にまで物申すとは、随分と偉くなったものだなジョーセフ」
エイブラムの声を遮ったのは、鈴の音のように軽やかな声だった。









