67:王弟は静かな朝を迎える
別邸を引き払い、本邸で暮らすようになってからも、ディアナは寝室で過ごすことが多かった。
コーデリアもまた自室に籠もりがちで、食卓にはウェズリーとアランだけが向かうことが増えていた。
「ディアナは、どうだ?」
「昨夜もあまり寝付けなくてな……明け方に、ようやく眠りに就いたところだ」
朝食を共にするウェズリーとアランだが、交わす言葉は少ない。
それもそのはず、ウェズリーは出産で妻を亡くしている。
妻亡き後、何度再婚を勧められても断り続けてきた。
愛する妻だけではない、妻が残した愛娘の身にも万が一のことがあるのではないか──そんな不安が拭えずに居た。
ディアナの妊娠が発覚してからというもの、ガザード公爵邸は警備を厳重にして、医師が二十四時間詰めていた。
懐妊の報せは、既に外部にも伝わっている。
貴族達から多く祝いの品が届いているが、その全てはウェズリーの元で検品を受けている。
直接ディアナの元に届けられることはない。
ディアナが心配で仕方ないのは、アランも同じだ。
ただでさえ体調が気掛かりだというのに、それ以外にも懸念すべき点があまりに多い。
「王宮は?」
「相変わらず、コーデリアを呼ぼうと躍起になっている」
王太子ローレンスにとって、コーデリアは大事な駒だ。
彼女が来ないことで、不安を覚えていることだろう。
病気と偽って断り続けているが、それが果たしていつまで続くだろうか。
「あと、妙な噂が流れている」
「妙な噂?」
ウェズリーの言葉に、アランが顔を上げる。
広くガランとした食堂に、二人だけ。
重い沈黙が流れていた。
「……エルドレッド公爵に、叛意ありと」
ウェズリーの言葉に、アランが唇を噛む。
思い浮かぶのは、エルドレッド公爵クライドの言葉。
『我がエルドレッド家は王太子殿下を廃嫡し、王弟殿下に次期王位を継いでほしいと考えております』
噂は紛れもない事実だ。
だが、それがどこから漏れたのか。
ここ最近ガザード家とエルドレッド家の行き来が増えたことで警戒を呼んだのか、あるいは──。
「騎士達が多く王城に詰めているらしい。王家が戦仕度をしているのではないかという、もっぱらの噂だ」
ウェズリーが声を潜めた。
「戦、か……」
ラトリッジ王国は、押しも押されぬ大国だ。
国境の小競り合いが発生することはあっても、長い目で見て、他国の侵略を許したことはない。
そのラトリッジ王国騎士団が臨戦態勢にあるとは、よほどのことだ。
「内戦を覚悟で、敵を叩き潰すつもりということか?」
「さぁな」
果たして、その準備はエルドレッド家に対してなのか。
それとも──狙われているのは、ガザード家なのか。
王家の真意は、分からないまま。
「失礼します」
食堂の扉が叩かれ、ガザード家の執事が姿を現す。
「なんだ、食事中だぞ」
「は、それが……」
執事の視線が、チラリとアランを窺い見る。
「王弟殿下に──登城の要請が来ております」
「アランにだと?」
執事の言葉に、ウェズリーが椅子を鳴らして立ち上がる。
連日、コーデリアに対する書状は何枚も届いた。
だが、臣籍に下ったアランを王城に呼び出すとは──ただ事ではない。
「は、現在王家の馬車が門前に待機しておりまして……」
「分かった、すぐに仕度をしよう」
頷くアランとは対照的に、ウェズリーは眉間に深い皺を刻んでいた。
「大人しく行くつもりなのか?」
「コーデリア殿への招請を断り続けているのだろう? ここで俺まで拒んでは、ガザード家が目を付けられるだけだ」
「そんなの、今更だろう」
ウェズリーの言葉に、アランが苦笑する。
「婿への呼び出し一つ断れぬようなガザード家ではない」
「いや、行ってくるとしよう」
何の為に、アランを招くのか。
果たして、王家は──ローレンスは、何を考えているのか。
知らなければ、こちらも手の打ちようがない。
「ウェズリー、ディアナを頼んだぞ」
「そんなこと、言われる迄もない」
アランに言われ、ウェズリーが僅かに唇を尖らせる。
アランは自分よりもディアナのことを第一に考えているのだろうが、ウェズリーにとっては、アランは大事な親友であり、可愛い娘の夫でもある。
危険な目に遭わせたくはないが、言って聞くような相手ではないことも、また同時に知っていた。
「行ってくる」
立ち上がり、颯爽と食堂を出ていく友の姿を、ウェズリーは眉を顰めて見送った。









