62:双子の姉は暫しの平穏を得る
ディアナがコーデリアと共に父の執務室を訪れた時には、アランは既にいつもと同じ表情で、ウェズリーと言葉を交わしていた。
「コーデリア!」
ウェズリーが声を上げて立ち上がる。
「ごめんなさい、お父様……私……っ」
コーデリアの一度乾いた瞳に、再び涙が滲む。
その雫を、ウェズリーがそっと指で拭った。
「まったく、お前はどこまでも心配をかける……」
ディアナにとっても、ウェズリーにとっても、コーデリアが妹であり娘であることに変わりは無い。
正気を失い、二人を裏切ろうとした過去があったとしても、それがコーデリアの意思ではなく操られた結果と知ればなおさらだ。
「王城に行くなどと我儘を言って、また引っ掻かれるのは御免だからな」
「はい……」
ローレンスに支配され、何の疑問も持たずに王城に向かおうとするコーデリアを、ウェズリーは力尽くで制止していた。
何度説得しても聞き入れないコーデリアに、どれほど悩まされたことか。
(私は、ただコーデリアと距離を置くばかりだった……)
そんな父の姿に、ディアナが唇を噛む。
コーデリアが置かれた状況も、彼女が受けた衝撃も、何も考えたことはなかった。
時間を巻き戻す決意をした時のコーデリアは、果たしてどのような状況であったのか──想像するに恐ろしい。
「王弟殿下にも、ご迷惑をおかけしました」
「そのように畏まる必要はない」
謝罪しようとするコーデリアに、アランが首を振る。
アランにとっては、コーデリアもまた、幼い頃から知る親友の娘なのだ。
「今はもう、俺にとっても義妹なのだから」
アランの言葉に、コーデリアがディアナと同じ紫色の瞳を瞬かせた。
「……お義兄様とお呼びするべきでしょうか」
コーデリアの瞳が、ウェズリーとディアナの間を行き来する。
予想外の反応を見せた娘に、ウェズリーが堪らず吹き出した。
気怠い疲労の中、アランとディアナはガザード家本邸の寝室で身を休めた。
コーデリアが正気に戻った今、距離を置く必要はない。
それならば、無理に別邸に戻らずともここで休めば良いというウェズリーの提案によるものだ。
思いがけず事態は好転し、悩みの種であったコーデリアの存在が、元の信じられる家族に戻った。
だが、それ以外にも問題は山積みだ。
さらには、クライドの提案──アランに王位を継がせるならば、ローレンスとの全面対決は避けられない。
エルドレッド公爵家と、ガザード公爵家。
ラトリッジ王国が誇る二大貴族が、現王政に反旗を翻すことになる。
二つの公爵家と、王弟という王室の血筋──王国は確実に二つに割れ、少なからぬ血が流れるだろう。
一難去ってまた一難。
まだまだ状況は予断を許さない。
いや、むしろこれから本格的な対立が始まるのだ。
ディアナが、静かに唇を引き結ぶ。
そんな痛々しい様子のディアナを、アランが逞しい腕で包み込んだ。
「あまり、思い悩むな」
「あ……」
アランの腕の中で、ディアナが瞳を瞬かせる。
「そんなに……顔に出ていたでしょうか」
「ああ」
夫の言葉に、ディアナが苦笑する。
月のディアナ、氷のように凍てついた女と言われた自分が、アランの前では感情を押し殺すことさえ難しくなってしまう。
取り繕うことを諦め、甘えるようにアランの胸に身を寄せた。
「今日は、食事もほとんど喉を通らなかったのではないか?」
「色々ありましたもの」
ディアナの全身には、疲労が重くのしかかっていた。
だが、辛いことばかりではない。
コーデリアと、幼い頃のように自然と会話が出来た。
それだけで、ディアナの心はじんわりと温かくなっていた。
「ちゃんと食べて、ちゃんと眠らないと」
そんな妻を気遣うように、アランがディアナの頬を撫でる。
少し乾いた、大きく優しい手。
その手に頬をすり寄せるディアナを、アランが再び包み込んだ。
アランの腕の中、目を閉じたディアナの頬は、以前と比べて僅かに痩けていた。
次期公爵としての重圧、商会主としての責任、そして王太子からの圧力。
妹のことが片付いたとはいえ、今のディアナにはあまりに心労が多い。
(全て──代わってあげられたら良かったのに)
アランが望んだところで、ディアナは頷きはしないだろう。
どれほどの困難が待ち構えていようとも、自らの足で前に進む。
アランが知るディアナは、そういう女性だ。
だからこそ彼女に強く惹かれ、同時に心配にもなる。
腕の中で眠る妻の額に、そっと唇を押し当てる。
「ん……」
小さく身じろぎして擦り寄る仕草に、我知らずアランの相好は崩れていた。
そんな平和な夜が、夜明けと共に一変する。
目覚めた瞬間に襲ってきた違和感を、ディアナは受け止めきれずにいた──。









