表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2のプリンス&プリンセス  作者: マツモトコ
美貌の國編
93/98

93、きのこのこ

 龍の鬐甲(きこう)にある色めきの滝の源となる正式名称禄緑湖(ろくりょくこ)、地元では『ろくろっ()』の名で親しまれている黄金色の湖の淵に浮かぶようにウーターニャの待機する診療所は存在していた。

 橋桁には苔に巨大(きのこ)橋杭(はしぐい)には田螺(たにし)がびしりと貼り付く腐食の進んだ木製の橋を不安を覚えながら渡って、私達は煙突と見紛う巨大(きのこ)を生やした今にも朽ち果ててしまいそうな小さな診療所の前に並び立つ。

 限界まで老朽化の進んだ診療所は砂金の粒子が溶け込んだかのようにきらきらと黄金に輝くゴージャスなろくろっ()には不釣り合いだ。

 湿気を含んだ色味をしている扉は既に一部が欠落しており、触れてしまえば完全に崩れ落ちてしまうのではないかとしか思えず戸惑っていると獣の苦しむ鳴き声かのような吠え声が飛んで来た。

 よく聴いてみればそれは人の発する声。

 それも1人や2人のものではない救いを求める叫び声であった。

 ドアノブに掛けようとしたまま思わず動きを止めてしまった私の手をマリルドが払いのけ、慣れ親しんだ友人の家に遊びに来たかのように「よーす、ウーターニャ来たぞー」と平然と立ち入って行く。

 引き開ける力に耐えられずドアノブが外れてしまったのだが、ころころの手の中で軽く転がすとマリルドは気に止めることなく肩越しに後方へと放り捨てろくろっ湖へと沈めてしまう。


「…あの人強心臓過ぎん!?」

「あーゆー人間にはなりたくないけどうらやましいよね」

「わかる」


 マリルドの後に続いて私達も診療所内に足を踏み入れる。

 意外にも室内は綺麗にしてあり、病院と言うよりも美容院かのような洒落た内装で整えられている。

 院内に入って直ぐの広い部屋には()り気無い調度品の他は何もないように見えるのだが、間違いなくこの落ち着いたトーンでありながらもラグジュアリーな室内から(うめ)き声や悲痛な声が漏れ聴こえている。

 恐らく、ではあるがこの部屋の中には私達3人が招かれていない家の入口が存在するのだろう。


「こっちは風呂だった。この診療所はこのだだっ広い部屋の他は風呂とトイレしかねぇみたいだな」


 早々に家捜しを終えたらしいマリルドがつまらなそうに息を吐く。


「ウーターニャちゃん…いた…?」

「おらんよね?ていうか人の声はするのに姿が見えんのめっちゃ怖いっちゃけど!?」

「この部屋ん中に呼び出された家があるんだろな」

「そうなんだろうけど…変だよね?私たちはウーターニャちゃんの家付き虫に招かれてここまで来たんだよ?なんでウーターニャちゃんがいるはずの家の入口が見えないの?」

「ウーターニャが今いるのは他人が呼び出した家の中だからなんじゃねーの?」

「そっか…。私たちはウーターニャちゃんがお邪魔しているお家の人に招かれてないんだ」

「めっちゃ必死になって急いでここまで来たのに空振りとか…ちょっとウケるっちゃけど…!」

「うはは、でもまぁ助かったわ。仮にこの部屋にあるはずの扉が見えてたとしても入んのはさすがに躊躇(ちゅうちょ)するもんなぁー」

「マリルドが?めずらしい」

「いやだってさ、この部屋ってどことなく血生臭くね?」

「…は…?」

「血生臭い?全然臭わないけど…」

「いや、臭うって。ってか、いすずの後ろに」


 そう言ってマリルドが2人のいすずの背後を指差したものだから、2人のいすずがぎゃー!と悲鳴を上げ私の背後に避難してきた。

 2人の悲鳴の方に驚いて私がびくりと身を跳ねさせた後にマリルドが指差した方を確認すると、先程まで何も無かった室内に腐り落ちそうな程に劣化した小さな扉が複数、無秩序に浮かんでいるのがぼやりと見えるようになっている。

 (かす)かに(きし)む音を立て、腐敗した扉の1つがうっすらと開くと中からぬらりと人の頭が生え出てきた。


「ギィヤァー!!!」


 パニックになる2人のいすずの目に入らぬように壁となって隠してやろうと私は腕を伸ばしたのだが、2人のいすずは怖くはあるが見てはいたいらしく、悲鳴を上げながらも私の腕を掻い潜って人の様子を観察し続ける。


「いすず、落ち着いて。大丈夫、大丈夫。久しぶりに会うからなのかやけにキラキラ輝いて見えるけどほら、あの髪色はたぶんウーターニャちゃんだよ」

「は…?それってあの血塗(ちまみ)れの人のこと?」


 同じ人物を指差す私と2人のいすずは互いが見えている人物の様相がどうやら異なるらしいことに首を傾げる。

 頭部と同じ様に細かい光の粒で覆われて(まばゆ)く煌めく細い腕が現れると、その人はずるりと肩から床に落ちた。


「大丈夫!?ちょ、あれ?髪が短くなってるけど…ウーターニャ…ちゃん…?だよね…?何があったの?」


 全身が光輝いている上にいつも頭の高い位置でポニーテールに結んでいた薔薇輝石(ロードナイト)の色を宿した長い髪が結えない程に短くなっている為、目の前の女性が彼女である確信が小さく萎んでいく。


「ちょちょちょ、コワイコワイ怖い!ヤバイよね!?これ絶対ヤバいよね!?こういう時ってどうしたらいいと!?」

「いすず'sの怖がり(かた)(ほう)が怖いっつーの。これが本人の血のわきゃねーだろ。この出血量で動けるもんか」

「マリルドが冷静過ぎるとよ!」

「え、何…?出血?何の話…?」


 2人のいすずのみならず、マリルドまでもが『血』だなんだと口にしている。

 意味が解らぬながらも床に力無く伏すウーターニャを抱き上げようとすると、マリルドが私の腕を掴んで制止する。


「誰か清浄魔法石持ってねーの?」

「わたは持ってないよ」

「私も持ってないよ。清浄魔法はいつもウーターニャちゃんかワルサーに掛けてもらってるから…」

「ワタも持ってねーんだよなぁ。最近はイサナの家のお風呂を借りてるから買い足す必要がないからなー…。あ。いすずの偽者の方なら持ってそうじゃね?」

「え?」

「出せよ」

「ひぃぃー!偽者はわたじゃないよ!?」

「マリルド…あなたは頭はいいけど…毎度毎度素行が危ういのはダメじゃない?奪っちゃダメっつってるでしょ。死ぬってば…。このキラキラを除去したいなら魔法石がなくても抱っこして私の部屋に連れて行ってシャワーで流しちゃえばいいからひゃあ!」


 呆れる私の右足をべたりとした手で掴まれて、私は短い悲鳴を上げる。


「あぁウーターニャちゃんか…。ごめんねうるさくして」

「私はいいの…綺麗にしても…またこうなるだけだもの…」

「…でもこのキラキラのせいでウーターニャちゃんは倒れてしまってるんでしょ?」

「ねぇ、さっきからキラキラキラキラキラキラってイサナは何の話をしとーと?」

「『世界の配慮』ってやつだろ?グロテスクが苦手で瀕死の人間の救助を怠ることがないように、グロ系が苦手な人間には血がキラキラ輝く別のモンに見えるってゆーじゃん」

「あ、なんか学校で習ったかも」

「ワタは見るのは平気なんだけどさぁ。服が汚れんのと臭いがマジイヤ。イサナはよかったな。臭いも感じねーんだろ?」

「うん…。花の匂いがしてる…。え?これ血なの?」


 頭から爪先どころか、ウーターニャから滴り落ちたキラキラは床にも大きく広がっている。

 私は踏みつけていた光の粒子から思わず退いた。

 病がない世界…つまり病原菌の活動が封じられている叶球(ウィクト)でならば血液からの感染症の心配はないのかもしれない。

 けれど今まで地球にて備えた私の知識が嫌悪の情を湧き出させてしまったのだ。

 ウーターニャが何度も浴びたのであろう煌めき、(もと)い血液は下層が凝固している。

 彼女の身動きがぎこちないのはその為だ。


「ウーターニャちゃんが怪我をしてるんじゃないんだよね…?だったら…ちょっと荒っぽいけど許してくれる?」


 そう断りを入れて私は右腕1つで担ぎ上げようとしたのだが、ウーターニャはそれを拒む。

 動けば皮膚に吸着したまま凝固した血液が割れる際に痛みを伴うというのに、ウーターニャはこの場からは離れられないと言って暴れるのだ。


「お風呂で軽く流すだけでもイヤ?」

「イサナだめっ…次は隣の部屋の患者さんの部屋に行かなきゃ…私が獲得できた入眠魔法なんかじゃ…効果が短くて…」

「でもだって、ウーターニャちゃん…」

「彼女の邪魔をしないでくれる?」


 部屋に浮かぶ扉の中から声がすると、部屋中に浮かぶ扉から一斉に人の姿が現れた。

 いや、これは人と言うより…。


「キノコ…?えっ?目とか口があるんやけど!?キモくない!?」

「見るからに大味(おおあじ)だな」

「嘘やろ!?食べようとせんで!この大きさは毒キノコやろ。っていうかこんな血まみれの人?を見てそんなことよく言えるね!?」


 戸惑う2人のいすずと、表情は大きく変わらないものの興味深げに目が輝かせるマリルド。

 大きな頭部に対して不釣り合いな細く長い体にこれまた細く長いひょろりとした腕を生やしたキノコは色も大きさも個体によってばらつきがある。

 その中でも一番大きい個体が私達に話し掛けている。

 一番大きいと言ってもいすずよりはずっと小さいのだが。


「初めまして。ワタシはここの天使院長を務めるウクドです」

「…天使?」



 ■ウクド(251歳)

 性別:女

 頭髪:菱苦土石(マグネサイト)

 拠点:美貌の國

 特殊魔法:ヒトヨタケ能力模倣/治癒/天使之翼/自由越境



 じょ…女性だったんだ…。

 性別があるとは思わなかったな。


 正面から見ていると分かりにくいのだが、煌めき、否、血液を浴びずに済んでいる背中側から判断するに彼女は全身真っ白な肌の持ち主だ。

 本来は髪の毛であろうキノコの笠に該当する箇所には僅かながら濃い灰色の斑文(はんもん)が走っている。

 そして彼女を辛うじて人として認識させてくれる目や口もキノコの笠に該当する箇所に存在しているのだった。

 足はないように見えるのだが、移動する際には飛び跳ねるのではなく、するすると床を滑らかに移動しているので注視してみると、短い短い足をせかせかと動かしている事に気付いた。


「かわいいかも…」


 思わず口から漏れ出た感想は年配の女性に対するものではなかったと後悔したのだが、ウクドはにこりと微笑んで受け流すと、たんたんと短い足の小さな爪先(つまさき)で床を踏み鳴らした。

 その弾みで舞ったのかに見えた埃はどうやら胞子であったらしく、発芽し菌糸を伸ばすと、幾つかのグループに寄せ集まって融合しては成長していき、私の膝の位置と同じ身長のどこもかしこも真っ白なウクドが十数体も生成された。


「赤ちゃん、かな?これが単体生殖ってやつなの?」

「ちっげーよ。単体生殖であっても妊娠期間は必要だし、お腹を痛めて産まなきゃならないもんだよ。だからこれは…なんなんだろな?」

「あはは、マリルドにもわからないんだ」

「マシュたちはキノコでマシュよ」

「それはわかってんよ」


 小さなウクドが律儀に返答してくれたのに対し、マリルドは小さなウクドの笠をずむずむと指で(つつ)いてちょっかいを出している。


「マシュたちのことは24時間で消える使い捨てのウクドしゃまの分離体と思ってくだしゃいマシュ」

「マシュ…」


 なにこのキノコキャラを明確にする語尾は。

 どえらいかわいいな。


「…あれ…?」

「イサナどうかしたと?」

「いや…」


 おかしいな。

 いつもだったらこのタイミングでワルサーが「即刻焼却処分します」とか物騒な念話を送って来そうものなのに。

 飛行移動は終えたのだし感覚遮断を解いても問題ないだろうに、ワルサーは(いま)叶球(ウィクト)の体に意識を繋げていない。

 まさかまた地球の時間を動かして凪ちゃんを実家に帰らせてたりしないよね…?

 あ、してそう。


 そんな事を考えていると「きめェ…!」という罵り言葉が聴こえた。

 目を向けるとマリルドが小さなウクドに群がられているところだった。

 懐かれただけの事だろうに心が狭い…さてはマリルドは子供嫌いか?と私が呆れ笑うより早く、しっとりした感触が私の脚を下から上へと伝いだし私は小さく悲鳴を上げた。

 続けて五指で撫で回すかの様に、その感触は服の中を這いずり回る。

 小さなウクド達の仕業である。

 足元に集団で(まとわ)り付き、私の体に菌糸を伸ばしているのだ。

 マリルドにも、2人のいすずに対しても同様に小さなウクド達が襲い掛かかっている。


「どわー!襲われとるぅぅぅ!」

「なに何なに!?ウクドさん、これはどういうことですか…!?」


 この小さなキノコ人間を作ったウクドに何故私達が襲われているのかを問い(ただ)そうとしたのだが、ウクドの姿は墨汁のように真っ黒な液体に変わり、溶けて無くなってしまう。

 溶け出た黒い液体が気化して消えていくのを呆然として見ていると、小さなキノコ人間達が私の腕の中にいたウーターニャを(さら)い、一番大きな(うめ)き声の漏れ聞こえる扉の中へと連れ去ってしまった。

 ウーターニャを連れ去った一行を収容すると無秩序に浮かんでいた古い扉は全て消えてしまう。


「えっ?」

「えっ?どゆこと?」

「えっと…これは…疲れ果てたウーターニャちゃんを癒すための…人(さら)い…じゃなくて搬送…ってやつだよね?」

「じゃなきゃおかしいやろ?ここは診療所で、あの人は天使なんやけんさ…!?」

「ちょ、マジでウゼぇ。ちょっともうお前らどっか行け…ッ!」


 マリルドが得意の蹴りで小さなウクド達を払い飛ばすと小さなウクド達は「マシュゥ」と(せつ)ないながらも可愛い断末魔を上げ、墨汁のような液体と化して消えていった。

 蹴り飛ばされた衝撃で小さなウクド達から舞った胞子は空中で瞬く間に育ち、床に着く頃にはマリルドに潰されたウクドの更に半分程の背丈のウクドが新たに生成される。

 その数、優に千を超える。


「こいつらめちゃくちゃ弱い…けど…」

「増殖するとかホラーやん!」

「あ、あぶっ…。マリルドが禁忌に触れたかと思った…!」

「マシュたち分離体を消しても殺人には該当しないマシュ。でもマシュたちは揺らされる度に胞子を飛ばしてどんどん増えマシュよ」


 マリルドが禁忌に抵触せず済んだのは良かった。

 良かったけれど、むくむくと数を増やすちびウクドが子実体に成長しきった際に上げる「マシュ…」という小さな呟きが幾つ重なり室内を木霊(こだま)し続けて、少しゾッとしなくもない。


「…ねぇ、このままこのキノコ達に(おお)()くされたら私たちってどうなるんだろね…?」

「ギャー!イサナ怖いこと言わんでよ!わた達もキノコ人間にされるっちゃないと!?ヤバいって!ねぇなんでイサナもマリルドもなんでそんなに落ち着いとるとよ!?」

「別に落ち着いてる訳じゃないよ。ただこのちびキノコちゃんたちの行動が『A.治療目的』と、『B.おふざけ』と、『C.加害目的』では緊急度が大きく違うなぁーと思って」

「それはそうやけど、治療ってこの4人の中の誰に必要とよ!?みんな元気やん!」

「いすずに、じゃないの?」

「なんでっ!?」

「ほら、いすず達は今、悪い魔法使いに姿を変えられてるじゃない。その魔法から状態回復させえくれるつもりなのかなーって」

「何それやめてよ!これは良い魔法やん!この魔法は解かんでよー!ちょ、それはCのパターンやん…!」


 さてどうなるものやらと様子見の構えに入る私とマリルドであったが、2人のいすずの美しさは失われない。

 菌糸の成長は(とど)まる所を知らず、胸を越え首筋を這う。

 2人のいすずとマリルドの体を這う菌糸を見ても背中や腕へと進む菌糸はない。

 多少の迷いは見られるが口、または鼻を目指しているように見受ける。

 もし…ちびウクドの菌糸の口への侵入を許し、経口摂取してしまった場合…私達は一体どうなるのだろうか。

 この先どうなるのかはよくわからないけれど素肌を伝う感触は()にも(かく)にも気味が悪く、受け入れられない。

 全員が自然と上半身へと伸びた菌糸を払い落す。

【捕捉】


グロ耐性度は、ウーターニャ=マリルド>いすず>>>ワルサー>イサナの順です。


潔癖度は、ワルサー>>>マリルド>ウーターニャ>いすず=イサナの順です。


整理整頓度は、いすず(※所有物は丁寧に管理し手放すことはない)>イサナ(※不要な物は処分して整理)>マリルド(※物欲が強いため所有物が多い)>>ウーターニャ(※潔癖と整理整頓は別物)の順です。

尚、ワルサーは魔法で全ての物を排除しては生成するため比較対象外

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ