91、モウが捧ぐ独占欲
短く息を吹き掛けて小指の通話魔法を繋げると、横からマリルドが私の右腕を掴み引き寄せて私の小指を自分の口に当てる。
「わ、こら勝手に」
「イサナ!久しぶり!ずっと連絡をくれていたのにスルーしまくっててマジごめんね!あれっしょ?この間の天の声聞いてびっくりしたんでしょー?」
「よーモウ。ひさしぶり」
「…は?誰あんた?イサナじゃなくない?は?誰?キモッ。気安く話しかけんなよ!アタシを誰だと思ってるの!?」
「え?モウじゃねぇの?なら切るわ」
「モウよ!なんなのよ!間違えて他の石に通話を命じた…わけないわ。そんなミスはしない。アタシはちゃんと艶も輝きもない地味ィな黒色の魔法石に通話を命じたもの。あんな消失開始者の髪色みたいなシケた石なんかイサナの石以外にアタシは持たないし…。え?てことはイサナの爪を借りてるヤツがいるってこと?は?マジでふざけんなよ…。え、つうか待って!イサナは無事!?は?何?あんたまさかウーターニャ!?」
「落ち着けって。ウーターニャじゃねーよ」
「じゃあ誰よ!イサナからもワルサーからもあのブスどもを引き離したはずなのに…!アタシのイサナのそばにいるのは誰なのよ!?」
「えぇ…」
モウのヒステリックな声は耳元から小指をどれだけ離していてもしっかり耳に届く。
アタシの、と所有権を主張されてしまった私も同じ言葉を耳にしたマリルドも呆れて言葉を失う。
「アイツら何してんの!アタシがワルサーに向ける独占欲で増やした魔力を与えてやったんだからそれに見合う仕事をしろよ!通りでアタシの髪が伸び続けるわけだわ!アタシの願いが叶ってないんだもの!」
「ん?仕事って何?」
「アンタに教えるわけないでしょ!ラブドラ!どうなってるの!?今すぐ引き離し屋をここに連れてきて!アイツら何が『良き策がございます』よ!」
「モウ様…美しき御主人様。確かに影盗人衆は成り代わりに失敗致しました。が、既に引き離し屋に策を練り直させ、連日日没直前に服毒と自傷を行ったモウ様の崇拝者を治療院に向かわせる事であの天使めの自由を奪い、彼の方と天使めの接触を断絶することに成功しております」
「あのビッチの邪魔をしただけじゃ意味がないでしょ!イサナの爪を使ってるヤツがいるってことはイサナの周りにまだ害虫がうろついてるってことじゃない!」
「…あ?害虫?」
「なんでもいいからワルサーかイサナのどちらかを1秒でも早くここに連れて来いって言ってるの!」
モウはマリルドの問いに答えることなく通話魔法を閉じてしまう。
私の小指の爪に点っていた小さな魔法の光が消えるとマリルドは私の右腕から手を離す。
「うはは、イサナすんげーのにばっか好かれてんなぁ」
「なはははは!マリルドめっちゃ他人事やん」
「いや別に私が好かれてるわけではないと思う…。モウが私に興味を持ってるのは私がワルサーと同じ顔をしてるからってだけだよね。モウが御執心なのは並外れた魔力を持つ美形のワルサーであって、私はワルサーのレプリカ扱いをされているっぽいかな」
『卑屈にならないで下さい。イサナはこの世で最も価値の有るレプリカですよ』
「私もオリジナルだっつの。ワルサーはほら、あれだ。対テロ対策万全の超装甲防弾ガラス完備、内装は最高級ラグジュアリー空間のカスタム車で、私はオプション無しの最安値のオリジナル車って感じじゃない?私は変にいじってない分、雑に扱っても壊れにくいし、盗まれる心配もないタイプね」
『成る程。ベースは同じだけれど仕様が違うと』
「そうそう」
私が私だけに聞こえるワルサーの声と会話をしている間にマリルドは今モウが漏らした情報を整理して、いすずに説明してやっていた。
「ウーターニャの仕事が忙しくなったのはモウの差し金っぽいなぁ」
「服毒だとか自傷だとか言っとったよね。自分で毒を飲んだり、怪我をしてウーターニャのところに治療して貰いに通っとる人がおるってことと…?うわー、痛そう苦しそう!」
「天使の世話になるためにわざと怪我をするとかバカじゃね?」
「マリルド…あんたそれやったことあるやん」
「うははは!」
いすずが美形の姿になった事で真面目な会話をしているような雰囲気は醸し出せているが、内容は雑談の域を越える事は無い。
「ねぇ、イサナ。次はそっち」
2人のいすずが私の左手の小指を指差す。
「いけない、待たせちゃったね」
私は左手の薔薇輝石色に仄かに光り続けた小指の爪に息を吹き掛ける。
すると聞こえてきたのはしゃくり上げるような涙声。
「ウーターニャちゃん?」
「ワ…あぁ…ワルサー、ワルサーぁ…」
「…どした?私ではダメ?ワルサーと替わる?」
「私、天使じゃなかった…こんなの…疫病神だわ…」
「んん?どゆこと?」
返事の代わりに届くのは漏れ出る荒く浅いウーターニャの呼吸音。
パニックを引き起こしている様子だ。
「ウーターニャちゃん。ウーターニャちゃんに危険が迫っているのなら返事はせず、私の声だけを聴いてね。そうでないのなら息をゆっくり深く吸える?」
「だい、大丈夫」
「危険ではない…けれど助けが必要なんだね?もう少しゆっくり息を吸って吐いて。うん、さすがウーターニャちゃん。息を整えるの上手」
「どうしたと?ウーターニャなんて?」
不安気に問い掛けるいすずに対して私は首を横に振り、説明することを拒否する。
「何かトラブルが起きてるの?」
私のウーターニャへの問いにいすずが過剰に反応する。
「トラブル…!?え、なんかこの雰囲気ってヤバイっちゃない!?ねぇ、ヤバくない!?助けてあげられんと?」
「いすず黙れ」
マリルドが器用に2人のいすずの口を塞ぐものだから笑いそうになるのを堪える。
「ウーターニャちゃん、すぐにそっちに向かうから家付き虫に私を招くように言ってくれる?明日には…ううん、今日中に着けるようにするから」
「迷惑かけてごめ…なさい…」
「平気。すぐに行くね。私からはこの通話は魔法は切らないでおくからね。不安なら通話は繋いでていいからね」
「ん…」
私は親指を弾き、てるの助を召喚する。
てるの助に出して貰った大槍を2度振るい、風の絨毯を2枚出すと私が声を掛けるより早くマリルドは風の絨毯に飛び乗る。
「いすずたちは1人ずつ別れて乗ってね」
「え、イサナとマリルドはちゃんとした美の女神の魔法を明日貰いに行くんやなかった?大丈夫と?」
「…よくよく考えたら私が突然美少女になったりしたら凪ちゃんが気味悪がりそうじゃない?」
「たしかに」
「いすず、置いて行くぞー」
「え!待って!」
2人のいすずは二手に別れて私とマリルドが差し出した手を各々が取って風の絨毯に乗り込む。
促すまでもなくいすずは私の足にしがみ付き、振り落とされない体勢を取る。
マリルドの風の絨毯に乗った方のいすずも同じ様にマリルド足にしがみ付いている。
私が思い切り身を前のめりにさせると、風の絨毯は傾き、急上昇を開始する。
ウーターニャが待つのは龍の背より更に高地にある龍の鬐甲。
濃霧のような色めきの滝の中を目を必死に凝らし、私達は苔むした山岨を一気に登る。




