90、残酷な刑罰、究極の拷問
私とマリルドは2人のいすずと対峙する。
私の立ち位置が良いのだろう。
いすずの背後に色めきの滝が生み出す細やかな水滴の中に二重の虹が架かっている。
美しい虹を一瞥すると私は2人のいすずの爪の先から頭の天辺までぐるりと目で擦り、そして私とマリルドは同時に手を挙げる。
「はい、背を伸ばした。いすずアウトー」
「えー!?」
「背を伸ばすなら㎜単位にしなきゃ。いすずはまた明日変化レベル1に再チャレンジね」
色めきの滝壺から然程離れていない地は湿度が高く、じっとりと汗ばむ暑さを保つ。
森羅の國で衣服に施されていた体感温度調整魔法をコーセルに剥がされてしまった私達は暑さに耐えられず家を呼び出すとそそくさと屋内に移動する。
「もー、またぁ!?わた全然レベル2に進めんのやけど!」
色めきの滝壺で身長を2㎝伸ばしてきていた2人のいすずはヘプタグラム城内のドローイング・ルームに辿り着くと同時に変化魔法を解除する。
マリルド、いすず偽いすずペア、私の4人は個別に色めきの滝壺を訪れては変化した箇所を見抜かれる事の無いように美の女神の魔法を貰い、微々たる変化を加えてはお互いの姿を審査し合う。
10秒以内に変化した箇所を見抜かれたらその翌日は前日迄の姿に微細な変化を取得し直すというルールを決めて変化を繰り返すこと早10日。
全敗している2人のいすずは11回目の変化リセットを命じられた。
マリルドと私の2人は最早ゲーム感覚で変化してはリセットする日々を楽しんで過ごしているが、いすずは1度手離してしまった9頭身の女性的な美人の姿を手に入れ直したくて必死だ。
「ねぇ、なんでわたはイサナ達と一緒に美貌のもらい直しを決めてしまったとかいな。なりたい顔がある人は美の女神から1つ分しか変化魔法をもらえんとか知っとったらこんな変な遊びには加わらんかったのにー!」
「体を張った間違い探し、楽しいじゃん」
「わたは楽しくなーい!」
「じゃあ遊ぶのはもうやめる?もう3週間も美貌の國にいるし、色めきの滝壺近隣で過ごすのは明日を最後にしてもいいよね」
「え!?それやとわたは変化できんままになるやん!わたは切実なのにー!」
「あはは!遊ぶのは今日までってことだよ。いすずは明日あの美女いすずの姿を貰っておいでよ。ただ…できればだけど私達の前ではいつものいすずの姿でいてほしいな。私は本当のいすずの姿が1番好きだから。どうかな?…ってあれ!?」
悔しがるいすず達を宥める為にも私は少し屈んで2人のいすずと目線を合わせたのだが、私はいすず達の正面に立つべきではなかったようだ。
左の瞳が2人のいすずを捕らえると私の足元を中心に金色に輝く大きな魔法陣が出現する。
「…え?これ何?どうしたと?」
「ワルサー!?」
『安心して下さい。灸を据えるだけですから』
「え…絶対ひどいことするつもりだよね?」
『えぇ勿論。世界の理に触れない範囲で残酷な刑罰を与えます』
「わぁ、ちょっとストップ!え、何?偽いすずのこと?偽いすずはワルサーが悪いこと出来ないようにしてくれるんじゃなかったの?第一どっちのいすずも何か悪いことしようとしたようには見えなかったよ!?」
咄嗟に2人のいすずの足元にも広がる金の魔法陣を払い除けようと蹲み込んだのだが私の、いや本来ワルサーのものである左の手は彼の意思に従って指を2度弾き鳴らすとその音に応じて魔法陣は真珠色の淡い光彩を煌めかせいすず達2人の身を包み込んだ。
「え!何!?やだ怖い!」
慌て叫ぶ2人のいすず。
幾多もの幾何学的な模様を重ねる魔法陣を描く金の細い線が2人のいすずの姿を擦り終えると、2人の9頭身もある女性的な美人が姿を現した。
何が起きたのか気付いてなかったいすずであったが、目の前にいるもう1人のいすずの姿を見て自分の容姿が欲していた美しい姿に変わった事を理解して歓喜する。
「…嘘…え、やったぁー!」
「今のって…魔法陣のデカさから見てワルサーの魔法、だよな?」
「うん」
「なんでワルサーがいすずの希望を叶えてくれるの?ありえなくね?変だよな…?」
マリルドが言う通りだ。
ワルサーが親切心を他人に持つ筈がない。
『えぇ。無論、親切心に依る魔法では有りません。俺を深く理解してくれているイサナが愛しいです』
「いや、これはただワルサーは信用ならんと思ってるだけのことで喜ぶところでは…ん?んんん?いすず…ちょっと試して欲しいんだけど…元の姿に戻れる?」
「え?あ、うん」
いすずは不慣れながらも魔法陣を出し、すかすかと4回指を鳴らすのに失敗した後にぱちりと高い音を鳴らす。
しかしその姿は変わらない。
右に立ついすずも、左に立ついすずもどちらも共に。
あれ?と首を傾げて2人のいすずは何度も指を鳴らす。
「…ワルサー」
『はい』
「なんでいすずにこんな魔法を掛けたの?」
『本人が望む姿です。稀人に手を出したことにはなりませんよね』
「ワルサー…」
『何か問題でも?』
「私が本当のいすずの姿が好きって言ったせいなの…?」
『俺以外の者を口説くのは頂けません』
「口説いてないよ…」
やはりいすずが唐突に美女へと変化したのはワルサーの魔法に依るもので間違いないらしい。
しかも元の姿に戻れないように状態保持魔法も重ねてある。
「わたはこの姿のままで平気だよぉ」
2人のいすずは互いの美しい姿を見詰めて、やっぱりこの顎の黶は最強の色気黶やね、とにまにま笑っている。
『ほら稀人もあのように言っていますよ』
「善意じゃないのが納得いかない…」
『解せないのは俺の方ですよ。俺以外の者の容姿を、況してやこの稀人の様な陳腐な容姿を好むイサナを理解できません。現にそこの影盗人は稀人を対象とした模倣魔法の解除を妨害された10日前から深く苦しみ続けています』
「影盗人って偽いすず?解除の妨害って…誰がそんなことを…」
『俺の他の誰に可能ですか?』
このような高度な魔法を所有している者は自分の他にはこの場に居まいと小馬鹿にしたワルサーの表情が憎たらしい。
「まぁ…そんなことするのはワルサーくらいだろうけど…なんのために?偽いすずが元の姿に戻りたがってるなら戻らせてあげればいいのに」
『稀人の容姿を利用してイサナに近付くとは言語道断。それ相応の処罰は必須です。他の影盗人共と同じように美の女神の変化魔法を借りていれば良かったものを、其処に居る偽稀人は標的の容姿、一挙手一投足、言動の自動同期が可能となる完全模倣魔法の獲得者。本人は完全摸倣魔法と呼んでいるようでしたが』
「…へぇ、魔法に名前を付ける人っているんだね」
『獲得魔法数が少ない凡人は魔法に名を付けたがりますね』
「やいやいやい、凡人を見下すとは何事でぇい。比較対照となる不特定多数の凡人がいて初めて秀才天才の地位に価値が生まれるんだからねっ?私たち凡人がいなかったらワルサーはただの人類だよ。体毛のない猿だよ。ハダカキラキラザルなんだからね。完全摸倣魔法って呼び方もイメージしやすくて素晴らしいじゃない」
『先程「ダサッ」と言うイサナの心の声が漏れ聞こえましたが』
「…すみません、今しがた考えを改めました。完全摸倣魔法はダサくないです。最高です」
『何処がですか。魔法種も魔法名も無意味で無価値で醜悪です。故に即刻其の卑しい魔法を解除不能にしてやりました。結果、イサナの安全を確保した上で影盗人には永遠に醜悪な姿と生態を模し続けるという究極の拷問を与える事が出来、更には稀人両名の真偽を見抜けないイサナはどちらの稀人に対しても警戒心を高め接触を控えるようになりましたので、我ながら最適な対処を行ったと自負していますよ』
爽やかな笑顔を添えてきっぱりと断言するワルサー。
が、私は同意しかねる。
そりゃ、超絶ナルシストのワルサーにとっては他人の容姿で生きると言うことは耐え難い事なのかも知れないけれども。
「今のホクロ美人のいすずは別に…だけど、私は一見で善良な人間だと認識されるいすずになれるんなら羨ましいなぁ」
『解せないです』
「だろうね。解せなくていいよ」
『あれを羨むとはイサナの審美眼は遂に腐り始めたようですね』
「審美眼は生モノじゃないよ」
ワルサーに『カワイイ』の良さを論じたところで時間の無駄だ。
ワルサーは偽いすずは完全模倣を解除できずに苦しんでいると言った。
偽いすずは当初はさておき、今はいすずの真似をやりたくてしている訳ではないと言うことか。
私は2人のいすずをじっと見詰める。
どれだけ知りたいと願っても矢張どちらのいすずの思考も私には読み取れない。
視覚からの情報が邪魔をして、どちらのいすずに対しても親しい人の情報読み取り規制が作動してしまうのだ。
「…偽いすずは何のためにいすずを模倣してるんだろ?」
「いや、それはわたが1番知りたいよ。マリルドもイサナももう1人わたがおることに慣れるの早すぎやし、普通にわたたちをヘプタグラム城に泊めてくれるし、偽者のことを気にしとるのはわただけかと思っとったもん」
「だってどっちが本物なのかさっぱりわかんないんだから2人共お世話するしかないじゃない」
「もー!やけん本物はわたなんやって!ねぇマリルド、いつになったらどっちが本物なのかわかるようになると!?」
「あー…。そう言えば初っぱなにどっちが偽者かわかんねーから2人とも蹴っ倒すっつってたのに、シロハさんの天の声が流れたせいで中断してたな。じゃあ、今から仕切り直す?」
「え、なんでよ!1回は蹴らずに見抜いてくれとったやん!」
「今は違いがわかんねーし」
「じゃあまたわかるようになるまで待とうよ」
「待てん。いすずのその顔、有罪。とりあえず2人共蹴らせてもらうわ」
笑顔のマリルドに優しく諭すように肩に手を置かれた2人のいすずが嘘でしょやめて!と悲鳴を上げるとミントグリーンの柔い髪がきらきらと輝く。
中身がいすずのスレンダー美女が2人。
脳が美しいいすずの容姿を拒絶して頭がくらくらする。
「そのホクロ、シロハさんのホクロと同じ位置なのが許せねぇ。ぶっとばーす」
「そんな理由で!?ちょ、マリルドストーップ!」
助走をつけて跳び上がると脚を振り上げたマリルドに合わせて私も右足を蹴って跳び上がり、両手を翳して美女いすずへの暴力の制止を試みる。
その時私は目の前に伸ばした自分の左手の小指が光っている事に気付く。
「ん?」
直後、右手の小指も光りだす。
「ちょ、イサナ邪魔…!」
振り下ろし始めていた脚を宙で収める事が出来ないマリルドは身を捻り、正面に飛び出した私から蹴りを逸らす。
マリルドの一蹴は空を斬り、その衝撃波は私の髪と衣服を激しく揺らし、2人の美女いすずを転倒させる。
数歩よろめきながらも無事に着地した私は改めて両手をじっと見詰める。
左手の小指は白い紗がある紫がかった桃色に、右手の小指は金属光沢を持つ薄黄色に点滅している。
薔薇輝石と黄鉄鉱。
「どっちを取ろう」
「ん?あぁ、ウーターニャとモウか。モウにしろよ。今までずっとシカトこかれてたんだし、これ逃したらまた連絡つかないんじゃねぇの?」
「そう…だよね」
先に連絡をくれていたウーターニャには悪いけれど私は右手の小指を選ぶ。




