89、影盗人
私達に3人に影盗人についての知識が無いことを察したウーターニャは説明を開始してくれる。
「アレンジを一切加えず、人の容姿をそっくりそのまま模倣して生きる人達のことを『真似人』って呼ぶの。大抵は理想的な美貌を追い求めた結果、憧れの人の容姿を模倣して真似人になるかな」
「ふぅん」
真似人とやらも初耳だなぁとただただ話に聞き入る私と2人のいすずと違い、マリルドは疑問を呈する。
「ん?だったらワタたちに化けてた偽者も真似人ってのじゃねーの?影盗人ってなに?」
「あのね、美の女神の魔法を借りて変化できるようになる姿は1つだけでしょう?だからこそみんな各々が世界で1番美しいと考える理想の姿をもらうわよね?もし誰かにアレンジ0で自分の姿を模倣されたなら、それは優れた容姿だと讃えられたってことになると思うんだけど」
「あーほんとだね。真似されるって喜ばしいことなんやね。…え、待って。ってことは…え、えええー!?じゃあ、あんたってわたのこと綺麗って思ってくれた人ってこと!?ええー!めっちゃうれしい!ありがとう!」
今現在もどちらか片方に姿形を模倣されているいすずが互いの手を取り合って嬉しそうにはしゃぐ。
「あ、そんなに喜ばれちゃうと続きを話しづらいな」
「どゆこと?」
「えっとね…。自分の容姿に無頓着な人っているじゃない?理想的な己の姿を夢見ることもできないような主体性のない人ってね、拘りが微塵もないせいか本来であれば美の女神から貰える変化の姿は1つだけのところを、美の女神から複数の変化姿をもらうことができちゃうのよ」
「え、なにそれズルい」
「ほんとね。彼らは自在に容姿を模倣できることから『影盗人』って呼ばれているわ。で、影盗人の多くはその特性を利用して自在に他人の容姿を盗んでは心身を売り物にして生きているの。美の女神から多くの姿をもらうことになるのは主体性がない人だから容姿も身の振り方も誰かに命じられた方が楽なんでしょうね」
「そっか。そういう人もいるんだね」
「で、イサナたちが出会った真似人はマルチーズみたいな愛玩犬の姿も所持してたってことは…誰かに飼われている影盗人なんじゃないかなって思ったんだけれど…」
「…ちょっと待って。え、じゃああんた自身はわたのことを綺麗って思ってくれてたわけじゃないってこと?誰かに命令されて渋々わたの姿を模倣したと?ねぇ、さっきのわたのありがとうを返してくれん?」
先程まで仲良くはしゃぎ合っていた2人のいすずだったが、取り合っていた手を振り手解き、一気に険悪になる。
「いすずごめんね?」
「いや、ウーターニャちゃんが謝ることじゃないと思うよ…」
「へぇー。影盗人ってのは依頼主から報酬を貰って人の容姿を真似してんだ?」
「全員がそうじゃないわよ。報酬を得ている可能性も無くはないとしか答えようがないわ」
「可能性は無くもない、ね」
ウーターニャの回答を受けてマリルドがにやりと笑う。
「えっとごめんなさい。そろそろ仕事に戻ってもいいかしら?」
「あ、ごめん!仕事中なのに長話させちゃったね。色々教えてくれてありがとう」
「うふふ、じゃあ私は診療に戻らせてもらうわね。今夜こそイサナに会いに行くつもりだからその時に結果を教えてね」
「今日は…なははは!イサナの顔は変わってないから安心していいよ」
ウーターニャが通話魔法を閉じてしまっても昨夜の私の顔を思い出して笑いの尾を引き摺りにやにやと2人のいすずは笑っている。
面白くない私は魔法陣を展開させると、指をぱちりと鳴らして本日入手した変化魔法を発動させて大失敗顔を披露する。
「なーっはっはっは!」
目、鼻、口が流動する私の顔面に衝撃を受けていすず達は笑い崩れる。
笑いのツボに入ったようで2人のいすずは笑い苦しむ。
「ふん、参ったか」
『イサナ…誤って手に入れた駄変化を馬鹿な成敗に利用しないで下さい…』
頭を抱えたワルサーは私の顔を戻すための強制解除魔法と共に私が獲得した唯一の魔法である変化魔法に対し妨害魔法を付与して使用出来ないように封印してしまう。
「わー、明日にはもっとちゃんとした姿をもらい直すから封印はやめてよー」
『信用できません。イサナはこの顔を少し気に入っているではないですか。明日色めきの滝壺で姿の上書きするまでは封印解除はしません』
「んもー、信用ないなぁー」
2人のいすず程ではないけれど、私の大失敗顔を見て一緒になって笑っていたマリルドは私の顔が戻った事で落ち着きを取り戻す。
あー、おかしいと涙を拭う仕草を見せたかと思うと一瞬の真顔の後にマリルドが地を蹴った為、辺りに風が吹き荒ぶ。
僅かな瞬きの後に私が目にしたのはマリルドに組伏せられたいすずの姿。
「え、何してるの?」
「お前だろ?影盗人って」
「ええー!どういうこと!?どっちが本物のわたなのかはわからんっちゃなかったとー!?なんでわかったとー!?」
私の傍らに立つ危害を加えられていない方のいすずと、マリルドに組伏せられたいすずが同時に叫ぶ。
「いすず?…ちょっとは緊迫感持ってくんねぇとさ、笑ってしまって手が緩む」
「え、ごめん!」
「なぁ。お前らが貰った報酬があるんだったらさ、それ、ワタに全部寄越しなよ。迷惑料ってことでさ」
な?と爽やかな笑顔を見せるマリルドが発する言葉と行動はこの場にいる誰よりも悪辣だ。
唖然としてしまう私だったが、看過はできない事に気付く。
「だー、マリルドやめぃ。それ脅しだよ。無理矢理魔力を奪ったりしたら【禁忌】の『窃盗』に抵触するよ」
「…ダメか。チッ」
私の指摘にマリルドは舌打ちをして偽者であると言い切ったいすずを解放する。
直ぐ様いすずが解放されたいすずに駆け寄り、抱き締め合うと再び言動をシンクロさせる2人のいすず。
いすず達は怖かったねと慰め合いながらぴょんぴょんと跳ね回るのでどちらがどちらのいすずなのかを瞬く間に凡人の私は見失う。
「え、なんで解放したの?え、なんで駆け寄った?え、どっちが本物のいすずなの?」
「わた!」
「いすずは黙ってて」
またしても自分の方が本物だと主張する2人のいすずを無視して私はマリルドに答えを求める。
「わりぃ。もうどっちが偽者なのかわかんないや。まぁ魔力を貰うことができねぇってんならワタはいすずが本物だろうが偽者だろうが興味ないかな」
「そういう問題…?」
「なぁ、そいえばイサナは毎日モウと連絡取り合ってたよな。城主になることについてとか排除対象についてとか何か聞いてる?偽いすずより、モウの方が気味悪くね?」
「ん?んー。そういえば何か言ってたな。なんだったかな…。えーと…」
思い起こしてみればモウは『もしかしたらワルサーの横に並び立つのに相応しい地位を手に入れるかも』とか言っていた気がする。
『ハッ。禅譲程度でこの俺と並び立てる訳が無い。烏滸がましく愚かだ』
「ウーターニャちゃんは無事だったし放っておいても良さそうだけど…一応モウに確認してみる?モウ忙しいかなぁ」
元瘋癲の國、現主従の國と私達が滞在している美貌の國との時差は192分。
「この時間に3.2時間の時差なら…向こうはお昼前か。んー」
モウの即位を祝うという名目で天の声の意図するところを聞き出す為にモウと連絡を取ろうとしたのだが応答が無いまま時が過ぎ去る。
そして天の声が流れたこの日以降、ウーターニャの訪問も途絶えてしまったのであった。




