87、天の声
頭の中に響く美声はマリルドが崇めるように憧れ続けているシロハのもの、らしい。
以前マリルドが言っていた何処かの國の城の主が崩御した事を全人類に知らせる『天の声』というものなのだろう。
それにしてもマリルドが聴いた瞬間に心を奪われたというのも納得のイケボ…。
「ふわっふぅ」
耳にしたことが無い色気のある声に私の体は身震いしてしまう。
『その過敏な反応は赦せないですね。シロハは確か…チビザルがこの美貌の國を拠点としていると言っていましたね』
「おーっとワルサー何するつもり?初めて耳にする極上の声質に体が拒絶反応を起こしただけだよ」
『拒絶ですか?』
「そうだよ。たぶん」
『この美声を?』
「確かにとんでもない美声だけど…ほら初めて口にする食べ物って慣れるまでは苦手だったりしない?コーヒーとかワサビとかお酒とか。慣らしていけば大好きになるのかもしれないけど、慣らさなければ体が毒だと判断して苦手なままになる…みたいな」
『…確かにイサナの中には嫌悪に近い感情しか芽生えていませんね』
「だよね」
『では当面はシロハの声を潰す事は見送ります』
「んなことしようとしてたの…?やめてよ。マリルドを怒らせたら怖いよ、絶対」
『チビザル如きがこの俺に何を出来ると言うんです?』
「シロハさんのファンを率いて報復するんじゃない?数の暴力はおっかないよ」
『ならば全ての敵を殲滅するまでです』
「なんで受けて立つつもりなの?受け流そうよ」
こうやって心の内で聴こえるワルサーと会話をしていても頭に響くシロハの美声は聞き取る事が可能で内容を理解出来る。
シロハの天の声は通常の音とも、胸の内に巡る声とも異なり、脳内に言葉が刻み込まれるような伝わり方をしている。
そうして天の声が私達人民に伝えた内容に私は目を丸くした。
──瘋癲の國『寄生小天守』の主ラブドラがその座を退き、禅譲と相成った──
──新城主の意嚮に従い、瘋癲の國は『主従の國』に生まれ変わる──
──『抑圧小天守』の新たな主、モウから言を預かった──
──『他人に甘えて生きてきた元瘋癲の國のクズ共を含む皆さんこんにちは。モウよ。ラブドラは今アタシの足元で幸せそうに傅いているわ。ラブドラのように生きる目的も意味も見出だせなくなった人間はアタシの元にいらっしゃい。アタシが快感に溺れる程に服従させて使い潰してあげるわ。それから…これは1人に向けての私信なんだけど…愛しい美しい彼を独り占めしてる薄汚い女。あんたを排除するわ。成功の國から取り寄せた優秀な刺客を放ったの。彼らはもうそちらに辿り着いた頃じゃないかしら。6代目はね、アタシのモノよ』──
──以上である。遍く人々の畢生の悦楽の謳歌を謹んで祈り奉る──
「……!?」
「ねぇ今のモウの声やったよね!?いや…でも…まさかね?」
「…は…?モウが城主…?え、じゃあ何?アイツも禁術諮問機関の一員になってシロハさんと通話魔法石交換したってこと?は?マジ許せん」
「ええっ?そうと!?すごくない!?いや…でも禅譲って位の譲渡ってことやろ?譲渡されたは場合は禁術諮問機関には入れないんじゃなかったっけ…?魔王を倒せる魔力を持たないと駄目だったはず」
「だとしてもシロハさんに名前を呼んでもらえるとかそれだけでズリぃ」
「それだったらワルサーもシロハさんに名前呼ばれたことあるやん。…え?マリルドがワルサーにちょっかい出すのってそれが理由?」
「ん?ワタは別にアイツにちょっかい出してねぇけど」
「え、ワルサーが出てきたら必ず喧嘩吹っ掛けとるやん」
「…そうだっけ?」
「え、無自覚に喧嘩売るとかこの人怖すぎるっちゃけど」
マリルドはシンクロする2人のいすずと当たり前のように会話している。
「あの人、いすずが増えたことに慣れるの早過ぎない…?」
『イサナが気になったのはその点だけですか?』
「ん?」
温度も抑揚も無い冷ややかなワルサーの声。
その不服そうな態度に何か失態を犯したかな?と首を傾げる私に向かってマリルドが顔を向ける。
「つかさ、さっきモウ最後に『6代目』とか言ってなかった?」
「言っとった!」
「あー、そういえば」
「そういえばって…他人事過ぎん?」
「ワルサーはモテ慣れてて誰かから過剰に執着されるのなんか日常茶飯事みたいだし、害される前に対処というか…制裁を加えるのなんかは超得意だし…ワルサーを心配する必要ある?」
「まぁ、ワルサーの心配は誰もしねぇわな」
「2人ともひどくない!?ワルサー可哀想」
『この俺に同情するとは稀人如きが生意気な』
…唯1人、いや今いすずは2人に増えてるから唯2人と言うべきか…ワルサーの身を心配してくれたいすずに対してこの悪態…。
酷い。
ワルサーに呆れる私にマリルドがぽりぽりと首筋を掻きつつ「なぁ」と声を掛けてくる。
「ワルサーはいいとしてさ。さっきモウが言って『薄汚い女』って…」
「ん?私のこと?」
「いや、イサナじゃねぇだろ。じゃなくてさ」
「…もしかしてウーターニャちゃん!?」
「じゃねぇの?」
マリルドの言葉に2人のいすずは顔面蒼白になり、私は思考の整理と感情の起伏を一挙に処理する事が出来ずに情けなく口をあわあわと動かすしかない。
モウ…あの人、ウーターニャに一体何をしたの!?




