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1/2のプリンス&プリンセス  作者: マツモトコ
私の部屋とキミの世界編
8/98

8、時間停止

 寝てしまった。

 バナナを食べている途中で寝てしまった。

 食事の途中で寝てしまうだなんて遊び疲れた子供ではないか。

 18歳にもなってそんなことあり得るだろうか。

 そうだ、興奮しすぎているんだ。

 だって明日は待ちに待った可愛い可愛い凪ちゃんとの初デートの日だし。

 仲良し姉妹だった4歳年下の私の可愛い妹の凪ちゃん。

 過去形なのは私のせい。


 私を慕ってくれ、何を言っても信じてくれる純粋無垢な妹のことがあまりにも可愛すぎて、物心ついた頃から沢山の(でたらめ)を教えてきていた。

 私自身は吐いたことすら記憶していない出任せも詳細に記憶してくれていた賢い彼女が私に教えられたことの殆どが嘘だったと悟ったのは凪ちゃんが小学校高学年に上がってから。

 それ以降は一言の会話もなく、完全に避けられるようになってしまった。

 凪ちゃんから無視をされるようになってからようやく子供の頃に自分が犯した過ちの重みを知っても取り返しはつかず、謝罪も受け入れて貰えぬままの日々を過ごすことになった。

 1度決めたことはしっかりと貫き通す凪ちゃんの性格だからただ謝っただけでは関係を好転させることはできないと気付き、せめてこれ以上凪ちゃんを不快にさせないように凪ちゃんから距離を置くべきだと考え、両親と話し合い、私は大学進学と同時に独り暮らしを開始をすることにした。


「お姉ちゃんが言ってたもん!」とお友達に必死に訴える幼い凪ちゃんのことを思い浮かべると胸が痛く、赦してもらえる日は当分やってこないだろうと覚悟していた。

 そんな冷えきった関係になってしまっていた妹から初めて連絡をもらい、2人でのお出掛けに誘ってもらえたのが先々月の話。


「コロナの流行で延期になっていた某テーマパークの新アトラクションが再来月グランドオープンされることが決まったんだけど一緒に行かない?本当は友達と一緒に行くつもりだったけど私に付き合わせたせいで万が一コロナに感染してしまったりしたら友達に悪いなと思って諦めたの。かと言ってお客の入りが悪いとアトラクションの増設をしてもらえなくなるかもしれないからお姉ちゃんを誘うことにしようかなって。お姉ちゃんとなら絶対に会話することないし、安全だもん」


 誘ってもらえた理由に少しだけ引っ掛かりを覚えないこともないけれど、凪ちゃんが小さい頃から大好きなアニメのアトラクション初デビューの御相伴に与れるだなんてこんなに光栄なことはない。

 独り暮らしの生活を切り詰めに切り詰めて交遊費用を少しでも多く捻出しようと奮闘した2ヶ月。

 楽しみにしていた日がもう明日なのだ。

 あと1回寝て起きたら…。

 ん?ちょっと待って。

 私、今眠ってるよね。

 ということは…明日じゃない!

 今日だよ!

 そうだ、早く起きなくちゃ!


 微睡みの中で意識を整理していくと急に思考が鮮明になる瞬間がやってくる。

 夢から目が覚める瞬間だ。

 大丈夫、魔法がどうのとか魔王がどうのだとかは全て夢だ。

 だってやけに重く感じる体が内部部材にめり込むイマイチな寝心地は私の身がクッション性に乏しいソファーベッドにある証。

 私は今日、凪ちゃんとデートするんだ!

 己を鼓舞するものの妙に緊張が走る。

 恐々と左目をうっすら開くといつもの私のアパートの景色があった。

 よし、夢だ。

 よかった。

 自粛生活が続くコロナ疲れのせいなのか、随分と現実逃避の酷い夢を見た。

 不思議な異世界。

 魔法少女もののアニメが好きな凪ちゃんに話したら面白がってくれるだろうか。

 この夢の面白さをちゃんと伝えたいな…そう思い、夢の内容を反芻するために瞳を閉じると血流が体の右側に集まっていく感覚に陥った。

 瞬間的にまずいとわかった。

 布団の感触が急に変わったからだ。

 機能的だけど寝心地がいまいちのソファーベッドの感触が消え、優しく包み込まれるような寝心地へと変わる。

 そしてこのすべすべとした滑らかな肌触り。

 これはきっと。


「シルクのシーツ…」


 寝起き一番の私の呟きが明るい部屋の中に吸い込まれていく。

 新しい朝の陽射しが程よく届く位置に置かれた大きなベッドの上に私はいた。

 レースの向こうに透けて見える不安になるほど広い部屋の中ではこの大きなベッドとて違和感なく鎮座できている。

 このレースってまさか天蓋というものではないだろうか。


「嘘でしょう!」


 がばりと起き上がり、時計を探すが見当たらない。

 どのくらい眠ってしまっていたのだろう。

 凪ちゃんは朝の6時には私の家に荷物を置きに来ることになっている。


 ワルサー、聴こえる?

 おはよう!


 目が覚めた時には私の部屋の体の方に移ることができていた。

 左右でちぐはぐな姿のままで凪ちゃんと1年ぶりの再会を果たすというのもどうかと思うが、とにかく自分の世界へ戻りたい。

 上手く接待したい気持ちが高じ過ぎて、テーマパークの帰りに何らかのトラブルが起きて凪ちゃんが私の部屋に宿泊する事になり、更にそのまま同居する事になるかもしないというIf…(もしかしたら)まで想定して、万が一のコロナ感染防止のためにも部屋を二分して私が普段から使っているロフトベッドには突っ張り棒でカーテンを取付け隔離し、凪ちゃんにはソファーベッドを使ってもらう事にしようと今にして思えば取り組む必要のない安全対策まで立てていた。

 シーツ一式を煮沸洗濯していたのも全て凪ちゃんのため。

 なのに楽しみにしていた日を逃してしまうかもしれない。

 ワルサーに頼らないと何もできないのだということに気付いてしまう。

 返事をもらえないこの沈黙の時間がなんだか悲しい。

 バカみたい、遊びに行けないってだけで涙が出そうになるなんて。

 ワルサーの返事より先にてるてる坊主がふよふよと姿を現した。


「私にあんまり近付いたらダメだよ、濡らしてしまうかもしれないからね」


 涙を拭きたいと思ってしまったから来てくれたのだろうか。


『…おはようございます。イサナに起こしてもらえるなんて最高の朝だな。寝起きの声はちょっと色っぽいんですね』


 出そうになった涙が引っ込んだ。

 色ボケってやつだろうか。

 いや、ある種の中二病か?

 ちがう、今は悠長にツッコミを入れる時間なんてない。


 私ね、今日は朝から予定があるの!

 そっちの方の体と交替できるんでしょう?

 もう一度替わってくれる?


『良いですよ。ですが…こちらの体はイサナには不便な様子でしたが大丈夫ですか?』


 不便?

 どうして?


『吾達の住む星、『叶球(ウィクト)』はイサナの住む星と比べると重力に随分と差があるみたいです。あぁ、イサナの星は『地球』と呼ばれているのか、面白いネーミングですね。その重力の違いのせいで吾の体はイサナに比べると筋力も弱く、地球では重力負荷が大きいんです。魔法が使えないイサナは地球の体に入ると立つことも(まま)ならないのではないかと』


 え、そうなの?

 …確かに先程まではベッドに横になっているというのにやけに体が重く感じられていたような…。 

 でも…だとしたら…どうしよう。

 凪ちゃんと出掛けられないよ。


『ナギチャン?』


 不思議そうに聞かれるが説明する時間はもうないかもしれない。

 凪ちゃんには合鍵の隠し場所を伝えてあるので約束の時間になったらドアを開けて入ってきてしまう。

 私の部屋の方の体へ意識を集中させると聞こえてくるころころとキャリーケースを引いて歩く音が聴こえてくる。

 おそらく凪ちゃんのものだ。

 もう来てくれたんだ。

 嬉しいけどどうしよう!

 せっかく来てくれたのに今更行けないだなんて言えない。

 また更に信用してもらえなくなっちゃう…。

 ベッドの上にへたり込み、頭を抱えることしかできない。

 スマホの通知音が鳴っているのが左耳に聴こえる。

 恐らく到着と玄関を開けるよという連絡が入ったのだろう。


『お困りですか?体を元に戻す魔法を吾が獲得できるようになるまでの間、こちらの世界の時間を丸ごと止めておきましょうか?』


 え?できるの、そんなこと?

 体を元に戻すことはできないのに世界の時間を止めることはできるの?

 魔法って難解だ。


『やめますか?』

「是非ともお願いします!」


 鍵を差し込む気配を感じて慌てて願うとベッドの上に広がっていたワルサーの長い髪の毛先が光の粒子に変わっては消えていき、徐々に短くなっていく。

 私の髪と同じ長さにまで短くなってしまってから髪は消えるのを止めた。

 鍵の差し込む向きを間違えていたのか、少し遅れてガチャリと鍵が回される音がする。

 と同時にぱちんと指を鳴らすような音が体内から聴こえてきた。


『時間停止の魔法の獲得に成功したので、イサナの世界の時間の停止を実行しました。ついでにイサナと吾の肉体の老化も止めておきました。想定以上に魔力を消費しましたね。いやぁ、これは吾たちの体を元に戻すための魔法を獲得できる程に魔力が溜まるのは随分と先になりそうです』


 してやったりというかのようなワルサー。


「先になるってどういうこと?」

『初日の魔王が吾に使用したものと同じ魔法を獲得するためには大量の魔力が必要になるんです。魔王を倒す前の髪の長さにまで魔力を溜められたら戻れるかと思いますよ。そうだな、2年もあれば魔力も溜まるかな』

「2年!?」

『イサナに出会う前なら即座に魔法獲得に必要なだけの髪の長さにまで伸びていたのですが吾は今、幸福感に満ちているので髪が伸びるペースが落ちているんです。でもそのうちぐんと髪が伸びる日はやって来そうな気がします。イサナに触れたいっていう欲が次から次へと溢れていますからね』

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