78、慣らし美貌
そしてその日の夜。
各々が出したおやつを摘まみながらウーターニャの来訪を待つ。
マリルドが出した『コツマミ』という名の白い小さな粒の木の実は口に含むとぽんと膨らむ。
膨らんだ木の実を噛み砕くと塩気とほんの少しの辛さとニンニクの香りが口内に広がり、さくさくとした食感と相まって手が止まらなくなる。
私がコツマミにどハマりする一方でマリルドは私が出した駄菓子の方にハマっているようなのだが、スキンヘッドの大男がチマチマと小さく個装されたお菓子を開封しては口に運ぶ様に違和感を禁じ得ない。
「ん?何?」
「…いや、コツマミっておいしいなぁと」
「イサナの駄菓子もうまいよ。ただアタリ付きのはずなのにことごとくハズレっていうね」
「そういえば私、アタリを当てたことないかも。…でもまぁアタリが出たところで叶球では交換できないからありがたみがないよね」
「わ、しまった…。さつまいもの蒸しパン出しちゃった…」
左顎に黶を付け加えて色気も手に入れた美女風いすずがさつまいもの蒸しパンを手にしょげている。
「ん?嫌いなの?私の駄菓子とで良ければ交換する?」
「いいと!?ありがとう」
私は駄菓子と交換したさつまいもの蒸しパンに遠慮無くかぶり付いたのだが、蒸しパンを頬張る私の事を羨ましげにいすずがじっと見詰めてくる。
「え…?なに?」
「いいなぁ、おいしそう」
「え、好きなの?ん?そもそも好きな食べ物じゃなきゃ魔法で取り出すことはできないはずだよね?好きなのになんで交換しちゃったの?いすずが食べればよかったのに」
「だって…」
いすずは悲しそうに目線を落とす。
何かをさつまいもに悲しい思い出でもあるのだろうか。
爪の先まで文句の付けようが無い程に美しいいすずは細く長い指を弄んでいたかと思うと艶めく大きな瞳に涙を浮かべ、意を決したように声を絞り出す。
「だ、だって…!人前でさつまいも食べてたら『うぇー…こいつオナラするっちゃん。クセェ無理ぃ』って思われるやん…!」
「…はい?」
顔を上げた弾みでいすずの瞳から弾けるように散って宙を舞う涙の粒が煌めくのを私は冷めた顔で見送る。
18年間の人生の中で…いや、恐らく今後の人生を含めても最も下らない悩みを重々しく打ち明けられた事に私の理解は追い付かない。
しかも視界にはいつものマリルドといすずではなく、真顔のガチムチマッチョと憂い顔のボンドガールばりの超絶美女が映るものだから視覚から入った情報と耳から入った情報が噛み合わず、どう対応するのが正解なのか分からなくなりそうになる。
「…じゃあ…いすずは今、私に対して『こいつオナラするな』って思ってるってことなの…?」
「……えっと」
「思ってるよね」
いすずの顔を覗き込み確認をするもいすずの目は泳ぎ続け私と目が合わない。
芋を食べて即座にオナラが出る訳がないじゃないと言いかけて、はたと考え直す。
もしかするとこの世界の芋はそういうものなのかもしれない、と。
『いいえ、地球でも繁殖している植物は基本的に叶球と全く同じ性質を持ちます』
「じゃあやっぱり簡単にオナラが出るわけないじゃないのっ。珍しく真剣な顔をしてるから本気で心配したのに…このっ!」
「ごめんふぁさい!」
私は超小顔になったいすずの頬を両手で挟んでうりうりと揺らして責める。
そこに仕事帰りのウーターニャがやって来てくれた。
しかしその顔は酷く青褪めており、いつものあざとくも愛らしい笑顔が見えない。
「また…偽者…!しかも全員似てない!あなたたち…誰なのよ!」
「…え?」
「もう!本物のイサナはどこなの…!?」
そう叫ぶとウーターニャは翼を展開し、城から飛び出して去ってしまう。
翼が生んだ激しい風に煽られてテーブル、ソファー、私達、何もかもがひっくり返ってしまった。
「いたた…。ちょっと…今…何が起きたの?」
「ワタたちが誰なのかわからなかったんじゃねぇの?」
「え、私はわかるでしょ?」
「いやイサナの偽者感が一番ひどいよ」
「ないない。大体、呼び出した家の中に入って来たんだし、見慣れたヘプタグラム城の中にいる3人だったらどんなナリをしていても私達だってわかるでしょ?」
毎回離れた地で医療に従事するウーターニャが毎度ふらふらと好きに動き回る私達と合流出来ているのは家付き虫であるてるの助くんがウーターニャに信号を送り、私達の居場所を伝えて招き入れてくれているからなのだ。
招待された相手の親指の爪には招待した家の場所の方角が大まかに表示される。
自分が居る地点を中心に上下左右の何処かに小さな点が点滅し、行くべき方角を示してくれるのだ。
『…ウーターニャは異性同性問わずモテますからね。常に複数人から家に招待されています。見知らぬ姿になったイサナ達を見て悪意ある人間の家に招かれてしまったと勘違いをして慌てて飛び出しただけですよ。放っておきましょう』
「え、冗談抜きで私たち偽者と思われたってことなの?」
「なははは!さすがのウーターニャもまさかイサナが顔面台無し魔法を使ってるとは思わんかったんやろうねぇ。ほんと意味わからんもん」
「台無しじゃないよ。私はちゃんとかわいくなってる。瞼が重くて瞬きするのがしんどいし、目がすごい乾くけどかわいいは我慢が作るって言うでしょ。つまり今の私は最強かわいいって証拠だよ。ウーターニャちゃんがパニックになったのはどう考えても姿を変え過ぎたマリルドといすずの2人のせいだよ」
「いや。イサナの偽者感のせいだし、かわいくねぇし」
互いに相手の所為だと責め合う私とマリルドといすず。
「仮にワタたちの容姿がウーターニャの混乱の原因だとしてどうするよ。元に戻りたい?」
「マリルドは元に戻るべきだと思うけど」
「そりゃこっちの台詞だわ。イサナが元に戻れば問題解決なんだっつの」
「えー、やだぁ。せっかく2次元フェイスになったのに」
「異次元じゃねぇか」
「2人共やめて!喧嘩を止めて!」
揉める私達の間に割って入り込むいすず。
普段のいすずであれば『良い女気取りをするな』と笑えるのだが…実際に良い女であるいすずが良い女ぶったところで笑いは一切生まれない。
「…この顔なんか…腹立つよな」
「…よかった、そう思うのは私だけじゃなかったんだ」
「え、なに?」
困惑する姿も意味が分からない程美しいいすず。
「…急に完璧な美に仕上げてしまったから理解が追い付かなくて頭が混乱してるのかな…?」
「そうかもしんねぇな…。お互いのためにも目を慣らしながら時間をかけて徐々にこの状態まで仕上げていくようにやり直すか…」
そう言って私とマリルドは変化魔法を解いて元の姿に戻った。
ウーターニャの為…だけではなく私達の為にも1度元の姿に戻り、お互いに変化に気付かれないように僅かな変化を重ねて徐々に理想の姿に仕上げ直す事にしたのだ。
「やっぱ顔を変えすぎたよね。わたも戻ろ」
状況がイマイチよく分わかっていない様子のいすずであったが、流れに合わせて私とマリルドと共に変化魔法を解き、数日ぶりに小粒な瞳の愛らしい本来の姿に戻ってくれた。
そして翌朝、美の取得をやり直す為に私達は改めて美の女神の変化魔法を頂きに色めきの滝壺へやって来た。
私達はお互いの変化の様子を知られないように散り散りになる。
変化に気取られないように変化を重ねていくにはどの様に手を加えれば良いのだろう…。
初手で躓くとまた最初からやり直しをする事になるかも知れない。
慎重に、けれど満足いくように美少女になる為にはどうしたら…と頭を悩ませていると色めきの滝壺の入り口に小さな子供連れの親子がやって来ていることに気付いた。
「あ、かわいいー。私この世界にやって来て初めてあんなにちっちゃい子を見たかも」
『子供とは珍しいですね。俺も子供の國の外では初めて見ました』
「そんなに珍しい事なんだね」
この世界では産みの親が自分の手で子供を育てる事は滅多に無いと云う。
しかし私はその理由について深く考えた事はなかった。




