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1/2のプリンス&プリンセス  作者: マツモトコ
美貌の國編
76/98

76、色めきの滝壺

『罰ゲーム』と言う言葉に反応したのか、いすずは我に返り、慌ててマリルドの後を追い始める。

 森羅の國から出られぬコーセルを置いて行くわけにはいかず、1㎞先にある國境に向かう事を躊躇していた私はぽてぽてと懸命ながらも緩く駆け出したいすずの姿に呆気に取られた。


「…え!?待って!コーセルが」

「いやだ!」


 止める私の言葉に耳を傾けず、いすずはいすずなりに必死に先に進む。

 相変わらず鈍足の癖に。

 必死に駆けているのに一向に遠ざかる気配の無いいすずの後ろ姿を見ていると頭の中に某トラックメーカーのCMソングが流れ始める。

 何処までも何処までも走れ、走れ…


「いすず…」

「あ、ごめんコーセル…」


 我に返った私は共に旅立つ事が出来無いコーセルを(かえり)みる。


「コーセルこれを受け取って」


 私は魔法陣を展開すると髪を1本引き抜き、通話魔法石にしてコーセルの手を取って彼女の小指の爪に封じようとした。

 せめて私を介してでも定期的にいすずと連絡を取り合う事が出来たならば慰めになるのではないかと思ったのだが、魔法石はコーセルの爪に触れた途端燃え尽きてしてしまう。


「……」


  魔法石を渡そうしたのは私と同じように『いすずと共に過ごしたい』と希望しているにも関わらず、この地に独り取り残されようとしているコーセルに対する同情心からの行動だった。

 だけれども青い炎に焼き尽くされていく魔法石を眺めていると、このままコーセルを置いて國境を越えてしまえばいすずを奪われる不安に(さいな)まれる事はもう無いと安堵し、心が沸き立った事に気付き、そしてゾッとする。

 悔しいが私とワルサーが似ているのは外見だけでは無い。

 私は何時(いつ)だって自分本意だし、自分の希望を叶える為には他者を見捨てることを(いと)わない。

 どうやら私は非情な性根を隠し、イイヒトに見えるように無意識の嘘で取り繕う癖があったようだ。

 私は…口を開かずとも嘘を吐いてしまうのか…。


「…気付きたくなかった…」

『俺はイサナのそういう非情な面が好きですが』

「ワルサーが私を誉めてくれるのって人としてはダメな所ばっかだよね」

『非情である事の何が悪いのですか?イサナが他者を切り捨ててでも己の希望を押し通す卑しさを持ち合わせない、安易に身を滅ぼす自己犠牲主義者であったならば、俺は命より大切なこの身を他者と分け合う生活を赦さずイサナの魂を消滅させてイサナの肉体を奪い盗っていましたよ。俺はイサナの性根を愛しているんです』

「…己の残忍性と卑しさを思い知らされた上に、殺される可能性があったことを知らされる愛の言葉の斬新さに付いていけないんだけど…」


 げんなりとする私の横を通り、ウーターニャがコーセルを抱き締める。


「私だけでも良ければいつでも会いに行くわ」

「うわぁお…ウーターニャちゃんって本当に天使だね」

「え、なに急にイサナったら。恥ずかしいわ」

「イサナ、ウーターニャいって。びりになる」


 そう言うとコーセルは髪の一部を操って私とウーターニャの身を巻き取ったかと思うと続けて先に進むいすずの身までも捕らえる。

 私達の身を持ち上げた髪を瞬時に伸ばし、美貌の國の國境へと一気に連れて行き、先を進むマリルドに追い付いて見せた。

 そして有無を言わさずに私達を磨りガラス状の壁に押し込んだ。

 下半身が國境の壁を()り抜けてしまう。

 私はコーセルの髪を掴んでじたばたと抵抗をしたが、別のコーセル毛束が私の手を引き剥がす。

 私は()む無く叫ぶ。

 コーセルが私の大声に怯えてしまわぬように短く端的に…心を込めて。


「コーセル!元気で!」

「え、うそ。コーセル来んと?」

「追い付かれた!コーセルの力を借りるとかズリぃ!」

「勝手にスタートを切ったマリルドが1番ズルいわよ。大体罰ゲームって何をさせるつもりだったの?」

「当然ワタが勝つと思ってたからなんも考えてなかった」

「っていうか何のための競争やったと!?」


 コーセルとの別れがこんなにもいい加減で良いのだろうか…。

 國境を通り抜けて直ぐに、國境の壁に張り付き向こう側を覗くもぼんやりと森羅の國の緑の景色が見えるのみでコーセルの姿は何処にも見当たらない。

 この壁に接近してくれれば姿は見える筈なのに。


「いすずにあんなに執着してたってのに…別れはあっさりしてたなぁ」

「コーセルはほんとに来んと?」


 私を真似てマリルド、いすずも壁に顔を擦り付け森羅の國を覗きコーセルの姿を探す。


「…ワルサーがコーセルは出國の星を取り上げられてるって言ってた」

「うはは、そりゃそうだ。地形を変える程の森林破壊してんだもん。出國の星を与えるヤツはいねぇだろな」

「一応…通話魔法石を渡そうとしたけどコーセルの爪に触れた途端燃えてなくなっちゃった…」

「コーセルひとりぼっちで大丈夫とかいな」

「そんなに心配?だったら戻って様子を見てきてあげようか?」

「あ、そっか。天使はどの方角にでも自由に國境を越えられるんやったね。お願いしていい?」

「いいわよ。少し待っててね」


 ウーターニャは急ぎ森羅の國へと戻る。

 しかし。

 何処を探してもコーセルの姿を見付けることは出来なかったそうだ。

 海に潜ったのか、森に潜んだのか…。

 光の届かぬ深い海も、隙間なく繁る木々の葉序(ようじょ)が地上の様子を覆い隠してしまう森も上空から人影を見付け出すには困難な場所である。


「ごめんなさい…」

「大丈夫だよ。ワルサーなら何処に居るのか見つけ出せるもんね」

『いいえ。今となっては分かりませんよ。クロは髪を短く整えて上げて魔力の暴走を抑える(すべ)を獲得したんです。魔法が無効化されているエリアは現在何処にも存在しません』

「…じゃあコーセルを捜す事は不可能なの?もう2度と会えない?」

『かも知れません』


 沈黙する私達にワルサーが静かに声を掛ける。


『良かったんですよ、これで』


 潮風が通り抜ける。

 華やかな香水の香りを乗せて。

 人工的な香りに誘われて振り返ると連なる椰子(ヤシ)の木の向こう側に美貌の國の都会的なビーチが広がっていた事に気付く。

 森羅の國の野性味溢れる人気(ひとけ)の無い浜辺とは異なり、大いに賑わうビーチ。

 人々は手に入れた極上の美を余す事無く楽しむように、その身の何処(どこ)も隠す事無く海辺を楽しんでいる。


「ここここここって…もしかしてあの有名な『美貌のお披露目の場(ヌーディストビーチ)』ってやつやないと…!?」

「イサナ見ちゃダメ!」

「ふぐっ!」


 マリルドといすずに羽衣を被せたウーターニャはその胸に埋めるように私を抱きかかえるとこの場を離脱する。


「忘れていたわ…美貌の國の海辺はどこもこんな感じなのよ」

「うはははは。びびったわ」

「このまま『色めきの滝壺』に連れて行ってあげるから観光を楽しむといいわ」

「ほんと!?わたこの世界旅行中に色めきの滝壺に1番行きたかったっちゃん!うれしい!」

「イサナ息苦しかったらごめんね。すぐに着くからもう少しだけ我慢してね」


 向かう先は南に(そび)える山脈の麓。

 …の筈なのだが私にはその景色は見えていない。

 ウーターニャの胸の谷間をゼロ距離で見詰める恥ずかしさに耐えかねて私は固く目を閉じ続けた。

 この恥ずかしさは劣等感から来る羞恥心だ。

 私は心に誓う。

 この國で必ず巨乳を手に入れると。


『駄目です』

「へっ?」


 意識を肉体から手放してしまった(きょ)()かれ、叶球(ウィクト)の肉体をワルサーに奪われる。


「返して!」

『駄目です』

「…!」


 以降、互いが入眠するや否や叶球(ウィクト)の肉体を奪い合う、雪山で遭難時の寝たら死ぬぞ的な生活が始まった。




『絶対巨乳になりたい私』と『絶対容姿を変えさせたくないワルサー』の攻防が連日続いている。

 私の体を奪ったワルサーは汽車に乗り込み、絢爛の國を目指すのだが、1日を要する絢爛の國への移動中に睡魔に負けてワルサーは寝入ってしまう。

 肉体を分け合っている私とワルサーの睡眠リズムは基本的に同じである為、どんなに気を張っていてもワルサーが寝入る頃には私も入眠してしまう。

 しかし私には他人の睡眠時間を完全無視して自己都合で連絡を入れてくれるその非常識さが今は何より有難いモウという素晴らしい友人が居るのだ。

 モウからの着信に因る熱を含む軽い痺れを小指に受けて先に目を覚ました私は叶球(ウィクト)の体を奪い返す。

 私は険しい崖を垂直に駆け抜ける汽車の最後尾に向かい車輌を移動する最中にてるの助くんを呼び出し、大槍を出してもらう。

 展望デッキに出るなり、私は柵を飛び越えた。

 汽車から飛び降り落下する中、大槍の穂先を下方に向け振り子の様に振るう。

 足先に生み出した風の絨毯を瞬く間に追い抜き去りそうになる間際、私は大槍を手放して風の絨毯の裾に何とか右手1つでしがみ付いてぶら下がることに成功する。

 放り捨てた大槍はてるの助くんが回収してくれたようで、落下途中で光り輝いて霧散した。

 風の絨毯を引き摺り下げてなんとか乗り込み私は色めきの滝壺を目指す。

 小指を口許に添えて通話を受けると寝不足の頭に興奮したモウの声が響く。


「聞いてイサナ!アタシもしかしたらワルサーの横に並び立つのに相応しい地位を手に入れるかも!ううん、絶対に手に入れる!でもそんなことできるかしら?いやアタシならできる!」


 今一(いまいち)はっきりとしないモウの謎の決意表明に続いて愚痴や本日の成果を聞き取りながら下降を続け、容姿を変えるには美の女神の魔力がまだ足りぬ、うっすらとした霧が漂う地に作られた小さな宿場町へと辿り着くと誰かに呼び止められた。

 いすずとマリルドの声だ。

 モウは私との会話に邪魔が入ったと通話を終える。


「イサナおかえりー!こっちだよー!」

「顔色悪いな。何日まともに寝てねぇの?」

「イサナ大丈夫?」

「…どちら様…?」


 マリルドといすずが心配して声を掛けてくれるのだが、2人共容貌が変わりすぎてどっちがどっちだか分からない。

 私の目の前にはド派手アクション映画の主演俳優かのような身長2mを軽く越える褐色の肌にスキンヘッドの筋骨隆々の男性と、陶器のような肌を持つ9頭身のスレンダー美女が居る。


「見たら分かるだろ?ワタだよ、マリルド」

「わからないから聞いたんだよ。何その姿は」

「うはは!いすずよりマシじゃね?顔と服装が一致してなくていすず今すげぇヤベぇ女になってっからな」

「なははは!マリルドに言われたくないっちゃけど。急にマッチョになったけんTシャツとかビッリビリに破れとるやん!」

「…ねぇ、そんなに脚も太くなってるのにズボンとナイフホルダーだけジャストサイズなのおかしくない?」

「知らんわ。世界の配慮なんじゃね?」


 ナイフホルダーと赤い瞳孔を持つ山吹色の瞳の色からスキンヘッドの屈強な男性の正体はマリルドで、顔に似合わぬ幼い服装とミントグリーンの髪色から9頭身美女の正体はいすずであると判明する。

 この2人、初めは身長を伸ばすところからスタートしていたというのに、この数日の間に何にでもなれるのであれば何処まで変化出来るか競い合うようになってしまったようだ。


「…私は未だに巨乳生活を楽しめていないと言うのに2人共楽しそうでいいね」

「楽しいよ。美の女神に認められた容姿であれば性別を変えずともどんな姿にでも変われるからな」

「ここは人が多いけん、動物が近付いてくることないしねぇ。もう最高だよー。1日に1度しか変身できんけど、パーツごと微調整できるのたのしいよね。明日はホクロを付け足そうかなって思うんやけどどう思う?」

「うーん。…なんていうか…いすずの顔面から放たれる美が憎い」

「美しくて…ごめん…」


 風に(なび)く髪を掻き上げていすずが言う。


「……」


 人の見た目って思っていた以上に好感度に大きく影響するものらしい。

 いすずに対して腹が立ったのは初めてだもの。

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