75、骨なし唐揚げプロポーズ
コーセルの模倣魔法が緩み、黒髪がわさわさと伸び始めている。
「ワルサーが何か命じたの?」
『いいえ。魔力の暴走でしょうか』
「魔力の暴走!?」
ぞぞぞぞぞと伸びきった髪は地を這い、海の中へと入る。
暴走という言葉にウーターニャが慌てて私にしがみついてくる。
反射神経の悪い私は咄嗟に身を動かす事が出来ず為すが儘。
マリルドは興味深げにコーセルの髪の動きを見守っている。
「…何してるんだろな?」
「さぁ…」
訳も分からず見守ることしか出来ない私達にコーセルは一瞥もくれない。
何処に在るのか分からない彼女の瞳の焦点はまるで髪が進む先を視ているかのようだ。
ふっとコーセルの瞳に光が戻ると黒髪が一気に収縮する。
「おおお…!?」
巻き取られた髪は私達がお薦めした60's美女髪へと戻る。
最後の1房が収まる瞬間に何かがきらりと空に飛んだ。
コーセルが片手を挙げるとその手に吸い込まれる様にそれは落下し、コーセルはしっかりと掴み取る。
コーセルは満足そうに微笑むと、その手をいすずの前に尽き出した。
「これみつけた。いすずにあげる」
コーセルがいすずに差し出して見せたのは一口サイズのぽこぽこと歪な金色の塊。
「…これナゲットじゃね?」
「ナゲット?この世界の唐揚げって金色なんだね。金みたい」
私がそう言うとコーセルといすずを除く全員から冷やかな視線を頂戴する。
え、なんで?
一番冷やかな視線を鏡越しにくれたワルサーが口を開く。
『イサナ…チキン・ナゲットは自然金塊に似ているからその名が付いたのですよ…』
「え、ナゲットって金塊って意味なの?へぇー。…え?じゃあそれ…金…なの?」
「うん。これいちばんおおきくてきれい。いすずにあげる」
「んん?宝石の海で見付けた金塊をいすずにあげようとしてるってことは…それって」
「そうよ!プロポーズよ…!素敵!」
「ウーターニャちゃん、コーセルが怖がっちゃう。あと少ぅしだけ興奮抑えて」
「あ、ごめんなさい」
「うはははは、見ろよ。いすずが固まってら」
「あら?」
宝石の海の石を捧げられた事に照れたのか、或いは見事な自然金塊に驚いたのか…。
顔を真っ赤にしたいすずは硬直していた。
硬直するいすずを見て笑っていた私であったが、はっとする。
「え、いや待って。プロポーズっておかしいよね?コーセルは人なんだよね?闇獣じゃないって話だったよね?」
『えぇ、この3日観察しましたのでクロの正体は闇獣では無いと断言出来ます』
「なのに何でプロポーズなんか…」
『知りません。俺は人の思考を推察する事は苦手ですから』
「そか。普段は思考を読み取って把握してるものね。推し量る必要は無いよね」
『クロは依然として正体不明ですよ。しかしその魔力は世界の理を覆す程に膨大であると言う事実が有ります。そのクロが稀人の世話を一生涯全面的に引き受けてくれるのなら安心ではないですか。この3日の間に魔力の暴走を抑える術も、稀人に動物を近寄らせぬ様にする術もクロに仕込み済みです。また、森羅の民の鼓笛隊についても撤退及び解散しています』
ワルサーがそう口にするとこの3日間のワルサーの記憶が頭の中に流れ込んでくる。
ワルサーはコーセルに発声、黒髪の操り方、獣を寄せ付けない術を教え込み、更には眠りに就くウーターニャの小指に宿っている通話魔法を起動させて鼓笛隊の元に向かわせていたナスポクと連絡を取り、鼓笛隊の指揮官に説得と言う名の脅迫を以てして撤退させていた。
黒マジョさんの脅威は去ったと伝えても信用しなかった森羅の民に対し、ワルサーは鼓笛隊を撤退させなければピスルリを捕虜に取ると脅した。
コーセルを手懐けたワルサーにならばこの國の神のような存在の拉致も不可能では無いのであろう。
通話の相手がヘプタグラム城現城主の白マジョさんである事を悟ったナスポクが白マジョさんの傍らに黒マジョさんの姿を見たと証言をし、其れを裏付ける為の彼の記憶の解読が行われた事で森羅の民が全面的に折れることになったらしい。
これらの処理を初日で終えたワルサーは1時間に1度自身の髪の切断を行いながら風の絨毯に乗って眠る私達を美貌の國との國境へ連れて行くようにとコーセルに命じると地球の体に収まってしまい、今から24時間前に『髪の切断止め。クロは俺が許可するまでこの地に留まれ』と念話で伝えた他は懸命に私達を牽いて歩く可憐らしいコーセルとの接触を完全に断っていた。
『この地でクロと稀人の2人の仲を阻む者は最早存在し無い。2人は森羅の國に留まり安寧を手にするべきです』
「…やだ」
『しかし』
「やだ。いすずはまだ結婚しないで。大人になるにはまだ早いよ…。世界の半分も巡ってないんだよ?もう少し一緒に馬鹿をしていようよ。それにいすずの友達がいすずの帰りを待ってるんだよ…?」
「…なぁなぁ。そいえばコーセルさぁ、フリケルって言う名前のオッサンに会わなかったか?牙がこーんな長い、オスのイノシシ型の人なんだけど何処に行ったか知らねぇ?」
「しらない」
私の暑苦しい発言を無視してマリルドがコーセルに話し掛ける。
ヒートアップし過ぎていた私だったが、マリルドの言葉に我に返る。
「そういえばフリケルさんとは連絡つかないね。フリケルさんとマリルドが別れてから結構経つよね」
『16日が経過しましたね』
「え、そんなに?…心配だね」
「いや別に心配はしてねぇけどさ。コーセルの髪も整えたし、不用意に髪を切って魔法を発動させる心配も無くなったろ?我ながらいい働きをしたなって思うし、オッサンから残りの魔力ももらわねーとと思ってさ」
そう言ってマリルドはにやりと笑う。
しかしマリルドのこの発言を許さない者が1人。
ウーターニャである。
「マリルド?コーセルの髪型をアップスタイルに整える事を思い付いたのはワルサーでしょう!?あなたの手柄じゃないわよね?」
「あんなクソデケぇリーゼントだなんて邪魔だし、何かに引っかけるだけだっつの。安全な髪型を最終的にプロデュースしたのはこの髪型を勧めたワタだ。つまり報酬を手にする権利はワタにある」
「んもう!だったらこうするわ!これでコーセルの髪型を完成させたのは私って事になるわよね!?」
そう言ってウーターニャは呼び出した家の中に消えたかと思うとスカーフを手にして戻って来た。
「これは質実の國で手に入れたものなの。魔法で作られてないからコーセルの髪に巻いても消えないと思うわ」
品の良い花模様のネイルが美しい指先でレトロながらも華やかなスカーフを細く折り畳み、コーセルの髪に巻いてりぼんに結ぶ。
「かわいいー」
「これでセットが崩れにくくなったはずよ。ね、これでこの髪型を完成させたのは私でしょ?」
「おのれウーターニャめ」
コーセルは何時までも硬直した儘のいすずの手に無理やり金塊を握らせて満足そうにしている。
「いすずと吾はともだち。なかよし」
私に向き直るとにこにことコーセルは微笑む。
「ねぇイサナ…。もしかしてコーセルってプロポーズじゃなくて友達の証に綺麗な石をいすずにプレゼントしただけなんじゃない?」
「…うーん、そうかも」
「どちらにしてもいすずが持ってる石を渡さなければ婚約したことにはならねぇから平気だよ」
「そうよね、まだ石の交換には至ってないものね」
マリルドとウーターニャの言葉を耳にした私は慌てていすずの手の中にある日長石を取り上げると、「あれ何だろ!?」と明後日の方角を指差してコーセルの気を反らした。
その隙に在処を知られぬようにこっそりといすずの鞄の中にあるがま口財布の中に日長石に仕舞い込むと、これで一安心だと私は胸を撫で下ろした。
「なぁ、フリケルから魔力を貰うことも出来ねぇんならもう森羅の國に残る理由はねぇよ。美貌の國に入ろうぜ。ビリになったヤツには罰ゲームな」
言うが早いかマリルドは駆け抜けて、美貌の國へと向かう。




